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間章:次なる戦場

神奈川県川崎市川崎区ちどり公園

工業地帯にあるこの小さな公園は川崎港を臨み対岸には東扇島が見える釣りポイントだ

この公園に上空から明るい光の球が落ちてくる

光の球は地面に落ちると閃光を放って弾ける、そして中から複数の人影が出てきた

「脱出できたみたいね」


和服を着た年長の女性を筆頭に四人の少女と一人の少年は周囲を確認するとその場にバタっと倒れこむ


「ここはどこですか?」


ぐったりとしながらも四人の少女のうちの一人、鴇沢樟葉が和服を着た年長の女性、法善寺良子に尋ねる


「そうねぇ、特に目的地は指定せず”横浜市外”で飛んだから場所はちょっとわからないな」


困ったのか困ってないのかどっちとも言いがたい表情で言う法善寺良子を見て樟葉は適当だなーと溜息をつく

夜の暗闇に染まる海面を見て、周囲をぐるっと見回す

遠くでは水結晶パワークリスタルと化した横浜市のクリスタルの輝きが見えた

ティマイオスにまたしても負けた、そんな思いがある一方で樟葉は誠也の無事を祈る

あの場で最後まで師匠の傍にいたかった

何も手助けできないことはわかっている。出て行っても足手まといなのはわかっている

それでも、せめて心の支えになってあげたかった


「師匠……」


ポロっと口にした樟葉の横で有紀が額を押さえながら起き上がる


「ここどこ?」


言ってキョロキョロと辺りを窺う有紀の後ろで吾妻が起き上がる

携帯を取り出しGPSを起動させる


「川崎市内みたいね、川崎港ってことは横浜市から横へ移動しただけみたい」

「ふーん、川崎ねぇ…神奈川は鎌倉に横須賀も水結晶パワークリスタル化されてるのよね。規模でいったらここも標的になってもおかしくないわけか」

「横浜の次はここってことかしら?」


起きあがった法善寺組子は横浜方面を向いてなんとなく言ってみる

その時少し離れた地面に曼荼羅が浮かび上がった

全員がそっちを向くと曼荼羅が光り輝いて消えて沖山誠也、浦上雅がそこに立っていた


「ふぅ……なんとかギリギリ脱出できたな」

「相変わらずこの移動法なんとかならないのか?」

「贅沢言うな、だったら次からは特急乗車券はやらないぜ」

「走って逃げろってか?」

「嫌なら我慢しろ。霊脈の中を移動するだけでも術式安定が難しいんだ。そこを二人分用意してやてるんだ感謝してほしいね」

「へいへい…んでどこに出たんだ?」

「霊脈の流れから考えて恐らくは」


誠也はそこまで言って言葉をきった

同じく脱出してきたであろう樟葉たちを発見したからだ

同じく自分達を発見した樟葉の表情がパァーと明るくなる

誠也が何かを言う前に樟葉が勢いよく抱きついてきた


「師匠~~~~~~!!!よかった!無事だったんですね!!」

「わ!?おい、いきなり抱きつくなって」

「本当に心配したんですから!!」

「わかった!わかったから!」


そうこうしているとすぐ近くで記号が浮かび上がった

記号が光り輝いて弾け、一人の女性が現れる

川本恵美だった

川本はすぐ目の前の光景、誠也に抱きついている樟葉を見る

ブチっと何かが切れる音がした


「樟葉ちゃ~ん、何してるのかな~?」


引きつった笑顔の川本を見て樟葉は誠也に抱きついた時とは真逆の冷めた表情で


「あぁなんだ、生きてたんだ」


なんて言ったものだから川本の短い我慢の限界がきた


「あんたねぇ!一体誰が逃がしてやったと思ってるの?ていうかまずは誠也から離れろ!」


川本の言葉に樟葉はニヤーっとするとさらに体を誠也にくっつける

頬をすりすりさせて


「腰が抜けちゃって動けな~い」


樟葉の一言で川本はついに樟葉に飛びかかる


「いいから離れろ!」


そんな攻防が繰り広げられる中、川崎から遠く遠く離れたとある施設に一筋の光が舞い込んでくる

その施設の中はこの世とは違う世界

この世界のどこにも属さない異空間

そこは異様な空間の歪みが周囲を取り囲み、どこまでも無限に上空へと突き抜ける石柱がいくつも立ち並んでいる

