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茶番、そして茶番

「この辺にも、こういう場所があるんだね」


込み入った路地の置くにある広々とした更地をキョロキョロと眺めながら、光理は素朴な感想を漏らした。実際、周りに立ち並ぶ高々としたビル群を見れば、不動産屋でなくても、この土地を遊ばせることの無駄さは簡単に理解できる。


「このために建ってたビルを潰したらしい」

「それはまた豪勢だね」

「日中で人目につかない場所って言っただけなんだけどな」

「案外これが向こうにとって本当に低コストなのかもしれないさ。下手に山とかに出て、地勢でも変えられたら、コンクリートで埋めるどころの騒ぎじゃないからね」

「そんなことも出来るのか、あの化け物」

「形の有るものは大体斬れちゃうんじゃないの、認識に納まればさ」

「他人事だな」

「実際、他人事だからね。出来る限りで助力はするけど、別に兄さんの勝敗に興味があるわけじゃないし」


それを聞いて、凪は小さく鼻で笑った。ここまできっぱり言われると、逆に清々しくすらある。


「助力って言っても、こないだは散々だったしな」

「あれは兄さんがヘタレだっただけさ。武器を出す以外の芸が御所望なら、そうだね、逃げられないようにレイの宮廷(コート)に干渉するっていうのはどうだい?」

「ただより安いもんは無いって言うよな」

「美味しい夕食のお礼とか?」


半疑問で聞かれて、凪は返答に一拍置いた。悪い話ではない。


ここで決着を着けられるなら着けるべきだと彼の理性はそう囁いていた。問題は、その覚悟が彼の中にあるかということだった。


「頼む」

「そんな顔するなら、無理することでもないと思うけどね。四葉っちにカッコつけるだけなら、そこまでする必要なんて無いわけだし」

「そんな酷い顔してるか?」

「うん、枯れかけのほうれん草みたいな顔してたよ」


どんな顔だよと思いつつ、凪は自分の両頬を手で強くもんだ。その頬は自分のものとは思えないほど硬直していた。彼はそれを誤魔化すように話題を変えた。


「これが漫画だったら、レイの人をどうにかしても、更なる強敵が出てくることが予想されるわけじゃないですか」

「なに、その変な敬語。兄さん、実は純粋な日本人じゃない系?」


凪の意図を読み取ってか、光理は大げさな仕草で首をカクンと右に傾げてみせた。


「悪かったな、100%の大和民族で」


このグローバリゼーションの時代に、現代文の点数が何だと言うのか。凪は自分の心の中で強く思った。あえて口に出さなかったのは、彼のライティングの点数とは特に関係はない。


「ふーん、まあ、安心していいよ。単純な戦闘力はあそこら辺が天井のはずさ。「感染」には本質的には上限は無いけど、人のプリミティブな認識構造がその限界を自ずと画するわけで──」

「ごめん、実はボク、大和民族じゃないから簡単な日本語でおk」

「仕方ない兄さんだね、まったく。レイ君が調子に乗って地球斬ろうとしても、本人がその結果として生きていることが出来ないなら、地球は両断されることはない。これなら兄さんの可哀想な頭でも理解できるかい?」

「なるほど、エロスとタナトスみたいな話だな」

「兄さん、無理解を晒した方が、賢しらぶるより利口に見えるときというのはあるものだよ」


天国と地獄が鳴った。


「来ます」


それだけ言って、四葉からの報告は終わった。


── |I committed my soul and spirit into the forging and tempering of the steel(我、この魂を鋼に捧げる)


それも無理はない。物理法則を切り裂くように、この世界に現れるものに、詳しい情報など付け加える余地が無いのだ。


薄汚れたの着流しを身体に巻きつけて、それは先日と同じように凪の前に立っていた。瞳には知性の色はなく、右手には鈍く光る一振りの刀がむき出しの狂気を放出している。


「さて、どうしたものかな」

「兄さん、まさかのノープランかい。卓越した屁理屈で強敵を倒す知将キャラでいくのかと思ったけど」


凪は後ろ歩きしながら、そのバカみたいな質問に真面目に答えを返した、


もちろん、何歩後ろに下がろうとも彼と光理の位置関係に変化はない。またも空間が閉ざされているのである。


「確かに、そういうのに憧れるはあるけどな」


──|Its cold blade(そこに生の息吹はなく)


