試合開始!
☆☆☆
「さぁて楽しみですねぇ?鷺沼せんせー?」
「あぁ」
司令室に一旦集合した両チーム。
柊翔は堂々としている。そして、スーツがよく似合っている。かっこいい。
司令室には扉が3つある。司令室に入るための扉と、両チームが仮想世界に行くための機械がある部屋への扉。
機械がある部屋に行くのは司令室からじゃなくても全然行けるが、礼儀として、試合が始まる前は両チーム司令室で顔を合わせるのだ。
不良の柊翔でもそこはきちんとしているようだ。
「せいぜい頑張ってくださいねぇ?素人さん?」
そう言いながら柊翔達は部屋に入っていった。
「さぁ君達も行こう」
鷺沼の一言で全員ダルそうな足取りで部屋に入っていく。鷺沼も一緒に。
ここの司令室は両チームの監督がいる場所ではなく、試合の運営者達が待機する場所である。試合が安全に円滑に進むように管理する場所が司令室。だから、両チームの部屋とフィールドが複数のモニターに映っている。
それぞれの監督はそれぞれの部屋の中で指示を行う。部屋の中にはモニターが設置してあり、椅子も用意してある。
【うわぁ……】
部屋の中に入ると全員が声を上げる。
部屋の中は複数の箱がぎっしり敷き詰められていた。
「君達はこの中に入ってもらう。大丈夫。安全は確保されている」
皆が不安そうにしているのを見たのか、鷺沼は安心させようと言葉を付け加えた。
「さて、まだ発表していなかったがポジションを発表する──」
【ディフェンダー】
防掛誠登、佐賀魔子、壁谷将一郎、螺旋海堂
【ミッドフィールダー】
兎咲優、三歳揮弥、濱嵜咲、冬奈香衣華
【フォワード】
火野決流
「──以上。頑張ってくれ」
☆☆☆
箱には誰がどこに入っても大丈夫なようになっている。ポジションというものは存在するが、それは監督の手元にあるキーボードで操作することが出来る。
目を開けるとそこは別世界だった。
別世界とは言っても現実味のある世界。
ここは森の中であった。
生い茂る木の中、決流は1人ポツンと立っていた。
視界には生い茂る木が映っているのもそうだが、それ以外にも表示されているものがある。
視界の右上にあるのは緑色のバー。これはHPだ。
左上にあるのは『90:00』。これは試合時間だ。
左下にあるのは0-0。これは得点だ。
そう、ここはもう仮想世界の中。
これが『ファイト・ガン・ワールド』の試合会場だ。
「ようやくここに来た……!」
決流が憧れていた世界。スポーツ。
やっとその憧れが現実となった。
〈皆さん聞こえますかー?〉
と、突如頭の中に流れてくる女の声。
〈私はこのFG部の副顧問を務めることになりました、爺咲丹湖です〉
(副顧問……)
〈そして今回、全体のオペレーションを務めさせていただきます〉
このスポーツには、全体を管理するオペレーターが必須である。全体の状況を判断し、ゲームを中断・中止することが可能。基本的に喋る内容は、ゲーム開始と終了の合図ぐらいだ。ただ、個人通信することが可能であり、複数のグループ通信も可能。
〈試合開始まで残り1分とさせていただきます。1分後に先攻の鷺沼チームのフォワードにボールが渡されます。では頑張ってくださいね!〉
(残り1分か……)
残り1分と告げられ、またボールが先に自分が持つことになり、驚いた決流だがそれよりも気になることがある。
(何故ポジションが──)
──こんな風なのだろう。
