修学旅行⑥
意識が覚醒する。
薄く目を開けると、カーテンの隙間から差し込む光が朝を迎えたことを教えてくれる。
昨晩はなかなか寝付けなかったが、目を閉じてじっとしているうちになんとか眠れたようだ。
(いたた・・)
上半身を起こすと、足が筋肉痛がであることを主張してきた。
そんな筋肉痛もどうでもよくなるくらいの出来事を思い返す。
(昨日のこと・・・夢じゃないよね?)
ぼーっと昨日の事を思い返して立ち上がる。
洗面所のほうを見ると、灯りがついていて少し物音が聞こえる。
布団を見ると、かすみが先に起きているようだ。
「おはよう」
「おはよ、麻里ちゃん。理亜は当然まだ寝てるわよね?」
「うん、もう少ししたら起こす?」
朝食の時間まではまだ余裕があるので、すぐじゃなくても大丈夫だろう。
「そうね。あ、もう終わるからちょっと待っててね」
かすみが歯磨きを済ませ、私が洗面所の前に立つ。
顔を洗い、歯を磨いてる最中に、かすみの声が聞こえてくる。
「ほら、理亜ー。そろそろ起きなさい」
「・・・うーん、あと5・・・」
理亜の寝ぼけ声も微かに聞こえる。
「あと5分?」
「・・・5時間」
「長いわっ!」
漫才のようなやりとりに、思わず吹き出しそうになった。
歯磨きを済ませ、着替えをし始めたころに、ようやく理亜が重たそうな上半身を起こした。
「おはよう、理亜」
「ふぁ~、おはよー」
あくびを噛み殺しながら挨拶する。
そして眠そうに目を擦りながら、ふらふらと洗面台に向かい顔を洗う。
私がちょうど着替え終わったところで、理亜が洗面所から顔を出す。
「待たせるのも悪いし、二人とも先に行っててー」
その顔は、まだ瞼が重そうだった。
「まだ時間あるけど、どうするかすみ?」
「んー、まあ本人がああ言ってるし、先に行っちゃおうか」
ということで、先に二人で朝食に行くことにした。
「二度寝しちゃだめよー」
「ふぁーい」
歯磨きしているであろう理亜の声を聞いたあと、部屋を出る。
食堂に着くと、どうやら朝食はバイキング形式だった。
色々なものが少しずつ食べられるので、割と小食な私にはありがたい。
トレーの上に二つお皿を置いて、何を食べようかと思っていた時だった。
「おはよう。芳野さん、白河さん」
「おはよ、桜木君」
「お、おはよう」
ふいに後ろから声をかけられ、ドキッとしてしまう。
「あれ?姫野さんは?」
「あはは・・・あの子、ちょーっと寝起きが悪くってね。まあそっちの相方さんも同じみたいだけど」
かすみは苦笑いしながら『ちょっと』の部分を少し強調する。
「はは、ご明察」
そんな挨拶を交わしたあと、三人とも思い思いのものを選んで同じテーブルに座る。
私は小さいロールパン二つに、サラダ、ベーコン、スクランブルエッグを盛りつけた。
桜木君とかすみのトレーをなんとなく確認すると、少し笑みがこぼれてしまう。
「ふふ、皆同じようなの選んでるね」
「ホントだ。ははは、考えることは三人とも同じっぽいね」
「昨日は和食だったからね」
三人とも洋食なのはたまたまかもしれないが、付け合わせまでほぼ被っているのは珍しい。
少し食べ始めたところで、トレーを持って辺りを窺う理亜の姿が見えた。
私は周りの迷惑を考え、声を出さず手だけ振ってなんとか呼びかける。
すると、気付いたようでこちらに向かってくる。
「おはよう、姫野さん」
「おっはよ。あれ?航君は?」
「理亜と同じみたいよ」
あっけらかんと答えるかすみ。
「あはは。でも私のほうが早く来てるってことは、航君はもっとひどいんだね」
「よくあれでいつも遅刻しないもんだよ、ホント」
そんな雑談をしながら再び食べ始める。
途中、足立君が来てないか出入り口のほうをたまに確認していたが、姿を見ることはなかった。
もしかして、もう違うテーブルに座って食べているのかもしれない。
皆食べ終わり、そろそろ出ようかという時だった。
