第二話 白き少女は希望を見つける
彩人は馬車を確認して直ぐに飛び降りた。
途中で剣を刺して減速はしたものの、前世では考えられない無茶である。【恐怖無効】があるとは言え、一度死にでもしていなければ挑戦しようとすら思えないだろう。
「――って、ヤベッ、なんだあの巨体!?」
急いでいる時ほど降りかかる面倒。
一応、あの巨体とはオークの事なのだが、ボロ切れのような服を着ているために彩人は気づけなかった。
とは言え、相手は一体のみ。
(やってやれないことは無いっ!)
この世界に住んでいるのであれば、彩人のステータスで挑むのが無謀だと知っているであろう。
そんな事を知らない彩人は、気持ち悪い笑みを浮かべたオーク(3メートル)が迫り来るのを不敵な笑みで見返す。
腕を振り上げてもまだ動かない。そして、振り下ろす瞬間にオークの股をくぐり、男の象徴を容赦無く斬りつけた。
それに悶えたのを見てアキレス腱をぶった斬る。これでオークは立てないが、彩人は油断しない。
生きることを諦めたオークは……二の腕部分もぶった斬られ、神に祈る暇も無く命を刈り取られた。
神には祈らないかもしれない。むしろ、彩人が死神に見えた可能性の方が高い。
「肌が大して硬くない。人型で性別は男と来たら、後はああするしかないよな」
考えるのと実行するのはまた別の話だ。
恐怖云々の前に、この男は色々とズレている。
死骸を収納すると、そのまま馬車の方向に走り始めた。途中ですれ違ったゴブリンを二体ほど倒したりもしたが……まあ、一瞬のことなので気にする必要も無いだろう。
そうして馬車の近くまで行くと、彩人が顔を顰める。血の匂いがするのだ。魔物の、ではなく、人間の血である。
(この数を倒すまで生きてるかどうか……)
今すぐ治療しなければ死ぬ量の出血をしているはずなのだが、ゴブリンや狼の魔物が何十体と居るせいで中々進めない。
なお、進んでいないだけで既に五体は倒した。
「痛ってぇ……! この犬っころ素早いなぁッ!」
ゴブリンだけなら無傷で倒せたが、同時に来られると足をウルフに噛まれることが多い。動きが鈍らないように随時回復薬を飲んでいるものの、あまりの痛さに涙目である。
ゴブリンから少し距離を取り、足元のウルフを先に仕留める。その間にゴブリンが近づいてきたら首に突きを放つ。
ほとんど作業と化した戦闘は10分で終わり、残りは馬車の中にいるゴブリンだけ。
(生存者……居るのか?)
そう思いつつも最後の一体を斬る。
すると、
「ごふっ」
ゴブリンの下敷きになったようで、妙な声が彩人の耳に届いた。
「お、誰か生きてる。もう出てきて大丈夫だぞ」
そう声をかけるも、反応がない。
死体や死骸が積み重なっているが、地下都市から出てくるような人間なら大した重さではないはずなのだ。
(怪我か? とりあえず引っ張り出さないと……)
ゴブリンの死骸を退けると、細い人の手が出てきた。どうやら子供だったらしい。その手を掴んで引っ張ると、思ったより勢い良く飛び出してきた。
彩人と子供(仮)はそのまま倒れ込む。
「きゃっ!?」
「おぉ……頭と背中がぁ……」
咄嗟に子供(仮)を庇った彩人は、頭を強打したり背中にウルフの牙が刺さったり。今回は運関係なくドジったのだ。
「助けて頂いてありがとうございます。……えと、あの、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと刺さって――」
「……? 刺さって?」
可愛く小首を傾げる子供――否、少女。
それも、どこかのお姫様だと言われれば信じてしまうであろう美少女。某女神にも引けを取らない。
歳は13が14程度。腰まで伸びた、恐らくは生まれつきだと思われる真っ白な髪。多少血で汚れているものの、整った顔立ちである事は彩人にも分かった。
桜の時は予想していたからこそ冷静でいられたが、目の前に美少女の顔があれば年相応に焦る。ただ、彩人は本心を隠すのが得意なのだ。
「悪い。背中に刺さってるやつが痛くてさ」
「あ、倒れた時に……ご、ごめんね、私のせいで……」
「いや、俺が力加減をミスっただけだ」
そう言いながら体を起こす彩人。落とさないように抱えると、少女が顔を赤くして俯いてしまう。少女は少女で彩人の美少年具合に照れていたのだ。
まあ、少女からすれば彩人はなんの反応も示していないようにみえるだろうが。
「うわ、結構深く刺さってんなぁ……悪いんだけど、背中のこれ抜いてくれるか?」
「えっ、これを抜いたら血がいっぱい出ちゃうんじゃ……い、いいんですか?」
「一気にやってくれて構わないぞ」
安心させようと回復薬の小瓶を揺らして見せる。
(回復薬って1000マニーくらいするし、普通は大怪我した時に使う物じゃ……よく見たら剣だけミスリル!)
