修学旅行③
昼食を終えた後、地元で有名なパワースポットの滝に行ったり、陶芸作りの体験をして一日目の旅館に着いた。
予定より少し遅れての到着となったため、すぐに夕食を食べて、そのあとクラスごとにお風呂と慌ただしい。
私達のクラス、A組からの入浴なので急いで準備をするが、その途中・・・。
「ねえねえ二人とも。あえてあと10分くらい経ってから行かない?そのほうが空いてそうだし」
白河さんが名案とばかりに発言する。
確かに皆、我先にと急いで入ることが予想されるので、遅れて行ったほうが空いてる可能性は高そうだ。
「それいいかも。入れる時間は短くなっちゃうけど、人が少ないほうが落ち着くしね。理亜はどうかな?」
「賛成!パンフレット見た感じ、露天風呂は小さそうだったから混んでると入れないしね」
ということで10分ほど経ったあと、三人で大浴場に向かう。
廊下を歩いてると、反対側から足立君の姿が見えた。
「あれ?お三方は今から風呂行くの?」
皆よりだいぶ遅れて向かうことに、やはり疑問を感じたらしい。
「うん。かすみの提案で、あえて少し時間ずらそうかってね」
「あーなるほど。俺もそうすればよかったぜ」
合点がいったようだったが、足立君くらいのカラスの行水ならどっちでも同じような・・・とはさすがに言えなかった。
「あ、風呂あがったら皆でトランプでもやろうぜ!」
「はーい、考えておくねー」
理亜はそう言い残し、私達は再び大浴場へ歩を進めた。
大浴場に着き、脱衣所で身に着けているものを全てロッカーに入れて、扉を開ける。
「わー、広くて最高だね」
「うんうん。なんか温泉旅館にきたって感じがするよね」
理亜とそんなことを言ってると、数人の子が私達と入れ違いで出て行った。
白河さんの提案はどうやら正解だったようだ。
「露天風呂のほうはまだ結構いるみたいだけど、洗ってる間に空きそうね」
「うん、そうだね。さっすがかすみ大先生」
「褒めても何も出ないわよー」
冗談っぽく突き放す白河さんの一言に私と理亜は軽く笑い、三人並んでシャワー前の風呂椅子に座る。
髪や体を洗い終えて露天風呂のほうを見てみると、まだ2、3人いるようだったのでとりあえず屋内のほうに入る。
「はー気持ちいい・・・屋内のほうでも窓が大きいから眺めがいいね」
「ほんと気持ちいいし、景色も最高ね・・・って理亜、どうかしたの?」
私と白河さんが窓際で景色を楽しむ中、反対側を見ると理亜は足先を入れただけの状態で、まだ温泉に入っていなかった。
「あはは・・・私、家ではいつもぬるめのお湯だから、ちょっと熱くってね」
そう言いながら、数十秒かけてようやく肩まで入った。
「あ~熱いけどやっぱり温泉は気持ちいいねー」
「理亜、のぼせないように気を付けてね」
「うん、ありがと麻里」
三人で窓からの景色を眺めて2分ほどすると、露天風呂のほうから二人出てきた。
それを見て私達は露天のほうへ移動する。
「ひゃー寒い!でも貸し切りだよ!」
理亜は足早に露天風呂へ向かう。
11月の夜ともなれば、当然空気はかなり冷たい。
人がいたおかげで屋内のほうに少し浸かっておいたのが、逆によかったかもしれない。
「あー最高・・・お湯に浸かると空気の冷たさが逆に心地いいのよね」
うっとりした表情で呟く白河さん。
私も相槌を打って同意する。
少し遠くに見える街の灯りが、キラキラと輝いて幻想的だった。
「こんなのが家のお風呂だったら、毎日長風呂になっちゃうね」
「うん。でも、たまに入るからこそ特別に感じていいんじゃないかな?」
「そうよ理亜。芳野さんの言う通り、こういう特別は当たり前になると、特別じゃなくなるんだからね」
私の言葉に白河さんも付け足すように、やんわりと釘をさす。
「はぁい」
わざとらしく、いじけたような返事で返す理亜だった。
露天風呂に移動して数分経った頃。
「う~そろそろ限界かも・・・私、先に出てるね」
「はーい、頭がボーっとしたら無理して立たないようにね」
理亜が先に温泉を出て、白河さんと二人きりになる。
(・・・)
少しの間、沈黙の時間が流れる。
白河さんとは本の話をしたりするが、学校以外で二人きりになるのは多分初めてなので、なんだか気まずい。
「はー・・・さっき理亜に注意しといてなんだけど、月に一回くらいこういうお風呂入れたら最高ね」
「うん。大人になったら・・・月に一回は無理だろうけど、年一回くらい温泉行きたいね」
「OLとかによくある、自分へのご褒美ってやつだね。案外近い将来、本当にやってるかも」
気を使ってくれたのかはわからないが、白河さんのほうから沈黙を破ってくれた。
私からも何か話題を振ろうと考えていると、再び白河さんが少し重たげに口を開いた。
「ねえ芳野さん・・・ちょっと変な事聞くんだけど、理亜って最近元気?」
「え?」
要領を得ない質問に答えあぐねる。
それを見てか、白河さんは言い直す。
「あ、そのね・・・たまに寂しそうな表情とか、したりしてない?」
「私が知る限りではないと思うけど・・・って理亜に何かあったの!?」
