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リレー小説

作者: aoto

   リレー小説

               aoto


はじめての交換小説


 これは私なんかが続きを書いていい物語じゃない。


 私は諦めてタップをしようとした。

 私と他の執筆者とでは文章のレベルが違いすぎる。


 「肯綮」だなんて言葉初めて見た。

 『海の底より深い碧が、たったの一口分』こんな表現を私が出来る日はくるのだろうか。


 私はiPhoneのボタンを押して、メニューに戻った。

 ため息がついて出た。

 始めた頃はこれほど重荷に思うことはなかった。

 文字はいつだって私の僕で、同世代の子たちよりはちょっとだけうまく作れる自信があった。


 携帯小説なんかでよくある甘いだけの設定、感情ばかりの文章ではない。

 どの設定も文章のスタイルも色の数あるようで、カラフルだ。

 ランダムに読んでいると、自分自身の文章の狭さを知った。


 もう一度iPhoneを手に取った。


 "タップしてしまえば良かったのだ"


 心がざわめく。

 時計の針はやがて11時を回ろうとしている。

 いつもはベッドにもぐる時間。


 文章を紡ぐことにスリルを感じている。

 どこの誰が同じノベルの続きを書こうとねらっているか分からない。

 時間制限で物語はランダムに代わっていくため、明日同じ話を紡ぐ権利が与えられるとは限らない。

 一人が続きを書いてしまえば、物語の展開はあっという間に変化する。


 "タップしてしまえば良かったのだ"


 もう一度心がざわめく。

 これは私なんかが続きを書いていい物語じゃない、でも、この物語にとても惹かれている。

 続きを書いてみたい。

 その欲求が私の頭を麻痺させる。


 だって、すばらしい物語なのだから。




【交換小説】


 交換小説を九人で行うアプリ。

 一つのパラグラフにつき、二〇〇字で物語をつないでいく。


:へえー楽しそうだね

:物語、書くのが好きなあんたにはちょうどいいかなってw

:ばななはもうやってるの?

:やりまくってるw


 私はパソコンの画面をスクロールしながら、iPhoneを手に取った。

 これはバイトをして最近買ったものだ。

 どうせ、することもない。

 私はネット仲間の"ばなな"にありがとうのコメントを残し、アプリをインストールした。


「Twitter連動か。Twitterアカもってないからな。この際作っちゃおうか。でもいきなり入り込んでいくのはちょっとなあ」


 私は冷蔵庫からバナナジュースを持って来て飲む。

 氷をいれて、味を薄めるのが私の好みだ。


:ばななも、Twitterアカもってる?

:あるよー。そこのフォロワーさん楽しいからコメント見てるだけでもオススメするわw

:へえーばななって初めての人の中に入り込んでいくの苦手なイメージあるのに(笑)

:そんなこというな! 当たっとるんやけどねw Twitterのほうは私も始めたばかりで、あんたいると私も呟きやすいわーw


 "ばなな"のリアルを私は知らない。

 私が彼女について知っていることと言えば、会話を重ねるうちにちょっとずつ知っていった、そうなんじゃないかな、という推測にすぎない。

 けれども、彼女の言葉は時々自虐が混じる。打たれた「w」の間隔や数からも、彼女が実は強がっているのではないか、と思えるところがあって、私は彼女のことを強気な内気だと捉えている。


 私は今し方推測した性格を"ばなな"の落書きの下に記入した。


 ネット上の友人。

 顔が分からないのなら、せめて、私が描いてあげよう。

 そう思って落書きしたメモ帳には"ばなな"のほかにも何人かの名前があって、同じように、顔の落書きがされている。申し訳程度のプロフィールを脇に従えながら。


 私の描いた"ばなな"はゴムで髪を束ね、団子にするのも億劫だから、パイナップルにしている。髪の太さや長さの関係で、パイナップルというよりはバナナの房がぶら下がっているように見える。ニックネームの"ばなな"はもっと違う思い出によってつけたと彼女は話していたが。

