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木偶人形

作者: JEDI_tkms1984

 握られた鉛筆はほとんど動かず、たまに原稿用紙の上を滑ったかと思えばすぐにその足跡を消しゴムが消していく。

 普段はおしゃべりなこの青年は、頭の中に浮かんだ物語を文字に起こす作業が苦手だった。

 ようやく完成した文章もよくよく読めば単語の羅列でしかなかったり、誤字や脱字が多かったりと、とても読めるレベルのものではない。

 だが彼はこの作業から逃げようとはしないし、投げ出そうともしなかった。


「もうちょっとなんだけどなあ、ここの場面転換が上手くいかないんだよなあ」

 ほぼ五分おきに呟く。

 姿勢を変えてみても、ため息をついてみても、執筆は進みそうにない。

「ちょっと休憩するか」

 青年は鉛筆を置いてベッドに寝転がった。

 この時代にまだ鉛筆や原稿用紙を使うのは彼のプライドによるものだ。


 少し前、大手出版社が主催した文芸賞に投稿したのだが青年の作品は二次選考でふるい落とされた。

 結果そのものは構成力の甘さや表現の拙さによるものだったが、彼が納得できなかったのは上位入賞者の顔ぶれだ。

 おそらくペンネームだろうが投稿者名の後にアルファベットと数字が付記されている。

 これは使用されたソフトとヴァージョン情報だ。

 数年前から人工知能に小説を書かせ、その出来栄えをテストするためにコンクールに応募する団体が増えてきた。


 人工知能とは元々、ロボットが人間の指示を受けずに自発的に考え行動できるように作成されたプログラムだ。

 これによって災害時や緊急時等、人間が介入できない状況でも即座に状況を判断し迅速に人命救助が行えると期待されている。

 このプログラムに様々な改良を加え、あらゆる局面で活用する研究が進められており、小説を書かせるというのもその一環だった。

 青年はこれに負けた。

 まだまだ発展の余地がある機械が作った文章に、彼は負けたのだった。


「ロボットを作ったのは人間だ。だから人間より優れたロボットなんて存在しないハズなんだ」

 というのが彼の口癖になり、文筆家として成功するよりも人工知能をやっつけるためだけに執筆に耽るのだった。

 そのための敵情視察も欠かさない。

 暇を見つけては各地の研究室に取材と称して潜りこみ、技術を盗み見る。

 この程度の拙い短文しか作れないのか。構文に齟齬がなくなってきた。これは看過できないレベルにまで進歩したぞ。

 電磁的な敵の特徴を見抜き、それに負けないアイデアで勝負する。

 青年の武器は突飛なストーリー。

 常に予想を裏切る展開と衝撃の結末こそが、人工知能に勝る重要な要素だと彼は信じている。


「ここはもう少しひねったほうがいいか……」

 熱心な研究の結果、彼はロボットの持つある弱点に気がついた。

 それは無から有を作り出す能力が皆無であるということだ。

 ためしに過去の入賞作を読んでみたところ、神話やお伽噺の固有名詞を変えただけというものも多い。

 彼からすれば何故そのような陳腐な改変をした作品――というよりもはや剽窃に近い――が認められるのかが納得できなかった。

 たしかに神話の類は時代を超えて人気がある。

 翻訳本や解釈本は途切れることはないし、映画化すれば動員数はトップクラスに入る。

 しかしそれらは当然、作る側は土台が何であるかを明示している。

 近年の受賞作のように、あたかも自分が一から創り上げたかのような宣伝はしない。


「行き詰まったな、気分転換に出かけるか」

 この青年はいちいち独り言を大きな声で言う。

 原稿用紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ入れ、彼は財布だけを持って家を出た。

 筆が進まない時は外の空気を吸うのが良い。

 新鮮な風を取り込んで熱くなった頭を少し冷やせば、思いもよらないアイデアが湧いてくることがある。

 ……というのはもう何十年も前のことだ。

 昔なら季節ごとに移り変わる風景を眺めれば心は穏やかになり、文筆家であれば新しい表現が、音楽家であれば未知の旋律が、写真家であればフレームに収めたい雄大な自然の美が簡単に手に入った。

