修学旅行⑤
翌日。
「うぅー、俺達は登山家じゃねえんだぞ・・・」
数メートル前を登る足立君のぼやき声が聞こえる。
最初の数十分は緩やかな勾配だったが、急に傾斜がきつくなってきた。
理亜はまだ余裕がありそうだが、私とかすみに合わせてくれて、一緒に登っている。
「麻里、かすみ、無理しないでペース落としていいからね」
「ありがとね。は~、こういう時ばっかりは普段運動してないのが悔やまれるわね・・・」
「う、うん・・・はぁ」
まったくかすみの言う通りだ。
普段通学でそれなりに歩いてはいるが、山登りとなるとそれが生かされているようには感じられなかった。
段々と息が荒くなり、じんわりと汗ばんでくる。
周りのクラスメイトも余裕がなくなったのか、お喋りしている人はほとんどいなかった。
「はぁ、はぁ・・・」
徐々にペースが落ち、集中力が切れかけていた時だった。
「きゃっ!」
石を踏んでしまい、足を滑らせて後ろにずり落ちる。
しかし、誰かに背中を支えられてすぐに止まった。
「っと、大丈夫?」
声を聞いてすぐに誰だかわかった。
「あ、ありがとう、桜木君」
そういえば桜木君の姿が見当たらなかったが、私達より後ろにいるとは思わなかった。
「麻里ちゃん、大丈夫!?」
かすみが心配してこちらに来てくれる。
「大丈夫、だと思うけど・・・」
「足首ちょっと回してみて」
桜木君に言われた通り、石を踏んだ右足を回してみる。
「・・・うん、痛みはないみたい」
「はー良かったよ。たまたま後ろにいて」
「ふーん、なるほどね」
なぜか一人納得したように呟くかすみ。
そして桜木君に話しかける。
「ありがとね、桜木君。できたらこのあとも、たまたま後ろにいてくれると助かるかな」
「ははは、了解」
後半、声が小さくてあまり聞き取れなかったが、特に気にせず再び登り始める。
30分ほどで急勾配の地点を抜けて、さらに30分登ったところで小屋が見えてくる。
もうすぐ正午なので、どうやらここが休憩地点らしい。
生徒全員が登り終えるのを待ってから、お弁当が配られた。
「はー、疲れたあ。あ、麻里。足は問題ない?」
「うん、大丈夫だよ。ただ、明日は筋肉痛確実かな・・・あはは」
「同じく・・・はぁ、理亜は疲れたって言ってる割に余裕そうね」
三人で小屋の中のテーブルに座り、昼食をとりはじめる。
「先生に聞いたけど、難所はさっき越えたところみたいだから、あとひと踏ん張りってところじゃないかな?」
「しおりを見ると14時頃に頂上到着予定って書いてあるから、あと1時間くらいみたいだね」
「あと1時間と取るか、まだ1時間と取るかね・・・」
理亜と私の会話に、かすみはため息交じりに返す。
1時間ほどしっかりと英気を養ったあと、再び出発の時間となった。
休憩中に理亜が言ってた通り、それほどきつくない傾斜がずっと続いて、予定通りの時刻に頂上へ着いた。
「着いたー!ほら、二人ともあと少し頑張って!」
理亜が駆け足で一足先に登りきる。
「はぁ、ちょっと憎らしいくらい元気ね・・・」
「あはは・・・ほら、かすみ。あと一歩頑張ろ」
私が手を出すと、かすみはその手を取って一緒に登る。
正直、達成感というより、やっと終わった感のほうが強かった。
だがそれは頂上から見える景色を見てすぐに変わった。
「わぁ・・・」
息を呑む光景というのはこういうことを言うのだろう。
赤やオレンジ、黄色に色づいた木々が美しいグラデーションを描いている。
街並みが米粒のように小さく見え、周りの山々と相まってまるでジオラマのようだ。
隣で同じように山頂からの景色を見ているかすみも、疲れた表情から晴れやかなものに変わる。
理亜もかすみの隣に並び、眼下に広がる景色を眺めながら呟く。
「最高の景色だね」
「こんなの見ちゃうと、疲れたなんて言ってられないわね」
と、かすみが言ってるそばから足立君の声が聞こえてくる。
「あぁ~疲れた・・・早く帰ろうぜ」
「おい航。こんな絶景、そうそう見れるものじゃないんだから、しっかり見とかないと損するぞ」
桜木君の言葉にも、座り込んだままであまり乗り気ではなさそうだ。
「俺に今必要なのは絶景よりも休憩なんだよ・・・下りはあのロープウェイで帰れるんだろ?登りもあれで行けば楽だったのになあ」
すると理亜が足立君のもとへ歩み寄っていった。
「航君。こういうのは自分の足で登ったからこそ、達成感とか感動を味わえるんだよ?」
「そ、そうだよなあ。おお、最高の絶景だな!」
勢いよく立ち上がり、景色を眺める足立君。
そこに桜木君が静かにつっこむ。
「航・・・わかりやすい奴だな」
やっぱり足立君は、まだ理亜のことが好きなんだろうか?