どこまで続くのか目を疑いたくなるほど遠くまで立ち並んでいる石柱と壁や天井のない異様な空間の歪みが支配する空間

地面に敷かれた奇妙な紋様の絨毯が足場と呼べる場所だと認識できる


そんな空間に一人の巨漢が歩いてくる

すでに人の姿を取り戻しているルー・ガルーだった


「あぁ、クソ…体中が悲鳴をあげてらぁ。やっぱ人狼であっても致命傷ってのはあるもんだな」


立っているのがやっとの激痛にもルー・ガルーは苦痛の表情は浮かべない

むしろ愉悦に満ちていた


「随分と気分よさそうやな」


そんなルー・ガルーに声がかけられる

ルー・ガルーはそちらに視線は向けずにただ自分の世界に浸る


「ようやく潰しがいのあるやつに出会えた…くく、ロニキスの旦那には悪いが、アレは俺が潰す」


そんなルー・ガルーの様子に声をかけたほうはやれやれと肩を竦ませる

ルー・ガルーは自分の世界にしか浸らない、他人との協調などまずありえないだろう

しかし、そんなルー・ガルーが思い出したように声がかけられたほうを向く


「そういやメイザースのやつ死んだぞ。まぁあれは戦死といよりは暴発死だな」


ルー・ガルーの言葉に返事はなく、しばし無言だった


「死んでもうたか……なんやかんや言うてた割には夢を果たせず終いやったっちゅーわけやな」


やがて口を開きどこか遠くを見るような表情を見せるのは白い小袖に緋袴という巫女装束姿の少女

腰には杖のような白鞘に日本刀を仕込ませた隠し武器をぶら下げているが

本人曰く隠してるわけではなく、鍔がある従来の日本刀では居合いの感覚がズレる

鍔迫り合いを前提としていないからいらないだけで仕込み刀でも隠し武器でもないらしい


そんな巫女少女は横に視線を向ける


「共に下準備を行なった同年代がいなくなるっちゅーのは寂しいなぁ、さつき?」


話題を振られたのは巫女少女の隣で何をするでもなく石柱にもたれかかっていた無口無表情少女、八幡さつき

ティマイオスによる全世界同時攻撃によって東京が水結晶(パワークリスタル化)する前は樟葉のクラスメイトだった少女だ


「別に。ミーシャはこの戦争を生き抜くには無力すぎた、それだけ」


八幡さつきの素っ気ない返事に巫女少女は特に何を思うでもなく


「冷たー。仮にも三人で偽結社名乗ってAMMの施設に潜入した仲やん、せめてご愁傷様くらい言ってあげなー。でもま、それもそうなんやけどな」


一度戦場という場所に兵士として足を踏み入れたからには、自分の身は自分で護るしかない

道徳だ、何だというのは外野が論じ争う問題であって

現場の兵士が論じることではない。彼らに課せられるのは極めてシンプルだ

殺るか殺られるか

このクソったれでどうしようもない戦争の最前線ではそれがすべて


「ところでミーシャを殺ったのってひょっとしてさつきのクラスメイト?」


巫女少女の言葉に八幡さつきは反応しない

別段仇を取ってやるというほど仲がいいわけでもないし、する理由もない

かつて中学校の屋上であしらったクラスメイト達に対し別段闘争心もない

結局、八幡さつきにとって彼女達の存在とはその程度なのだ

眼中にない、そういうことなのだ

敵であろうと味方であろうと気に掛ける対象ではない

ただし、彼女にとってはそうではない。だから逆に八幡さつきが巫女少女に質問する


「そういうあなたはどうなの?ふしみ?あなたが一番気にしてるんじゃない?」


巫女少女、深草ふしみは一瞬苛っとした表情を浮かべた


「橘姫……次代の神道巫女術界をリードするであろう娘やなんて信じられん。うちが潰す」


邪悪なオーラを放つ深草ふしみ、そんな状況を気にも留めない八幡さつき。そんな二人の目の前で閃光が瞬き女性が現れる

身に纏っている服はボロボロで額からは血が垂れ流れている

インドネシア人のサリナだった

そんなサリナの格好を見てルー・ガルーは口笛を吹くと


「随分とイカした姿になったじゃねぇか?新しいファッションか?」


ルー・ガルーの言葉にサリナは鬱陶しそうに舌打ちすると


「立ってるのがやっとってやつに言われたくはないね」


