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乃亜ノ箱舟  作者: たびぬこ
1/1

《第一話》 ボーイ ミーツ ダンボール

乃亜ノ箱舟


First love is only a little foolishness and a lot of curiosity.

(初恋とは少しばかりの愚かさと、あり余る好奇心のことだ)

             バーナード・ショー(アイルランド/劇作家/ 1856~1950)


暦は九月も下旬。

残暑も息を潜めた風涼しき放課後の小学校。

金曜日の夕方に、心躍るは浮き足の浮世。

そこまでの舞台である。

うっかり、そう、うっかり、

様々な境が曖昧になったりする。

その出会いは偶然で。

その出遭いは必然で。

だからこそ、

その出逢いは、善し悪しを通り越し必要を得たりする。

いと、興味深し。

俯瞰世界の回天流転。


ありあまる世界の可能性よ。

その全てに幸あれ。



ふむ、興味深い...

夕陽に金色に照らされる渡り廊下、

凡人であれば景色などを眺めて感傷に浸るのだろうが僕にそんな暇はない。

少しでも時間があれば僕は本に思いを巡らす。

「ガリウム...人の体温で融ける鉄...」

早速手帳を取り出す。

性質、構造。

化合物と化学反応。

用途に至るまで、ビッシリと書き込む。

また、残り少ない僕の無知の部分を埋める。


僕は所謂、賢い人間である。

成績など語るまでもない。歳相応の勉強など退屈の一言に尽きる。

知識欲、底無く。人が1知ろうとする間に、僕は100を考慮する。

姿勢、天衣無縫。学生ではなく人の模範足りえると自負出来る。

確かに歳こそまだ十年と二ヶ月の僕ではあるが、ここがアメリカであれば僕の学習の場は、PRIMARY SCHO(小学)OLではなく。COLLEGE(大学)となっていたことだろう。


前述したとおり、そんな僕である。

理解は出来る。

同年代の人間が僕をどう思うかなど。

あだ名はロボ。心が鉄で出来ている。ロボットのようだと皆は言う。

正しい。興味がないものに対して、人は等しく機械的である。

故に、友人関係は皆無である。優秀さゆえの孤独。才能人は皆とおる道なのだ。寂しさなど、どうということはない。

そしてそんな僕に加虐的、所謂イジメ等に該当する行為を行うことは、学校という極めて小さなコミュニティで優位に立ち回る上では大いに有効だろう。

能があるが故に無害な僕は、よくそういった被害をこうむるが、気にも留めない。

同年代の白痴に付き合っているほど、僕の時間は安くない。

そう、安くないのに。

「なんでこんな事に! 僕が時間をかけてるんだ!」

足元近くに転がっていた空き缶を蹴り飛ばす。

これはストレスに対する無意識的な心理的メカニズムであり、防衛機制という極めて論理的な行動である。

決して野蛮な行為ではない。

その効果もあり、スッと冷静を取り戻し現状を省みる。

なにをされたのか。

単純、阿呆のすることである。極めて単純なことだ。

靴を隠されたのである。

単純馬鹿ながらよく考えたと褒めてやろう。

そう、靴がないと帰れないのだ学校から。

正しくは裸足になる。知人に借りる。等の代案による帰宅は可能であるが。

無知無能白痴単純馬鹿のした行動を受け、それを看過出来ずの帰宅など。僕にあってはならないことなのだ。

故に放課後の学校を、本を読みながら上履きでうろついているのが僕の現状である。

苛立ちにポケットから飴を取り出して噛み砕く。

犯人が誰とか、動機はなにとか、謝罪の要求等。一切どうでもいい。

ただ無能な人間の無駄なことに時間を割いているという事実が僕を苛立たせる。

そう、無駄なのだ。こんなことをしても、やった奴には一切の見返りはない。むしろリスクの方が高い行為だ。

無駄。有能な人間の足を引っぱる事のみが目的とも取れるこの行為の根本を僕は嫌悪する。

苛立ちに自然と足取りは速くなる。

そう、前から考えていた。

普通は善し、有能はなお善きこの世の中。それらの邪魔をすることのみの悪しき無能は、この世界に...。

「いらない」

...?