こんなときに、ふとそんなことを思う。
数十分景色を堪能したあと、下山となる。
20分ほど下った先のロープウェイに乗り、あっという間に中腹まで着く。
そこから近くの川で釣りを楽しんで、二日目の宿泊先へバスで移動となった。
さすがに皆疲弊しているのか、出発のときと比べて車内は静かなものだった。
空が藍色に染まりかけてきた頃、宿泊先の旅館に着く。
「ご飯の前にお風呂入っていいみたいだけどどうする?」
部屋の鍵を受け取ったかすみが私達に尋ねる。
「私は入りたいかな」
「もちろん私も!」
満場一致したようで部屋に荷物を置いたあと、すぐ大浴場へ向かう。
今日の旅館は昨日よりも規模が小さく、露天風呂がないのが残念だ。
21時までならいつでも入れるとのことなので、夕飯のこともあり、早めに出て食堂へ向かった。
「あ、芳野さん。よかったらあそこのテーブルで一緒に食べない?」
桜木君に声をかけられ、指さした先のテーブルにはすでに足立君が座っていた。
「うん、いいよ」
6人掛けのテーブルに皆着席し、夕食を食べ始める。
「あーあ、修学旅行も実質今日で終わりかあ。明日はお土産買って帰るだけだもんね」
「はは、姫野さんはまだ物足りなさそうだね。隣の二人はどうなのかな?」
桜木君に話をふられて、かすみと顔を見合わせる。
「あ、あはは、私は十分満足したかな」
「う、うん。私もかな」
二人して苦笑いしながら答える。
すると反撃とばかりにかすみが返す。
「そういう桜木君はどうなのよ?」
「えっ?ははは、山登りさえなければもう少しいたいかな」
どうやら理亜以外、同じ考えのようで安心した。
皆夕食を食べ終えたあとも、お喋りを楽しむ。
「あー今日もご飯美味かったなあ。たまには学食でこれくらいのを食べたいもんだ」
夕食前は疲れていたのか、口数が少なかった足立君も元気を取り戻したようだ。
「そういえばさ、うちの学校の七不思議って知ってるか?」
少し声色を変えて話し始める。
「あー、三つくらい聞いたことあるけど詳しくは知らないなあ」
「私も理亜と同じくらいのレベルね。噂話を聞いたくらい」
「俺は全然知らないなあ」
「私も・・・七不思議があるってこと自体初めて聞いたかも」
最後に私が答えたあと、足立君が得意げに語り始めた。
「ふっふっふ、じゃあ最近仕入れた一つを話そう。これは『飲み込む影』って呼ばれてる話でな・・・昔、A子さんっていうコミュニケーションが苦手な子がいたんだ。
その子は休憩時間や昼休み、一人でいることが多かった」
(・・・)
怖い話は苦手だが、シンパシーを感じてしまう。
「時間が長い昼休みに教室にいるのがいたたまれなくなったA子さんは、ある時から普段人がほとんどいない西校舎の階段で本を読んで過ごすようになった。
あの10段くらいしかない階段の踊り場のとこな」
足立君が説明して補足する。
「昼休みの時間。西校舎で過ごすようになったA子さんはある日、いじめっ子のグループに入るところを見られてしまう。ほとんど人が来ないし外の声も聞こえない。A子さんにとっては最悪の状況で抗う術はなかった」
「ひどい・・・」
理亜が小さく呟いたのが聞こえた。
「そしていじめっ子たちはA子さんを階段の前に立たせ、その10段ほどの階段を飛び降りろと命令する。A子さんは無理だとわかっていながらも意を決して飛んだ。
するといじめっ子の一人が、後ろからガッとA子さんの足を引っかけた。A子さんはバランスを崩し、運悪く頭から落下して亡くなってしまったそうだ」
恐ろしくなり、思わず私は身を縮める。
話を聞いてる皆も顔を歪めていた。
「それで誰もいない時に、その西校舎の踊り場の真ん中に立ってジャンプすると、何者かに足を引っかけられて自分の影に飲み込まれるらしい・・・」
話が終わり、皆しばらくの間沈黙していた。
その沈黙を桜木君が最初に破る。
「最後は怪談にありがちな感じだけど、なんかリアリティがある話だな・・・」
「いじめっ子のグループはどうなったの?」
理亜も過去の自分と重ね合わせていたのだろうか?