 今はといえば右を見ても左を見ても、上や下でさえ人工物ばかりが目につく。

 白っぽく舗装された通りを挟むのは、昼夜を問わず輝く電飾。

 先進的なデザインの高層ビル、縦横を駆け抜ける車と途切れることのない人の足。

 それらがどこに立っていても数メートル先にはあるのだから、落ち着けるハズがない。

 もはや自然と呼べるものは空くらいしかない。

 それさえも見方によっては構築物というフレームに収まってしまう。


「喉が渇いたな……」

 呟いてから彼はしまったと思った。

 途端に近くにあった自販機からアラーム音が鳴る。

 青年は舌打ちしてそれに近づいた。

『体内の水分が減少しています。また骨格に微細な異常が見られます。これをお飲みください』

 自販機前面のカメラが青年を認識し、即座に彼の健康状態を分析する。

 得られたデータから今の彼に最適な飲み物を選定し、提供してくれる。

 しかしこの自販機が出す飲み物は、たいてい油っぽくて味気のない液体ばかりだった。


「ったく、頼んでもいないっていうのに」

 彼はまた人工知能が嫌いになった。

 世の中のほとんどのものが機械化され、それらがロボットと呼ばれるようになり、そこに人工知能が付け加わると彼らはやたらと世話を焼き出すようになった。

 今のように健康状態を読み取って勝手に飲み物を出す自販機もあれば、退屈している人になかば無理やり映画を見せてくる施設もある。

 寝不足の人がいれば誘眠作用のある香りを飛ばす寝具などもある。

 これらは便利さを求めた人間が安全かつ快適に暮らすために生み出したものであるが、過剰なサービス精神を盛り込んだために今の人々はかえって窮屈な生活を送っている。

 押しつけられた親切心のお陰で彼らは無駄に健康で、無意味に長生きする。

 ありがたいハズなのだが青年はこれに反発している。

 自由を握られているような気がしてならないのだ。

 本来は支配するべき側の人間が、自分たちの作った精巧なおもちゃに踊らされている現実は彼には受け入れ難い。

 これが彼の人工知能に対する嫌悪の理由だ。

 したがい文章によってその精巧なおもちゃをやり込めてやろう、という想いもごく自然に発生する。


「今に見てろよ」

 押しつけられたジュースとサプリメントを流し込み、青年は行きつけの喫茶店に向かう。

 大通りから二区画ほど離れたところに、今にしては珍しく手書きの看板が掲げられた店がある。

 木造の店舗は世間からは化石も同然だと笑いの種にされるが、彼のように現代の生活に馴染めない者にとっては数少ない気の休まる場所だ。


「いらっしゃいな。お、兄さん、久しぶりじゃねえか」

「ご無沙汰です。ちょっと立て込んでて……」

 青年の顔を見るや店主が気さくに声をかけてくる。

 この恰幅の良い男は間違っても、「21日と3時間47分ぶりですね」などとは言わない。

「どうだい、執筆活動は進んでるかい?」

「まあまあですね。ネタはあるんですが筆の進みがいまいちで」

「はは、何かを作るってのはそういうもんさ。何をするにもエネルギーがいるからな。波があるのは自然なことだよ」

「締切が近いんで波があるのは困るんですけどね。あ、アルコールの入ってないやつをお願いします」

「はいよ、脳が活性化する成分が入ったフルーツジュースを作ってやろう」