悪態をつく。ルー・ガルーは気にした風もなくニヤニヤ笑う

彼の後ろでは空間が歪み津村淙庵がすーっと現れる

横浜襲撃組み生存者は全員帰還したわけだ

サリナはボサボサと髪の毛を手で掻き毟ると滴り落ちる自らの血も気にせずその場に座り込むと短剣「クリス」を勢いよく絨毯に突き刺す

そして短くつぶやいた


「覚えてやがれルーンの魔女め」



この世界のどこにも属さない異空間に浮かぶ極東支部

その中の一施設の屋上に法善寺姉妹と青山真紀はいた

法善寺良子はじっと空を見上げている

そこに広がるのは青空ではない、どこまでも暗く深い闇に時折歪む空間だけだ

どこまで行っても有がない無空間に人工の浮遊島を浮かべたのがAMM支部だ

施設内にいれば実感することはないが、施設の外に一歩出て空を見上げれば嫌でも実感する

ここが地球ではないと


何も言わない姉に恐縮しまくりの法善寺組子はただただ下を向くばかり

無言の空気が流れる中、耐え切れなくなった真紀が申し訳なさそうに声をかける


「あのー、いつまでこうしてるつもりですか?」


引きつった笑顔で聞いた真紀の方を振り返らず良子はようやく重い口を開く


「まったく何を考えてたのかしら?」


その一言でより一層法善寺組子は縮こまる


「申し訳…ありませんわ、お姉様」

「そんなにティマイオスとの戦争に参加したいわけ?」

「いや、あの…その…だから今回のことは私の意志ではないというか、事故というか」


どんどん声が小さくなっていく組子を見て真紀はこの空気には耐えられないと仲裁に入る


「良子さん、でもくみちゃんも反省しているんですし、それに悪気があったわけじゃ」


真紀の仲裁に良子がようやく振り返って組子と真紀の方を向く


「組子、あなたは霊能力なのよ。それをわかっているの?」

「それは…充分承知していますわ」

「私や真紀のように霊媒能力とは対処できる相手も制限される。忘れてませんわよね?」

「当然ですわ」


しょんぼりする組子を見て、良子は説教は充分かと思った


「どうしても魔術師と戦いたいというのであれば、手はないこともないわ、実際ね」

「へ?」


突然の姉の言葉に組子は目を丸くする


「ただし、それがどういったものか、危険はないか。未知数よ…そういう世界なのよ」

「あの…お姉様?」

「どう判断するかはあなたに任せるけど、あなたも霊能者として自覚してほしいから話すわ」


てっきり霊能者に人との戦いは無理だ。事態が収まるまで閉じこもってろ!と言われると思っていた組子にとっては意外なことだった

今まで聞いても答えてくれなかった霊媒能力者がどうやって魔術師と対抗できるようになったのかを話しだしたのだ


「一時期、霊媒能力者ではなく魔術師になりたいと思った時期があってね。弟子入りしたのよ」


霊媒能力は霊能力と違い、魔術師へとシフトする可能性を多いに秘めている

そういったことからも入門はあっさりとクリアできた

師弟関係となった魔術師は死霊術者ネクロマンサーだった

死霊術ネクロマンシーを学んでいるうちに、洋の東西における思想の違いによる齟齬が発生しだした

思想齟齬の弊害があっては技術は進歩せず先へは進まない、やもなく別の師を探すこととなる

そして新たに弟子入りしたのが中国では名の知れた符呪師だった

符呪師は符呪を使うことによって墓に埋葬された死体や埋葬されていない骸、放置された屍を僵尸へと変えることができる

僵尸、キョンシーといったほうが認知度が高いこれを倒すべく

まるで映画の世界のように中国では日夜、道士とキョンシーとの戦いが繰り広げられている


現在においては高度経済成長と発展に沸く中国沿岸部の裏で暗躍する中国マフィアが

地図から消えてもいい貧しい農村を丸々一つ潰してキョンシー軍団を作り上げ

香港やマカオ、上海郊外での血肉を争う権力闘争の兵士として駆り立てている

言うなれば符呪師の雇用者は中国マフィアであり、敵対する道士はマフィアを取り締まる当局に雇われているか

相手側のマフィアに雇われた兵隊潰しだ


そんな裏の世界では技術を洗練するよりも数を量産することを選ぶ