普通だったら気にしない部分を追求する。
「さ、さあ?まあそもそも、これが本当にあった話かもわからないしな」
足立君も予想外の質問なのか、困惑して答える。
かすみのほうを見てみると、私と同じようにこの手の話は苦手なのか、自分自身を抱きしめるように身を縮めていた。
「じゃあ俺も一つ話そうか」
「え?桜木君も怪談の話するの・・・?」
正直もう怖い話は聞きたくないので、空気を読まずについ聞き返してしまう。
「いや、まあ人によっては怖く感じるかもしれないけど、どっちかっていうと不思議な話かな?聞く人によって捉え方が結構違ってくると思う」
それを聞いて少し安心した。
私の様子を見て大丈夫だと判断したのか、桜木君は話を始めた。
「この話の主人公は大学生・・・といっても浪人生なんだけど、D君としておこうか。D君は高校を卒業してから実家を離れ、勉強とバイトに明け暮れる日々を送っていた。
ある日、いつも通りバイトを終えて裏口から外に出たときだった。見知らぬ高校生くらいの女の子に声をかけられた。D君は誰か確認しようと質問するが、その子はとんでもないことを口にした。
『迎えに来ましたよ、D君』と」
「小さいころに遊んでた幼馴染パターンか?」
足立君が小さい声で口を挟む。
しかし桜木君は構わず話を進める。
「困惑するD君に、その子はさらに畳みかけるような一言。なんと自分は死神だと言う。色々質問をしても知らない、わからないばかり。その日は報告だけだと言って自称死神は帰っていった」
話の始まりからすごい展開だ。
私は興味を惹かれ、思わず少し前のめりに座る。
「翌日も死神・・・Sさんは現れた。昨日とは違い、平日の昼間に現れたので本当に死神なのかと感じ始めるD君。しかし何気ない雑談をしているその仕草や表情は、普通の女子高生にしか見えない。
D君は試しに自分がいつ死ぬのかも聞いてみたが、死神を名乗るのにそれもわからないと言う。
そしてその翌日、さらに翌日とSさんは毎日D君の前に現れた。話すことといえば、いつもなんてことのない雑談。やがてD君は死神なんてものを忘れ、Sさんに惹かれていった。それはSさんも同じだった」
少し話の間を空けたときにちらっと隣を見ると、理亜とかすみも桜木君の話に引き込まれているようだった。
「Sさんが現れてから10日ほど経った時だった。初めて一日もSさんが現れない日が訪れた。D君はたまたまだと思っていたが、次の日、また次の日もSさんは現れない。
もしかして死ぬ運命が回避されたのかと考えたが、本当にそうだとしても素直に喜べなかった。それはSさんともう二度と会えないということなのだから・・・。
しかし次の日、Sさんは現れた。だが会うなり、Sさんはもう会えないと告げた。D君は必死に食い下がるが、ありがとうと言い残しSさんは文字通り煙のように消えた。
ショックで崩れ落ちるD君。すると後ろからエンジンの音がこちらにどんどん迫るのが聞こえる。振り向くと目の前には車のヘッドライト。D君の視界は暗闇に包まれた」
「えっ、死んじゃったのか!?死神が消えたのになんでだよ」
私が思ったことをそのまま足立君が口にする。
すると桜木君は鼻の前に人差し指を立てる。
