修学旅行②
午前十時過ぎ。
サービスエリアで一度休憩をはさみ、ほぼ予定通りの時刻に目的地に着いた。
心配していたバス酔いも薬が効いたのか、体調に問題はなく一安心だ。
「ん~~」
バスから降りると軽く伸びをして体をほぐす。
まだ山の麓だが、辺り一面大自然なので空気が澄んでいて気持ちいい。
「ん~、気持ちいいねー」
あとから降りてきた白河さんも、同じように伸びをして深呼吸をする。
続けて足立君と桜木君も降りてきた。
「ひゃー、辺り一面山ばっかだな」
「あー、やっぱり空気がおいしいなあ」
降りてきて一言目が、その人の性格を表しているようでなんだか面白い。
全員降りたところでキャンプ場に向かい歩き出す。
「ねえかすみ。こっちに向かってるっていうことは、私達が登る山ってあれなのかな?」
「それっぽいかも。うわー、結構な高さねえ・・・」
隣でそんな会話を聞き、私も前方の山を見上げる。
確かに結構な高さだ。
周りの山々と比べても一番高いんじゃないだろうか?
「登山ルートの傾斜にもよるだろうけど、なだらかだったらそれはそれで歩く距離が長いから大変そうだね」
「はぁ・・・普段運動してる理亜はいいけど、私達は筋肉痛間違いなさそうね・・・」
私と白河さんはお互い顔を見合わせ、苦笑いする。
「ほらほら二人とも、まずはキャンプが先なんだからそっちを楽しもうよ」
「そうそう!あー、カレー楽しみだなあ」
理亜の言葉に繋げるように、足立君が会話に混ざってきた。
確かに今は目の前の事を楽しむほうが良さそうだ。
キャンプ場に着き、班ごとに分かれて昼食のカレー作りが始まる。
作業の分担はあらかじめ決めており、桜木君ら男子二人が火おこし、雑用、ご飯炊き担当。
料理の得意な理亜がメインのカレー作りで、白河さんがそのサポート。
私がサラダ担当である。
「じゃあ皆、美味しい昼食が食べられるように頑張ろうね!」
「おー!」
理亜が指揮を執り、皆それに応える。
それぞれ用意された食材を取りにいき、調理場に持っていく。
「んしょ」
私がサラダで使う野菜はトレーにまとめて入れられており、5人分ともなれば結構な重さだ。
「あっ、芳野さん。俺が運ぶよ」
その様子を見ていた桜木君が、少し離れたところから駆け寄ってきてトレーを持ってくれる。
「あ、ありがとう。ごめんね、桜木君もやること多いのに」
「大丈夫だって。これもやるべきことの一つだよ」
調理場までトレーを運んでもらい、もう一度お礼を言うと笑顔で足立君のほうへ戻っていった。
私はまずレタスの葉を適当な大きさにちぎり、皿に乗せていく。
次にキャベツ、大根、ニンジンを切る。
サラダは基本的に火を使う作業がないので割と気楽だが、包丁は当然使うのでここは気を付けて作業する。
(左手は猫さんの手にしてと・・・。んー、キャベツってでこぼこしてて切りにくいなあ)
キャベツの千切りに苦戦していると、隣で見ていた理亜が声をかけてきた。
「麻里。慣れていない場合、もう少し厚みを減らして切ったほうがいいかな。あと包丁は真下に下ろすっていうより、前に押し出す感じで切ったほうが上手く切れると思うよ」
「へー、そうなんだ。ありがとう、試してみるね」
言われた通り試してみると、先ほどと切れる感覚が全然違う。
さすがに手馴れているだけあって、アドバイスも的確だ。
続いて大根とニンジン。
そこまで問題なく切れたものの、大きさが少しまばらになってしまった。
(うーん、料理って難しい・・・)
チラッと隣を見ると、手際よい包丁さばきで野菜を切る理亜。
改めてその凄さを認識し、尊敬の念すら抱く。
用意されていた野菜を全て切って皿に乗せ、私は家から持ってきたタッパーを取り出す。
荷物になるから重いものは持っていけないが、生鮮食品以外、食材の持ち込みは自由なのだ。
タッパーを開け、茹でておいた鶏肉、枝豆、カニカマをサラダの上に乗せる。
(よし、なんとか形にはなったかな?)
