覚醒
7/12 表現修正
頬を撫ぜるおだやかな風と、瞼を透かす日差し。
草のにおい。近く遠くさえずる鳥の声。
覚醒しつつある意識。いや、もう少し寝ていたい。こんなに心地良いのだから。
ひなたぼっこでお昼寝、いいよね。
ひなた……
……
…
「はぁっ!?」
がばっと上半身を起こす。
そしてあたりを見渡して……
「…………はぁ?」
目が覚めると、知らない草原だった。
いや、この場合、知ってるとか知らないとかそういう問題じゃない。
そもそもなんで外で寝てんだ俺。
思考が追いついてこない。
確か昨日は、今日が翌日なのかもよくわからないが、とにかく最後の記憶は『MaU』のサービス最終日で、カウントダウンから鯖落ちまで見届けて、気が抜けて机に突っ伏したのだ。
多分そのまま寝落ちして……それから……
(はぁ?なにこれ?意味わかんないわ。まじで)
自分の体を見下ろす。
黒無地のTシャツに濃紺のジーンズ。靴下は履いていない。
伸びた足のつめと、昔の怪我の傷跡が見えている。
昨日と変わらない服装だ。
汚れや傷んだ様子もないし、記憶喪失という線はなさそうだ。
念のため頭をぺたぺたと触り、こぶがないか確認する。
頭だけでなく、体にも傷や痛みなどはない。
何か持ち物がないかジーンズのポケットをまさぐっているとき、ふと、気づいた。
眼鏡がない。
ないのによく見える。
あれコンタクトしたっけなと思いつつ目を数度強く瞑るが、ズレる素振りはない。
裸眼視力は0.02と0.04のはずだ。
(……これは、やっぱ夢かね?)
立ちあがり、なぜか良くなっている視力を確認するように遠くを見渡す。
今いるのは緩やかな斜面で、膝ほどの背丈の青草が一面に靡いている。
近くに木はないが、右手下方のほうに黒く見えているのが、おそらく森だろう。
後ろを振り返り、高くなっているほうを見ると、遠くに雪を冠した峰があるようだ。
(日本のようにも見えるし、ちょっと違う気もするな……)
そもそも夢なら自分の記憶から構成されるから、だいたい日本っぽくなるはずだ。
そんなことを考えつつ、今度は空を見上げる。
雲一つない、快晴。
太陽は真上からは少しずれた位置にある。
特に違和感は感じられなかった。
少し歩いてみることにした。
どちらへ進むべきか。そもそも道がないのだ。
しばしの逡巡ののち、とりあえず森へ向かうことにした。
青草がひんやりと足の裏に気持ちいい。
そう、今の俺は裸足なのである。
おっかなびっくりそろそろと慎重に歩き出す。草の下の尖った石など踏んでしまったら目も当てられない。
幸い土は目が細かく、草葉でも足を痛める様子はないようだ。
振り返ると一面の緑で、自分がどこから歩き出したのかさっぱり分からない。
これはもう後ろを気にしてもしょうがない。
踏み出す足元に次第に気をつかわなくなり、安定する足音のリズムに鼻歌も混じりだす。
口ずさむのは今期一番の声も高いアニメのオープニング曲だ。
実は内容は知らないが、曲だけは気に入って覚えている。
それが7、8回ループした頃には、目の前に森が広がっていた。
森と草原の境界は明瞭だった。
草原と同じように、森もただ一種類の木からできているようだ。
空はこんなに晴れているのに内部はかなりの暗さで、目を凝らしても奥のほうは見通せない。
あまりの落差と薄気味悪さを噛み殺し何歩か踏み込んでみると、とたんに草原の爽やかさは消えて失せた。
上を見上げると、密に葉が生い茂っていて光が全く差し込んでいないのがわかる。
何も生えていない地面は黒い土がむき出しになっていて、僅かな湿気と足に感じる冷たさは草原と大差はない。
暗さに目が慣れてくると、いくつかの木の根元には草原とは違う草が生えているようだ。
しかしそこまで踏み込むのも躊躇われる雰囲気で、俺は早々と太陽の下へ戻った。
そのまま森の外周に沿って進んでみることにする。
(ちょっとこれは入っていけないな……迷子になるかも、とか以前の問題だ。うん)
森の雰囲気の陰鬱さは現実感がなく、これは夢かも、という俺の予想を後押しした。
頭上では、太陽がその位置を僅か地平線へと進めていた。