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五話 ~大きな背中~

ちょい、長いかな?

「んじゃ、起こすか」


 と、魔琴が永琳を起こそうとした時。


「ん。……あれ?」


 ナビから声が上がった。


「マスター」

「ん? どうした」


 後ろに居たナビに呼ばれ、魔琴は振り返る。


「うん。なんかその女、頭おかしい」

「おいおい、こいつが聞こえてねえとはいえ会ったばっかでいきなり⑨扱いは酷くねえか?」

「そうじゃないよ。そうじゃないの」

「だったら何だってんだよ?」

「ちょっと待って」

そう言って、ナビは永琳の傍にしゃがみこみ頭に手をかざした。

「『検索』」


 ナビは永琳の何かを検索すると、納得したような顔をして立ち上がった。


「何かわかったのか?」


魔琴がそう訊くと、ナビは深く頷いた。


「この女、髪の毛に偽装術式を施していたみたいなの。今はその効果が切れてるみたいだけどね」

「偽装術式……何の?」

「私が読み取った術式情報が正しければ、ただ髪の色を黒く見せるだけのものみたいだけど」

「ふーん」


 ――使える、か?


 魔琴は今の情報も、これから行う交渉のカードになると踏んだ。


「んぅ……」

「どうした?」


 ナビは急に目を細め、両手で瞼を擦り出した。


「何だかクラクラして、目がショボショボする……」

「あー、眠いのか」

「うゆ」


 なんとも可愛い返事をするナビ。

 魔琴は「はて、眠っ娘属性ねむっこぞくせいなんか付けたかな?」と不思議に思いながらも、これもナビに出来た個性だろうと納得し、休ませてやることにした。


「必要な時は起こすから、寝てていいぞ」


 魔琴がそう言うとナビはにへら、と笑い――


「ありがと、マスター」


 そう言って、魔琴の中へと消えていった。


「さて……」


 ――まずは治療でもしてやるか。





永琳side



 初恋、だったと思う。


 黒峰師匠くろみねせんせいは、私に様々なことを教えてくれた。


 戦いの仕方や、力を持つ者の責任。そして、それを振う覚悟。


 本物の殺し合いを知らなかった昔の私は、それら全てが欠けていた。


 だからだろうか。そんな全てを持っていた師匠に惹かれたのは。


 しかし、そんな私に師匠は言っていた。


「お前はお前のままでいろ。人を癒す力を持つお前が、俺なんか目指しちゃ駄目だ」


 私は今も、あの言葉の意味が解らないでいる。


 いざ戦いとなった時は、私のような甘さあるより師匠のように無心で迅速な方が絶対に良いと思うのだ。


 私がそう思ったのも、師匠からこの言葉を聞いたその時だった。


 十三年前、師匠に連れられ初めて街の外へ出た年だ。

 当時、私は僅か五歳だったにもかかわらず『薬を作り出す能力』を発現してい て、戦闘の模擬戦も男の一般兵を打ち負かす程の実力を得ていた。

 良くも悪くも子供だった私は、周囲から神童と持て囃され調子に乗っていたのだ。

 師匠が行う外部視察の見学という名目で着いていっていた私は、あるとき師匠の目を盗みまだ入場許可の無かった妖怪の巣、穢れの森へ一人で入ってしまった。

 それまでが温室育ちで師匠を口うるさい大人としか見ていなかった事も手伝い、妖怪自体見たことも無かった私は大の男も打ち負かせる自分なら平気だと信じて疑わなかったのだ。