 店内には数名の客がいる。

 新聞を広げる者、談話に花を咲かせる者、ただ黙々と料理を口に運んでいる者など様々だ。

 それ自体はよくある光景だが、青年には彼らがこの空間で過ごすひと時を心から楽しんでいるように見えた。

 誰に追い立てられることもなく、何にも行動を強制されることもなく、人々は自分の意思でここに来て、飲み食いし、談話する。

 こういう自由な環境の中でこそ自由な発想が生まれるのだ、と彼は思っている。


「兄さん、この間の試合観たかい?」

 フルーツを刻みながら店主が言った。

「ほら、この間のロボファイトだよ。優勝した西雪之丞工科大学ってさ、実は俺の出身校なんだ」

「へ、へえ、そうなんですか」

 曖昧に頷いてから青年は数週間前にテレビで観たのを思い出した。

 関連の研究所や大学がロボット技術を競い合うコンテストで、今年で開催20回目となる。

 競技内容は障害物走、10個のブロックを指定の位置に運び切るまでのタイムを争うなどいくつかあるが、一番の見ものは総合格闘技さながらに戦うロボファイトだ。

 飛び道具が禁止されている以外は自由なスタイルで戦うこの競技、当初はコンテストの一種目でしかなかったが今では競馬や競輪に並ぶギャンブルとして世間に浸透している。

 生身の人間が殴り合えば怪我もするし、感情が昂ればゲームとして成立しない場合も出てくる。

 その点ロボットは相手の反則技にも腹を立てないし、そもそもルール違反を犯さない。

 つまり審判の不公平な裁定が入り込む余地もないため、この公正平等なところが人気の秘密だといわれる。


「刺激されたってわけじゃないけどさ、俺もちょっとこんなものを作ってみたんだよ」

 店主は特製ジュースをテーブルではなく、腰の辺りの高さにある台に置いた。

 すると奥からぎこちない足取りで女の子がやって来てジュースを手に取り、青年の元へと運んだ。

「おまたせしました、どうぞ」

 起伏のある無機質な声が口の部分から発せられ、彼は思わずのけぞった。

 間近で見るとシリコンで覆われた顔が動くのは不気味だ。

 中途半端に人間味を持たせたせいで、ホラー映画にでも出てきそうな佇まいだ。

 それが自分たちと同じ人間のふりをするのだから、青年が快く思うハズがない。

「あのマスター、これは?」

「俺の手作りさ。部品なんてそこらの電器屋を巡ればいくらでも手に入るからな。ちょっと前から店に立たせてるんだ」

「はあ…………」

 困惑する青年をよそに店主は上機嫌で言った。

「今はまだ料理を運ぶくらいしかできないが、もうちょっと予算をかければいいのができるんだがね」

「へえ、個人でできるものなんですか?」

 青年は精一杯の愛想笑いを浮かべて訊ねた。

「単純な構造ならね。ある程度なら自分で考えさせることもできるんだ。ほら」

 店主は手が当たったように装ってテーブルのおしぼりを落とした。

 人形はそれに数秒遅れて気付き、緩慢な動作で拾い上げた。

「落ちているものは拾う。俺が教えたわけじゃなくて、こいつが自分で学んだのさ」

 店主は得意げに言ったが、青年は不愉快でたまらなかった。

 電気信号で動く作りものが、どうせ完璧には真似できないくせに人間を演じる様には嫌悪感しかない。


(学んだ? そんなわけがない。そうなるようにプログラムされているだけだ)