さすがに話はここで終わり、ということではないらしい。
「気が付いたとき、D君は静まり返った夜中の病院を歩いていた。ある病室の前で立ち止まり、扉を開ける」
よかった、生きていたんだ。
でも死神は消えて・・・結末がどうなるのか想像がつかない。
「そこは個室で一人の少女が人工呼吸器を付けて横たわっていた。D君は少女の手を握ると少女は弱々しく握り返す。D君はうなだれ、許しを請うように少女に謝った。少女はかすかに目を開けて、D君の言葉に応えるようにさっきより強く手を握り返す」
(・・・)
次で結末を迎える。
予感というより、確信めいた何かがあった。
「D君は少女・・・Sさんにこう告げた。僕は君を迎えに来た、と」
しばらくの間、皆静まり返った。
「終わり・・・なんだよね?」
かすみが桜木君に確認する。
それに対して無言で静かに頷いた。
「そんなの切なすぎる・・・」
少し目を潤ませながらかすみは呟いた。
「でも、ある意味二人は結ばれたのかも。二人とも死神になることで・・・」
「あ・・・そういう考え方もあるのね。・・・なるほど、桜木君が言ってた聞き手によって捉え方が違うってこういうことね」
理亜の解釈に納得したように答える。
一人、蚊帳の外の状態だったのが足立君。
「なあ、なんでSさんは急に病気になったんだ?」
「はあ・・・足立君はもう少し本でも読んで、理解力を深めなさい」
話の内容が理解できていないらしい足立君に、かすみが一言切り込む。
皆がその一言に軽く笑う中、私は不思議な感覚に包まれていた。
これは既視感というやつだろうか?
そして、この話には何か欠けているものがある。そんな気がした。
私は半ば無意識にある言葉を呟く。
「・・・マリーゴールド」
「え・・・?」
桜木君だけがその言葉に反応したようだった。
しかし、そのことについて特に言及はしてこなかった。
そのとき先生が来て、そろそろ片付けをするので部屋に戻れとのこと。
私達は解散してそれぞれの部屋に戻った。
今日は疲労が溜まっているので、部屋でのんびりテレビを見ながら自由時間を過ごす。
そして21時過ぎに三人で再びお風呂に入り、部屋に戻って就寝準備をする。
「はー、今日はよく眠れそう」
「今日も、でしょ。理亜の場合は」
理亜の一言に、かすみのちょっとキツいつっこみが入る。
「あはは、それは言いっこなしだよー」
そう。昨日初めて知ったが、理亜は結構寝起きが悪い。
でも今日は私も他人事ではないかもしれない。
皆、歯を磨き終えて灯りを保安球にする。
「それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ~。明日起きれなかったらよろしくね」
かすみと私は苦笑いしながら床に就いた。
静寂が部屋の中を支配する。
(・・・)
どれくらい時間が経っただろうか?
疲れているはずなのになぜか眠れない。
かすみはわからないが、隣の理亜は寝息を立ててすっかり夢の中のようだ。
私は館内でも散歩してこようと起き上がり、上着を羽織って部屋を出る。
少し狭い廊下を歩き、バルコニーがある開けた場所に出る。
大きな窓ガラスから外を見るとバルコニーの端に人影が見えた。
(・・・桜木君?)
