意味不明な30分間
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残り30分。
「私が勝手に持ちかけた勝負に、君達を巻き込んで申し訳ない」
【……】
今、部室の隣の教室に数人が座り、教卓の前に鷺沼が立っている。
「あの……」
頭を下げ、一向に上げる気配がないこの状況の中、1人のか弱そうな男子生徒が声をあげる。
すると、鷺沼は頭をあげる。
「君は確か、防掛誠登君だね」
「あ、はい……なんで、僕達を選んだんですか?」
今の状況を説明すると、勝負を持ちかけた直後、決流を含む部活体験者の者達を指名し、隣の教室に移った、ということである。
「それはもちろん、あの場に君達しかいなかったからだ」
「は、はぁ」
当然だ、と言わんばかりの顔であっさりと発言する。
「部活動体験に来たのだから、丁度いい体験になるだろう。実践的なものだしな」
「いや、それにしても本格的やすぎませんかねぇ?」
ここでまた、新たな人物が発言する。
「君は兎咲優君だね。……君の言うことはごもっともだ。だから君達に頼みたい──少しばかり私に力を貸してくれないだろうか」
沈黙が訪れる。
誰も賛成せず、反対もしない。
「1つ聞きたいことがあるんですが先生」
「あぁなんだ?」
「ファイト・ガン・ワールドは17対17で行うゲームです。相手は17人いると思いますが、今この場にいるのは9人、と半分しかいません。相手は熟練者であり、こちらは初心者。勝てるわけがないと思うのですが?」
「あぁ、それについては問題ない」
優の質問に対し、先生は答える。
「君達なら勝てる。いや、私が勝たす。私の目に狂いはない」
☆☆☆
残り23分。
鷺沼に連れられグラウンド場に足を運ぶ。
グラウンド場ではあらゆる運動部が隙間無く活動をしている。
そんな中、鷺沼は唐突に。
「まず、火野決流」
「は、はいっ!?」
「ここからあの1番奥にある木まで誰とも・何ともぶつからずにタッチしてこい」
「…………は?」
突然出た指示に、決流以外の全員も「は?」という状況になる。
普通に考えて意味がわからないだろう。ましてや、まだ着替えてもなく全員制服なのだ。
それと、今グラウンド場は色んな運動部が使っている。あちこちから、サッカーボールや野球ボール、陸上部の槍などが飛び交っている。こんな中を何もぶつからずに通れというのだ。頭がおかしい以外に考えられないだろう。
「制限時間は30秒だ。君なら100メートルを12秒ぐらいで走れるのだから、たかが150メートルぐらい余裕だろう?」
「いや、これをやる意味が……」
「よーい、スタート!」
突然始まる合図に思わず体は反応してしまう。嫌々な表情をしながらもとりあえず全速力で走る。
だが、ここは隙間もないグラウンド場だ。すぐさま障害はやってくる。
急にくる人やボールなど。
決流はそれらを瞬時に反応し、全てを華麗に避けていく。しかも、スピードは落ちたとしてもほんの少しだ。
あっという間に決流は木をタッチした。
「予想以上の運動神経だ」
そんな関心の言葉は束の間。
「次。防掛誠登」
「は、はいっ」
「君には、このグラウンド場に落ちているサッカーボールや野球ボールを拾い、その部活のマネージャーまで返してこい。私が合図するまでやり続けろ」
「そ、そんなぁっ」
「よーい、スタート!」
人とは不思議なもので、こう言われるとついつい反応してスタートしてしまうものである。誠登はボール拾いという雑業を始めた。
少し体型がポッチャリしているので相当キツいであろう。
そして、すぐさま次の人へとくる。
「次。兎咲優」
「俺はやんないっすよぉ」
「君には今から火野決流の所へ行き、こう伝えろ『──』。それで行き方だが、火野決流と同じくここから直線的に行け。時間制限は設けない。ただ、ボールや槍が当たりそうになっても歩くのは止めるな。当たりたくなきゃ歩きながら避けるんだな。もちろん、手を使って弾き返すのもありだ」
「だーかーら。俺はそんなのやんないっすって。いくらスタートされたって、動きはしませんよ。大体なんでこんなめんどくさいことしなきゃいけないんですか。俺は帰ります」
優は鷺沼に背を向け歩き出したその時。
「……これは命令だ。やれ。やらなきゃ君は後で後悔をする」
「……だからなんすか。どうでもいいんで。あ、わかりました。試合には出るんでとりあえず1人でゆっくりしてきますわ。時間になったらそっちに行きますねぇ?」
そう言って優はどこかへ行ってしまった。
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残り15分。
他のメンバーにもそれぞれ命令が下され、嫌々ながらも全員従っていた。
☆☆☆
残り5分。
それぞれこなしていた作業中、鷺沼が全員をまたグラウンド場の端に集めた。
全員汗だくで、倒れ込む者や水を飲みまくっている者などがいた。鷺沼はその人達の体調をうかがいながら淡々と喋る。
「よくやった。体調は大丈夫か。専用スーツに着替えながら休んでくれ。試合が始まる時間になったら呼びに行く」
そう言って鷺沼は背を向けてどこかへ行ってしまった。
残された生徒達は息切れをしながらFG部専用の部室に着替えに行った。
☆☆☆
ファイト・ガン・ワールドは仮想世界の中で行われるスポーツである。仮装世界ということは、五感全てを一旦放棄することであり、その五感を機械に預けるということである。
人間の五感を機械に受け渡すには、体にかなりの負荷がかかり、ただの服や裸体じゃ体が壊れてしまう。だから、専用のスーツを着なければならない。国から指定されている者であり、全世界共通のスーツである。
スーツにサイズがあるが、基本的にはピッタリのサイズは着ずかなり大きめの着ることになる。理由は体にピッタリ、パッツパツになる程に着なければいけないからだ。
一旦ぶかぶかのスーツを着たあと、胸元にある円状の突起物を回すとスーツと体の間にある空気が一気に外に放出され、スーツが体にフィットする風になっている。
キツキツではあるが、動きにくくはなく、軽く運動できる程度。
「うわー……スーツ着るのは初めてだなぁ……!」
「火野……決流君だっけ?」
「おう!決流でいいぞ?」
初めて着るスーツに興奮していた決流に話しかけてきたのは誠登だった。
「き、決流……なんでそんなにやる気なの?」
「え?」
その誠登の唐突な質問に疑問を持ったが、周りをみたら何故なのかすぐにわかった。
明らかに自分だけ浮いているのだ。
ここにいる者は決流以外全員、嫌々そこに立っており、めんどくさそうにしている。
「それは──」
──と言いかけた時、扉が開いて鷺沼が入ってきた。
「──全員準備は出来ているな。試合だ。行くぞ」
誰も返事はしなかった。