 ここ数年のロボットの進化は目覚ましい。

 当初はぎこちない動きだったものが、驚くほど精巧な外見と動作を得るようになった。

 少し前までは演算装置も非力で計算能力も乏しかったため、労働力というよりも高価なペットとしての需要が多かった。

 不器用だが人間に似せて作られたそれらが、却って人間味を出していたためだ。

 それとは逆に技術が上がると、人々が求めるのは正確さや汎用性に絞られるようになる。

 そうなると必然的に人間らしさや感情表現(の真似ごと)は軽視されるようになり、やがてはロボットというよりはヒトの姿をした機械ばかりが生み出されるようになった。

「なんてことだ……」

 彼にとって唯一のオアシスだったここは、もうそうでは無くなってしまった。

 良き理解者がいなくなったように感じ、青年はなかば自棄ぎみにジュースを飲み干す。

 味など分からない。

 喉のあちこちに果肉がぶつかる感覚はあったが、彼が感じたのはただそれだけ。

 あとは疎外感や寂寥感といった、本人もいまひとつ自覚できない類のものばかりだ。


「まったく…………」

 気を紛らそうと店内を見回し、彼は気付いた。

 たとえば奥で新聞を読んでいる男。

 彼が持っているのはロボット関連の記事ばかりが並ぶ号外だ。

 窓際にいる数名の女は、妙に高い声で人工知能がどうだのと語っている。

 ロボットに興味を持つのは男の子だけ、という時代はとうに過ぎ去ってしまったようだ。

 カウンターに近い席では黙って食している客がいるが、この人物は店主ご自慢のウェイトレスが料理について説明しているのに熱心に耳を傾けていた。


 どいつもこいつも毒されやがって、と青年は内心で悪態をついた。

 ここには人間らしい人間がいない。

 くだらない機械と戯れ、転がされ、挙句に利用されるような輩ばかりだ。

 こうなるとたった今まで何も感じていなかった彼は、途端に強い感情を抱くようにようなる。

 世間ではあまり受け入れられない、むしろ忌避される想い。

 怒りや憎悪、もっと言えばロボットや人工知能に対する強い敵意だ。

 何が何でもあの人形どもをねじ伏せてやろうという闘志が湧いてくる。

 もちろん力ずくで根絶やしになどできない。

 いまや遍く存在する彼らを一匹残らず消し去るのは不可能だ。

 彼の武器は机上にある紙と鉛筆だけだ。

 この原始的で文化的な道具で彼らを打倒するのだ。


「ごちそうさまでした。いいアイデアが浮かんだのでこれで失礼しますね」

 今は一秒も惜しいと言わんばかりに彼は支払いを済ませ、早々と店を出た。

 アイデアが浮かんだ、は口実ではない。

 名作の模倣しかできない人工知能に勝つ方法を見つけたのだ。

 誰もが思いつかないスリル満点のストーリー。

 多すぎず少なすぎない登場人物の、それぞれの思惑が絡む人間模様。

 息をつかせぬスピーディな展開は、ついページをめくる手を早めてしまう。

 そんな物語を青年はようやく掴んだのだ。

 あとはそれを文字に起こすだけだ。

 彼はその日から、家にこもりっきりになった。

 日が昇っても沈んでも一歩も外に出ようとはせず、ただひたすらに原稿用紙と向き合う。

 機械との真剣勝負に彼は没入した。

 そのうち妙な使命感や正義感が湧き、この戦いに勝利することが人のあり方、機械の存在価値を世に問うキッカケになるに違いないと思い込むようになる。

 表現の幅を広げるために辞書を引き、描写に彩りを添えるために文豪の著書を読む。

 彼はテレビもラジオも、インターネットも断ち切った。

 得られる情報は多いが、結局は機械の手を借りているのだと思うと癪だった。

 だから執筆にもパソコンを使わない。


「今に見ていろ」

 誰にも聞かれない呟きを繰り返す。

 禿びた鉛筆が転がり、砂粒ほどになった消しゴムが家具の隙間に隠れ、破り捨てられた原稿用紙が堆くなり……。

 それはついに完成した。

 彼の頭の中にだけあったストーリーが、乱雑な文字の羅列となって表現された。

 ずしりと厚みのあるこれは映画にすれば三部作にも及ぶだろう。

 また著名な批評家をも唸らせ、これまで活字に触れてこなかった層にも受け容れられるだろう。

 彼はそう信じていた。

 それだけのものを創り出したという自負がある。

 模倣ではない、紛れもなく彼自身にしか誕生させられない傑物だ。


「できた! できたぞ! ざまあみろ!」

 彼はもう勝った気でいた。

 原稿はまだ手許にある。

 これを郵送し、審査を受けなければ結果は分からない。

 だが青年は勝利を確信していた。

 道を歩いていて頼みもしない健康診断をしてくる自販機、給仕の仕事を代行するロボット、名著をなぞって執筆まがいのことをする人工知能。

 それら全てを下した、と彼は思いこんだ。

 ロボットはけっして人間を越えることはできない。

 青年は前回のコンクールで敗れたが、彼を負かした人工知能に”入賞できるような作品を書け”と命令した人間がいるハズなのだ。

 そしてその命令に従って書くことはできたが、ストーリーまでは作り出せないために過去作を丸写ししたに過ぎない。

「あとはこれを送るだけだ。お前たちロボットが緻密で杜撰な機械だってことを証明してやる」

 晴れ晴れとした気持ちで彼は郵便局に向かった。






 曇りのない金属製のテーブルに、様々な資料が山積みにされていた。

 大小それぞれの封筒の中にはたいていディスクが入っているものだが、稀に原稿用紙を詰め込んだものもある。

「メールでの投稿も受け付けているのになぁ」

 彼らはこの開封作業が苦痛だった。

 こういう手間を省くために募集要項に”できるだけメールに添付して送ってください”と書いているのに、投稿者に現物がないと不安になる世代が多いのか、いまだにこうして古い手法で送ってくる者がいる。

