修学旅行④
「ただいまー」
部屋に戻ると理亜が座椅子に座り、テレビを見ていた。
「おかえりー。ずいぶん長い時間入ってたんだね」
「露天風呂が気持ちよくって、つい時間ぎりぎりまで・・・ね?」
白河さんに軽く目配せして同意を促す。
「そうそう。明日もう一回入ったら、露天風呂なんて次いつ入れるかわからないからね。そういえば足立君の誘いはどうするの?」
「んー、テレビもあんまり面白いのやってないし、行こっか」
理亜がそう言って立ち上がったところで、私はあることに気付いた。
「あっ!腕時計、脱衣所に忘れちゃったかも・・・」
「もー、しょうがないなあ麻里は。私もついていってあげるよ」
後ろから抱きつくように私の肩を掴み、顔を覗き込む理亜。
「ちょっと理亜、近いってば!」
「ふふふ。ほら、早く行こ」
楽しそうに私の背中を押して廊下に出る。
「やれやれ・・・じゃあ私は先に行ってるからねー」
後ろを振り向くと、白河さんはとても嬉しそうな表情で私達を見ていた。
「えっと・・・308号室だったよね?」
「うん。あ、ここだよ」
無事、腕時計を見つけて桜木君と足立君の部屋のドアをノックする。
中からこちらに向かう足音が聞こえて、すぐにドアが開かれる。
「いらっしゃい。時計は見つかった?」
「うん、心配してくれてありがとう」
白河さんから事情を聞いたらしい桜木君が、出迎えると同時に気にかけてくれる。
「おっ、ようやくマリア様が来たか!じゃあ早速やろうぜ」
部屋の中に入ると足立君が妙な呼び名を使い、思わず周りをキョロキョロと見渡す。
「マリアって誰?」
私が聞こうとしたところで、一瞬先に理亜が切り出す。
「ほら、マリとリアでマリアじゃん?我ながら良い呼び名だな、うん」
足立君は腕を組み、うんうんと一人頷く。
「へー、素敵だけどなんか聖母マリア様って思うと恐縮しちゃうね」
「ま、足立君にしてはいいセンスだけど、私が仲間外れなのはちょっと納得いかないわね・・・」
白河さんが控えめに抗議の声をあげる。
「そういえば時計は見つかったの?麻里ちゃん」
「見つかったよ。か、かすみ」
近いうちにまた名前で呼ばれると思い、心の準備はしていたが、声がつっかえてしまう。
気付いたかどうかわからないが、理亜は呼び方のことに特に言及してこなかった。
「よーし、じゃあババ抜きから始めるか。皆、円になるよう座ってー」
時計回りに足立君、桜木君、私、理亜、かすみの順番に座る。
「最初の一回はジュースを賭けた勝負な!下位二人が払うってことで」
なんとなく予想していたが、今回もやるようだ。
そう、足立君は大勢集まると、この賭けジュースをしばしば行う。
そして私はこの勝負に参加して、一度も負けたことがない。
「んー?ババは誰が持ってるんだ?」
ゲームが始まって皆、ババの所有者がバレないよう静かにやっていたが、中盤になり足立君がしびれを切らして口を開く。
全体的に持ってるカードが結構減ってきたが、私のもとにはまだ一回も来ていない。
桜木君が足立君からカードを取る。
すると、足立君の口元が緩んだのが目に入った。
どうやら足立君がババを持っていて、桜木君に移動したのだろう。
(よし・・・いつも勝ってるから今日は負けておこう)
私は久しぶりに意識を集中し、チカラを使う。
まず桜木君の持ってる4枚のカードの右端に指をかける。
『あ、それは駄目・・・』
違うみたいだ。
一つ隣のカードに指をかける。
『よし、それ取って』
これがババのようだ。
私は指をかけていたカードを引き抜く。
(えっ!?)
引き抜いたカードはババではなかった。
私は驚きで少しの間、固まってしまう。
(あれ?私間違えた・・・?桜木君にとって、持っていってほしいカードはババだから・・・)
「麻里?どうかした?」
「あ、ごめん!なんでもない」
固まって考え事をしていたら、理亜に不自然がられてしまった。
なんだか混乱してしまいそうなので、もうチカラは使わないことにした。
(・・・)
次の私の番。
桜木君はカードをシャッフルしている様子がなかったので、なんとなく一番右のカードを取ってみた。
・・・ジョーカーだった。
また変に考え込むと誰かに不審に思われそうなので、平常心でゲームを進める。
「はい、あがりー。ジュースごちそうさま」
かすみが一抜けし、そのすぐあとに足立君も抜ける。
「よっしゃー!久々に勝ったぜ」
桜木君、私の番が終わり、理亜の番。
「揃ったー!」
最後に理亜が抜けて、私と桜木君の負けが確定した。
結局普通にゲームをして、無事?に負けることができた。
桜木君と一緒に部屋を出て、皆の分の飲み物を買いに行く。
「あー負けちゃったかー。そういえば芳野さんが負けるのって初めて見る気がするなあ」
「ど、どうかなあ?まあそんなに負けた記憶はないかも?」
事実を突かれて、なんとなくはぐらかしてしまう。
自販機で飲み物を買い、部屋に戻ったあとも皆でトランプを楽しむ。
「だーっ!ここ止めてるやつ誰だよ!」
七並べでは主に足立君が叫び声が響き渡り。
「ふふーん、また私の勝ちね」
大富豪ではかすみの戦略性の高さが光った。