僕は声に出していない。

カッと立ち止まる。

どうやら先ほどの声の主は、僕が通りかかっていた教室の中から聞こえたようだった。

はて、ここは空き教室のはずだったが?

好奇心に駆られて二、三歩戻った僕は、静かにその教室のドアを開ける。

「失礼します」

誰か居るならと挨拶も欠かさない。

しかしそんな僕が目にしたのは、

顔に【のあ】と書かれたダンボールを頭に被ったなに者かと。

目測で教室の四分の一はある。【はこぶね】と書かれた巨大なダンボール箱だった。


「大いに興味がある!」

僕は喜々として声高らかに教室に入る。

気になる! なにこれ! 意味がわからない!

観ても全く予期予想が出来ないものを僕は好む。

さっきまでの鬱々たる気分もどこ吹く風ぞ。

僕は大股で謎に歩み寄る。

「初めまして、僕は九条 聡明(くじょう としあき)。誰なんだ君は? なんなんだそれは?」

早まる気持ちに多少早口になってしまったが自己紹介は欠かさない。

「...?」

仮名ダンボール(とする)は首を傾げる。

「...なに?」

ダンボールは、その鈴のような声から女子であることが伺える。

背は僕より少し小さいぐらいか。

不明慮な部分が減るのは良い事だ。

だが、謎とは減るとまた増えるもの。

「...いる? いらない?」

彼女の手には、隠されたはずの僕の靴が持たれていた。

......。

少し考える。

彼女が靴隠しの犯人?

否定。 

なぜか、それはまぁ犯人の目星がついているからである。

つまり彼女は偶然、隠された僕の靴を発見した第三者であると考えられる

まぁ、正直それはどうでもいい。

重要なのは僕は新たな謎に直面し、靴がオマケに帰って来たのだ。

広辞苑の棚からぼた餅の例文に使ってもよいほどの都合のよさである。

「必要だ。それがないと外を歩けないからね」

とりあえず靴を回収――

「そう...わかった」

――出来なかった。

頷いたダンボールは僕の靴を【はこぶね】と書かれた巨大なダンボールに投げ入れたのである。

......ほう、そう来たか

このように華奢な少女でも遠心力を利用すればこの距離を投げ入れられるのだな...

なるほどなるほど...

そうかぁ...

「なにしてんの!?」

思わず柄にもなく声を荒げてしまう。

「...? あれは必要。要るって言った」

物怖じもせずダンボールは首を傾げる。

「それは要るともさ! 僕の靴だもの!」

なんだ? 必要と確証を得たものはあの巨大ダンボールにしまわれてしまうのか?

しまった。僕のものであることを先に言うべきだったか?

「怒ってる...?」

「怒ってない!」

そう、自分の不注意で起こった事態に腹を立てるほど子供ではない。

取り返しのつかないことでもなし。

「とりあえずあの靴は僕のなんだ。返して貰えないだろうか?」

ああ、紳士的である。我ながらなんと大人びた対応なのだろう。

「それは...困る」

ふむ。

「それは何故かな?」

興味がある。

「要るものは。必要...残さないと...」

......。

手強ぁい...。

僕の探究心を揺るがすほどの奔放さ。

知識として知っている。

彼女は所謂、【電波系】と言われる人間なのでは?

自身の妄想を信じ込み、それを現実と信じて憚らない。

現実に生きながら夢想に住む非常識。

そんなデスコミュニティ人間。

それが電波系人間である。

【ゆんゆん】しているのだ。

百聞は一見にしかず。

相対してみると中々に厄介な性質であると感じる。

だが、所詮は人間の所業。そこには不明ながらも規則性があり、合理的でなくとも理由があるはずである。

ほぼ九割の人間がここで投げ出すであろう少女も。

僕は投げ出さない。意味不明、大いに結構。

「君に興味がある。名前を聴かせて貰えないか」

ビシッと滑舌もよく僕は彼女のダンボールを見つめる。

「それは? 必要?」

「無論だ。必需とも言える」

何事も知ることからだ。

名前も知らないとあっては文字通り話しにならない。

ダンボールは少し間を空けて答える。

「のあ...」

ふむ。

意外とすんなり教えて貰えた。

ダンボールに書いてあるまんまだったか。

あと聞き取りを数パターン用意していたが不要だったようだ。

「そうか、のあ! 漢字ではなんと書く?」

「漢字...? ...それは必要なこと?」

またダンボールが傾く。

「必要って...」

ああ、そうか。まだ習っていないんだな。

そう種類のある名前でもない。

あと小学で習わない漢字が取り入れられている...

