11月②
日曜日。
目覚まし時計の音を聞くことなくベッドから起き上がる。
時刻を確認すると、平日起きる時間よりも少し早いくらいだ。
月曜日、一緒に帰ったあの時の会話を思い返す。
『今度の日曜、空いてたらどこか遊びに行かない?』
『うん、大丈夫だよ』
『どこか行きたいところある?』
『えーと・・・笑わないでね。動物園に行きたいな』
子供っぽいから少し恥ずかしかったが、義隆君も動物好きなのか、乗り気で了承してくれた。
約束の時間までは随分時間もあるので、朝食を食べてのんびりと支度する。
デート・・・義隆君も直接そう言いはしなかったものの、それは紛れもない。
身だしなみを整え、あの時もらったペンダントを身に着けて支度を終える。
(うーん、まだ1時間半もあるのかあ・・・)
駅前で待ち合わせのため、徒歩で30分ちょっとかかるが、それでもまだ1時間ほど余裕がある。
しかし、家で待っていてもそわそわして落ち着かないので、駅に向かうことにした。
歩くこと30分とちょっと。予想通りの時間で駅前に着いた。
待ち合わせの時間までまだ50分ほどある。
さすがに長時間外で待っていると寒いので、構内で待とうと改札口のほうへ移動する。
(・・・えっ!?)
義隆君がいた。
近づいていくと向こうも気付いたようで、笑顔で手を振ってくれる。
「おはよ。いやー、これは予想外だったなあ」
「おはよう。な、なんでこんな早くに?」
「早く起きすぎちゃってさ。待ってる時間も楽しそうだなって思って早く来たら、麻里もこんな早く来るとはね」
少し残念そうにそんなことを言う。
でも私は同じことを思っていたのに嬉しくなる。
「・・・あ、ペンダント付けてきてくれたんだ。その、気に入ってもらえたかな?女の子にプレゼントなんてするの初めてだから、不安だったんだ」
「うん・・・大切にするね」
もっと言いたいことがあったはずだが、気付いてくれたことが嬉しくてシンプルに想いを口にする。
予定よりだいぶ早い時間ではあるが、切符を購入してホームへ向かう。
電車に乗り、20分ほど。そこから徒歩で5分も歩けば動物園に到着した。
「久しぶりだなー。最後に来たのってもう7、8年前くらいかも。麻里は?」
「私も最後に来たのは小学三年の時くらいだから同じかも」
義隆君は受付窓口に行き、チケットを二人分購入する。
私は料金表を確認し、お金を渡そうと差し出した。
「いや、大丈夫だよ」
なんとなく予想していたが、受け取ることを拒否される。
「だめだよ!お互い高校生なんだから、その・・・対等の関係でいたいっていうか・・・」
つい語気を強めて返すが、後半尻すぼみしてしまう。
私の言葉に義隆君は、一瞬キョトンとした表情になるが、すぐ優しい顔に戻る。
「ありがとう。そうやって考えてくれてるの、すごい嬉しいよ。でもさ、今日はその・・・初めてのデ、デートだから、ここくらいは払わせてほしいかな」
「・・・うん、わかった。ありがとう」
余計な事を言ってしまったかもしれない。そう危惧したが、義隆君の返す言葉に安堵する。
まだ少しばつが悪いまま入園し、隣を歩く義隆君の顔をちらっと見ると、なんだか嬉しそうだ。
思わず訊ねてみる。
「動物園、そんなに楽しみだったの?」
「ん?いや、まあそれもあるけど。麻里の違う一面が見れて嬉しかったんだ」
一気に顔が熱くなる。
私は顔を見られたくなくて、誤魔化すように喋りかける。
「あ、あそこに案内図あるよ。どこから見ていく?」
「うーん、わかりやすく時計回りで外側から見て行こうか。そのあと内側を見るってことで」
そうして園内を回り始めた。
外側はやはりというか、大きい動物がメインである。
ゾウ、キリン、ライオンといったメジャーな動物をのんびり眺めていく。
「麻里は猫以外で好きな動物いるの?」
「うん、ちょっと前から好きになったんだけどね。ハシビロコウって知ってる?」