少女は段々混乱し始めた。見た目だけを見るなら、この世界の誰しもが貴族だと思う装備。しかし、少女の知っている貴族というのは、選民思想が強く、平民を同じ人間だと思っていないものである。
それに対して、目の前に居る人物(彩人)はどうだろうか。周りを見れば大量にある魔物の死骸。つまり、危険を顧みず、見知らぬ少女のためにここまで来たということだ(別に少女だけのためでは無い)。
更に、先程は少女を庇って怪我をした。回復薬で治すのは、少女が気に病んでしまわないため、ということではないだろうか。(回復薬の価値を知らないだけ)
(優しくされたらお返ししないとダメだーって、お母さん言ってたもんね。……かっこいいからっていうのは、ちょこーっと……ホントにちょこっとだけだからっ!)
少女から見た彩人は、絶滅危惧種の心優しい貴族か、お金持ちの善人という事になった。
そして、恩返しされる事にもなった。
自分に言い訳をしている理由は不明である。
「全部治った……よな。助かった、自分じゃ上手く抜けないからさ。あと、すまん」
死体の方を見て謝る彩人。
「どうして、謝るんですか?」
「……仲間じゃないのか?」
「むしろ攫われてました」
「マジかよ」
善人ではなかったと聞いてほっと一息……ではない。よく見れば少女は防具を着けていないし、武器を持っても戦えそうには見えない。
「んー、嫌じゃ無ければ一緒に来るか? 絶賛迷子中だからあんまり意味ないかもしれんが」
「お願いします!」
「何で即答!? もう少し悩めよ。俺が悪人だったらどうするつもりだ?」
「……悪い人はそんな事聞かないです」
微妙に機嫌が悪くなった少女を見て首を傾げる彩人。例え本人だろうと、恩人を貶すことはして欲しくないのである。
(話がスムーズに進むならその方が良いか。めっちゃ騙されやすそうな娘だけど)
「私はシフォンです。平民なので性はありません」
「同じく俺も平民? だから彩人って呼んでくれ。それと、普通に話していいぞ」
「?」
「敬語、無理して使うと疲れるだろ?」
「で、でも、歳上で命の恩人……」
「あー、敬語で話されるのダルいなー(棒)」
恩人の言葉なので言い返せないシフォン。実に甘そうな名前である。ちなみに、体臭は甘かったらしい。
「じゃあ……あ、彩人」
「なんだ、シフォン」
「呼んでみただけ。えへへ~……」
(それは恋人にやるものじゃ?)
とは思いつつも、癒されるので良しとする。
ただ、いつまでも放置していると魔物が寄ってきそうなので、収納していく事にした。
「あのね彩人、お金が全然落ちてないよ?」
「大丈夫だ、俺が拾ってるからな」
正確には自動回収。
この世界では、魔物を倒せばお金(銅貨、銀貨、金貨)が手に入る。溶かしたりも出来る。
神がゲーム好きなのは間違いない。超今更。
彩人が何も考えずに収納していると、
「消えたっ!?」
驚いたシフォンが彩人に抱きいた。体の周りを確認しているらしいのだが、全身を触っているため絵面が危険な感じになっている。
「ご、ごめん……今のどうやったの?」
「どうやったって聞かれても……」
説明は"魔法的なあれ"としか言えない。それと、我に返ったシフォンは顔がほんのり赤い。
(秘匿しないといけないって程じゃないらしいけど、話すのは信頼出来る相手だけにしよう)
馬車の中を物色してみると、食料はあまりなかった。
ならば、
「都市までそう遠くないはずなんだが、着いても安全とは限らない」
「ふぇ? 魔物は都市の中に入れないよ?」
「いやな、攫ってきたシフォンを連れて行けるくらい治安が悪いってことだろ? ……まあ、貴族が欲しがったっていう線もあるか」
「はい、なんで貴族が出てくるんですか!」
勝手に手を挙げて質問をするシフォン。
彩人が先生たったなら叱るところだった。それよりも、答えにくい質問である。いや、答え自体は一つだけなのだが。
「……シフォンが可愛いからだろ」
「かわっ!? も、もう、からかわないでよ……」
言葉だけなら呆れているように見えなくもない。しかし、どう見てもデレッとしている。チョロインもびっくりのチョロさだ。
