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料理が作れる主人公が流行ってると聞いて

改行して、ケイタイの件を繰り上げて、主人公が光理に色々と聞かない理由を挿入しました。(2/17)

家の中に入って、凪がまずしようと思ったのは自身の着替えだった。彼は勝手知ったる足取りで二階への階段を登ると、そのまま自室のドアノブに手をかけた。


「どこまでついて来る気だ」


何も指示の類を出さなかった凪にも落ち度がなくもないが、まるで背後霊のようにぴったりと彼の後ろについてきた光理に最大の問題があるのは疑いようがない。


「べつに、気にすることでもないのに」


凪はこれ見よがしにため息をついた。


「気にするなって方が無理だろ」

「おっと、それは兄さんがわたしを性的な対象として見てるって意味だね」


凪はめんどくさくなって言葉を返すのをやめた。


「あれ?平均的な兄妹はこういう風に戯れでスキンシップを取ると、参考にした資料には書いてあったんだけどな」


しれっと言う光理を見つつ、凪は絶対に分かってやってるんだろうと確信を深めたが、口に出たのは二度目のため息だけだった。


それを見てか、光理はそれ以上は何も言わずにさっさと二階から降りていってしまう。これ以上は凪を不快にさせるだけだと思ったのかもしれない。


「もっと判断基準が手前だろ。どう考えても」


凪はそんな風に愚痴を言いながら自室に入ると、念のために部屋の鍵をかけた。


部屋は、ベットと机と箪笥を入れてしまえば、後は移動のスペースくらいしか残らない小じんまりとしたもので、今となってはほとんど寝る以外には使用されることはない空間だ。


しかし、凪が家の中で一番落ち着く場所をあげるなら、迷い無くここになることも間違いない。


「ボク、何なんだろうな」


机の上のトロフィーに凪の顔を映りこんだ。その歪んだ形は、あたかも彼の内面すらも写し込んだようですらあった。


ベットの上から寝巻きに使っている黒のスウェットを掴むと、凪はそれをさっさと着込み、適当に畳んだ病院着を右手に持って一階へと下りる。


居間では、光理が借りてきた猫のように、ざぶとんをつなげて横になりつつ、煎餅を食べながらもう片方の手でテレビをザッピングしていた。


「ろくな番組がないよ。CSとか入ってないの、兄さん」

「そういうのはネットで見ることにしてるんだ。そういえば、ボクのケイタイしらないか?」

「それなら、SIMカードだけ回収しといたよ。本体は役に立たなそうだから処分しちゃった。そして、これが兄さんの新しいスマートフォンだよ」


そう言って光理は、胸の間をごそごそと探すと、凪に背を向けたまま青色のスマートフォンを凪の方に投げた。


「ちなみに、光理ちゃんとの色違いだから」


ピンク色のやつをこれまた胸の間から出して、光理はそれを天に高々と掲げてみせた。


「新しいの買い直しか」


光理は寝転がったまま、ごろりと凪の方に向き直った。凪としては小声でつぶやいたつもりだったが、光理の耳はやはりというか良いらしかった。


「いやいや、ここは光理ちゃんの好意を素直に受け取る場面だよね」

「悪魔からスマートフォンを貰うなって死んだじいちゃんの遺言なんだ」

「そのオリジナリティに乏しいボケはスルーするとして、わたしとしてもあんなに早くコトが起きるとは思ってなかったからね。お詫びの印として受け取ってくれないかな。別に対価は何も求めないからさ」


神妙な顔でそういう光理を見て、凪は無駄な出費は無いこしたことはないと思い直した。ただ、LINEで友達に登録されている光理を削除することは譲れなかったが。


「酷い。兄さんは、口さみしいときに光理ちゃんと小粋なトークを交わしたくないのかい?」

「確かに、お前に聞きたいことはいくつかあるな」


凪の口調に何かを読み取ったのか、光理は小さくため息をついた。


「さっきも思ったけど、兄さん、基本的に真面目だよね、無駄に」

「どっちにしたって、お前と二人っきりでする話なんて、それしか無いと思うけどな」

「二人っきり?それは兄さんとわたしで内密な話がしたいってことかい」

「他に何があるんだよ」

「それはお願いだと解釈していいのかな?」

「まあ、そういうことになるな」


凪の言葉に光理は小さく頷くと軽く指を鳴らした。その瞬間、凪の体の数箇所にかすかな痛みが走りぬけた。もっとも痛みが確かだった耳たぶの裏を触りながら、凪は光理をにらみつける。