爆発音ともに地面が揺れ、土煙が宙に舞い上がった。四葉がしかけていた対戦車地雷が一斉に切られたのだ。


当然、何の遮蔽もない位置にいた凪にこの爆発から逃れるすべはない。彼の生命はあっさりと消滅した。


「兄さん、生きてる?」


今の爆発など知りもしないという風情で、光理は楽しそうに目の前で爆死した男に質問を投げかけた。熱風でぼろぼろに裂けた凪の衣服と異なり、彼女の服は土ぼこり一つ付いてはいない。


「かろうじてな。しかし、今の完全にボクも殺そうとしてた気がするんだけど」

「あの程度では殺せないと信用されてたんだと思っときなよ。まあ、両方とも生き残ったとあっては、四葉っちの好感度が下がっただけのイベントではあったことは否めないけど」


鳴りもしない口笛を吹きながら、光理はまだ視界の晴れない前方を楽しそうに見つめた。


「いや、ボクは一度死んでるから無駄ではないけどな」

「せっかくだから、四葉っちに連絡してみたらどうだい」


ニヤニヤしながら言うことかよと凪は思ったが、無事を知らせておくぐらいはしておくかと思い、凪はケイタイを取りだした。驚くべきことに、光理からもらったソレはあの爆発の中でも傷一つついてはいなかった。


「もしもし、凪ですけど」

「一つ質問ですが、どうやってケイタイをつなげたんですか?」

「いや、どうやってって、普通に番号入れただけですけど」

「なるほど、そうですかっ。なるほど」


それだけ言うと、四葉からの電話は唐突に切れた。


「兄さん、ご苦労様」


満面の笑みを浮かべる光理に、凪は不審の目を向けた。一度殺されたとはいえ、この場面でその言葉はあまりに不適当だと思ったからだ。


「見ていれば分かるよ」


光理の言葉に続くように、袋小路を囲んでいるビルの一つから、全身黒づくめの人間たちが忽然と現れた。その数、八人。その全員の手にはライフルのような火器が握られている。

「ディマコC7、英国軍の正式採用品だね。この状況じゃ子供だましにもならないけど。さて、どうなるかな」


どうなるも何も、地雷原からの爆風を無傷で耐えた化物に、今更ライフルによる集中砲火を浴びせても結果は見えている。凪がそう口を開こうとした瞬間、奇妙なことが起こった。


── |My name is Legion for i are many(我は一にして多たる者なり)


八人いたはずの人影がいつの間にか一人になっていたのだ。


──|God,torment me not(いかなるものも我を苦しめるには及ばず)


「8、64、512、4096、32768か。これは本当に軍勢と言ったレベルだね」


──|God,permit me to be in these animals(かくて我ら君臨せり)


凪は頭の中に直接響くようなその詠唱に聞き覚えがあった。何せ、先ほどまで電話越しに響いていた声なのだ。


「木下さんなのか?」

「そっ、あれが皇帝派極東支部長、木下四葉の力、通称「軍勢(ギデオン)」さ」


流れについていけず呆然としている凪の目の前で、四葉はその姿を消した。正確に言うなら、驚くべき速度で移動し始めたのだ。


変幻自在に跳ねるように移動していくソレを、凪は残像としてしか捉えることが出来なかった。


「流石に早いね。まっ、三万人超の力を一つに集約させたんだから驚くには値しないけど」

「集約?」

「要するに、彼女の力は多重人格じゃなくて、本当は多重存在だったてわけさ。今やってるのは、その世界中に散らばる三万を超える多重存在を、この一箇所に重ねるっていう彼女の奥の手さ。単純計算で筋力が三万倍になるわけだから、なかなかどうして大した戦力だよ」


四葉は更に加速していく。


ついに凪の認識はソレを何らかの事象として捉えることを放棄した。あまりの移動速度に脳が勝手に視覚情報上のソレを無いものとして処理し始めたからだ。


「どういうことだ?」


凪は突如自分の前で始まった戦闘についていけず、ぽろりとそう漏らした。


「本来なら有料なところだけど、今は機嫌がいいから特別サービスしてあげるよ。つまりね、一人で泥仕合は出来ないことさ。一方は■■■だとして、もう一方には誰がいるのか、それだけの話だよ」