結果魔術の腕は上がらず犯罪に間接的に加担しているだけになっていた

そういった理由から法善寺良子は魔術師になるという夢に挫折し、霊媒師として生きていこうと帰国したのだ


「今でも魔術師と張り合えるのはポルターガイストを使用する際並行して、弟子入りしていた当時の残滓でやりくりしているだけなの」


初めて聞く姉の告白に組子は言葉がでなかった

留学だと聞かされていたが、実際は魔術修行だったとは衝撃以外の何でもない


「挫折した者がわずかに習得できた小さな技術であっても知りたいというなら教えてあげても構わないわ…組子、あなたが望むならね」


ただし、と良子はここで言葉を区切る、真剣な眼差しで妹を見つめ驚くべきことを口にする


「この技術を学ぶか学ばないかはこれから言うことをよーく考えてから決めなさい。私が弟子入りした死霊術師ネクロマンシーの名はモリス・ロトカ。符呪師の名は王畏。二人とも魔術結社ティマイオスに所属しているわ」

「え?」


ティマイオスに所属している魔術師に弟子入りしていた。その事実は組子に衝撃を与えた

ただし、この業界は裏切りが多い

何かAMMや所属結社と揉めてティマイオスに渡ったという話も珍しくない

良子と師弟関係が解消した後にトラブルからAMMを抜けてティマイオスに渡ったのかもしれない

しかし、そんな思いを良子はすぐに砕く


「私はそれを知っていて弟子入りしたのよ。つまり言い方によってはティマイオスの軍門に降っていたことになるわね」


語られた事実は深く深く突き刺さる

そのような人物を果たしてAMMは、極東支部は本当に信用しているのだろうか?

たとえ姉妹とはいえ、そんな者から教わった技術を伝授してもらって自分は今の立場でいられるだろうか?


今や世界は不安定だ。かつての平穏はどこにもない

一度波風が立てばそれが収まるのは容易ではない

動き出したうねりは大きくなり、やがてすべての呑みこむ

そして時代は同じ時間に留まることを、立ち止まることを許さない

世界は廻る。拒むものの声など聞かず、ただ突き進む

時代の荒波は思惑も葛藤も欲望も絶望もすべてを荒立たせる


それを引き起こすのは人なのか、時の流れという目に見えないものなのか

それともあらかじめ最初から決められていた運命という名の神が描いたシナリオなのか

その答えを導き出せるものはこの世界に誰一人としていない。人は神ではないのだから

全能ではない人はだからこそ抗う、運命という呪縛に


それでも神が人に与えた時間という制約は人が抗うために生み出そうとする思考さえも練らせてはくれない


極東支部・司令室

慌しく人が動き回り、怒声が飛び交う

情報と情報が錯綜し、司令部内は混沌としていた

極東支部長である山北琢斗は椅子に腰掛けて液晶画面に映し出された関東全体の地図とにらめっこをする

次に狙われるのはどこか?規模でいえば川崎市が有力だが

そう思った時、司令室全体に警報が鳴り響く


「何事だ!?」


思考を止め、立ち上がって声をあげる山北にオペレーターの一人が答える


「たった今、異常な空間の歪みと霊脈の流れの変化、大規模な呪力変動を感知!これまでのデータと重ね合わせて生贄の儀式の補助術式の前提起動準備の前段階が始まったものと思われます!」


ドンと山北は机を叩く

ギリギリと歯噛みしてデータを大画面に映すよう指示を出す


「おのれ、間隔を開けずに攻めてきたか!こちらの態勢を立て直す暇を与えないつもりだな!場所はどこだ!川崎か?神奈川県内で即動ける魔術師に指令を」


そこまで叫んだ山北はしかし、大画面に映し出された地図とオペレーターの言葉で動きを止める

視界に飛び込んできた映像を見て想定外といった表情を浮かべる


「観測された場所は……名古屋です」


映し出された地図は東海地方、赤く点滅し警告音を鳴らすのは愛知県名古屋市


戦いは関東から新たなるステージへと移る

ただただ時間が進むように、状況も刻々と変化していく

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