「今の何」

「二人っきりで話すのに邪魔かなと思って、兄さんの身体に埋め込まれた盗聴器の類を壊しただけだけど」


その突拍子もない光理の言葉を否定しようとして、凪はふと思いとどまった。


「病院でか」

「ちなみに、この家にもかなり仕掛けられてるんだけど無効化しとくかい。今なら目くらましとして兄さんと光理ちゃんのギシア──」

「そういうの本当にいいから」


凪は片手を払って彼女の繰言を退けると、食卓に備えられた四つの椅子の一つに腰掛けた。

「まっ、つれない兄さんも素敵だということにしておこうか」


パチリ。その音と同じくして、凪の頭上で光っていた電球が一度だけ点滅する。


「便利なもんだな」

「わたし達からすれば、兄さん達の方が何倍も便利そうに見えるけどね。いわゆる、シバアオってやつさ。それで何か聞きたいことがあるんじゃないの?」


凪は話題を先に進める前に椅子の上の尻の位置を調節した。


「レイ・ウィリアムは皇帝派の支配下にあるんだろう?」


己に向けられた質問を無視して、光理は右手の3本の指を勢いよく振った。


「三つまではロハで答えてあげるよ。あんまりガバガバなのも女としてはどうかと思うしね」

「そもそも、ボクは巻き込まれただけなんだけどな」

「これだって結構、破格なんだよ。別にわたしには答える義務もないからね。兄さんとの契約は朝の時点で完了してるわけだし」

「じゃあ、何でお前はここにいるんだ?」

「それが最初の質問ってことでいいのかい?」


凪はそう言われて、少しの間考え込んだ。今までの経緯を考えると、光理は少なくともそこまで彼に敵対的なポジションにいるようには思えない。ここで確認しておくべきなのは、むしろ皇帝派の立ち位置だろう。彼はそう結論した。


「いや、最初にした質問にしてくれ」

「まあ、そうだよ。支配というよりは誘導というのが正しい表現かな。彼らは任意の場所にレイ・ウィリアムを呼び出すノウハウは持っているだけで、それ以上のことは出来ないからね」

「ただのマッチポンプじゃないわけか」

「皇帝派は巨大な組織だからね。統一的な意思なんてあってないようなものさ。兄さんに死んで欲しい人もいれば、生きて欲しい人もいる、そういことだよ」

「じゃあ、木下四葉は生きて欲しい側の人間なのか?」


その質問を光理は鼻で笑った。


「笑い話をしてるつもりはないんだけど」

「ごめん、ごめん。二つ目にして何とも答えにくい質問だと思ったもんでね。うーん、答えはどちらでもないと言ったところかな」


凪の表情を見てか、光理は慌てた様子で言葉を続けた。


「兄さん、わたし達はね、そもそも嘘をつけないように出来ているのさ。だから、その質問には答えられないんだ。だって、わたしが生と答えれば、彼女は最終的に死を望み、死と答えれば、彼女は最終的に生を望むはずだからね」

「じゃあ、どちらでもないって言った場合は──それも答えられないのか」

「理解が早くて助かるよ」


クレタ人のパラドックスみたいな話だなと凪も何となく愉快な気分になりかけたが、そこで一つ、光理の主張の瑕疵を見つけた。


「だけど、ボクはレイ・ウィリアムに勝てなかったぞ。アレだって、その理屈なら嘘に入るはずだろ?」


光理はあのとき確かに、勝てる武器として凪にあの合金の棒を渡したはずなのだ。


「兄さん、本当にその質問が三つ目でいいのかい?」

「そもそも、お前が本当のことを言ってるという前提が崩れたら、全て無意味だからな」

「さて頭がいいというべきなのか、悪いというべきなのか。あのね、兄さん、言っておくけど、わたしは兄さんが真っ二つになった後、何もしてないんだ。なのにレイ・ウィリアムはすぐに宮廷コートを解いて、あの場所から去った、何でだと思う?」


