第二話 俺と部下で村訪問
まだ序章の起承転結の『起』です。
次から『転』かな?
「どうだー? 見えるかー?」
俺は木陰で幹に背中を預けながら、届かないであろう言葉を呟く。俺の言葉は虚しく響くだけで、当然言葉は返って来ず、肩をすくめながら彼女が何かしらの収穫を得てくるのを気長に待つ。
暇なので自分のブレザーを太腿辺りに敷き、軽い仮眠体勢を取る。
中心市街地で生まれ育った俺には新鮮な大自然という環境。コンクリートで地面が暑いこともないので、涼しい空気を感じながら気持ちよく昼寝が出来るのは嬉しい。
連れのアイリスが何をしているのか。
数キロ歩いても人の住まう場所が見当たらなかったので、仮にも女神のアイリスに上空から探索してもらっているのだ。
それまでお荷物の俺は待機している。
頬を静かに撫でる風が心地よい。
この世界にも四季はあるのだろうか? この気候の暖かさは丁度いいけれど、こればっかりだと現代日本で見たことのある食材の一部が見れないのは確定してしまう。
それとも異世界ならではの珍しい食材が存在するのか? 料理を趣味としている俺には、新しい食材の発見は金よりも貴重だ。
なんて小難しいことを考えている間に寝てしまったのだろう。
気がついたら目の前にドアップのアイリスの顔があった。
「……寝顔が可愛い」
「うっせー。で、何か見つかったか?」
「五時の方向、二十四キロ先に数十人規模の集落。六時の方向、三十八キロ先に大規模な街。他、周囲半径五十キロに目ぼしい人工物なし」
俺は立ち上がって背伸びをすると、空が茜色に染まっているのに気づいた。
夕方か。夜までには屋根のある場所に辿り着きたいところだ。地面に落ちたブレザーを拾いながら、俺を見上げるアイリスに移動を頼む。
「ここから二十四キロは長い。アイリス、頼む」
「うん」
遠回しに近い方の村に行く旨を理解したアイリスは、俺の背後から腕を回して胸辺りをがっちりホールドすると、ゆっくりと上空に浮かぶ。
アイリスの飛行能力を移動に使うのだが、この人生で一番情けない格好をしているのは間違いないだろう。自分より小さい子につかまりながら飛ぶとか、まるで首元掴まれながら運ばれる猫のようだ。それでもチート能力どころかスキルも持ち合わせていないLv1の勇者に選択肢はない。
上空から眺めることのできる大自然で現実逃避をすると同時に、下から現地人に見られていないか注意深く観察する。
「……人の姿が確認できんな。街が遠からず存在するんだから、冒険者がいるかどうかは別として、旅人とか見かけてもおかしくないはずなんだが」
「桜華の居たところは、ちょうど人の国と魔族の国との国境線だったはず。旅人を見かけないのは、魔族の存在を人間が警戒しているからだと思う」
「……は?」
俺は思わず顔を上げる。
その拍子に彼女のマシュマロみたいに柔らかい双丘が大きく形を変え、背中に思いっきり感触を覚えたのだが、そこらへんは心の内に留めておこう。
んなことよりアイリスの発言が重要だ。
「普通は国境線付近に関所やら何らかの建造物があるはずだろ。ましてや人間と魔族の境だぜ? 砦があっても不思議じゃないはずだが……お前はそれを見かけたか?」
「桜華に報告した通り」
「人間がここ一帯の地域の防衛を放棄している……いや、一般人も住んでる大規模な街が近くにあるんだから、悪戯に領土を削るような馬鹿なことを率先してするはずがない。何か大掛かりな罠でもあるのか……それならコイツが気づかないはずがねぇ。訳が分からん」
どちらにせよ俺には情報が圧倒的に不足している。
そういう意味では、他の連中が情報集めに東方西走してくれるのは非常に有り難かった。直接関係あることではないにせよ、一度疑問に思うと少し気になってしまうからな。
空を飛ぶこと数十分。
アイリスが思いのほか異世界の知識を持ち合わせていないことや、暗闇から幾らばかりの路銀を握らされていること、俺が前世のときに着ていたジャケットを彼女が持っていることなどが発覚したりもしたが、事故が起こることもなく村に辿り着いた。
村から見えないところに降り立った俺とアイリスは、空中で乱れた服を正す。
ここで少しでも異世界の情報でも手に入ればいいのだが。
「いいか、アイリス。村に住んでいる人へ危害だけは絶対に加えるなよ?」
「わかった」
「本当に分かってんのかコイツ……」
目を逸らしながら言うアイリスに俺は溜息をつく。
変なことしなきゃいいが。
♦♦♦
「ようこそ、旅人さん。儂はこの村の村長をしております、ボーワドンと申します」
60から70くらいの歳に見える村長に彼の家へ入ることを許された俺達は、夕食時の時間と重なったこともあり、キッチンとリビングが合わさったような場所へと案内される。構造的に他の家と大きさが違うと予想はしていたが、飯を食う場所だけの部屋にしては少々大きい。
俺は村長に指定された席に座り、アイリスは横の椅子に腰をかける。
木製の椅子や机は見事なまでの彫刻が所々に施されていて、物の価値に関しては素人目の俺でさえ芸術的価値があるのは火を見るより明らかだ。
