あなたが隣で笑えるように
「お前結婚するんだってな!」
道の向こうから悪友のノアがバタバタと音を立てて走り寄ってきた。
「おめでとう!」
そう言って背中をバシッと叩かれる。
「⋯⋯っ!」
かなり強い衝撃が来て思わず睨み付けるが、気にも留めない様子でこちらをニコニコと見ている。
が、ふいにその笑みを消して声を潜めた。
「ま、でも役職を継ぐための結婚なんだろ。まだ会ったこともないって聞いたけど?」
ノアの問いに俺は頷いた。
確かにその通りで、後継者になるために師の娘と結婚する。
彼女とは一度も顔を合わせたことがない。
「そこんとこ実際どう思ってんの?」
促されて、俺はこの結婚についての考えを口にする。
「⋯⋯理由はどうあれ、縁あって結婚することになったわけだから、お互いに支え合って心を通わすことができたらいいと思ってる⋯⋯ってなんだよその顔!」
俺の答えが不服なのか眉間にシワを寄せているノアに突っ込みを入れると、彼は大袈裟にため息をついた。
「ここはあれだろ。所詮政略結婚、彼女はお飾りの妻だよ、とか言うもんだろ」
「お前笑うだろ」
間髪入れずに俺が答えると、
「ん?」
ノアはどういうことだと首を傾げる。
「そんなこと言って後で彼女に惹かれて想い合うようになったらお前指差して笑うだろ」
ああ、と得心した奴は、
「指差して笑うどころか、後ろ指差してバカにするね」
と何度も頷きながら言った。
「ま、冗談はさておき、その彼女とはいつご対面すんの?」
「これから会いに行くところだよ」
「そりゃ、呼び止めて悪かったな」
ノアはひらひらと手を振ってへらへらと笑いながら、
「お幸せに」
と、言う。その力強い口調からは心からの祝福が感じられて、俺も素直にありがとうと礼を言った。
──── ─
結婚相手の名前はニナという。
まずは堅苦しくない場所で会いたいという彼女の希望で、今日は街の真ん中にある庭園で待ち合わせることになっていた。
ニナの特徴は聞いているから、見ればわかるだろう。
約束の時間までは少し余裕があるが、大事な初対面の日だ、万一にも待たせてはいけないので、足早に指定された場所に向かう。
すると、そこにはすでに彼女の姿があった。
新緑に囲まれたニナの、凛としているようで虚勢を張っているようにも見える立ち姿に目を奪われていると、彼女が何気なくこちらに目を向けた。
そして俺に気付いた途端、その瞳は細められ、射殺さんばかりの鋭い視線がザクザクと突き刺さる。
これは、全然まったくこれっぽっちも歓迎されていないのでは。
俺が相変わらず呆然と突っ立っていると、ニナがドスドスと音を立てそうな勢いで近付いてきた。
『私はこんな結婚望んでないんだから!』
そんなことを言われそうな雰囲気だなと思って、実際言われたらかなりショックを受けるだろうなと考える。
もともと心寄せようと決めてはいたが、彼女を見た瞬間、一生を添い遂げたいとただそう強く感じたのだ。
そうこうしているうちにニナが残り二、三歩という距離までたどり着いて歩みを止める。
そして、開口一番こう言った。
「私は仮面夫婦になる気はありませんからね! 結婚するからにはちゃんと愛し合うつもりですから!」
俺は言われた言葉を何度か反芻してようやくその意味を理解すると、開いていた二、三歩の距離を半歩まで詰める。
そして彼女に告げた。
「俺もそう思っています。あなたのことを一生大事にします」
ニナは初め距離を詰められたことに驚いていたが、俺の告白が意識されたのか、まとっていたトゲトゲしさが急激に抜け落ちてホッとしたような泣き出しそうな表情になる。
「俺と結婚してください」
彼女はパチパチと何度か瞬きをすると、
「はい」
と返事をして、それから次の瞬きでポタリと涙がこぼれ落ちた。
「うぅ⋯⋯ごめんなさい。私不安で」
俺はニナの肩に触れて、残った半歩の距離をつなげる。
「よろしく、お願い、します」
嗚咽混じりに言った彼女をそっと引き寄せて大切に大切に抱き締めた。
最初から惜しみない愛情を注ごうと決めていたから。
山も谷も平坦な道も、あなたと登って下って歩けるように。
ずっと、あなたの隣で笑えるように。
初めから、あなたが隣で笑えるように。
~La Fin~