通常、ファイト・ガン・ワールドはフォワードとディフェンダー、ミッドフィールダー、ゴールキーパー、そしてスナイパーという5ポジションからなる。
しかし今回、3ポジションしか使っていない。しかもこの競技において重要であるゴールキーパーとスナイパーがいない。
そして、フォワードには決流1人しかいない。
これはおかしい。
何か策でもあるのだろうか。
そんなことを考えている内に──
〈──試合開始!〉
試合開始のブザーと合図と共に、試合が始まった。
☆☆☆
ボールが手の中に出現する。
直径6.5cm。素材は硬い何かのようだ。うん、硬い。まるで野球ボールのようだ。
色はこの生い茂る木々の中では目立つ、淡いピンク色をしていた。
試合開始のブザーがなってから5秒経過した時。
草木が揺れる音がした。
自チーム側のFWと、相手側のFWの距離は約100m。
高校生の100m走平均タイムは約14秒。
彼──柊翔は決流の横に立っていた。
「なっ……!?」
100mをたった5秒で走ったということになる。世界ギネスにのれるレベルの圧倒的な速さだ。
「ファイト・ガン・ワールドをなめないでくれるかな?」
その言葉と共に柊翔が消えると思うと、決流は見えない風によって大きく吹き飛ばされ、木に衝突した。
その瞬間、右上にある緑色のバー『HP』が75%らへんまで減り、色は黄色に変わってしまう。
──手に持っていたはずのボールは、いつの間にか手の中から消えていた。
柊翔はボールを持ちながら疾走している。
文字通り『疾走』していた。これが──
(これが──)
──ファイト・ガン・ワールドというスポーツでしか出てこないもの。
──必殺技。
「俺の得意技!〔疾走〕!」
100mを5秒程で走れるようにし、当たりに暴風並の風を引き起こす必殺技。ブロック技でもあり、キープ技でもある。
柊翔はあっという間に全員を抜かし、ボールをカゴの中に入れてしまった。
左下の0-0が、0-1に変わった。
(これがファイト・ガン・ワールド……命をかけた、技と技のぶつかり合い……)
決流は改めてそう思わされた。
生半可なスポーツではないということを。
☆☆☆
あっという間に1点を取られてしまった決流は呆然としていた。それもそうだ、レベルが違いすぎるのだから。
ファイト・ガン・ワールドは1点決めると自動的に全選手、最初のポジションの位置に転送される。頭の上に白い丸い玉──『ホワイトボール』が現れると、そこから光が出て一瞬で体が消える。そして元のポジションの位置にホワイトボールがくると、そこからまた光が出て、足から順番に体が具現化する。
初期位置に戻ってからは試合開始の合図があるまで体は動かない。
そしてボールは点を決められたチームの誰かにランダムで渡される。
HPは点が入ると自動的にMAXになる仕組みだ。
次は誰がボールを持つことになるのだろうか。
また自分に来ないかな──と思った矢先。
試合開始の合図と共に、決流の手にボールが出現する。
「ふぁっ!?」
まさか本当に来るとは思ってなく、マヌケな声を出してしまう。
その驚きも束の間、先程のことを思い出した。
(やばい!動かなきゃ──)
だが。
「だから……なめんじゃねぇよ」
一瞬で横に現れ、すぐさま消えていく。
決流は吹き飛ばされ、手に持っていたボールは消えてしまった。
HPゲージが黄色になる。
「ちっくしょっ!」
(やばいっ……また点を取られる……っ!)