レイ・ウィリアムが去った理由。


そんなもの分かるはずがないと思い、凪は考える振りをして適当にリビングの中を見回したりした。そして、あるものが目に入ったとき、彼の身体に電流めいたものが走った。


「う、嘘だろ?」


凪の視線の方向を見定めた後で、光理は彼の絶望にも似た感覚に追い討ちをかけた。


「そういうことさ。光理ちゃんも正直ちょっと引いてるけどね」

「自分でも自分の人間性を疑うレベルなんだが」

「普通に生きてる分には、毒にも薬にもならない力だから、兄さんにはむしろ都合がいい気がするけどね」


そうかもしれないなと思いかけて、凪は慌ててそれを否定した。


そもそも真っ二つにされてまだ生きているという状況そのものが、彼からすれば受け入れられるようなものではないのだ。


「今更悩んだところで無意味だと思うけどね。気が済んだら話かけてよ。代価さえ払えば、宇宙の真理だって話してあげるからさ」


興味が無くなったという様に、光理は身体を再びテレビの方に戻した。


リモコンにこそ手をつけないが、人を舐めきった態度である。凪はその無防備な背中を蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、どうせ無駄だろうから止めておいた。


「意外だよ。アグレッシブなスキンシップを予想してたんだけど」

「無駄な暴力は嫌いなんだ」

「妄想にバットを振るのは無駄だと思うけど?」


ジト目を向けられて、凪は焦るでもなく自分の理屈を展開した。


「無駄だけど、暴力じゃないから問題無いだろ」


妄想の中でしたことはどこまでもいっても妄想である。凪は妄想をしたのであって、暴力を振るったのではない。これが彼の理論だった。


「なるほど、理屈ではある」


光理はすっと立ちると、改めて凪の方に向き直った。


「それで、皇帝派とは手を組むのかい?」

「別に特に決めてないよ。とりあえずは四葉さんの出方を待とうかな。ボクの力の性質を考えると、自分からリスクを取るのは上手くないし」

「あんまり、皇帝派と組むのは気が進まないという顔だね。ここは表面上だけでも手を組んどくべき場面だと思うけど、そんなに彼らの組織が信頼できない?」

「マッチポンプ喰らって信頼も何もないだろ。ただ、四葉さんからの印象としては、信用できるんだろうと思ったよ。信頼はできないけど」

「ただの言葉遊びじゃないなら、意味を聞かせて欲しいかな」


凪は自分の髪をきき手で荒くかき混ぜた。考えをまとめるときの彼の癖の一つである。


「いや、言葉遊びさ。強いていうなら、相手が絶対に裏切らないって考えるのが信頼で、相手が必要もなく裏切らないと考えるのが信用ってとこかな」

「割合、いい線行ってると思うよ。彼らの評価は昔からそんなものだしね。むしろ、そこまで分かってるなら、利用しない手は無いの気がするけど」


不思議そうに聞かれて、凪は再度、髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。


「そうなんだけどさ。聞いた感じ、あの人たち「弱い」だろ」

「それはそうだね。「成功」なんて言葉でくくったところで、彼らの本質は戦闘力に欠いた「感染」者の徒党だから。それなら、近くに他の勢力からの接触もあるだろうから──」

「いや、もしも組むなら、あそこだよ。光理だって分かってて言ってるだろ」

「「弱い」のにかい?」

「「強い」のも怖いけど、「弱い」のも怖いよ。自分たちの「弱さ」を、周囲に押し付けられたら、それは立派な力なんだ。出来れば、不用意なことは避けたい」


光理は口をすぼめて、何か細い音を出した後、何も無かったように会話を再開した。


悪魔は口笛を吹かないらしい。凪は武士の情けで、そう思うだけに留めておいた。


「わたしからの情報プレゼントを有効に活用してくれたようで何よりだよ。普遍戦争の遥か手前から、彼らは名づけの権能をもって、「選挙」のキャスティングボードを操り続けてきた人々だからね。一度取り込まれれば、そうそう自由には振舞えない」