見た目は彩りよく出来上がったと思う。
気付けば理亜と白河さんは隣におらず、後ろを見ると桜木君達がおこした火に鍋をかけていて、あとは煮込むだけといった感じだ。
サラダを五人分テーブルに運んだあと、私もそちらへ向かう。
「遅くなってごめん。何か手伝うことある?」
「麻里、お疲れさま。あとは火加減見てるだけって感じかな?あ、お皿とかスプーンの用意しておいてもらえる?」
「了解」
と、取りに行こうとしたところで白河さんがテーブルにお皿を並べているのが見えた。
テーブルに向かい声をかける。
「白河さん、私も手伝うよ」
「あ、大丈夫。これくらい私にやらせて。理亜の手際が良すぎて大した事してないから、なんか悪くってね」
苦笑いしながら答える。
「そうなんだ、理亜ってやっぱり頼りになるなあ。じゃあ私あっちに戻ってるね」
「うん、ありがとね」
鍋のほうに戻ってあることに気付く。
「あれ?そういえばご飯ってもう炊けたの?」
「桜木君が少し前にここから持って行ったのは見たけど・・・」
今火にかけているのは鍋だけで飯ごうが見当たらない。
聞こえていたのか、少し離れたところにいた桜木君がこちらに来る。
「今はそこにあるよ、芳野さん」
指さした先には、大きな石の上に逆さまに置かれた飯ごう。
「え!?逆さまに置いちゃってるよ!」
私は焦って少し大きな声を出す。
しかし桜木君は至って冷静だった。
「あはは、大丈夫。あれは蒸らすためにわざとああやって置いてるんだ」
「へー、詳しいんだね」
「この日のために勉強した知識だから、偉そうに言えたものじゃないけどね」
素直に感心する私に、謙遜する桜木君。
するとどこかに行っていたのか、足立君がこちらに来た。
「義隆、どうだ?もうそろそろ、ご飯いいんじゃないか?」
「んー、あと4、5分ってとこかな?」
「オッケー。姫野さーん、こっちはあと5分くらいだってさー」
大きな声で少し離れた理亜に伝える足立君。
「はーい、こっちもあと2、3分だよー」
大体同じ時間に出来上がりそうなので、冷める心配はなさそうだ。
数分後、理亜が鍋を持ってこちらに来たので、私は鍋敷きをテーブルの上に敷く。
木でできたテーブルだが念には念を、である。
「お待たせ~。鍋すっごい熱いから気を付けてね」
テーブルに鍋を置くと、食欲をそそるカレーのいい香りが辺りに漂う。
「おおー、めっちゃ美味そう!サラダも見た目が華やかで女子って感じだなあ」
「ホントだ!麻里、料理しないって言ってたけど凄いじゃん!」
香りにつられたのか足立君がやってきて、私の作ったサラダを理亜と一緒に褒めてくれる。
「ありがとう。お母さんに教えてもらったのと、理亜からアドバイスもらったおかげかな?」
「おーい、こっちも出来上がったから気を付けてねー」
ご飯のほうも出来たようで、桜木君が飯ごうを持ってきてテーブルに置く。
蓋を開けると湯気とともに、お米のいい香りが広がる。
蒸らしたと言っていただけあって、お米はつやつやとしてとても美味しそうだ。
「じゃあ、女性陣から好きなだけよそっていって」
軽く混ぜたあと、白河さんにしゃもじが渡される。
全員ご飯をよそい、カレーをかけて準備完了。
料理開始時同様、理亜が音頭をとる。
「では皆さん、手を合わせてー・・・」
「「いただきます!!」」
皆の声が重なり、私達の班の昼食が始まった。
「うめー!これお店出せるレベルじゃないのか?」
勢いよくカレーをかきこみ、賛辞を述べる足立君。
それに桜木君、白河さんも続く。
「ホント美味しいよ!市販のルウだけじゃこんな味出ないだろうし、航の言う事も案外大げさじゃないかも」
「んー、文句のつけようがない美味しさね・・・ほんと料理だけは理亜に勝てる気しないわ・・・」
べた褒めされて照れ臭くなったのか、皆から目線を外す理亜。
「もう、褒めすぎだって。うちの味をそのまま再現しただけだってば」
「家庭の味を簡単に再現する姫野さん・・・女子力高いなあ」
桜木君がサラッと誉め言葉を上乗せする。
私はというと、まだカレーには手を付けずサラダから食べていた。
自分が作ったものなので不安になり、なんとなく先に味を確認しておきたかった。