しかし。
「あめぇんだよなぁ。はぁ……つまんねぇ試合だなぁ……」
目の前に柊翔が立っていた。
ボールをお手玉みたいにして遊んでいる。
「それはどういうことですかね先輩」
決流は立ち上がりながら言った。
「鷺沼……こんな奴らで俺達に勝てるとでも思ったのか」
「へへっ余裕そうですね先輩」
「あ?」
「こっちはまだ手を抜いてるだけですよ。僕達のことも舐めてもらっちゃ困ります」
「……キヒヒッ!こいつぁ面白ぇ……」
柊翔の目の色が変わった。
「ファイト・ガン・ワールドの楽しさを教えてやらねぇとなぁ!?」
「かかってきてくださいよ!先輩!」
決流はこのスポーツをよく知っている、つもりだ。ファイトゾーンの選手は基本的に必殺技と格闘技の両方を使って戦う。必殺技は持っていなくとも、格闘技の技術なら自分の方が勝っていると、思っている。
だから、あえて挑発的な言葉を口にした。
「じゃあ遠慮なくいかせてもらおうか!」
「……!」
「〔疾走〕!」
「はっ!?」
単純な格闘技だと思っていた。
しかし、彼の脳からすっかり抜けてしまっていた。この世界では単純な格闘技だけじゃダメだということを。
柊翔は必殺技〔疾走〕で決流の前から一瞬で消えた。
「くっそ!逃げるんですか先p──グハッ……ッ!?」
「先輩」と言いかけた瞬間、彼の鳩尾に柊翔のつま先がめり込む。
そのまま木々を倒していきながらフィールドの端まで飛んでいって見えない壁に衝突した。
このファイト・ガン・ワールドにはフィールドの外というものは存在していない。フィールドは見えない透明な壁によって囲まれている。この壁は絶対的な壁であり、破ることはできない。
地面に倒れ込んだ決流の口から血が溢れ出る。
この世界では現実世界に比べて痛みは減少するものの、痛いものは痛い。
そして現実リアルに忠実である。つまり、急所に当たればそれ相応のダメージを喰らう。
「雑魚だなてめぇ」
また〔疾走〕を使ったのか、もう決流の横にたっていた。
「まぁ〔疾走〕を使ったスピードでの蹴りで急所に当たるとHPにくるよなぁ?」
「くっ……そ……」
柊翔の通り、決流のHPのバーはみるみる減っていき、ついにそれが『LIFE ZERO』の文字に変わる。
それと同時、決流の上にホワイトボールが現れ体がだんだんと消えていく。
「安心しろ。すぐにリセットになるからよ。それまで指咥えてマヌケな面してろ……雑魚が」
ファイト・ガン・ワールドでは、HPがなくなった場合、自分のフィールドのランダムな場所に転送され、そこで30秒かけてリスポーン(周りを見渡せるが1歩も動くことはできず、必殺技も使うことができない。また、30秒終わるまでチームメイト、敵チームの人から姿を見られることはない)する。
──決流が気付いた時にはもう既に点を決められていて、初期位置に転送されていた。
その後、点はどんどん増えていき、決流達のチームは為す術もなく柊翔の〔疾走〕をくらい、ボロボロになっていた。
もう既に0-50の圧倒的大差。試合開始してから80分が経っていた。
ファイト・ガン・ワールドにはハーフタイムは存在しない。否──存在はするが、どちらかのチームの監督がハーフタイム宣言をし、相手チームの監督が許可した場合にのみハーフタイムが許される。つまり、開始15分だろうが80分だろうがいつでもハーフタイムをいれれる仕組みになっている。しかし、1試合にできるハーフタイムは1度きりで、その時間は15分。
使い所を見極めないと相手に有利になり、自分に不利になる。
(鷺沼聖人……何を考えてるんだ……)
その頃、鷺沼はモニターを真剣な眼差しで見ているだけだった。
(くっそ……どうすれば……!)