私はドアを開けてバルコニーに出る。
物音に気付いたのか、桜木君はこちらを振り返った。
「芳野さん?こんな時間にどうしたの?」
「なんか眠れなくってね。ちょっと館内を散歩してたら見かけたから。桜木君こそ何してたの?」
「ああ、俺もなんだか寝付けないから起きてきたんだけどね。おかげでいいものが見れたよ」
そう言って空を指さした。
見上げると一面、星空が広がっていた。
「わあ・・・すごい・・・」
目の前が山で気付かなかった。
見たことのない光景に上手い表現が出てこない。
「大自然の中ならではの光景だよね」
「うん・・・あ、オリオン座ってもう見えるのかな?でも、これだけ一面が星一杯だと、逆に見つけるの難しいね」
「あはは、確かに。星座の本とかあれば、普段見れない星が観察できて楽しそうなんだけどなあ」
飽きることなく二人でしばらく星空を眺める。
すると、ちょうど目線の先に一筋の光の粒が走った。
「「今の見た!?」」
二人の声が重なる。
「う、うん。今のって流れ星だよね?私、初めて見た!」
「俺も初めて見たよ!感動っていうより、なんかテンションあがっちゃうね」
桜木君の言う通り、私も気分が高揚している。
「あっ!願い事するの忘れちゃった・・・でもあんな一瞬で3回も願い事言うのは無理だよね・・・」
「うん・・・まあせっかくだし、今からでも何かお願いしておけば?」
「うん、そうだね」
(何をお願いしよう?すぐに思いつくのは理亜、かすみとずっと仲良くいられますように、かな)
なぜか神社スタイルで手を合わせ、目を閉じて心の中でお願いする。
桜木君も何かお願いするのかな?と目を開けて見たときだった。
「・・・よし、決めた。俺のお願いは流れ星じゃなくて芳野さんにするよ」
そう言って体をこちらに向き直し、真っすぐ真剣な眼差しで私を見る。
どういう意味だろう、と思いつつもドキッとする。
私も体を向き直し、桜木君の言葉を待つ。
桜木君は胸に手を置いて、自分を落ち着かせるよう深呼吸してから口を開いた。
「芳野さん・・・好きです。付き合ってください」
頭が真っ白になり、時が止まったような感覚に包まれた。
辺りは真っ暗闇の静寂。
実際、私一人だったら本当に時間が止まってもわからないだろう。
でも目の前には、不安そうにこちらを見る桜木君の瞳が揺れている。
(桜木君が私のこと、好き・・・!?えっと、私は、私は・・・)
ようやく思考が戻ってくるが、まだ正常に働かない。
深呼吸し、心を落ち着けようと試みる。
(私は・・・桜木君のこと、どう思っているんだろう?)
その考えが自分を少し冷静にさせた。
(極端に好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きだろう。でもそれは友達として・・・)
自問自答を続ける。
(いや違う。異性として見なかったわけじゃない。ただ、私なんかが・・・という気持ちがどうしても邪魔をして見ないようにしてたんだ)
どれくらい思考を巡らせているだろう。
想像以上に無言の時間が流れてしまったのか、桜木君がたまらず口を開く。
「あ、あの、芳野さん。返事は今じゃなくても大丈夫だから・・・突然こんなこと言ってごめん」
静寂を切り裂く声に、ハッと我に返る。
「あ、ごめん・・・その、大丈夫・・・」
私は自分自身の気持ちを確認し、決意する。
「えっと・・・私でよければ、お願いします」
不安そうだった桜木君の表情が、みるみる明るくなる。
『やった!』
(!?)
不意に聞こえた心の声に少し驚く。
喜びの感情は負の感情に比べて弱いため、意識せず聞こえてくることはほとんどない。
心の中で嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あ、ありがとう。は~、もう心臓バクバクで止まるかと思ったよ」
「あはは、私もだよ。でも、なんで・・・」
なんで私を選んだの?
そう言いかけてやめた。
同じクラス内でも理亜やかすみ、私から見たら魅力的な子はたくさんいる。
でも桜木君は私を選んでくれた。
私がどうこう言うのは違う気がする。そう感じた。
「ん?」
「ごめん、何でもない」
笑って誤魔化すが、桜木君は言いかけていた言葉を見通していたように答える。
「理屈じゃない・・・かな?芳野さん。自分のこと、あまり過小評価しないであげて」
「えっ!?う、うん・・・」
もしかしたら、桜木君は本当に心が読めるんだろうか?
今は何を考えているんだろう。
心を読もうと思ったが、自分の心が読まれているかも、と思ったらできなかった。
「さて、風邪ひいちゃうといけないからそろそろ戻ろうか?」
「うん、そうだね」
館内に入り、一度立ち止まる。
桜木君の部屋は反対の通路側らしい。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ。ま、麻里」
かあっと顔が熱くなるのを感じた。
桜木君も同じなのか、言うなりすぐに背を向けて部屋に戻っていった。
私も余韻を感じながら部屋に戻る。
再度布団に入るも、今日はますます眠れそうになかった。