 穢れの森にのみ自生している貴重な薬草があることも知っていたため、それと一緒に妖怪の死骸でも持ち帰れば師匠だって何も言えなくなるに違いないと思っていた。



「ハっ!!」

「ギャインっ!!」


 私がしたり顔で蹴り飛ばした犬型の小妖怪に止めを刺そうとした、その時。


 ズシーン!! という音と共に、巨大な影が私を覆った。


 見上げてみれば、おそらく自分が相手にしていた小妖怪と同種であろう狼人妖怪が、そこに居た。

 これは気合を入れてかからねばなるまいと、身構えたのだが……。


「……え?」


 狼人妖怪は、私に目をくれる事も無く犬型小妖怪へ駆け寄って行ったのだ。


 妖怪は害悪であり心すら無いと言われ育ってきた私にとってそれは頭を揺さぶられる衝撃的な光景であり、思わず構えを緩めてしまった。

 しかしそれがいけなかった。

 狼人妖怪は小妖怪を気遣いつつも、私の隙を窺っていたのだ。

 私が構えを解いたその瞬間、妖怪は目にも止まらぬ速さで肉薄。右手にある斬馬刀を振るってきた。

 声を上げることも出来ず、ただ死んだなと思った。

 生意気にも粋がって、師匠の言いつけを破った付けが回ってきた結果だろう。仕方ない、自業自得だ。

 そう思うと、不思議と恐怖は湧かなかった。

 ただ、神童と持て囃されるだけの孤独だった私に唯一口うるさく、傍に居てくれた師匠ともう会えなくなるというのは、とても寂しく感じた。


「大樹さん……」


 凶刃が私に迫る。


 ――ごめんなさい。


 口の中で師匠の名を呼び、心の中で謝罪をし、静かに死を受け入れようと、一筋の涙を流し、私は目を閉じた。


 …………………………………………。


「……?」


 しかし、いつまでたっても、予想された衝撃は来ない。

 私は不審に思い、ゆっくりと目を開けた。そこには――




「怪我は無いか? ――――――――――――――――永琳」



 ――軍刀で斬馬刀を受け止めた、師匠の姿が写っていた。


「せん、せい?」

「そうだよ。つか、それ以外の誰に見えるってんだ?」


 この時の私は余りの驚きに言葉を返せないでいただけなのだが、師匠はそれを恐怖による身体硬直が起きているものと思ったらしい。

次の瞬間には見る者を安心させるような笑顔と、


「待ってろ。すぐに終わらせてやる」


 頼もしい言葉を掛けてくれた。

 この時の師匠の背中はとても、とても大きなものに見えた。


 そこから先はあっという間だ。

 狼人妖怪の斬馬刀を刃渡り三十センチ程度の軍刀で受け止めていた師匠はそのまま力を入れて弾き飛ばし、軍刀を投擲。

 残念ながらこれは避けられてしまうも、師匠の顔に焦りは無い。

 軍刀は本命では無かったのだ。

 師匠は軍刀を避けられたすぐ後に、自身の背中に装備していた愛用の長弓を取って霊力の矢を十本放った。

 私はいつも演習で見せてくれていた矢は百本以上だったのに何故? と思ったが、その理由は矢が狼人妖怪に被弾してから解った。

 師匠の放った十本の矢は、その一本一本が凄まじい威力だったのだ。

 通常、霊力矢れいりょくやなどはただ飛ばすだけでも精密な霊力コントロールを必要とするため威力そのものはそれほど期待出来ない。

 せいぜい、一本が小石程度の筈だ。

 それがどうだ?

 二本の矢が妖怪の足を貫き地に縫い留め、三メートルはあろう巨体を屈ませる。

 続いて三本目、四本目の矢は肩を抉り貫きその手の斬馬刀えものを落とさせた。

 残りの矢は直接着弾することは無かったが、その頭上でぶつかり合って大爆発を起こして妖怪を襲った。

 不覚にも、その光景を見た私は呆気にとられた。

 私は今まで、霊力矢の強みなど物量しか無いと思っていた。

 そんなつまらない私の常識を見事に壊してくれた師匠に、私は憧れ、恋をしたのだろう。

 爆発の後には、妖怪の肉片すら残っていなかった。


「ん?」

「どう、したんですか?」

「いや、子供の方を逃がしてしまった。俺もまだまだだな」

「あ……」


 師匠の言う通り、小妖怪は爆発に巻き込まれない位置に居た筈なのに姿が見えなかった。


「まあ、今はそれは良い」


 師匠に手招きをされ、私は素直に師匠の前まで歩いて行った。


「改めて訊くぞ。怪我は無いか?」

「はい……」


 この時、私は殴られるんだろうなと思っていた。

 当然だ。言いつけを破って挙句下手をすれば死ぬところだったのだ。

 怒鳴られ、罰を受けても文句など出せない。

 そのように考えた私は神妙に目を瞑り、師匠に顔を差し出していたのだが、


「そうか……ならいい」


「――え?」

「どうした?」

「いえ、その……怒らないんですか?」

「ん? ああ。その必要は無い」


 私は意味が解らず首を傾げた。

 一人勝手な行動を起こし、あまつさえ師匠にその尻拭いをさせてしまった自分を 何故怒る必要が無いというのか。

 もしや、私に呆れ果て怒る価値すら無くなってしまったのだろうか?