まだ質問の意味がよくわからないが、その内容に思わず質問を返す。
「ああ、何かあったわけじゃないの!って、こんな事聞かれたらそりゃあ気になるわよね」
私は強く頷くと、白河さんは諦めたように言葉を続ける。
「芳野さんなら大丈夫かな・・・。今から話すことは全部胸に納めておいてくれる?」
「う、うん・・・」
何か大事なことを聞かされる。
そんな空気がして、なんだか緊張する。
「あのね・・・理亜は中学の頃、いじめられてたの」
「えっ!?」
その言葉に驚きを隠せないが、心の中はより激しく動揺する。
「中学三年の時、私と理亜は初めて出会ったんだ。三年になって数週間後、私は放課後に忘れ物を取りに教室に戻ったら、理亜が女子二人にいじめられてる現場に遭遇した。
その時は私が止めて、女子二人はなんとか引き下がった。そのあと、あの子が言った言葉、今でも鮮明に覚えてるの・・・」
当時の事を振り返って辛くなったのか、少し言葉を詰まらせて間を開ける。
「私が大丈夫?って聞いたらね。あの子、『ありがとう。でも私を助けたら白河さんまでいじめられちゃうかもしれないから、もう私に構わないでいいよ』って笑顔で言うの。なんでこの子はこんな辛い目に遭ってるのに、笑顔でこんなこと言えるんだろう?なんでこんな心優しい子が、こんな目に遭わなければいけないんだろう?私は中学生ながら、その理不尽が許せなかった。
だから絶対なんとかしようって心に決めたの」
話の途中だったが、私は気になったことをつい聞いてしまう。
「白河さんは、その時の理亜の言葉になんて答えたの?」
「・・・何も答えなかった。わかった、なんて言えるわけないし、これからも助けるって言えば堂々巡りになる。だから去り際になんとかしてあげる、っていう意味を込めて肩を叩いて教室を出た。
その後も予想通り、理亜はいじめられてるようだった。私は隠れていじめの現場を目撃したとき、すぐ先生を呼んで思ってた通りの展開に持ち込めたわ。
詳しくはわからないけど、いじめてた相手達の親が呼び出されて色々注意されてたみたい。それからというもの、理亜へのいじめは無くなったわ」
「理亜に昔そんなことがあったなんて・・・」
そう言いかけてあることに気付く。
「いつから・・・あんな風に変われたの?」
「やっぱりそこが気になるよね。ここの高校に入学が決まった時にね、変わりたい、変わらなきゃ、ってあの子よく言ってたわ。
そしていざ入学したら、理亜は私でも驚くくらい明るく、積極的にいろんな人と話すようになった」
「そんなに変われるなんて凄い・・・」
嬉しそうに話していた白河さんの表情が、そこで少し曇った。
「でも・・・私以外に特別親しい友達を作ることはなかった。あの子、一人の時も私と一緒にいるときも、時折寂しそうな表情を見せるの。
それがとても心苦しかった。まだやっぱり心の傷は癒えてないのかなって」
「そっか・・・だから、私にあんなこと聞いたんだね」
「うん・・・でもね、二年になって親しい友達ができたの」
白河さんの表情と声が明るくなり、嬉しそうに私の瞳を覗き込む。
「え・・・私?」
自分で自分を指さして確認すると、笑顔で頷く白河さん。
「ねえ芳野さん。こんなこと、私からお願いするのおかしいと思うけど、これからも理亜と仲良くしてくれる?」
「そんなの当たり前だよ!もし理亜から絶交だって言われても、私は認めてあげないんだから」
意外なお願いに、思わず語気を強めて言ってしまう。
すぐ冷静になり、一言付け足す。
「それにそのお願いは、私からも白河さんにお願いしたいことだよ」
「うん、もちろん。理亜だけじゃなく、これからもよろしくね、麻里ちゃん」
「まっ・・・!?う、うん・・・」
突然の呼び方にびっくりするが、一呼吸おいて白河さんの想いに応える。
「よろしくね。か、かすみ・・・」
変に緊張して、しどろもどろになってしまった。
「あはは、突然ごめんね。私も名前で呼びたかったから、いいきっかけかなって思ったんだけど。麻里ちゃんのほうは呼びにくいんだったら今まで通りでも大丈夫だよ」
「うん・・・その、白河さんって初めて見たときからずっと、大人っぽくてお姉さんって感じだったから、違和感っていうより恐縮しちゃうっていうか・・・」
上手い言い回しが思い浮かばず、言葉が途切れる。
「あー・・・年上っぽいっていうのは同級生にもよく言われるのよね。嬉しいような悲しいような、だけど。まあできたら名前で呼んでくれたら・・・嬉しいかな?」
「う、うん。頑張るね」
会話が一区切りしたところで、はっと気が付く。
「あっ!もうすぐ次のクラスの時間じゃない!?」
「いっけない、すぐ出よう!」
温泉からあがり脱衣所に戻ったところで、ちょうど数人の生徒が入ってきた。
急いで体を拭いて着替え、洗面台の前で二人並んで髪を乾かす。
「ふぅ、一応セーフかな?ごめんね、私が長話したせいで・・・」
「ううん。むしろ、話してくれてありがとう。明日の朝も皆で入ろうね」
「もっちろん!」
長くて綺麗な髪をなびかせながら、笑顔で返してくれた。