「あ、聞いたことあるかも。確かあんまり動かない鳥だよね?」
「そうそう。実はここの動物園にいるの知ってて、密かに楽しみだったんだ」
テレビで見てそのことは知ったが、なかなか来る機会がなかった。
だから義隆君に誘われた時、真っ先にここが浮かんだのだ。
「へー、どこにいるんだろうね」
案内図は見たものの、どこにいるのかまでは確認しなかったので、逆に楽しみだ。
だいぶ歩いてもうすぐ一周かというところ。ハシビロコウと書かれた看板を見つけた。
「あっ、いた!」
早足で柵のほうへ駆け寄る。
大きいので、その姿はすぐ確認できた。
しかし、私もあまり動かない鳥というイメージだったので、実際見てそのイメージは覆された。
あまりその場からは動かないものの、首や羽を動かしたり、口を開け閉めしている。
「やっぱりテレビでは特徴的なシーンを映すから、ピッタリ止まってるわけじゃないんだね」
「ははは、まあずっと止まっているの見てても退屈だけどね。あ、まぶたの閉じ方面白いよ」
「へー、横向きに閉じるんだね。ふふふ、あの顔がなんとも言えなくて可愛いんだよね」
10分ほどハシビロコウを満喫したあと、一周して入り口付近にまで戻ってきた。
園内の時計を見ると、正午を過ぎたあたりだった。
同じように時刻を確認した義隆君が口を開く。
「一旦お昼食べようか?」
「うん」
園内にあるフードスペースに移動する。
義隆君はハンバーガーにするようだ。
私も同じものにしようか悩んだが、オムライスにした。
「やっぱり動物は寒いの苦手なんだろうね。動きが重そうだったもんなあ」
「うん。自然と違って食べるものはもらえるけど、ちょっと可哀想って思っちゃうな・・・」
そんな会話をしながらお昼ご飯を食べる。
そしてあらかた食べ終えたところで、義隆君が少し声色を変えて喋りかけてきた。
「あのさ・・・修学旅行の二日目に俺がした話、覚えてる?」
「う、うん」
少し緊張する。
それは私にある質問をすることがなんとなく予想できるから。
「あの話、麻里は知ってた?」
「知らないと思う。多分・・・」
曖昧な返事をしたのは私自身に明確な記憶がないから。
でも最後のシーンは、古い記憶を掘り起こされるような感覚があったのは確かだ。
「そっか。話が終わったあと、マリーゴールドって言ったよね?あの話、最後のシーンでD君はマリーゴールドを持っていたはずなんだけど、
その理由が思い出せなかったから端折ったんだよね。だから麻里は聞いたことある話なのかなって思ってね」
「そうなんだ・・・ごめんね、力になれなくて」
義隆君は気を使ってくれているのか、それ以上深くは聞いてこなかった。
なんだろう。あの時は感じなかったが、この話をしていると不安な気持ちになる。
その気持ちが表情に出てしまったのか、義隆君が心配そうに声をかけてくれる。
「ああ、こっちこそごめん。さあ、お腹も満たされたし残り見て行こうか」
「うん」
気持ちを切り替えて、まだ見ていない園内中央のほう向かう。
中央の動物は鳥類、カピバラ、レッサーパンダなど小さめの可愛い動物が多かった。
1時間ほどで中央も全て見終えて、動物園をあとにする。
「はー、完全制覇したね。ハシビロコウも見れたし楽しかったあ」
「それは何よりだね。ここら辺は近くに何もなさそうだし、とりあえず電車で戻ろうか?」
ということで、電車に乗って再び待ち合わせた場所まで戻ってきた。
腕時計を見ると、時刻は午後2時半くらい。
まだ商店街を歩いて回ったりする余裕はありそうだ。
「麻里はどこか行きたいところある?」
「ううん、義隆君に任せるよ」
「うーん・・・じゃああそこに行くか」
そう言って駅構内を、商店街とは反対方面に歩きだす。
こっちはもしかして・・・。
予想は当たっていた。ボウリング場と一体型のゲームセンターに入る。
「俺は航とよく来るけど、麻里にとっては久しぶりかな?」