「...乃亜だな」

僕は手帳の一ページを破り、【乃亜】と書いて彼女に渡す。

「これは...?」

「君の名前だ。そう書く。覚えておくといい」

名前を覚えるのに遅いも早いもない。

自分の名前ぐらいは漢字で書けるべきだ。

「これが...名前?」

「そう、君のな。持っておくかダンボールに書くかするといい」

「のあ...ノア...乃亜...」

よほど興味深かったのか、なんども自分の名前を口にする。

「私の...名前...?」

「そうだぞ乃亜。またひとつ賢くなったな」

「私に...必要?」

「そうだ乃亜。お前だけのものだ」

「私...だけの...」

ほぁ、と感嘆と取れる吐息がダンボールから漏れる。

ふむ、関心しているな。

電波少女に学習など僕でなくては一筋縄ではいくまい。鼻高々である。

いや、いかんいかん。あまり本題から離れすぎるわけにも行かない。

時間は貴重なのだ。

「さて乃亜、今から僕が色々と質問をする。可能なものは答えてくれ」

まずはパターンの解析。心行くまで解き明かしたら靴を返してもらって帰る。

さて、有意義な時間になるといいが。

僕は手帳を取り出して、白紙のページの最上段に【乃亜】と書いた。

この書き出しがこの手帳の最終項目になることを僕はまだ知らない。


「あの巨大なダンボールはなんだ? 用途は?」

「...はこぶね...いるものを入れる」

「ここで何してる?」

「...練習」

「なんの練習?」

「...選ぶ...練習」

「具体的にはなにを選ぶ練習?」

「...いるもの...いらないもの」

「その二つには何を持って線を引く?」

「...わからない」

「今まで選別してきたものは? どうやって決めていた?」

「...そう、感じたから」

ふむ、つまりまとめるとこうだ。

彼女はこの空き教室で練習をしている。

自分の感じるなにか(電波)に従って、必要・不必要の境界を引く練習を。

現状考慮すべきは二点

練習と言う点。彼女はそれが上手く出来ないからか、本番があるか。

選択基準が曖昧な点、乃亜自身が不明と言っているがなにかしらの基準があるはずである。

まぁ先ほどから僕の判断に答えを委ねまくってる様子も見れるので、二点目はまだ決め付けるのは早計な気もする。

その時、

「貴方は...なんでここに?」

ここに来て初めて乃亜から僕に質問が投げかけられた。

少し意表を突かれたが即座に返答する。

「最初に言ったぞ。靴を探しに来たんだ僕は」

「...靴。さっきの...?」

「そうだ。大した遠投だったよ。大人でもあそこまで躊躇無く人の靴を投げられるやつはそう居まい」

別に全く全然気にしてないが先ほどのことを思い出し皮肉を言ってしまう。

「...そう、ありがとう」

何が!? コイツの感受性はどうなってるんだ...? 流石に一筋縄ではいかない。

だが、それにしてもよく喋る。

独特な間はあるが、乃亜は気になったこと全てに対して反応をし、声で返す。

普段からこの様子なら、もっと感情豊かになっていてもいいものだが、

まるで喋ること事態に慣れていないかのような違和感を感じる。

ふむ、ますます謎だ。

だが、考えてみればこれは絶好の機会。

本物の電波系人間に出会える事なんてそう無い。

直に体験できれば僕は知識以上の経験を手に入れられる。

これは思ったより長丁場になりそうだ。

「おい乃亜、知りたくないか? 自分でも分からないその判断の基準について」

「.........知りたい」

「そうだろう、そうだろう。だったら僕に任せてくれないか?」

「...? 貴方に?」

「そうだ。僕が乃亜の願いを叶えてやろう。乃亜は【いる・いらない】を知り、僕は僕で得がたい経験をすることが出来る」

お互いにwin-winな提案である。

「......」

しかし乃亜は少し渋っているようだった。ダンボールが揺れている。

ははぁ、さては人見知りだな。他人との一歩踏み込んだ関係を怖がっているわけだ。

仕方がない。

「なら、まずは僕と友達にならないか? 僕は幸い友人は少ない(いない)。ステータスとなることだろう」

ここまでお膳立てすればたとえこの電波少女であれ...

