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サクラユキ  作者: えるす
19/23

修学旅行④

「ただいまー」


 部屋に戻ると理亜が座椅子に座り、テレビを見ていた。


「おかえりー。ずいぶん長い時間入ってたんだね」


「露天風呂が気持ちよくって、つい時間ぎりぎりまで・・・ね?」


 白河さんに軽く目配せして同意を促す。


「そうそう。明日もう一回入ったら、露天風呂なんて次いつ入れるかわからないからね。そういえば足立君の誘いはどうするの?」


「んー、テレビもあんまり面白いのやってないし、行こっか」


 理亜がそう言って立ち上がったところで、私はあることに気付いた。


「あっ!腕時計、脱衣所に忘れちゃったかも・・・」


「もー、しょうがないなあ麻里は。私もついていってあげるよ」


 後ろから抱きつくように私の肩を掴み、顔を覗き込む理亜。


「ちょっと理亜、近いってば!」


「ふふふ。ほら、早く行こ」


 楽しそうに私の背中を押して廊下に出る。


「やれやれ・・・じゃあ私は先に行ってるからねー」


 後ろを振り向くと、白河さんはとても嬉しそうな表情で私達を見ていた。



「えっと・・・308号室だったよね?」


「うん。あ、ここだよ」


 無事、腕時計を見つけて桜木君と足立君の部屋のドアをノックする。

中からこちらに向かう足音が聞こえて、すぐにドアが開かれる。


「いらっしゃい。時計は見つかった?」


「うん、心配してくれてありがとう」


 白河さんから事情を聞いたらしい桜木君が、出迎えると同時に気にかけてくれる。


「おっ、ようやくマリア様が来たか!じゃあ早速やろうぜ」


 部屋の中に入ると足立君が妙な呼び名を使い、思わず周りをキョロキョロと見渡す。


「マリアって誰?」


 私が聞こうとしたところで、一瞬先に理亜が切り出す。


「ほら、マリとリアでマリアじゃん?我ながら良い呼び名だな、うん」


 足立君は腕を組み、うんうんと一人頷く。


「へー、素敵だけどなんか聖母マリア様って思うと恐縮しちゃうね」


「ま、足立君にしてはいいセンスだけど、私が仲間外れなのはちょっと納得いかないわね・・・」


 白河さんが控えめに抗議の声をあげる。


「そういえば時計は見つかったの?麻里ちゃん」


「見つかったよ。か、かすみ」


 近いうちにまた名前で呼ばれると思い、心の準備はしていたが、声がつっかえてしまう。

気付いたかどうかわからないが、理亜は呼び方のことに特に言及してこなかった。


「よーし、じゃあババ抜きから始めるか。皆、円になるよう座ってー」


 時計回りに足立君、桜木君、私、理亜、かすみの順番に座る。


「最初の一回はジュースを賭けた勝負な!下位二人が払うってことで」


 なんとなく予想していたが、今回もやるようだ。

そう、足立君は大勢集まると、この賭けジュースをしばしば行う。

そして私はこの勝負に参加して、一度も負けたことがない。


「んー?ババは誰が持ってるんだ?」


 ゲームが始まって皆、ババの所有者がバレないよう静かにやっていたが、中盤になり足立君がしびれを切らして口を開く。

全体的に持ってるカードが結構減ってきたが、私のもとにはまだ一回も来ていない。

桜木君が足立君からカードを取る。

すると、足立君の口元が緩んだのが目に入った。

どうやら足立君がババを持っていて、桜木君に移動したのだろう。


(よし・・・いつも勝ってるから今日は負けておこう)


 私は久しぶりに意識を集中し、チカラを使う。

まず桜木君の持ってる4枚のカードの右端に指をかける。


『あ、それは駄目・・・』


 違うみたいだ。

一つ隣のカードに指をかける。


『よし、それ取って』


 これがババのようだ。

私は指をかけていたカードを引き抜く。


(えっ!?)


 引き抜いたカードはババではなかった。

私は驚きで少しの間、固まってしまう。


(あれ?私間違えた・・・?桜木君にとって、持っていってほしいカードはババだから・・・)


「麻里?どうかした?」


「あ、ごめん!なんでもない」


 固まって考え事をしていたら、理亜に不自然がられてしまった。

なんだか混乱してしまいそうなので、もうチカラは使わないことにした。


(・・・)