「七つの大罪だっけ?」

「その七つの分類が、この余興に与えた影響は計り知れないよ。その分類が発明されてから以後、余興における主流のスタイルは常に集団戦だ。そうなれば、おのずと突出した個を排除され、余興は平凡の域に落ちざるえない。兄さんの言う通り、人の知恵とは恐ろしい」

「別に、あの分類が真っ赤な嘘ってわけじゃないんだろ」

「役に立つからこそ、性質が悪いものもあるわけさ。そこに発想が縛られて、目の前にあるものが見えなくなったりするからね」


凪も固定観念の恐ろしさは痛いほど分かっていた。たった一つの操作がどうしても思いつけず、十時間単位でゲームをつまらせたことも稀ではないのだ。


「そうすると、四葉さんの目的の半分はボクにその分類を吹き込むことだったのかもしれないな」

「あながち冗談でもないよ。「大罪」間の交渉を仲介し、平和裏に「選挙」を終焉させるというのが、彼らの自己定義だからね。「大罪」のくびきを超えるような存在には、積極的にコナをかけていく方針だよ、あそこは」


なるほど、自分はコナをかけられていたのかと思って、凪は食卓の椅子の一つに脱力して座り込んだ。


「非社交的なことで有名なんだけどな、学校では」

「今の兄さんは、理論上の存在でしかなかった最後の「感染」者だよ。放っておいてはくれないさ」

「お前がそう言う風にしたんだろ」

「心外だな。わたしは、兄さんの望みを叶えただけだよ」


凪が光理に言い返そうとしたところで、妙な音が鳴った。猫を小さなな箱の中に入れて抱きつぶしたら、発生しそうなくぐもった音が。


音の発生源の可能性は二つしかない。あっけに取られている凪か、顔の表情を変えぬまま耳だけを赤く染めている光理である。


三秒ほどの沈黙を破ったのは、この家の主の方だった。


「そういえば、もう夕食の頃合いだな」

「そうかい?わたしは気づかなかったですけど」


キャラが乱れている光理を無視して、凪は台所の方に向かって行った。


この家の台所は、いわゆるオープンキッチンというやつで、この建売住宅の中で最も洒落た設備ではある。今の凪の状態では、オープンも何も無いのだが、基本テレビを付けっぱなしで生活している彼からすると、ながら調理が出来るのでありがたい設備ではあった。


冷蔵庫の前まで来たところで、凪はふと後ろを振り返って、また寝転がってニュースを見ている客人に声をかけた。


「何か食べれないものとかあるの?」

「兄さんが作ってくれたものなら、何でも食べるよ。あれ?今の謙虚で可愛くない、わたし」

「寝転がって、尻掻いてなきゃ。そうだったかもね。」


後ろで聞こえる抗議を無視して、凪は冷蔵庫の方に向きかえった。


冷蔵庫は四人暮らしの家族の胃袋を支えるのに十分な大きさで、逆に言えば凪一人には大きすぎるのだが、ずるずると使い続けているというのが現状だった。


「とはいえ、大したものは無かったよな」


凪はとりあえず冷蔵庫を開けてみた。中には、彼が脳内で思い出したのと全く同じ配置に品々が置かれていた。


かなり空白が目立つ冷蔵庫の中において、中段でずっしりとした存在感を示すのは、凪が昨日の内に調理しておいた筑前煮だ。凪は自身の料理の才を並も並だと判断していたが、それでも幾つかの例外はある。


その一つが、彼の目の前に今映っている筑前煮なのだ。


その味のしみ具合と深みのある甘さ、複数の具材が生み出す食感の豊かさは、高級デパ地下で売られているものにも負けはしないというのが、凪の己の筑前煮への評価だった。


ただ、凪が己の力量を満足させるためには、最低でも五人前の筑前煮を一度に作り出さなければならず、食感を重視するなら二日の間に食べきるのがベストであるため、一人暮らしの彼が筑前煮を作る機会は一年に二度あるか無いかだった。


今日は変な邪魔さえ入らなければ、昼夕ともに筑前煮と白米で、食事を終わらせようというのが凪のプランだったのである。


しかし、仮にも客人に対して、筑前煮だけというのは凪の感覚からすると、ありえない話だ。少なくとも他にメインを張れる料理が欲しいが、唯一の肉類は筑前煮の材料に使った鶏肉の残りであり、単品でソテーの類にして出せるほどの肉ではない。