(この見た目で褒められ慣れてない? 妬まれていじめにでも遭ってたか? そうだとすれば、今回の件も……まさかな)
「それはどうでもいいんだが、」
「どうでもいいの……?」
「俺が悪かったから涙目にならないでくれ ……でだ、危険から身を守るためにある程度レベルを上げて置きたい」
美少女の涙目は破壊力がやばいと知った彩人。
「彩人のレベル上げには弱過ぎない?」
「まだレベル5だからそうでもないぞ」
「えっ」
魔物を倒さなければレベルは上がらない。シフォンは普通に過ごしていたのでレベル1だが、彩人の実力でレベル5は不自然なのである。
「色々あるんだよ、色々」
「う、うん。分からないけど分かった……」
「それに、シフォンのレベル上げでもある」
「あ……わ、私は戦力にならないと思う……」
実は、彩人の予想したいじめというのは間違っていない。その理由に、"才能が無いから"と付け加えられるだけ。
何をしても"神に認められない"少女。
前世で極悪人だったとか、真っ白な髪だから悪魔だ、なんて幼稚ないじめが続いていた。それに加えて女の妬みもあり、シフォンが卑屈になっていくのは当然だろう。
それでも暗い性格になっていないのは、変わらず接してくれた両親のおかげだ。いじめの事を話せば、何とかしようと動くのは間違いない。
だが、いじめっ子の中には貴族の子供も混ざっているので、迷惑をかけたくなかったのだ。
やがて、募り続けた不満が爆発。
その結果が家出。才能が無くても、レベルを上げて強くなれば稼ぐことは出来るだろうと。見返してやると。
攫われなければ途中で死んでいたかもしれない。
「才能が無い、ね。ふーん……」
(そんなはずないんだが……)
「彩人」
「ん?」
「私、なんでもするから! え、エッチな事でも頑張るから、だから……おいてかないで」
これ、本気なのである。
恩を返すためなら、自分の貞操"程度"と考えているのだ。そして、恩を返すまでは傍に置いて欲しい、と。
「したいと思ってるならともかく、そんな震えながら言われても困る」
「あ、う……」
したいと思っているなら相手をするかもしれない、それが彩人クオリティ(美少女限定)。恋愛感情を未だに理解していない彩人にとっては、『合意の上ならすればいい』という考えなのだ。恋愛感情があるならそれでいいだろうし、無いとしても何が駄目なのかわからない。
「そもそも、シフォンは無能じゃない」
「……え?」
「そうだな……とりあえずパーティーを組もう」
パーティーを組むと経験値の分配が出来るのと、相手のステータスが見れる。
重要なのはステータスが見れる事。
それによって分かったのは、
【特性吸収】
という、強奪系の特殊能力だった。
彩人が断言したのは、技能が得られないというデメリットを持つ特殊能力を覚えていたからだ。
「お、丁度いい。このゴブリンを倒してみてくれ」
突然現れたゴブリンを話しながら瀕死に追い込み、シフォンの前に放り出す。
「え、な、なんで……?」
「それで無能じゃないと証明出来る。少なくとも俺にはな。……無理ならやらなくていい」
「やる!」
やらないなら置いて行かれると思ったのだろうか。殺しに忌避感を覚えていた様子だったが、彩人に渡された剣で心臓を刺した。
「やっぱりか……シフォン、【繁殖】っていう特性が手に入ったはずだ」
「……【繁殖】? ……あ……」
「どうして赤くなってるんだ?」
「えと、繁殖能力と……性欲が、増すって……」
「なるほど」
赤くなるのも当然だろう。
まあ、彩人はこんな感じの特性が手に入ると予想していたのだが、性欲は意外だった様子。
どうやらシフォンの特殊能力は、殺した相手の特性を奪うらしい。その代わりに、一切技能が得られなくなる。
他の特性を手に入れないと強いかどうかはまだ分からない。
という説明を彩人がした。
「彩人は、どうしてそんな事知ってるの?」
「そういうのを見るための能力があるからな」
実は【技能測定】が無ければ特殊能力も見えない。という事は、だ。彩人が居なければシフォンの特殊能力は宝の持ち腐れになる所だった……というか、その前に死ぬ所だった。