レイが刀を振るうたび、四葉の体は文字通りに真っ二つになっていく。

だが地面に百を超える木下四葉の死体を作りながら、何故か戦闘はまだ継続していた。


「四葉さんがそうなのか?」

「そういうこと。彼女はいわゆる二重「感染」者というやつでね。人間にしか起こらないはずの「感染」の数少ない例外なんだ。流石にしぶといよね。戦いを上手く引き延ばしてはいる」

「二重?」

「どこから話したものかな。そもそもの始まりは木下双葉なんだ。皇帝派には「感染」によって発現する力をコントロールする「軍勢」と呼ばれる秘術があってね。木下双葉はその被験者なんだよ」

「だけど、木下さんには枝毛があったぞ」


光理の説明によるなら、「感染」者はそういった身体的な現象から無縁であるはずなのだ。


「ふーん、気づいてたんだ。実際、今の木下双葉は「感染」者じゃないのさ。兄さん、依代って分かるだろ?」

「物体に意識を憑依させるとか、そういうことか?」


微塵切り。


「そっ、まさに木下双葉の力はそれだったわけだよ。正確に言うなら、「感染」によって自分の中に作り出された百を超える人格を様々な物体に憑依させるんだ。優れた野球選手はセルフイメージがバットまで拡張されるって言うだろ。あれの応用みたいなものさ。こうすることによって「感染」者を介してどんな遠距離でも意志の疎通が可能になるという寸法だよ。凄い便利だと思わない?」

「ケイタイがあれば事足りる力に聞こえるけど」

「皇帝派の人間も薄々はその事実に気づいてはいたものの、彼らの千年を超える繁栄を支えた伝統的な戦術を変えるには到らなかった。結果、出来上がった木下双葉は「感染」者としては無意味な存在だったよ。だけど、技術の進歩は彼女を貶めもしたけど、別の道を開きもした。依代って憑依のイメージがつきやすいように人の形が基本なんだ。さて、光理ちゃんは何を言おうとしてるでしょうか?」


技術。人の形。双葉と四葉。そこから導き出されるものは一つしかない。


「クローンか」

「その通り、本体と全く同じ物体なら依代としては完璧だろ。秘密結社にとって信用できる人材の確保はいつだって重用だからね。彼らにとって、百人の木下双葉を持つことは悪いことではなかったわけさ。だけど、そこで予想外のことが起きた。コピーに過ぎないはずの木下双葉の一人が「感染」したんだ。そうするとさ、一人の人間が二つ分の権利を持っちゃうことになるだろ。そういう場合はルールで、先に生じていた「感染」者の権利を剥奪することになってるんだ」

「それが木下さんだってことか」

「話が早くて助かるよ、兄さん。それが約三年前の話かな。「感染」には制約はないけど、人類の生理的な限界が自ずとその可能性の範囲を決めているんだよ。だけど、「感染」によって作り出されものにはその限度が存在しないんだ。木下四葉の「軍勢」はわたし達の予測によれば、最終的に約二千六十臆に達する。何ともはた迷惑な力だと思わない?」


無残に積み上がった木下四葉の死体の山を遮蔽物に、木下四葉が戦闘を続行している。


「なら、三年前に終わらせとけばよかったじゃないか」

「だから、最初に言っただろ。停戦が問題なんだよ。わたし達のプランでは、皇帝派からの命令で■■■を偵察にいった木下四葉が消されて全ては丸く収まるはずだったのさ。だけど、この停戦で四葉っちは皇帝派の中での栄達の可能性は無いと見て、野に下るんだ。その結果、六十年後には地球上には木下四葉しかいなくなる。もちろん、■を除いてね」


冗談だろ。凪はそう言おうとしたが、口はまるで固まったかのように動いてはくれなかった。

目の前に広がる。木下四葉の死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。


「ちなみに今ならまだレイ・ウィリアム程度の力でも殺せるよ。まあ、いつもの彼女なら宮廷コートの外にある分身に本体を移動させてさっさと逃げるとこなんだろうけど、今回は光理ちゃん謹製の結界があるからね。逃げるに逃げられないわけさ」

「そのためにボクを利用したのか?」

「そっちはダメ押しって感じかな。四葉っちは今の地位につくために汚いこともしてるからね。皇帝派の中には彼女の死を願う人もいてね。そういう人たちを唆して元から結界は張らせていたんだ。それで九割以上はどうにかなる予定だったんだけど、光理ちゃんの結界なら万が一もないから。それよりは、さっきの電話が大きいね」