楽しさで時間を忘れかけていたところで、私はふと腕時計を見る。
「あっ、もうそろそろ戻ったほうがいいかも」
時刻は21時45分。
消灯時間は22時半だが、22時過ぎから先生が見回りにくるらしい。
「もうこんな時間だったんだ。じゃあ解散しようか?」
「そうね。先生に見つかると、私と桜木君は特にまずいしね」
理亜とかすみも賛同して解散となる。
「いやー楽しかったな。じゃあお疲れさん!」
「三人とも、付き合ってくれてありがとうね。じゃあおやすみ」
足立君、桜木君と挨拶を交わし、自分たちの部屋に戻った。
「あー、これぞ修学旅行って感じで楽しかったあ」
理亜が満足げにベッドに腰掛ける。
私達の部屋は四人部屋なので和洋折衷の部屋になっていて、和室にいるかすみから声が聞こえてくる。
「明日は本格的な山登りなんだから、気持ちを切り替えなきゃだめよ、理亜」
「はぁい」
少しけだるそうに返事をする理亜。
数分したところで先生が様子を見に来たあと、就寝の準備をする。
三人とも歯磨き等を済ませ、電灯を保安球にしたところで理亜が呟く。
「まだ時間早いし、眠れそうにないなあ」
「起きてても構わないけど、ほどほどにするのよ?それじゃあ、おやすみ」
かすみが釘を刺してから、和室のふすまを閉めた。
「麻里はもう寝ちゃう?」
何かを訴えかけるような瞳で聞かれる。
「私もいつもはもう少し寝るの遅いから大丈夫だよ」
「やった!じゃああっちでお話しよ」
窓際にある、小さいテーブルの向かい合わせに置かれた椅子に座る。
「なんかこの窓際に置かれたテーブルと椅子を見ると、旅館に来たって感じするよね」
「うん、すっごいわかる!これって何か意味があるのかな・・・って、ごめん」
理亜が少し大きな声を出したので、私がジェスチャーで静かにするよう促す。
「キャンプも楽しかったなあ・・・」
「うん、またやりたいな」
窓から夜空を見上げ、呟くように口にする理亜。
それから少しの間、お互い沈黙した時間が流れる。
気まずいという空気はない。
ほどなくして、月明りに照らされた理亜の口が静かに動いた。
「ねえ麻里。私の過去のこと・・・聞いちゃった?」
「えっ!?な、なんで?」
唐突な質問に私は動揺してはぐらかすが、肯定しているようなものだった。
「ふふ、やっぱり当たってたかあ」
「あ、あの・・・かすみの事は怒らないであげて」
かすみと仲違いにはなってほしくないので弁護するものの、理亜はやけに落ち着いた様子だった。
「怒らないよ。ただ・・・私の口から話したかったなあって思ってね」
「そう、なんだ・・・でもなんでわかったの?」
「だって急に名前で呼び合うんだもん。まあ私の昔のことを話してたっていうのは、ちょっとした勘だけどね」
やっぱりあの時、気付いてたらしい。
でもそれだけで、過去の話と何か繋がるものがあるのだろうか?と思ったとき、理亜が話を続けた。
「かすみが私以外の人を、下の名前で呼ぶのって初めて聞いたんだ。麻里のことを本当に信用しているからこそ、私の昔の事を話したと思うの。
だからとっても嬉しかったんだけどね・・・ちょっと悔しかったんだ」
自分の弱さをさらけ出すというのはとても勇気がいる行為だが、理亜はそれが自ら出来なかったというのが不本意らしい。
「でも・・・理亜はすごいよ。そんなことがあったなんて、全く感じさせないんだから」
「あの時、かすみに出会わなかったらどうなってたんだろう?って今でもたまに考えたりするんだ。すぐに怖くなって考えることやめちゃうんだけどね。
だから・・・かすみには本当に感謝してるんだ」
私もだよ。
心の中で理亜に語りかける。
私も理亜と出会わなければ、どうなっていたのか想像するのが怖い。
そして・・・私も理亜に隠していることがある。
「あのね、理亜。私も・・・理亜に言わなきゃいけないことがあるの」
理亜の秘密を知ったことで、私の秘密を話すべきだと感じた。
真っすぐに私の瞳を見つめて、次の言葉を待つ理亜。
「私、実は・・・」
待って!
心の中でブレーキがかかる。
私の秘密は理亜とはわけが違う。
友達から自分の心の中を覗かれていたのを知って、はいそうですか、で済むわけがない。
そこまで言いかけて急に恐ろしくなり、言い淀む。
「実はね・・・っ」
動悸が激しくなり、うなだれて理亜の瞳を見ていられなくなる。
どうしよう、どうしよう。
頭に中がパニックになりかけていた時だった。
「麻里」
私の肩に理亜の手が置かれていた。
「大丈夫だよ、今じゃなくても」
優しい声に再び顔を上げる。
「きっと麻里が今から話そうとしていることは、私と同じくらい・・・ううん、私よりも辛いことだと思うの。だから、麻里の気持ちに整理がついた時で大丈夫だよ」
その言葉に落ち着きを取り戻し始める。
少しだけ間を取って口を開く。
「うん・・・ごめんね」
私の手が理亜の両手で包み込まれた。
「ねえ麻里。私は何があっても麻里の友達だからね」
「理亜、ごめん・・・ううん、ありがとう」
いつか・・・いつになるかわからないけど、必ず言わなければ。
しっかりと自分の心に誓った。