「友達...? なに...?」

そう来たか。

「なにって、そりゃあ...共に切磋琢磨し、お互いを認め合う存在で...あと握手とかする...?」

「それは...必要?」

むむ、言われてみれば確かに難しい概念だ。なにぶん経験が無いゆえにイメージが上手く湧かない。

だが、この調子では乃亜にも友達はいないのだろう。そういう意味でもお互いに有意義になるはずだ。

「まだ分からない。だが必要なものと考える。それも含め、今後検証を重ねる。どうだろうか?」

それでも少し渋った様子の乃亜だったが、

「...分かった。協力する...えっと...」

「九条だ。呼び捨てでいい」

「...よろしく九条」

思いもよらず友達が出来てしまった。

僕であれ多少気分が高揚してしまう。

あ、そうだ。

僕はポケットから飴を取り出す。

「これは友愛の証だ。貰っていい」

「...これは?」

「飴だ。食べてくれ。こういうプレゼントも友達間では必要だと聞いている」

「...飴...必要」

乃亜は飴をしげしげと眺めている。

ふふ、よっぽど嬉しいのだろう。

飴一つで一喜一憂出来るなんて友人関係は中々に興味深い。

僕は早速手帳を取り出しメモをする。

【乃亜】の項目の横に友達と追記。

あとは今日の状況を書き込み、出逢いを記録する。

あとは乃亜のプロフィールを......

......書けない。

よく考えたら友達になったものの、僕は彼女のことを名前以外全く知らない。

...困ったものだ。記録が先行してしまったな。

まずは観測が基本であるのに浮き足立っていたか僕は。

パタンと手帳を閉じる

「乃亜。そういえば君は...」

手帳を懐に入れ、顔をあげる。

すると―――

僕の前に、天使が立っていた。

無論、僕は神や天使のような非現実的存在の実在を信じているような輩ではないが。

そうとしか言いようの無い。

直感的に僕はそう思ったのだ。

「―――な」

僕が絶句していると。

天使は僕の方を見て首を傾げる。

「...どうした? ...九条?」

!?

「乃亜!? 乃亜か! ビックリした!」

「...飴...必要...食べる」

飴を食べるためにダンボールは外したのか。

それが乃亜だとわかっても、衝撃は大きかった。

人形のように白い肌。

吸い込まれるような青い瞳

淡い色の唇にスッと伸びた鼻筋。

髪は、どうダンボールに収まっていたのか、床に着こうかという白毛の長髪が、夕陽に照らされて金色に輝いていた。

天使とも面識は無い僕であったが、おそらく存在すれば遠からずだろうと僕は思った。

うむ、僕の友達として申し分ない素養だ。友として誇らしく思う。ただ

「...む...むむ...」

飴の袋を開けるのに苦戦していなければもっと完璧な画だったのにな...。

「ほら、食べてみろ」

見ていられなくなった僕は、ポケットからもう一つ飴を取り出して袋開けて乃亜に渡した。

「...これは九条の」

「いい、やる。飴の一つや二つで文句を垂れるほど、お前の友達はくだらない奴じゃない」

友...なんかむず痒いがいやな気分ではないなこれ。

「あり...が...とう」

乃亜はいかにも言い慣れてないお礼を言うと、飴を持った指ごと口に入れる。

そして少し舌の上で飴を転がすと、見る見るうちに顔に驚きの色が浮き上がってきた。

「...甘い...甘い...甘い」

爛々とした目で繰り返し呟く。

「な、なんだ知らなかったのか? 飴は基本的には甘いぞ」

「飴...いいもの。なるほど...九条の言った通り...」

こんなに喜んで貰えるとは思わなかったので少し呆気にとられる。

あまりお菓子は食べないのか?