さて、突然話を変えるが、俺の部下は四次元へと通ずる倉庫的なものを所有している。
それを俺達は『虚空』と呼び、限界量はあるにせよ大小問わず何でも入れることが出来るのだ。これは生ものですら何百年でも新鮮なまま保存することも可能で、前世の俺も虚空を最大限活用して生活していた。ぶっちゃけ生まれ変わった時に感じた不便さなら、身体能力の劣化の次にこれが挙げられるだろう。
アイリスも虚空を所有している……が、コイツは昔から必要最低限のものと、くっそ役に立たないものしか持ち歩かない奴である。何が言いたいのかというと、コイツが外套の一つでも持ってたら旅人らしい服装を装えたのだが、今の格好は学生服なのである。
これが副参謀長のゼクスや旅行好きの代五郎とかなら、旅人を装える服とか持っていただろうに。俺の偽装計画は同伴者がコイツってだけで頓挫してしまったのだ。何が「カスタネットなら、ある」だよ。一人で叩いとけ。
けれども、こうやって「旅人でーす」的な苦し紛れの嘘を吐いたにもかかわらず、この村の村長は俺達を歓迎してくれたのだ。
これだけなら優しい只のオッサンなわけだが……実は服装云々以前に、村に入った時に最初に声をかけた中年の男性に物凄く警戒された背景がある。それは異常なくらいで、俺が『虚空』の話まで持ち出して何が言いたかったのかというと、
『あからさまに旅人じゃねぇ格好してんのに、このオッサンは快く俺達を泊めてくれた』
って疑問が俺の中で渦巻いている。
中年男性が宿泊先として紹介した家の主である村長は友好的だが、こうやって村の入り口からここに来るまでに、村の連中に不審な目で見られていたことは忘れようがない。
他にも俺が疑う理由はあった。
この村、アイリスは上から探してみ付けた場所なのだが、物凄く分かりずらい場所に存在している。
村の入り口は森のようなもので覆われている上に、村自体を比較的高い山岳地帯によって囲まれているため、どうにも何かを隠しているような気がするのだ。この場所はメリットがそれだけで、生活面のデメリットが遥かに多い。
只の善意なら別にいい。
しかし――不審な点が多のは事実。相手も同じようなこと考えてるかもしれんけど。
「どうぞ、粗末なものですが……」
「ありがとうございます」
村長の奥さんみたいな老婆が木製の皿に野菜のスープを俺の前に置き、それに俺は感謝の言葉を述べる。ハーブの効いたとても良い匂いで、それだけで早く口にしたい衝動に駆られる。高校で弁当食う前に異世界に転移させられ、アイリスは食いものを持ってなかった故に、めっちゃ腹減ってるのだ。
老婆はアイリスの前と、向かい側に座って居る村長、自分の席にも同じようなものを置いて、老婆も村長の隣の席に腰を下ろす。ちなみにスプーンも木製で、最初に配られていた。テーブルの中央には水の入ったガラス製の水筒も予め用意してあった。
「では、旅人さん。どうぞお食べ――」
と村長が俺達に食べるよう促そうとしたところで、木製の扉が音を鳴らしながら開かれた。
「おじいさま、おばあさま、旅の方がいらっしゃったって本当ですか?」
扉を潜ってきたのは一人の少女だった。
肩まで伸ばした艶やかな金髪を揺らしながら、質素なワンピースを着た少女は俺の姿を確認すると、満開の桜にも引けを取らない美しい笑みを浮かべた。そこに他の村人に感じたような不信感を覚えることはなく、心の底から俺達の存在を歓迎しているようにも窺える。
少女という言葉の前に『美』をつけても不思議じゃないくらい、可憐な少女は俺達に育ちの良さを察することのできる挨拶――スカートを若干持ち上げてのお辞儀を披露する。王族か何かかよ。
「初めまして、私はヴァレンティーナと言います」
「こ、これはどうもご丁寧に……俺は桜華って言います。んで、こっちがアイリス」
「オウカ、様ですか? 不思議な響きのお名前ですね」
「そ、そうですか……」
何というか……こういうタイプの奴に会うのが初めてだったので、彼女のオーラに旅人の偽装も忘れて圧倒されてしまう。
まぁ、それ以上に驚いたのが村長の変貌だったが。
急に席を立ち上がった村長は少女に怒鳴る。
それは焦っているようにも見えて、俺達をしきりに確認しながらの説教だった。
「ティナ! お前はジャナスの家に泊まるはずだったろう!? どうして帰ってきた!」
「で、でも……私も旅の方とお話がしたくて」
「そういう問題じゃない!」
こうして村長VSヴァレンティーナさんの細やかな口喧嘩が始まる。
老婆はずっと俺の方を見ていて止める兆しがないし、アイリスは我関せずの態度でボーっとスープを眺めているのだ。
村長は理由が分からんが彼女を俺達と同席させたくないように見える。一方で彼女は辺鄙な場所にわざわざやって来た俺達と会話したいという本心を露わにしている。どちらも自分の主張を譲るつもりが一切ないようなので、第三者が仲介に入らないと行けない様子なのだが……。
俺がやらなきゃダメですか?