誰でもこんな絶望的な状況諦める。
しかし、1人の男だけは違った。
何度も立ち上がり、何度も立ち向かった。
そして何度も死んだ。
それでも彼は諦めない。
「貴様っ!何故そんなに立ち上がれる!」
HPが黄色のバーになっている決流に柊翔は言う。
「もう50対0だぞ?貴様らに勝ち目はねぇよ!」
「へへっ……勝ち目か……確かに勝ち目はないかもしれない。いや、まぁないんだけれども。……でも、試合って、ファイト・ガン・ワールドって魂と魂のぶつかり合いのスポーツです。そう、スポーツなんだよ。試合開始の合図から試合終了の合図があるまで試合は試合です。途中で諦めたら試合相手に失礼でしょう?」
「はぁ?何言ってんだてめぇ」
「さぁ自分でもわからないっすよ。敬語使ったりタメになったり」
「そこじゃねぇよ」
「まぁつまり。──負けが決まってようと諦めるという選択肢にはならない!」
「──へぇ……?じゃぁ諦めさせないとなぁ?」
「僕は諦めが悪いですよ、せーんぱい?」
「何回でも墓場送りにしてやる!〔疾走〕!」
またもや一瞬で目の前からいなくなる。
「……もう何回もこの技見てきたんですよねぇ……」
そう小声で呟く。
そして──
仮想世界の中なのに轟く体同士がぶつかる音。決流の後ろの木々達が大きく傾く程の突風。
柊翔は例の如く右足で鳩尾を狙った。
だが、決流はそれを右手で足先を掴んでいた。
「なっ!?」
「くぅ~!いってぇ……!」
「〔疾走〕での蹴りを片手で受け止めた……だと……っ!?」
「さぁ先輩!ここからですよ!」
すぐさまもう片足を足払いし、体勢を崩そうとする。が、決流の攻撃がわかっていたかのように、右足を振り子のように使い、体を回転させながら左足で決流の頭を蹴りこもうとする。
しかし、その左足も決流は受け止めた。
だが、この時決流は勝手に腕が動いたのだ。
「おいおい急にどうした──」
柊翔の腹目がけて拳が飛んでくる。
後ろにジャンプしながらそれを避ける。
「お喋りしてる余裕あるんですね」
「へぇなかなか面白そうな展開じゃねぇか!〔疾走〕!」
右、左、後ろ、前。
次から次へと凄まじいスピードで攻撃してくる柊翔。
しかし決流は全て避けていた。それに加え──
「──なっ!HPが減っているっ!?」
──柊翔が一旦止まったのは自分のHPのバーが緑色だったはずなのに黄色になっていることに気付いたからだ。
「先輩!甘いですね!ただ避けているだけじゃ勝てないでしょう?」
「貴様……!」
決流は避けながらも、地道に柊翔にダメージを与えていたのだ。
「……何故最初からこうしない!」
「さぁ……僕にもわかりませんよ。ただ、身体が勝手に動くんですよ。考えるよりも先に身体が勝手に動いている……それだけです」
「まぁいい。ここからが本番だ。痛め付けてやる……!」
その目は殺意に溢れかえっていた。
瞬間、またも柊翔の姿が消える。
左右どちらだ、後ろから来るのか?どうなんだ?と考えているや否や。
「上じゃボケェェェェェェェェ!」
どうやったのか、上から右の踵落としをしながら落ちてくる。
その凄まじいスピードと威力に、なんとか防御に間に合った決流の地面はお椀のように沈んでしまっていた。
無論、その分HPは減っている。
「〔疾走〕のスピードに加えて重力加速度で威力も上がった!」
「こんなもんですか……先輩っ!」
柊翔の顔面目がけて拳が飛んでくる。またかっ!と思い、後方へ逃げようとする。だが、先程の踵落としの右足を決流にがっちり掴まれており逃げることができなかった。
柊翔の力なら1回掴まれたとわかれば次には絶対逃げれる。
しかし、それは驚異的な決流の拳の速さには勝てなかったのだ。
顔を庇うのに少し遅れた柊翔。
なんとか腕で顔を守ることには成功したが、反応が遅く力を全力で入れることはできなかった。
殴るのと同時に掴んでいた足を離し、柊翔は後方へ転がり飛んでいく。
しかしそのまま倒れることなく、足を踏み込みながらなんとか立った柊翔。
「へへっ!ようやく1発当てれましたね」
「貴様……っ!」
柊翔のHPは既に50%を切っていた。
しかし、決流のHPも50%を切っている。
今のHPはほぼ互角状態だ。
「さて先輩。必殺技なしの本気の殴り合いをしましょうか!」
「殺してやる……殺してやる……殺してやる!」
お互いに走り始め、お互いに拳を交えようとしたその瞬間。
試合終了のブザーがフィールド上に鳴り響いた。