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恋は苦しみのはじまり  作者: 宮里作楽
1/5

もどかしい曇天

『今更なんだけどさ、もう私たち別れた方がいいと思うの。ごめんね』


 私は、私が一時間前に彼に送ったメッセージと一分前に彼から送られてきた返答を携帯の画面越しに眺めて、何とも言えない気持ちになっていた。


『本当に今更だな。もうとっくに終わったもんだと思ってた』


 ぶっきらぼうな彼の返事。あの人、いつもこんなに愛想のない言い方だったかな。もう少し優しい人だと信じていたのに。


 午後9時前、夜の帳はすでに降りていて、街は暗がりに身を潜めている。月も星も見えるわけがない曇天ぶりで、下手したら雨が降り出しそうなほどだ。外から聞こえるのは遠くの幹線道路の車の音と、どこかで誰かが鳴らしているリズミカルなヒールの音。そしてたまに聞こえてくる誰かのくしゃみ。そんな風情も何もない日常を二階の自分の部屋の窓から眺めながら、高校二年の少女は深くため息をついた。


 ああ、終わった。また私の恋が終わりを告げた。それも希望なんて何一つない、最低最悪の終わり方で。

 でも、今の気分も最悪かと聞かれても、そうだとは答えられない。もどかしいことに、自分の気持ちがはっきりしない。それはまさに、今の空模様そのものだった。月の神秘的な光も星の炯々とした輝きも覆い隠してしまう曇天。しかし雨を降らせるまでには至らない。限界近くまで水蒸気を溜め込んでおきながらも、あと少しのラインを越えられないがゆえに、雨となって発散することもできない。いっそのこと土砂降りになれば……この暗くて狭い自分の部屋で、下の階にいる家族はもちろん、外に聞こえることも厭わずに大泣きしてしまえば、少しはすっきりするのだろうか。

 どうせ行動には移さないくせに、半ば真剣にそんなことを考えているうちに、私の心の中では、熱いブラックコーヒーにミルクと間違えて豆乳を入れてしまった時のような、混ざろうとしても混ざりきらないいくつもの思いがやるせなくダマになって溜まっていった。


 まず第一に、やっと終わったなと、解放されたような気持ちになっているところがある。今までの私は、彼に振り回されてばかりだった。いつでもどこでも彼の意見を尊重して、彼に好かれようと背伸びしていた。そりゃあそれを始めたのは他の誰でもない私で、最初はその努力も幸せだったけれど、二人の関係が冷え切っていくたびにその努力は私の肩に容赦なくのしかかる重圧でしかなくなってきた。これからはその重圧がなくなるのだ。肩が軽くなる。

 それとは別に、別れの悲しさも感じている。まがりなりとも、今の今まで私とあの人は恋人同士だったのだ。楽しい思い出がなかったわけじゃない。むしろ楽しい思い出の方が多かった。だからこそ、もう二度とあの人のそばにいられないと思ったら、胸がきゅっと締め付けられて、苦しくなる。


 しかし、今一番強く感じているのは、解放された喜びとも別れの悲しさとも違う。彼への怒りだ。

 何なのあのぶっきらぼうな返事は。『本当に今更だな』? そんな余計な言葉はいらない。私だって切り出す時期を誤ったのはわかっている。だから自分から『今更だけど』って言い出したんじゃない。それに、『もうとっくに終わったもんだと思ってた』、ですって? だったらあなたがそう思った時に切り出しなさいよ。あなたのことだから、別れを言い出すことから逃げていたんでしょう? 自分ができなかったことを私にさせて、それでいて自分からは別れの言葉も、私への感謝も謝罪も何も無しなの? それはちょっとズルくない?

 いやいや私、ちょっと落ち着こう。それこそ『今更』何を期待してるというの? あの人はもう私を好きじゃなくなった。ただそれだけのことじゃない。もう好意がないんだから、返事がぶっきらぼうでも別れの言葉も何も無くたっておかしくないでしょ。もしかして私は、あの人が私の言葉を拒否して『別れたくない』って……そんな言葉を返してくれないかって期待してたというの? もうそうなら……私は、とんでもなく面倒な女だ。


 考えれば考えるほど心の底から湧き上がってくる後悔や怒りを抑えるために、私は自分の携帯の電源を切った。あの人のアドレスなんて、もう二度と見るもんか。胸の内でそう吐き捨てて、私は自分の体をベッドに委ねた。ドスンと嫌な音がする。


 自分の部屋の天井をこんなにじっくり見たのはいつ以来だろうか。何かを考えていないと彼への怒りがまた爆発してしまいそうで、それでも浮かんでくるのはさっき彼と別れたことばかり。だから何の変化もなくても、今見ている光景に意識を向かわせるしかないのだ。

 ああ、そうだ。思い出した。5年前。5年前、まだ私が未熟な時期に、同じことがあったんだ。今まで思い出さないように抑えていた苦い思い出。それも恋愛絡みの思い出。


 5年前のことといい、今回のことといい……やっぱり私に恋愛は向いていないみたいだなあ……。

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