「電話ってただ連絡を入れただけだぞ」

「あのね、兄さん。普通のケイタイは地下鉄では駅でしかつながらないし、爆発に巻き込まれたら壊れる。それ何より、宮廷の中では通じないんだよ、そもそも「軍勢」そのものが当初は宮廷内との情報連絡の手段として考案されたわけだしね。脱出は禁じられ、本来できないはずの連絡を兄さんが平然としてくる。それだけで四葉っちが決死の覚悟をするには十分だったわけさ」

「結論までの飛躍が多すぎるぞ」

「それはそうだよ。彼女以外の人間ならそんな結論には至らなかっただろうさ。けど、この阿鼻叫喚図を見れば分かるだろ。彼女の世界には在るのは数多の「自分」だけなんだよ。このスカスカな陣立てが彼女に目には、鉄壁の要塞に見える。だって、自分ならそうするから」

「つまり、ボクが味方すれば四葉さんは勝てるんだな?」

「勝てた、というべきだろうね。仮に兄さんが一撃を防いでいたらという話だけど」


──the curve of its back, uniting exquisite grace with utmost strength(切り結べ、鬼丸)


数多あった死体が夢のように消えた。

残ったのは、真っ二つに裂けた四葉の体一つだけだった。


光理はパチパチと乾いた音で拍手をすることで、その光景に賛意を表していた。


「勝負は一撃でついていたんだ。さっきまで展開されていたのは軍勢が見せた走馬灯のようなものさ。結局、今の木下四葉はとてつもなく殺しにくいだけだ。絶命を旨とするレイ・ウィリアムの力に勝てる道理はない。さて、むこうが結界を解除するまでまだ時間があるね。どうだい兄さん、一狩りでも?」


そう言って、光理は宙から携帯型ゲーム機を取り出した。


「悪いな、光理。ボクちょっとすることがあるんだ」

「ふーん、手伝おうか?」

「いや、お前はそこでゲームでもしてろ」

「了解。気をつけてね」

凪は小さく頷くと、何の策もなく特攻した。


──the curve of its back, uniting exquisite grace with utmost strength(切り結べ、鬼丸)


凪の身体が両断される。頭から又までパックリとおよそありえないほどの切れ味で、その斬撃は彼を襲った。

だが、それだけだった。


その斬撃は的確に「生命」を捉える。まさに死神の一撃だ。だが、それだけなのだ。


結局のところ、それは極限の域まで拡張された刀の一振りに過ぎないのだ。一撃必殺であるが故に、それにはもはや痛みが伴わない。


そこには生死しかなく、制止など毛ほども考えられてはいないのだ。死ねば生き返る凪にあって、そんなものは乗り越えられる障害でしかない。


──|it typifies the human heart(それは心の臓を穿ち)


化物の斬撃が確実に凪の生命を削っていく。そこに恐怖が無いと言えばウソになる。何せ死んでいるのだから。取り返しの付かないものを犠牲にしているのだから。


だが、凪はその狂乱を知っていた。痛みのない死によって彩られる、あの白熱した時間のことを。


──|it reflects the very image of god(それは神の姿を写す)


微塵。そうとしか称せない斬撃が凪を襲った。

後ろでは悪魔が酷薄そうに笑っていた。


無=死イグノランスとでも呼ぶべきでしょうか」


厳かな調子でそう呟いたか思うと、光理は急にぺロリと舌を出した。


「なんちゃってね。とはいえ、ただひたすらに死に続けることが出来る力か。驚くには値しないけど、ゲームの中に入りたいなんて、そんなクリシェが顕現するとは、精神の構造を疑うレベルだね」


──|i see my own image reflected on its shining surface(我、ここに神とならん)


それはもはや斬撃ではなかった。宮廷という限定空間そのものを鞘とみなし、そこに神速の居合いの果てが放り込まれる。結果、凪の体は一瞬ですり潰された。


凪は吊り上げる唇も無く笑ってしまった。なるほど、身体が点滅するとはこういう気分なのかと思ったからだ。彼は何事も無かったかのようにまだ復活しきらぬ目で相手を見た。


あと三歩。迷いなく駆け抜けると、凪はレイ・ウィリアムの右手首を勢いのままに蹴り抜いた。


手首に与えられた衝撃は、そのまま右手にと伝わり、刀を握ることを不可能にする。四葉から聞いた話だが、顕現を物象化させた候補者の肉体そのものはほとんど一般人と変わらないのが常らしい。