 しかし、その心配も私の杞憂に終わった。

「だって、永琳はもう充分、自分で反省したんだろう? それに今回永琳がこの森に入って妖怪と戦うことになったのも、俺がわざと見逃したからだ。怒る必要なんて無いよ」

「ヴ、師匠気づいてたんですか?」

「当たり前だ。お前ごときの実力で俺を欺こうなど十年早いわ」

「だったら、何故わざと見逃したりしたんですか?」

 助けてもらった私が言うのもおかしいが、正直言ってわけが解らないかった。

「そうだな。簡単に言えば、一種の抜き打ちテストみたいなもんだ」

「私の戦闘力を測るためだったと?」

「そうだ。と言ってやりたいが、それでは五十点だな。というか、単なる戦闘力だけなら稽古をつけてやってる俺が把握してないわけなかろう」

「では他に何が?」

「永琳、測れるのは何も戦闘力だけではないだろう。咄嗟の判断力や決断力、注意力や対応力。その他もろもろ全部をひっくるめた、現時点でお前が出せる実力というやつを測っていたんだよ」

「はあ、そういうことですか。それで、結果はどうだったんですか?」

大体わかっていたが。

「ああ、お前は歳の割に戦闘力には長けているが今回のテストでよくわかった。総合的にお前はまだまだだ。ヒヨッ子の半人前だ」

「ヒヨッ子ですらないですか……」

「うむ。で? この俺の考察を聴いたお前が今後どうするのか、どう在るべきなのか……答えてみろ」

「……私は」


 ――私は、どう在るべきだろう?


 まず、今回の原因となったものを考えてみる。

 これは偏に、私が師匠の部下の人たちを打ち負かせる力がついたことで増長したことが要因だろう。


 ――では他の要素は無いか?


 私には『薬を作る能力』がある。

 妖怪はどうか知らないが、人は現れる能力がその者の本質を表しているという。

 私の能力はお世辞にも戦闘向きとは言えないだろう。


 ――ならば、私は戦いを好めないタチなのか?


 だから戦闘中の相手――妖怪にすら情けを掛けてしまった。

 それで死んでしまったら元も子も無いというのに。


「私は……甘さを捨てようと思います」

「ほう。で?」

「師匠のように、戦うことをためらわない人間になりたいです」

「……そうか」

 私の答えを聴いた師匠は、今にも雨が降り出しそうな曇り空を仰いでからもう一度私を見て言った。

「残念だが永琳。それじゃあ駄目だ」

「駄目、とは?」

「お前はお前のままでいろ。人を癒す力を持つお前が、俺なんか目指しちゃ駄目だ」

「そんな……それじゃあ私、どうすれば」

 目指す指針も無く、私はどうすれば良いというのだろう?

 師匠はそんな私の考えを察したのか、笑ってこう言った。

「お前にもいずれ、解るようになる。それまでは俺が付いていてやるから、焦らず考えていけばいい」

「本当ですか?」

「俺を信じろ」

「……わかりました」

「よし! そうと決まったら帰るぞ永琳。また一から鍛えなおしてやる。遅れるなよ!!」

「はい!」


 師匠。


 私は、貴方のようになりたかったです。


 でも駄目でした。


 私はいつまでも私のままで、師匠の仇を討つことも出来ませんでした。


「(……師匠)」


 そっちへ逝ったら、また一から鍛えなおしてくださいね。


 そうして、私の自我いしきは、闇へ……。



 ――――ポゥ



「(あれ?)」


 何だろう……。


「(……光?)」


 闇へ沈みかけていた私はそれに吸い寄せられるように、全て飲み込まれた。

次回、六話 ~交渉~。

約二週間後に交渉予定です。

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