満足そうに飴を舐め終えた乃亜は。

「私も...お返しを...」

急にあたふたし出すものだから、可笑しくて笑ってしまう。

なるほど、楽しいものだ。友達と過ごすのは。

「いい、お返しは。いつか返す機会もあるだろう、友達なんだから」

「......! 九条は...また来てくれる?」

「無論だ。なによりまだ乃亜の法則性に興味がある。今日はもう遅いから帰るが、必ずまた来ると約束しよう」

「...約束...それは...」

「必要だ。僕は約束を守る」

そう、友達とはきっとそういうものなのだ。

「...約束」

乃亜は感慨深そうに繰り返す。

さて、後は靴だが、どうするかこの【はこぶね】。巨大すぎて上からも覗けない。いっそ何処か切って――

その時、完全に意識の外にあった僕の右手に、ひんやりとした触感が伝わってきた。

ふと見ると、乃亜が僕の手を握っていた。

極度の混乱。

「の、ののの、乃亜? ど、どどどうした?」

「...握手...友達は...する」

その手はあまりにも柔らかくて、心地よくひんやりしていた。

なんだこれは! 同じ人間でここまでに違いがあるのか!?

ひんやりした乃亜の手とは打って変わり、僕の身体は信じられないぐらい熱くなっている。

「う、うん。そうだなそうだったな! よろしく頼む!」

慌ててブンブンと握手を振り回し手を離す。

お、驚いた。握手、これほどのものとは...。

それにこの原因不明慮な興奮状態はなんだ? 動悸が治まらないぞ!

「...大丈夫?」

動揺を察され心配されてしまう。

いかんいかん。

「大丈夫だ。少し動悸が早いだけだ、少しな」

冷静に自己分析。流石の立ち直りの早さである。

ふぅ、と僕が一息ついていると。

乃亜がまたもぞもぞとダンボールを被ろうとしていた。

「質問なんだが、なぜダンボールを被っているんだ?」

これは最初にすべき質問だったような気もする。

ピタっと手を止めて乃亜が口を開く

「私は...これで...のあ...だから...」

「のあに...ならないと...だから...」

俯いてどこか悲しそうに答える。

んん?

「それはおかしい。ダンボールの着脱で乃亜になにかしらの変化が起こることはない」

乃亜は、俯いた視線をスッとこちらに移す。

「...なんで?」

「なんでもなにもない。乃亜はダンボールを被っていてもいなくても変わらない。片やダンボールを被った乃亜。片やダンボールを被ってない乃亜。そこに生物学的な差異は皆無だ」

「...変わらない?」

「代わりないさ。両方僕の友達の乃亜だろう?」

当然の話しではあるが、また乃亜は、ほぁっと感嘆の吐息を漏らしている。

これは中々、骨の折れそうな友人を持ってしまったものである。

「...乃亜は...乃亜...乃亜...」

また暗唱モードに入ってしまった。

「よんよん」しているのだろうか...。

すると。

スッと乃亜が右手を差し出して来た。

「...握手...もう一回」

なるほど、別れを惜しんでいるんだな。

気持ちは分かる。僕だって惜しい。惜しいが。

やる。やるけども、握手は少し心の準備が欲しい。

原因は必ず特定するが今はどうしようもなく、動悸がこう、来るのだ。

「......すーはー」

よし。

「また逢おう。乃亜」

巷ではガッと握手する場面なのだろうが、恐る恐る握手を交わす。

一回目と違い、今回は不意ではないため、しっかり感触が分かる。

ひんやりしているが、確かに人肌ほどの体温を感じる。

その熱はきっと――

「...また...逢う...約束」

乃亜が今日初めてニコっと笑顔をみせる。

僕は今度は、目の前にいるのが乃亜だと知りながら、天使のようだと思った。

この時、僕が感じた。

身体の表面ではなく芯が燃えるような。

息を忘れてしまうような衝撃を。

うまく言葉にすることは出来なかったが。

それゆえに僕の心に、深い興味が刻まれた。


夢うつつのまま、僕は教室を後にする。

今日あった出来事を、はたして僕はこの手帳に詳細に書き記すことが出来るだろうか...?