 目はくりくりとしていて、涙袋が大きい。顔は丸顔。愛嬌があって、人気になるタイプの顔の作りだ。

 高校一年生で、部活もしないでネットに興じるどこにでもいる女の子。


 もちろん、これは本当の"ばなな"のリアルじゃない。

 私が考えた設定だ。

 でも、これは私が"ばなな"と話すときに思い描く"ばなな"で、今だけは私にとってリアルよりもリアルな"ばなな"なのだ。


 アプリのインストールが終わる。

 私はアプリを開く。

 アカウント名はなににしようか。

 すぐにばななにばれてしまってもつまらない。


「コマおにぎり」


 なんとなくふっと沸いた。

 私はこういうのを大事にする。なんだか啓示のようで。


 私はTwitterに呟いた。

:書きたいノベルがあるのに、自分の文章力のなさを実感してます。残念。


 私はiPhoneを頭上に掲げ、寝転がる。


:物語には鮮度があるのよ。書きたいと思ったとき、書くのが一番だと思います。


 "ノエル"さんからの返事が来る。

 ノエルさんはいつも助言をくれる。


 ノエルさんはどこかで主婦だと名乗っていた。学業関係の仕事を近日までしていたということからも、人を導くことがうまいのだと思う。

 私の描いたノエルさんの落書きにはそんなメモがついている。


 時間が私を急いてくる。

 明日は早起きをしなくてはいけない。

 でも書きたい。

 描かずにいると、誰かが描いてしまうかもしれない。

 書きたい。

 私なんかがこのさきをつづけていいのか。

 書きたい。


 そんな思いにとらわれながら描くのもこのアプリの楽しみの一つだった。

 ものを描くことにこれほどまでにスリルを感じるだなんて。

 早く、書きたい。

 ふつうは「後で」となってしまう心境がこのアプリでは見事覆されてしまう。


 私はノートを引っ張り出してきて、言葉を書いていった。



"あれがどこからやってくるのか、私は知らない。死の淵からという人もいるし、未来から逆行して空を泳いでくるという人もいる。あれは私たちが何も知らない存在であるが故に、私たちの知識の及ばない現象のすべての理由に帰結することができた。

竜は山並みにたった。尾をくねらせ、手元に近づけると、繊細な生き物を扱うように優しく愛撫した。


あれを見ていると悲しくなる。"



 そうして紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。

 どうしても難しい。



 ノベルの内容は交換小説を行う9人の女性たちの物語だ。

 一人一人が小説を書いて、次の人に繋げていく。

 このアプリそのものをモデルにとったメタフィクションな物語だった。


 やはり、途中から誰か一人のかいた物語の内容に触れることは止めておこう。流れを壊さずに。

 でも、描くのが難しい。


 1パラグラフを立ち上げたのは紫。

 プロフィールには「今年から社会人です。参加できるのは今だけかも」とあった。


 紫さんは抒情的な文章を書く人で、話をまとめていくのがうまい。

 得意なのはラストに向けて最高のバトンを渡さなくてはいけない第8パラグラフだ。


 アプリにはいろいろな立場の人が参加している。

 一つのノベルに出会うのは一期一会である側面も十分に持っている。



「なんとかいいの続けたいな。なんか私なんかが描くの敷居が高いんですよ。ノエルさん! この人の台無しになるかもって」


 ノベルに参加しているのは現段階で8人。

 紫さん。nanameさん。ばななちゃん。ノエルさん。alalaizmさん。武竜さん。後ろの椿さん。里犬さん。

 9パラグラフではタイトルも付けることができるし、最後の総括を担うことになるので、敷居の高さはひとしおのものだ。


「ノエルさん!やっぱ私には無理ですよ」


 完成しないうちから、いいねが一人10を越えている。


「ノエルさん!やっぱ私には無理ですよ」


 手を持ち上げる前から指がふるえてしまう。

 誤字とか、誤字とか誤字とか。


 Twitterに言葉がある。


:死ぬ訳じゃないんですよwコマおにぎりさん。私もあなたの文章読んでみたいです。


 何度も書き直した。

 うまくいっているのかわからない。

 また、何年後かに今日のように交換日記を楽しめるように、誓いをたてる結びになっている。


 タイトルは「綾糸」。

 紡がれる交換小説を糸のような、それでも温かみのあるイメージで表現した、つもりだ。


 心臓が高鳴る。

 投稿して、まだ10秒しかたっていないのに、いいねが気になる。

 こんな夜更け。


 私は知らないうちに眠ってしまっていた。



 翌朝、たくさんのいいねがついていた。

 Twitterにも、

:完成しました。「綾糸」。すてきなタイトルです。ありがとうございます。

 紫からのコメントが書かれてあった。


:コマおにぎりさん。ごまじゃないんですね(笑)フォローさせてもらいます。これからもよろしくおねがいします。

 nanameさんだ。

 安定感のある言葉選びで、実体験とも思えるほどリアルな設定で書く人だ。


 フォローがたくさん来ていた。

 ほっと安心すると同時に倒れた。

:ノエルさんーよがったよー助かったよー助かったよー

:だから何も命かかってたわけじゃないでしょw

:みなさんからお褒めの言葉もらって今死にそう

:どちらにしても貴方は命が危ないのねw



 手をつながれたような気がした。

 実際にそばにいるわけじゃない。

 人と繋ぐ絆は細い糸だ。

 それは小さな小さなつながりだけれど、その奥に待つのは、楽しい未来かもしれない。



 これが交換小説、私のデビューの話。


2013/02/26 21:23

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