「おはよーっす、ってもう食べ終わってるし!義隆、旅行で一人飯は虚しいからもう少し一緒にいてくれよ~」
足立君はどうやら今来たところらしく、桜木君に冗談っぽく懇願する。
「しょうがないなあ。じゃあコーヒーもう一杯飲む間だけな」
「じゃあ私達、先に行ってるねー」
理亜、かすみと席を立ち、私も席を離れてなんとなく振り向くと、桜木君が笑顔で手を振ってくれた。
「あ~、これも欲しいなあ」
お土産売り場のお菓子に理亜は悩まされていた。
「どれも美味しそうなんだもん。でも全部は買えないし、いくつかに絞らないとだよね・・・」
独り言、というより自分に言い聞かせている感じだ。
私はというと、もう選び終えて買い終わっている。
かすみは工芸品を見たいと、奥の売り場に一人行ってしまった。
「うーん、これでいいかな」
ようやく決まったようで、レジのほうに向かう理亜。
「芳野さん、もう買い終わった?」
横から掛けられた声に、意識しすぎて少し緊張する。
「あ、うん。桜木君は?」
「これでもうやめとこうかなって感じかな?」
持っていた紙袋を持ち上げて示す。
そしてなぜかキョロキョロと辺りを見回した。
「これ、プレゼント。安物で悪いけど・・・」
私の耳元でそう言って、手元に小さい包装紙に包まれたものを差し出す。
「えっ?あ、ありがとう」
「それじゃあ、先にバス戻ってるね」
困惑しながらそれを受け取ると、桜木君は足早に行ってしまった。
プレゼント・・・当然、付き合った記念ということだろう。
少し遅れて嬉しさがこみ上げてくる。
中身は何だろう?今見てみたいが、理亜の会計がもうすぐ終わりそうである。
(・・・)
ひとつの方法を思い浮かび、理亜のもとへ向かう。
「理亜、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「はーい。じゃあそのままバスに戻ってて。私はかすみ探して戻るから」
お土産売り場を出て、近くにあるお手洗いに向かう。
が、入ることはなく立ち止まる。
そして手に持った包みを見つめて開けてみる。
(・・・綺麗)
それは星がモチーフになったペンダントだった。
昨晩の出来事を再び思い出す。
そう、星がきっかけだった。
両手でペンダントをきゅっと握りしめる。
(バレない・・・よね?)
私は周りを見渡し、ペンダントを身に着ける。
そして胸の中に温かさを感じながら、バスに戻った。
まもなく時刻は正午。
二日ぶりに学校に帰ってきた。
「ふあ~あ、帰ったらもうひと眠りするかな」
バスから降りるなり、足立君は大あくびをする。
帰りは皆疲れが溜まっているのだろう。車内は静かで、私もウトウトしてしまった。
「家に帰るまでが修学旅行だよ、航君」
「え?あ、ああそうだよな」
理亜の一言に、困惑気味に答える足立君。
それは遠足のような気がするが、まあ似たようなものか。
バスのトランクから大きい荷物を受け取り、先生から簡単な話を聞いたあと解散となる。
「は~、今日は帰ったら足を休ませてあげないとだね」
「うん、帰るまでがちょっと辛いけどね」
かすみと顔を見合わせ、苦笑いする。
そして校門を出て一旦立ち止まる。
「じゃあまた来週ねー」
「気をつけて帰ってね、麻里ちゃん」
「うん、ありがとう。二人も気をつけてね」
手を振って二人と別れ、歩き出す。
(・・・)
まだ昨晩の余韻が残っている。
あの告白された瞬間のことを思うと、ふわふわした気分になってしまう。
でも夢じゃない。肌に触れるペンダントの感触が、それを教えてくれる。
(そういえば、理亜とかすみに報告しないと・・・)
どんな反応をするだろう?
ちょっと緊張するが、反応が楽しみではある。
この修学旅行は、私にとって忘れられないものとなった。
かすみとより仲良くなれて、理亜の過去を知り、そして桜木君と・・・。
空を見上げる。
そこに独りぼっちだった頃の気持ちはどこにもなかった。