しかし冷静に考えれば切り方で味がそこまで変わるものでもないし、味付けは市販のドレッシングなので、よほどの事がない限り不味くなりようがない。
サラダは特に問題ことを確認して、スプーンに持ち替えてカレーを口に運ぶ。
「・・・美味しい!」
予想以上の味に、自然と少し大きめの声が出る。
「はー、良かった。麻里はカレー苦手なのかなって思っちゃった」
「サラダから食べたから?あはは・・・あれは私が作ったから不安でね」
わかりやすく苦笑いして答える。
「そうなんだ?すっごいキレイに出来てるし、美味しいよ。本当に苦手な人だと切り方とかもっといびつになっちゃうしね」
「うんうん。盛り付けも彩りもいいし、こういうのって一つの才能じゃないかな」
理亜と白河さんに褒められ、安心感と嬉しさがこみ上げる。
それにしても理亜の作ったカレーは本当に美味しい。
大自然に囲まれた屋外で食べることもまた、一つのスパイスになっているのかもしれない。
「「ごちそうさまでした!」」
桜木君と足立君がおかわりして、テーブルの上のものは全て残らず平らげた。
皆で分担して食器洗いや片付けを済ませる。
昼食の時間は長めに取られているため、まだ30分ほど余裕があり、皆再びテーブルに戻って一息つく。
「さて、ちょうど時間も空いたし・・・。航、あれちゃんと持ってきたか?」
「もちろん。じゃあ出しますか!」
桜木君達は何やら確認し合い、カバンから小さめのポットを一つずつ取り出した。
「じゃーん!こういうところで飲むと格別だと思って、ちょっといい紅茶とコーヒー持ってきたぜ。まあ義隆の案だけどな」
「じゃあ皆どっちがいいか言ってって。こっちでいれるからさ」
桜木君はそう言いながら、紙コップなどを用意する。
最初に手を上げて理亜がリクエストした。
「紅茶お願いしまーす」
「了解っ!」
足立君が小気味よく返事をして紅茶をいれる。
次に白河さんが声をあげる。
「じゃあ私はコーヒーもらおうかな。砂糖はいらないからミルクだけもらえる?」
「オッケー。芳野さんは・・・紅茶かな?」
私はギリギリまで悩んで、少し間を置いたあと答える。
「えっと・・・コーヒーでお願い」
「お、珍しいね?芳野さんはよく紅茶飲んでるイメージあったから。・・・はい、どうぞ」
紙コップに注がれたコーヒーと一緒に、スティックシュガーとコーヒーフレッシュを渡される。
足立君は紅茶、桜木君はコーヒーをいれたようだ。
「では、かんぱ~い!」
足立君が音頭を取り、皆飲み始める。
白河さんはもらうとき言ってたようにミルクだけを入れて飲んでいて、桜木君はブラックで飲んでいた。
(・・・)
私はというとまだ口を付けず、コーヒーを眺めている。
実は小学生の頃に親の飲んでいるのを興味本位で飲んで以来、口を付けた記憶がない。
その時は当然ながら、苦くて飲めたものじゃなかった。
とりあえず紙コップを手に取り、香りを嗅いでみる。
・・・うん、いい香り。
そのままの勢いでコーヒーを啜った。
(やっぱり苦い・・・)
「ははは、芳野さん、無理せず砂糖とミルク入れてみて。そしたらだいぶ飲みやすくなるはずだからさ」
「う、うん・・・ありがと」
桜木君に飲む様子を見られていたらしく、恥ずかしさで俯いたまま砂糖とミルクを受け取った。
両方入れて、ティースプーンでよくかき混ぜる。
少し緊張しながら再びコップに口を付ける。
「・・・どう?」
不安そうに桜木君が感想を求める。
「うん・・・まだ少し苦いけど、結構美味しいかも」
「それはよかった。一回嫌いになると、なかなか次に飲もうって気にならないからね」
確かにそうだ。
実際、今日飲まなかったら次の機会はまた数年先だったかもしれない。
「でもなんでコーヒー飲む気になったの?麻里、学校にいるとき飲んだこと一回もないよね?」
理亜からあまり突っ込まれたくない質問が飛んでくる。
実は明確な理由があったわけではない。
「んー・・・学校で桜木君が美味しそうに飲んでるの見てて、なんとなく・・・かな?」
「ふ~ん」
少し意味ありげな笑顔で理亜は私の瞳を覗き込む。
そして白河さんは目を細めてこちらを見ていた。
それからも談笑しながら食後のティータイムを楽しんだ。