というより、物象化を引き起こそうと望むならば、肉体の強化は邪念なのだ。それさえあれば他に何もいらないという妄信なくして、物象化は起こり得ない。


故に、凪は自分の勝利を確信した。足先には手首を打ち砕いた鈍い実感があり、それが意味するのは一振りの刀の落下という未来だったからだ。


だから、そこから先のことは凪の想像を超えていた。


刀を手放す直前、レイが両断したのは己が右手首だった。落下する刀と同じテンポで重力に従う右手。噴出す赤は、勢いよく、彼の中身と刀つなげる橋となって。


──|etherea(魂は…)


その声ならぬ声を合図に、レイ・ウィリアムの全ては再構成される。二度とそれを離さぬように、二度とそれが離れぬように、もはや身体すらいらないと、滾る想いは形と成り果て、そこに一つの奇形を結晶する。


落下音はしなかった。


何故なら、その場に残された一本の刀はまるで抵抗など何も無いという様にその刃の全てを地面に埋め、柄の部分だけを大気にさらしていたからだ。


「刀そのものになったか。まっ、彼としては本望ってとこなのかな」


いつの間にか凪の背後に移動していた光理は、その柄を掴んでスルリと地面から引き抜くと、自信に満ちた足取りで四葉の死体の方へと向かった。何事かと思い、凪もその後ろへと続く。


光理は正眼に刀を構え、おもむろにそれを振り下ろそうとした。だが、それは叶わなかった。


「くそっ、悪運というか何というか」


まるで見えない力に押しとどめられているかのように光理の動作が途中で停止したからだ。


「どういうことだ?」

「童子切だよ。さすがは天下五剣、使い手でなくても所有者を守るくらいはするらしい。首の皮一枚残ってないはずなのに、どうやらまだ生きてるみたいだね」

「生きてるって、中央から両断されてるんだぞ」


魔剣の異能を示すように、その切断面からは血の一滴すら流れてはいなかったが、だからこそ、そこに示された死は凪には絶対的なものに思えてならなかった。


「試しに、くっつけてみたらどうだい?」


言われるままに、凪はしゃがみ込むと両断された四葉の身体を片側をもう一方に押し付けてみた。


途端、二つのパーツは何事も無かったかのように一つになった。


「絵に描いたようなグロ画像だね」


光理の言葉を無視して、凪は四葉の脈を計った。


結果は、分からなかった。かすかに動いているような気もするが、今まで脈を測った経験が無いのだ。凪にはこの感覚が現実なのか願望なのかの区別がつかなかった。


「まったく仕方の無い、兄さんだね」


そう言って光理はしゃがみ込むと、四葉の胸の間に右手を置いた。その手は音も無く対象の内側に潜り込んでいく。


「人の身体というのは良く出来ているよね。こんな不確かな回路で存在をつないでいるんだから、わたし達からすれば考えられないよ」


光理の繰言に混じり込むように、四葉のうめき声が聞こえてきた。凪はため息を付きつつ、地面に座り込んだ。


「ところでものは相談なんだけど、兄さん。そこの刀で彼女をもう一度殺してくれないかい?外の奴らは自分で手を下す度胸は無さそうなんだよね」


四葉の身体の内部から出てきた光理の手には、どういう理屈か見覚えのある蒔絵の小刀が握られていた。光理はその鯉口をあっさりと切った。


「この通り、童子切りも深い眠りについて、今が殺し頃だと思うんだけど」


凪は光理を忌々しそうに睨んだ。


「やってることが目茶苦茶だぞ」

「そうでもないさ。死んでる相手に殺人依頼は出来ないだろ。ほっとくと蘇生に一時間くらいはかかりそうだったからね。わたしはその時間を短縮しただけで、別に彼女を蘇えらせたわけじゃないし」

「承知するはずないだろ」

「これは純粋な忠告なんだけど、ここで四葉っちを殺しておかないと、兄さんは首までずっぽりこの余興に嵌ることになるよ。正直、あまり良い結末は望めないと思うな」

「それは確定か?」

「極めて確度の高い推定かな。今の問いかけをもって、現実に等しくなったと言ってもいいけど」

「それなら、これからボクのすること当ててみろよ」

「OK、じゃ、行こっか」


お互いに何処にとは確認しなかった。分かりきったことだったからだ。


十分後。皇帝派のメンバーがその路地に突入したとき、そこに残されていたのは一振りの刀と木下四葉だけだった。


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