鮮明のうちに出来るだけ書き記して置こう。うん。

手帳に手をかけたそのとき。

「よー、ロボ。そんなところでなにしてんだぁ?」

「あれぇ?靴どうしたんだよ靴ぅ?」

「まさか失くしたんじゃねぇよなぁ?」

聞き覚えのある耳障りな声が聴こえてくる。

三人いるが全員知り合い、先ほど言った犯人の愚者集団である。名前は知らん。

その後もツラツラと煽るような言葉を囁いているが聞くに堪えないので省略。

要約すると一行で済む。と言うかもう自分で最初に言っている。

隠した靴が見つかってないか確認しに来たのだ。

全く付き合ってられない。適当にあしらっておく。

「ああー、そうなんだ靴が下駄箱からなくなっていてね。困ったこともあるものだよ(棒)」

「本気で探してるのかぁ? さっきその教室から出てきたけどそんなところにあるわけねーだろ?」

犯行を隠す気もさらさら無いらしい。

「ああ、なかったよ。変わりに良い出会いがあったけどね」

「いい出会いだぁ?」

あ...何を言ってるんだ僕は?

存外浮かれていたらしい。

こんなの覗いてくれと言っているようなものだ。

不味い。

なんだか分からないが非常に不味い気がする。

「鉄人がそんなこというなんて、誰がいるんだぁ?」

「気になるなー」

「ちょっとどけよ」

彼奴らは僕を押しのけて教室の方へ向かう。

僕らしからぬミスである。

今日の僕はやはりおかしい。

機械的に処理すれば済んだ話だ。

とりあえず不味い。

乃亜とあいつ等を会わせたくない。

なにか理性的且つ論理的回避策を――

「気をつけろぉ。ロボの仲間がいるかも知れないぜぇ」

「誰かいたら囲んでボコボコにしたら問題ねぇよ」

「賛成ー。ロボと一緒で文句の一つも言えねぇよ」

―――――――。

――遠心力

ガンッ!!

気づくと僕は広辞苑が二冊入ったバッグを勢い良く投げ飛ばしていた。

それは三人の中央に立っていた男の頭にぶつかる。

「あぐぅ!?」

中々に不味い音がして男が倒れる。

あーあ、泡吹いてる。

実際に見て知ったけど、遠心力を利用した遠投は本当によく飛ぶな...。

やらないと分からない事も多いものだ。

「き、急になんなんだお前! こんなんやりすぎだろ! そ、それに...ロボの癖にそんな怒ったような顔をして! いつもは鉄みたいに冷たいクセに!」

――怒った顔? 僕が? してるのか?

そういえば心から沸々と湧き上がる衝動的な感情がある。

考えるのではなく、動けと。

もし本当にそうだとすれば――

「熔けたよ。僕の心はガリウムででも出来てたんじゃないか」

オマケに格好までつけたりしているのだから、本当にドロドロである。

「な、なに言ってんだよお前ぇ...!」

まぁ通じないか、今日はよく空回るものだ。

だが、不思議と悪い気分ではない。

暴力など、実にくだらない嫌悪すべき行為だとばかり思っていたが、乃亜の為を思えば不思議と不快さはない。

今ここで行っている行為は愚かかもしれない。実際、自分を客観的に見ると愚者も愚者だと思う。

だが、乃亜とはまだ話したいことがあり、知りたいことが沢山ある。

「その教室には入るな...」

警告。

これで聞かなければ厭々ではあるが、再度暴力に訴えかけるしかない。

引け。目を見開き、身体を震わせ、怒りを体全体で表現して、全力で威嚇をする。

争わないに越したことはない。

「この! 先生に言いつけてやる!」

実に小学生らしい台詞を吐いて残り二人は撤退する

いや、そこに転がってる奴も連れてってやれよ...

友達なんだろうが。全くそこまで中途半端とは痛み入る。

仕方がない...

「おい、起きろ。大丈夫か?」

倒れた男の肩を揺らす。

「う、うーん...」

駄目か。どうやら打ち所が悪かったらしい。

さて、運ぶのは面倒だし、どうしたものか...