「うん。皆でボウリングに行ってから、夏休みに理亜とかすみで一回来てるけどね」
そんな会話をしながら、クレーンゲームのコーナーを見て回る。
そして当然のようにあの時の光景がよみがえる。
猫のぬいぐるみを取ってもらったあの瞬間。
義隆君には言ってないが、あの時もらった猫のぬいぐるみは今でも大切に飾ってある。
さすがにもう同じものは見当たらなかったが、キーホルダーサイズの猫のぬいぐるみがたくさん積まれた筐体の前で足を止める。
「あ、これは初心者向けの積まれ方してるから、麻里でも取れるんじゃないかな?」
「ほんと?」
中を観察すると、穴の位置よりも高く景品が積まれており、穴に向かって傾斜がある。
確かにこれなら掴めずとも、少しずつ穴には近づく可能性は高い。
硬貨を投入口に入れようとしたところで、私にいたずら心が目覚める。
「・・・ねえ、義隆君。やっぱり自信ないから、あの時みたいに教えてほしいな」
「えっ!?あ、ああいいよ」
いつもクールなイメージがある義隆君が動揺する。
ちょっと悪いことしたかな?と思いつつもドキドキを楽しんでいる自分がいる。
(っ!?)
硬貨を投入すると、義隆君は私の右手を右手で後ろから掴んだ。
つまり後ろから包み込むような形だ。
予想外の行動に思わず体が強張る。
前は隣りあわせで私の左手を掴んでたが、これは意図的にやったんだろうか?
「うーん・・・あれかな」
あの時と同じく、私の意識とは無関係に私の指で横のボタンが押される。
すぐにボタンは離される。私が取りやすそうと思ってたのとは違うものを狙うようだ。
次に縦移動。だいぶ奥のほうまでいったところで指がボタンから離れる。
アームが下降して止まる。左右の位置はいいが、景品の若干奥のほうにアームは閉じる。
アームが上昇を始めると、景品はするりと零れ落ちて勢いよく穴のほうに転げる。
そして穴の近くにあった景品にぶつかり、なんと二個同時に落ちた。
「すごい!」
「おお!これは嬉しい予想外だね」
義隆君は取り出し口から景品を取って、当然のように二つとも私に渡してくる。
「ありがとう。あ、あの・・・これ、お互いカバンに付けない?」
「え?ああ、そうしよっか。なんか見られたら白河さんあたりにいじられそうだなあ」
二人で笑いながら、できるだけ目立たない横のほうへ付ける。
そのあとはクイズゲームやメダルゲームなど、二人一緒にできるものを楽しんだ。
時刻は午後4時半。
日も短くなってきたからか、義隆君がそろそろ帰ろうかと切り出した。
ゲームセンターをあとにして、バス停のほうへ歩き出す。
すると自然に私の手と義隆君の手が重なる。
「いろんなところ行きたいから、冬休みはバイトしようかなあ」
「私は特別なところじゃなくてもいいよ?」
「そうはいってもなあ・・・あ、でもバイトすると一緒にいられる時間が少なくなっちゃうのか。うーん、時間とお金の両立って難しいなあ」
まだ高校生なのにそんなことを考えるなんて、凄いと思う反面、少し可笑しくて笑みがこぼれる。
そして義隆君が乗るバス停前まで着いて立ち止まる。が、手は繋がれたまま離そうとする様子はない。
私は一つの予感を感じつつ、義隆君の顔を見上げる。
「あのさ・・・送っていくよ」
予感は当たっていた。
前は学校からだったが今日は駅前からなので、義隆君が送ってここに戻ってくると1時間以上かかってしまう。
私は少し思案して言葉を選ぶ。
「・・・今日だけでいいからね?心配してくれるのは嬉しいけど、私も同じように義隆君のこと、心配なんだから」
「うん。はは・・・そんなこと言われると嬉しいけど複雑だなあ」
バス停をあとにし、私の家に向かって歩き出す。
今まで知ることのなかった感情や気持ち。
義隆君はたくさん私に与えてくれる。
私も不器用だけど与えてあげたい。
握られた手の温もりは、心までも温かくしてくれた。