 次の私の番。

桜木君はカードをシャッフルしている様子がなかったので、なんとなく一番右のカードを取ってみた。

・・・ジョーカーだった。

また変に考え込むと誰かに不審に思われそうなので、平常心でゲームを進める。


「はい、あがりー。ジュースごちそうさま」


 かすみが一抜けし、そのすぐあとに足立君も抜ける。


「よっしゃー!久々に勝ったぜ」


 桜木君、私の番が終わり、理亜の番。


「揃ったー!」


 最後に理亜が抜けて、私と桜木君の負けが確定した。

結局普通にゲームをして、無事?に負けることができた。

桜木君と一緒に部屋を出て、皆の分の飲み物を買いに行く。


「あー負けちゃったかー。そういえば芳野さんが負けるのって初めて見る気がするなあ」


「ど、どうかなあ?まあそんなに負けた記憶はないかも?」


 事実を突かれて、なんとなくはぐらかしてしまう。

自販機で飲み物を買い、部屋に戻ったあとも皆でトランプを楽しむ。


「だーっ!ここ止めてるやつ誰だよ!」


 七並べでは主に足立君が叫び声が響き渡り。


「ふふーん、また私の勝ちね」


 大富豪ではかすみの戦略性の高さが光った。

楽しさで時間を忘れかけていたところで、私はふと腕時計を見る。


「あっ、もうそろそろ戻ったほうがいいかも」


 時刻は21時45分。

消灯時間は22時半だが、22時過ぎから先生が見回りにくるらしい。


「もうこんな時間だったんだ。じゃあ解散しようか?」


「そうね。先生に見つかると、私と桜木君は特にまずいしね」


 理亜とかすみも賛同して解散となる。


「いやー楽しかったな。じゃあお疲れさん!」


「三人とも、付き合ってくれてありがとうね。じゃあおやすみ」


 足立君、桜木君と挨拶を交わし、自分たちの部屋に戻った。


「あー、これぞ修学旅行って感じで楽しかったあ」


 理亜が満足げにベッドに腰掛ける。

私達の部屋は四人部屋なので和洋折衷の部屋になっていて、和室にいるかすみから声が聞こえてくる。


「明日は本格的な山登りなんだから、気持ちを切り替えなきゃだめよ、理亜」


「はぁい」


 少しけだるそうに返事をする理亜。

数分したところで先生が様子を見に来たあと、就寝の準備をする。

三人とも歯磨き等を済ませ、電灯を保安球にしたところで理亜が呟く。


「まだ時間早いし、眠れそうにないなあ」


「起きてても構わないけど、ほどほどにするのよ?それじゃあ、おやすみ」


 かすみが釘を刺してから、和室のふすまを閉めた。


「麻里はもう寝ちゃう?」


 何かを訴えかけるような瞳で聞かれる。


「私もいつもはもう少し寝るの遅いから大丈夫だよ」


「やった!じゃああっちでお話しよ」


 窓際にある、小さいテーブルの向かい合わせに置かれた椅子に座る。


「なんかこの窓際に置かれたテーブルと椅子を見ると、旅館に来たって感じするよね」


「うん、すっごいわかる!これって何か意味があるのかな・・・って、ごめん」


 理亜が少し大きな声を出したので、私がジェスチャーで静かにするよう促す。


「キャンプも楽しかったなあ・・・」


「うん、またやりたいな」


 窓から夜空を見上げ、呟くように口にする理亜。

それから少しの間、お互い沈黙した時間が流れる。

気まずいという空気はない。

ほどなくして、月明りに照らされた理亜の口が静かに動いた。


「ねえ麻里。私の過去のこと・・・聞いちゃった?」


「えっ!?な、なんで?」


 唐突な質問に私は動揺してはぐらかすが、肯定しているようなものだった。


「ふふ、やっぱり当たってたかあ」


「あ、あの・・・かすみの事は怒らないであげて」


 かすみと仲違いにはなってほしくないので弁護するものの、理亜はやけに落ち着いた様子だった。


「怒らないよ。ただ・・・私の口から話したかったなあって思ってね」


「そう、なんだ・・・でもなんでわかったの?」


「だって急に名前で呼び合うんだもん。まあ私の昔のことを話してたっていうのは、ちょっとした勘だけどね」


 やっぱりあの時、気付いてたらしい。

でもそれだけで、過去の話と何か繋がるものがあるのだろうか?と思ったとき、理亜が話を続けた。


「かすみが私以外の人を、下の名前で呼ぶのって初めて聞いたんだ。麻里のことを本当に信用しているからこそ、私の昔の事を話したと思うの。

だからとっても嬉しかったんだけどね・・・ちょっと悔しかったんだ」


 自分の弱さをさらけ出すというのはとても勇気がいる行為だが、理亜はそれが自ら出来なかったというのが不本意らしい。


「でも・・・理亜はすごいよ。そんなことがあったなんて、全く感じさせないんだから」


「あの時、かすみに出会わなかったらどうなってたんだろう?って今でもたまに考えたりするんだ。すぐに怖くなって考えることやめちゃうんだけどね。

だから・・・かすみには本当に感謝してるんだ」


 私もだよ。

心の中で理亜に語りかける。

私も理亜と出会わなければ、どうなっていたのか想像するのが怖い。

そして・・・私も理亜に隠していることがある。


「あのね、理亜。私も・・・理亜に言わなきゃいけないことがあるの」


 理亜の秘密を知ったことで、私の秘密を話すべきだと感じた。

真っすぐに私の瞳を見つめて、次の言葉を待つ理亜。


「私、実は・・・」


 待って!

心の中でブレーキがかかる。

私の秘密は理亜とはわけが違う。

友達から自分の心の中を覗かれていたのを知って、はいそうですか、で済むわけがない。

そこまで言いかけて急に恐ろしくなり、言い淀む。


「実はね・・・っ」


 動悸が激しくなり、うなだれて理亜の瞳を見ていられなくなる。

どうしよう、どうしよう。

頭に中がパニックになりかけていた時だった。


「麻里」


 私の肩に理亜の手が置かれていた。


「大丈夫だよ、今じゃなくても」


 優しい声に再び顔を上げる。


「きっと麻里が今から話そうとしていることは、私と同じくらい・・・ううん、私よりも辛いことだと思うの。だから、麻里の気持ちに整理がついた時で大丈夫だよ」


 その言葉に落ち着きを取り戻し始める。

少しだけ間を取って口を開く。


「うん・・・ごめんね」


 私の手が理亜の両手で包み込まれた。


「ねえ麻里。私は何があっても麻里の友達だからね」


「理亜、ごめん・・・ううん、ありがとう」


 いつか・・・いつになるかわからないけど、必ず言わなければ。

しっかりと自分の心に誓った。

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