「あーあ、少年。何をしてるんだい君は?」

その時、背後から聞き慣れない声が掛けられ振り返る。

そこには、Tシャツ・ジーパンに白衣を羽織った。如何にも養護教諭ですよという顔をした女性が立っていた。

歳は若く見える。顔は中性的で声と長い髪を後ろで束ねてなければ僕でも判断し辛かっただろう。

「こんにちわ。初めまして。僕は五年二組の九条 聡明です。養護教諭の方ですか?」

無論、僕はこの学校の教師の顔を全員知っているので、そうでないのは分かっている。

つまり、嘘を付かれるのであれば、そうしておいて欲しい誰かだ。

「そだよ。初めましてだね。私は中道 真(なかみち まこと)。気軽にマコト先生って呼んでね、九条クン」

黒か...。ここは騙されたふりをするのが妥当だろうな。

「よろしくお願いします。マコト先生。この男子は、運悪く転んで頭を打ってしまったようでして...ちょうど保健室に連れて行こうとしていたところです」

さてどう来る...。

「そっか、廊下で走ったんでしょ危ないなぁ。おいで、診てあげよう」

あくまで養護教諭の体で来るか。従うのが自然だな。

それにしても...運ぶのか...こいつ...。

僕は仕方がなく。本当に仕方がなく男を背負ってマコト先生(仮)の後を歩く。

...重い。

「九条クン。その怪我した子。倒れてた前の教室には入ってなかった?」

おっと、興味深い質問だ。これすなわち、この先生は乃亜の存在を知っていると言うことだろうか。

「いえ、入る前にこけましたので、【彼は】入室していません」

鎌をかけてみる。

「彼は...ね。君は入ったんでしょう? なにかあった?」

ふむ、乃亜の知り合いで間違いなさそうだ。

「友達に逢いましたよ」

マコト先生は振り返ってキョトンとした顔をする。

「友達? あんなところで待ち合わせ?」

「いいえ、其処で出来たんです。僕の友人第一号が」

ふふん、と誇らしくなって胸を張る。...重い。

すると、

「...ハ...ハッ...アハハハハハハ。友達って...アハハハ...あの子と? ...アッハハハ!」

...大爆笑されてしまった。

なんだか無性に腹が立つ。

「なにが可笑しいのでしょうか? 詳しい事情も知らずに人を笑うのは失礼に当たるかと思いますが」

「アハハごめんごめん...悪気はないの。いや、すごいな九条クン。君は只者じゃあない」

今度は褒められた...。

「友達の名前は? なんて呼んでるの?」

木乃伊(みいら)の乃と亜寒帯(あかんたい)の亜で乃亜です。僕はそのまま乃亜と呼んでいます」

そういえば苗字を聞く事を失念していた。今度会った時にでも聞いておこう。

「そうかそうか。そうきたか。乃亜ね。良い名前だ。その子とは今後も会うの?」

「無論です、友達ですので」

これまた不思議と誇らしい。

「そうかいそうかい、実はあの子は複雑な事情を抱えていてね。逢いたいなら毎週金曜日の今日と同じぐらいの時間に来ると良い」

「今後とも仲良くしてやってくれ」

ふむ、そうなのか。早速メモっておこう。

...それにしても重いなこいつ!

しかしそうなると次に会えるのは一週間後か。

中々に待ち遠しいな。

気がつくと行きに通った、渡り廊下の上を歩いていた、

僕はその廊下照らす夕陽を見て、乃亜の金色に輝く髪を思い出していた。

彼女のことはまだまだ知らないことだらけであり、その興味に果てはない。

彼女は一体なにもので、なにを考えているのか。

一個人の趣旨思考に時間を費やすなど、昨日までの自分に言えば愚かと唾棄される事だろうが、

彼女は、僕の好奇心を掴んで離さない。

なにかが楽しみなんていう感覚は、久しく味わっていなかった。

来週、乃亜に会った時、なにを話すのか。なにを知るのか。

僕は本に巡らす思いとは違う。想いを巡らせていた。

ふむ、興味深い...

僕は本を閉じ、景色を見つめる。

存外、気分は悪くなかった。


ちなみにその日は上履きで帰った。



第一話 ボーイ ミーツ ダンボール END


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