正直言って入りたくないんですけど。
「村長さん、私達は貴方の好意によって泊まる身。ヴァレンティーナさんのことを邪魔だとは思いませんし、彼女が私達と話をしたいというならば、私達を泊めて頂いた僅かばかりの恩返しとして語りましょう」
「で、ですが――」
「ありがとうございます、オウカ様」
彼女はさっそく俺の横――アイリスとは反対の位置に座り、飯はもう食ってきたのか微笑みながら俺の顔を眺めている。近くで見ると精巧な人形のように綺麗な顔を向けられて、思わず目を逸らしたくなる衝動に駆られるのは仕方ないだろう。
これが仕事とかなら、どんな美女だって相手でも物怖じしないのに。
アイリスが良い例だ。……痛い痛い、アイリス足蹴んな。
村長はやれやれと言った感じで席に戻る。
……そこから俺の地獄が始まった。
彼女は好奇心旺盛なのだろう。
どこから来たのか。どのようなところを旅してきたのか。いつから旅を始めたのか。どんな美味しい料理があったのか。どのような本を読んだことがあるのか。どんな人が村の外に入るのか。冒険者ギルドに入っているのか。どんな綺麗な場所があったのか。アイリスとはどんな関係なのか。他国にはどのような御伽話があるのか。俺やアイリスはどんなクラスなのか。野宿をしたことはあるのか。どんな――
旅なんぞしたことのない俺は乾いた笑いしか出なかった。前世の話と小説などを参考に壮大な作り話を真実を交えて語り、彼女は俺の語る嘘半分の物語に様々なリアクションを取りながら耳を傾けていた。
塩胡椒の効いたスープを喉に流し込みながら語っていたため、少々お行儀悪い行為かもしれんが、そこら辺は目を瞑ってもらおう。
ここまで頭をフル回転させたのは久しぶりだ。
スープを飲んでいると不思議と眠くなったが、それを必死にこらえて語る。
しかし、夜も更けてきたのだろう。どんどん眠気が勝り、今日はお開きになった。
「オウカ様の旅のお話はとても面白かったです。ありがとうございました」
「いえいえ、私も早朝すぐ旅立つつもりはありませんので、続きは昼頃にでも」
こうして村長の案内した寝室のベッドに横になり、すぐに瞼を閉じる。アイリスはもう寝ており、俺は薄れゆく意識の中で、今日起こったことを振り返った。
異世界に飛ばされ、アイリスと十数年ぶりに再会し、ファンタジー風の村でお世話になり、
そして……
睡眠薬飲まされるとは思わんかったわ。
♦♦♦
「――えぇ、偵察ご苦労様」
「なるほど、そんなところに隠れておりましたか」
「旅人には感謝しませんとね。妙な山岳地帯だとは薄々感づいておりましたが、これで決定的なものとなりました」
「さて、全知全能を司る我らが神よ」
「我等が聖戦を――とくとご覧あれ」
【次回予告】
「殺されなかっただけマシなのかねぇ」
「白々しい。……貴様、『勇者』であろう」
「桜華、痛い」
「それを口まで運んでくれると泣いて喜びます」
「やっぱ宗教絡むと面倒だわ。神様なんてロクなもんじゃないね、ったく……」