そこまで理解したシフォンは、彩人の手を握り、物凄く真面目な顔でこう宣言する。
「彩人になら、エッチなことされてもいい!」
「……それが本気であれ冗談であれ、まずは都市の入り口を見つけないとな」
「うー、冗談じゃないもん……」
「分かった分かった。落ち着いてもそう思うんだったら、俺も真面目に考えるよ」
こう見えて、彩人はかなり照れている。
"え? 今なんでもするって?"が冗談抜きで許可されている状態なのだ。倫理観がズレていようと、美少女に迫られれば恥ずかしいお歳頃。……歳は関係ないかもしれない。
17歳と14歳。日本なら友人に白い目で見られることもあるだろうが、この世界では立派な大人(成人が男:15 女:14)なのである。
「約束だよ?」
「あ、ああ……そろそろ行くか。(どうしてこうなった?)」
シフォンもズレていたというだけの話。
数時間後・夜(転生したのは昼頃)。
あれから馬車の進行方向に向かった彩人達は、時折遭遇する魔物を倒しながら進んでいた。ただ、シフォンの体力が見た目通りだったので、休憩を何度か挟んでおり、あまりペースは良くない様子。
戦果(特性)はこちら。
【噛み付き】【一撃解放】
【噛み付き】はウルフから。
噛み付いて攻撃するのだが、いくら何でも、シフォンに魔物を噛ませる訳にはいかないと考えた彩人。当然である。
他の使い道を期待したいところだ。
【一撃解放】はオークから。
溜めの動作をするとある程度まで一撃の攻撃力が上がる。素の筋力値によって変わるようなので、「今後に期待出来そうだな」と言ってシフォンの頭を撫でる彩人。
シフォン、子供扱いは嫌なのに、撫でられるのは嬉しい。難しいお歳頃なのである。
そんな二人は今、木の上で食事中。
「うぅ、保存食美味しくないよぉ……」
「大量の魔物が居なければな……」
不自然に多過ぎる魔物。これが後々面倒なことになるのだが、それまだ先のお話。
ちなみに、木の上はあまり広くないので、彩人がシフォンを抱っこする形になっていたりする。
更に、蒸し暑いせいでシフォンから漂う汗の匂い。肌の感触やシュチュエーションが合わさって、彩人の彩人は元気になっていた。
「口直しにこれでも食べとけ」
なんとも言えない顔で、馬車から持ってきた果物をシフォンに渡す。触れないでくれ、と。
「ありがと……あの、ね、彩人のこれ、」
「なんの事かさっぱりだ」
「でも、硬いのが、」
「ポケットに何か入ってたか!」
あまりに酷い誤魔化し方である。
それでも、会って数時間の相手と致す気にはなれず、そんな場合でもないからと妙な空気を耐え抜く彩人。
それはシフォンも理解しているので、単純に『痛くない?』と聞こうとしていただけなのだが。
やがて、疲れが溜まっていたシフォンは抗い難い眠気に襲われた。
「あやとぉ……」
「ん?」
「置いて、行かないでね……」
不安そうに彩人の手を握るシフォン。
それが"寝てる間に"なのか、それとも……シフォン自身にも分からない、無意識に出た言葉。
それを聞いた彩人は、悪そうに笑ってこう答える。
「もちろん。恩も返してもらってないしな」
「……よかった」
そう呟いて微笑むと、そっと目を閉じる。
その言葉は、どんな物より安心出来るものだった。
シフォンのような少女が、一人で家族の元を離れ、見知らぬ土地まで連れてこられて、不安にならないはずがない。
そう、ずっと不安だったのだ。
彩人が居ても……いや、彩人が居たからこそ。
自分を救ってくれたこの人は、
自分を可愛いと言ってくれたこの人は、
自分の価値を教えてくれたこの人は、
目が覚めたら消えてしまう、都合のいい夢なのではないか? 本当は魔物の巣に居て、苗床にでもされて壊れただけなのでないか?
だが、自分に都合のいい夢ならばもっと甘い言葉を囁くだろう。だから、これは現実に違いない。
その事実が、助かった事よりも嬉しくて。
もうこの人が居ない事は考えられなくて。
つまりそれは、
――彩人に依存してしまっている、という事だった。
次回、余裕で入れちゃう地下都市
あ、シフォンは彩人の事を好きな訳ではありません。捨てられたくない&依存で何でもしてくれるだけです。やったね!