「玉ねぎはあるから、親子丼ならいけるだろうけど、ちょっと味が筑前煮の方向性と被る──」


そこまで考えたところで、凪の中に天恵が降りた。鳥と卵にご飯。和が駄目ならば洋がある。オムライス。これである。


作る料理さえ決まれば、後はよどみなく全てが展開される。


凪の個人的な好みでは、オムライスは塩コショウで濃い目に味付けしたバターライスを、均等な厚さの卵のベールで包み、上から味の濃いケッチャップソースをかけるのが正義だった。


一歩間違えると、ライスの味で全てが台無しになるが、ライスと卵とケッチャップが高いレベルで絡み合ったときのエッジな味わいは一度食べたら忘れられない。


「まあ、今日は普通のにするか」


棚からまな板を取り出しながら、凪は少し残念そうに言った。凪好みのオムライスは、その全体的な味の濃さ故に人をかなり選ぶのである。


少なくとも、凪が参考にしている洋食屋のネットでは評価は悲しいくらいに二つに割れている。


「あそこは店長のクセも強いからな」

「兄さん、何か言った?」

「いや、独り言。気にしないで」


手をしっかりと洗いながら、凪は独り言に返事がくるという状況に軽く驚いている自分を発見した。当たり前の話なのだが、当たり前というのも時には貴重なのである。


ニュース相手に一喜一憂している光理の声をBGMにしつつ、凪は手馴れた様子で、鶏肉と玉ねぎを切っていく。


それぞれ適当な大きさに切り終えたところで、少しばかり彼は思案した。出来れば、もう一つ具材が欲しいのである。マッシュルームかピーマンの類が定番だが、残念なことに冷蔵庫に残る野菜は凪の大好物であるトマトだけだ。


ならば、筑前煮の具材を流用するしかないと考えるのが自然な流れだが、ここに悩みが発生する。マッシュルームならしいたけ、ピーマンならさやえんどうが食感からすれば候補に挙がるだろう。


しかし、前者には筑前煮の味がしっかり染み込んでいるし、後者はピーマンに比べると青々し過ぎるきらいがある。大した問題ではないので、一人なら嬉々として両方入れるところだが、今回はあまり冒険はしたくないのである。


迷ったあげく、凪は冷蔵庫の筑前煮の中から、さやえんどうだけを数本箸でつまむと、切ったたまねぎと大体同じ大きさになるように包丁を入れた。


具材の用意が完了したところで、凪は炊飯器の中から平皿に目分量で茶碗二杯弱のごはんを盛った。横着したのは、彼の中で一番嫌いな家事が洗いものだからである。


ちなみに、ごはんをのせた平皿には、将来、凪の分のオムライスが鎮座する予定になっていた。


熱したフライパンにバターを溶かすと、まずは最も火の通りにくい鶏肉を投入する。しばらくして、たまねぎ、最後にさやえんどうを放り込んで、水分がしっかり抜けるまで炒める。


これを怠ると、出来上がりがへなへなし過ぎて美味しくないのだ。


とはいえ、あまりパラパラし過ぎるのもオムライスとしては考えものだ。


凪は、かつてチャーハンと同じ要領で冷やごはんを使ってチキンライスを作ってみたことがあったが、上の卵との兼ね合いが良くなかったという印象しかない。


水分が無くなったことを確認すると、一気にごはんを入れて、へらで満遍なくフライパンの中をかき混ぜる。十分に混ざったところで、下味程度に塩と胡椒をふりかけ、思い切りよくケチャップを投入する。


凪の嗜好としては、オムライスに重要なのはチキンライスと卵の調和であり、チキンライスに自己主張が強すぎるのはあまり好きではなかったが、ガッツリしたチキンライスの上にトロトロの卵の膜をかけた料理が美味しいことは彼としても否定しがたい。このような場合は、少しどぎついくらいの味付けが丁度いいのだ。


むらなくケチャップ色にごはんが仕上がったところで、味に奥行きをつけるため少量のオイスターソースを加える。ここで最後に生クリームというのが、凪の知るチキンライス製作の王道だったが、あいにく備えがないので断念することにする。