 少し前なら大半の審査員がこの段階で選考対象から除外していた。

 公には投稿手段を複数設けていても、読む側としてはやはり読みやすい形式のものから審査したくなる。

 そうして時間も意欲もなくなってきた頃、面倒になった彼らはタイトルすら見ることもせずに作品を落選の箱に投げ入れるのだった。


 しかし今は少し事情が異なる。

 読むのはもはや彼らではない。

 以前は審査員として業務に当たっていた社員は、こうして郵便物の仕分けを延々とこなすだけ。

 ディスクや紙原稿をひとかたまりにして数名の専門家に渡す。

 新たに審査員となった彼らは受け取ったそれを目にも止まらない速さで読み取っていく。

 同時に脳の別の場所では複雑な演算が行われ、あらかじめ組み込まれていた採点基準に従って点数がつけられる。


「構成四点、登場人物三点、表現力四点」

「構成二点、登場人物六点、表現力二点、誤字脱字一〇〇文字あたり二カ所につき減点」

「構成力、登場人物ともに一〇点、表現力五点……規定文字数オーバーのため選考対象外」

 彼らの審査はいつも公平だ。

 字が乱雑だからと悪印象のために減点をしたり、好みの設定だからと甘めに採点したりはしない。

 厳格な基準の下、たったひとつの例外も許さず、誰もが納得する選考結果をはじき出す。

 この作業がおよそ六時間かけて行われ、続いて二次選考に進むものと落選したものとに振り分けられる。

 落ちた作品については簡単な講評を添えて送り返すが、応募者の手許には一か月ほどしてから届くように調整されている。

 すぐに送付してしまうと、ロクに読まずに落とした、とクレームをつけられる恐れがあるためだ。

 二次選考に進んだ作品についてはより厳しい基準で再度審査が行われる。

 これを何度か繰り返して大賞や佳作が決定されるのだが、この選考はものの数時間で終わってしまう。

 つまり遅くとも応募締切日の一週間後には全ての受賞作が決まっている。




「全ての審査が終わりました。応募総数二万六五四九点。一次選考通過九四四六点、二次選考通過……」

 審査員長が読み上げ、作業終了を伝える。

「相変わらず仕事が速いなあ。ご丁寧に選評まで作ってくれてるじゃないか」

「どうせなら郵送とか受賞者への連絡もやってくれればいいのにな」

「おいおい、それじゃ俺たちの仕事がなくなっちまうよ」

 報告を受けた社員たちは様々に感想を口にする。

 彼らにとってこのコンクールは何ら意味を持たない。

 歴史があるからというだけの理由で毎年開催され、上司は機械的に決裁印を押す。

 後は雑誌や新聞、テレビにウェブページと適当に広告を載せておけば勝手に作品は集まってくる。

 人間の手がかかるのはせいぜい開封作業くらいで、後は人工知能が全て処理してくれる。

 形式上、上位の受賞者には声をかけなければならないが、相手もたいていロボットなのでこれも人間が関わる機会は少ない。

 話が進んで出版するという段になれば、ここからは人間の編集者が顔を出さざるを得ないが、それも数度のことでありすぐにロボットが後任を務めることになる。

「よし、こっちの箱のやつを早々と片づけちまおう。落選者の棚に移しておいてくれ」

 社員たちは手際よく雑務をこなした。







 そしてそのちょうど1か月後、青年の元に一通の封書が届く。

 彼はそれを開いてまずは落胆し、その後すぐに怒りに体を震わせる。


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 この度はご応募ありがとうございました。

 ここに選考の結果をお知らせいたします。


 第一次選考 落選


 なお審査員による選評をお付けしておりますので参考になさってください。


<選評>

 物語全体にまとまりがなく、世界観や設定などについても理解し難い部分が多い。

 スケールの大きなストーリーにもかかわらず登場人物が少ない。各人物に個性を持たせようとしすぎるあまり、無意味とも思える特徴を加えるのはテンポを損ねてしまう。

 誤字脱字や文法の間違いはないものの、場面のつなぎ方や情景の描写については練りこみの甘さが見られる。

 まずは名著に目を通し、文筆の基礎から学んだほうがよいと思われる。


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 通知を何度も読み返した青年は自分が何を考え、どう思っているのかが分からなくなっていた。

 同封されていた資料には受賞者の名が掲載されていたが、大半が人間のものではなかった。

 心血を注いだ大作でさえあっさりと落とされる。

 しかしこの惨憺たる結果は逆に彼の闘志に火をつけた。

「今回は負けだ。でも次はそうはいかないぞ。今度こそ、今度こそあいつらを下してやる」

 青年はすぐに次回開催のコンクールの日程を確認し、引き出しから原稿用紙を取り出した。

 そして勝ち目のない戦いに勝つために鉛筆を滑らせる。

 アイデアはいくらでも湧いてくる。

 しかも彼は疲れというものを知らない。

 目的を達成するまではがむしゃらにそれに取り組み続けるのだ。

「よし、やるぞ!」

 青年の頭部に搭載されている旧式の演算装置が稼働を始めた。






 終

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