4話 よろしく
ようやく名前を出します。
「ジリリリリリリリリリ」と目覚まし時計が朝の静寂を破った。自分で点けておきながら、うるさいなと思いながら僕は目覚まし時計を止める。さて……今日からまた頑張りますかな。
僕はパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替える。久しぶりの学校なのでとても憂鬱だ。まだ今日が始まったばかりだが昨日までの生活が恋しい。まあ、今日は夏休み明けテストもあるし休んでいられないのだが。
「ご飯よカズ~降りてきなさい」と母の呼ぶ声。僕は階段を降りながら今日の朝食はなんだろうかと推測する。匂いから察するに魚であることは間違いないが、問題はその魚の種類である。ホッケだと骨が多いから時間がかかってしまうし嫌なんだよなあ……
「おはよう、今日の朝ごはんは焼き魚?」
「おはよう、あんたが好きなホッケよ」
残念だった。作ってもらっている以上文句は言えないが出来れば朝じゃなくて夜に出してほしかった。
「いただきます」
既に食べ始めている父と母に遅れて僕も食べ始める。昨日までは起きるのが遅く朝食と昼食が一緒になった生活に慣れてしまっていたせいで少し胃が拒否反応を示している。だが、テスト中に腹が減っては戦えないので頑張って食べた。ホッケの骨がのどに刺さった。
「ごちそうさま」父に5分ほど遅れて食べ終えた。やはり骨をほぐすのに時間がかかってしまった。遅れを取り戻すべく歯磨きをしながら整髪を3分で済ませ、部屋で持ち物確認をして学校へ向かった。
僕は職員玄関から学校に入った。今日からこの学校の生徒になるので生徒用玄関に自分のロッカーが無いからだ。どうして転校してきたかと言えば、僕は去年まで県内トップの県立高校に在籍していたのだが、去年の夏休みから全く勉強に手がつかず、学校へ行く気力も失ってしまい、見かねた両親がこの私立高校へ転校させてくれたのだ。
僕は職員室の無機質なドアを叩く。
「失礼します。今日からこの学校に編入する相沢壱成です、よろしくお願いします」
「はじめまして壱成君。今日からよろしくね」と教師全員が立ち上がって僕を迎えてくれた。見たところ優しそうな先生ばかりで良い雰囲気のように思えた。
「ゴホン、私が君の担任になる31HRの田中進です。今日は入学早々テストだが大丈夫かい?」田中と名乗るこの教師は誠実そうな感じできちんと目を見てくれるところに好感が持てた。
「大丈夫です。よろしくお願いします」
「それじゃあ、そろそろホームルームだから一緒に行こうか。元の高校については触れない方が良いんだったよね?」
「ええ、お願いします」
僕は田中先生の後を追って見慣れぬ校舎を歩いた。前の高校ではチャイムが鳴ったら全員教室にいるのが当たり前だったので、ちらほら生徒が遊んでいたりしていることに違和感を少し覚えた。
「それじゃあ、少し待っててくれるかな?」
田中先生は31HRと書かれた教室に入っていった。中では朝のホームルームを始めている。出席確認を終えたところで僕の話になった。手を招かれ僕は教室へと入っていった。
「相沢壱成です。えっと、こんな時期に転校してきたけど怪しい者ではないので皆さん仲良くしてください」
男子生徒は女じゃないのかよといった表情で睨んで来ていたが、女生徒たちは格好良くない?とか小声で話してくれていた。
僕は一番後ろの空いている席に座るように言われ、その席へ向かった。幸いなことに足を突っかけてくるヤンキーはおらず、無事に席へとたどり着いた。その隣の席には中学の頃に見た覚えのある気がする顔が座っていた。ひとまず、よろしくと声をかけた。
「それじゃあ、始業式に行きましょう」と田中先生が言い、皆が一斉に廊下へ出て整列していた。どこに並んでいいものか分からずいると、1人の女子生徒に私の隣だよと教えてもらった。僕が並んだところで列が動き出した。
体育館に着くと皆一斉にお喋りを始めた。聞いていると彼女出来たとか大人の階段上ったとかそういう話ばかりでテスト前とは思えなかった。僕は予め作っておいたテスト用のメモをポケットから取り出し勉強を始めた。
「すごいね、勉強好きなの?」と話しかけてきたのは隣の女子生徒だった。今ちゃんと顔を見ると目が大きくて可愛らしい顔をしていた。
「ああ、大学に行きたいからね」
「へー、勉強好きなんだ。私にも教えてよ」
「時間があるときならね、名前なんて言うの?」
「芹沢唯だよ、よろしくね」
よろしく、と言おうとしたが、始業式が始まってしまったので僕は口を噤んで再び勉強をし始めた。
なにがとは言いませんが決してミスではありません