冷蔵庫の中に牛乳はあったが、この段階で水分を足すのは普通に考えれば分かる愚行である。

出来上がったチキンライスを平皿の上に戻して、凪はフライパンを軽くお湯で濯いだ。水分をはらったフライパンを再び中火にかけ、はらい切れなかった水分が飛ぶ間に、冷蔵庫から卵四個と牛乳をもってくる。


キッチンの下からボールを取り出すと、凪は片手で器用に卵を割っていく。出来るようになった今となっては、何で習得したのか彼自身にもよく分からない技能だが、この技術を習得するために卵焼きの中に入った殻の数はかなりの数にのぼるのだった。


四個の卵と少量の牛乳が入ったボールを凪は箸を使ってかなり荒くかき混ぜる。半熟にするときのコツはとにかく卵に空気を入れることなのだ。


「楽しそうだね」


つい癖でちょっとばかり奇声を上げて事に当たっていた凪のところに、興味深そうに光理がやってきた。テレビ相手に世相を切るのにも飽きたらしい。


「興味があるならやるか?」

「わたしの知識では、それ泡だて器の仕事ってことになってるんだけど」

「人力で交換可能な器具は、基本として睦月家にはない」

「なるほど。なら、ローマ人に従うことにしよう」


凪から一式受け取ると、光理は薄く笑いながら、ボールの中身をかき混ぜ始めた。


「何か、目安とかあるの?」

「目安はないけど、後30秒もしたらフライパンが完璧に乾くから、そのときの混ざり具合で夕食の出来が変わるかな」

「大事じゃないか」


十分に乾いたフライパンにまたバターを引くと、頃合を見計らって光理から受け取ったボールから半分ほどを投入する。左手でゆっくりとフライパンをゆすりながら、もう片方の手でさいばしを使って卵を全体的にかき混ぜていく。


いい感じに半熟になったところで、チキンライスをフライパン全体に広がった卵の膜の上に落とすと、フライパンの縁の丸みを使って、一気に赤いチキンライスを黄色い層で包む込んだ。


「見事なものだね」

「やりたいなら、やってみるといい。どうせ失敗したって誰も文句は言わないんだから」


皿の上に移されたオムライスをじっと見ている光理に対して、他に言う言葉があるわけもない。


「失敗?悪魔を舐めてもらっちゃ困るね」


瞬間、凪は光理の後ろに後光のようなものが差したような気がした。


しただけだった。

         ※


「へい、そこ兄さん、美味しいそうなオムライスを食ってるじゃないか」

「やらないぞ」


凪はオムライスというよりは、焦げた卵をチキンライスであえたものを食べながら言った。


焦げたバターの風味が絶妙なアクセントになって、口の中に程よいエグさが広がる一品である。


「意固地だなぁ」

「こういうときは、ホストが泥を被るもんだ。いいから、食え」


食卓には、オムライスの他に、筑前煮とスライスされただけのトマトが置かれている。


トマトを使ってソースもどきを作るという案もあったが、思いのほか自作のオムライスの結果に凹んでいる光理を見るにつけ、さっさと食事に移った方がいいと凪としては判断したのだ。


「美味しいよ。食事の経験がそれほどあるわけじゃない私が言っても、大して有り難くもないだろうけど」

「いや、凄いうれしいけど」

「嫌味かい?」


菜ばしで光理の分の筑前煮を取り分けながら、凪は小さく首を振った。


「誰かのために料理を作るのこれが始めてなんだ。実際、感想を聞くまで、不安でしょうがなかったから」


筑前煮の皿を受け取りながら、光理はその言葉に目を細めた。


「そんなこと言われると、またご相伴に預かりに来てしまいそうだよ」

「たまには、それも悪くないかもな」


光理はにんじんを口に運ぼうとしていた手をぴったりと止めた。


「あのさ、兄さん、わたしのこと嫌いだよね?」

「そうだと思ってたんだが、飯を一緒に食った感じだと、そこまでお前のことを嫌いでもないみたいなんだよな」

「ふーん、兄さん、変わってるね」


それだけ言うと、光理はさっさと話題を変えた。


「この椎茸、味が染みてて美味しいね」

「だろ」


彼のその日、一番の笑顔であったとか、なかったとか。

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