異能の分類における権力関係について
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「あなたの名が意味するのは、ドクサではありませんか」
「過大評価が過ぎるよ。それこそ、光栄ではあるけどね」
暗闇の中、凪の耳に入ってきたのは二人の女性の声だった。天国には無限に処女膜が回復する美少女たちが待構えているという説を思い出して、彼は自分の頬が緩むのを感じた。
「おや、気がついたらしい。兄さん、何を考えているのかな」
「ここは地獄か」
凪は目を閉じたまま、聞き覚えのある声の主に問いかけた。
「残念ながら、天国でも地獄でもありません」
その答えに凪は驚いて一気に目を開いた。
自分が死んでいなかったことが意外なのではない。そう答えた声が、光理のものではないのに、とても聞き覚えのあるものだったからだ。立ち上がるのも億劫で、凪は首だけを90度動かして光理ではない方の声の主を見ようとした。
「わたしの顔に何か?」
そこにいたのは、先ほどと変わらぬ制服姿でソファに腰掛けている木下双葉だった。彼女の隣では光理がシャンパングラスの中に入った液体を天井灯に楽しそうにかざしていたが、凪の視線に気づくと、飲みもせずにそれを側面に置かれたテーブルの上に置いた。
ここでやっと凪は、自分が寝ていたのがリムジンと呼ばれる種類の車の中なのだと遅まきながらに把握した。彼が寝ていたのは長大な後部座席を囲うように設置されたU字型のソファの片側なのだ。
「兄さん、これほどの美少女二人を前にして、一人だけ横になっている道理はないんじゃないかい」
何かを口に出す前に先手を制され、凪はしぶしび自分が寝ていたソファに座り直した。
そこで気づいたことだが、彼が着ているのは制服ではなく、入院患者が着るような薄手の貫頭着だった。
「制服は破棄したよ。上から下まで真っ二つで、二度と切れるような状態じゃなかったから」
「洗濯したてだったんだけどな」
「それについては、こちらで代えを用意しました。車を降りる際にお受けとり下さい」
「それより、誰が服を変えたのかを気にする場面じゃな──」
「こちらの息のかかった病院で精密検査を受ける際に、看護士が衣服を交換しました。ご容赦のほどを」
いいところで台詞をもっていかれて、光理はわざとらしく頬を膨らませた。
「もう、四葉っちはイケズだな」
「色々とツッコミどころがあって困るんだが、その人は、木下さんじゃないのか?」
木下双葉にそっくりな近親がいるという話を凪は聞いたことがなかったが、言われてみれば、目の前にいる存在が双葉とは別人であるような気もした。目の前の彼女の柔らかな雰囲気が彼の知る双葉のものとあまりにもかけ離れたものだったからだ。
「これはご挨拶が遅れました。わたくし、木下四葉と申します。双葉の別人格のようなものだと思ってください」
「いわゆる”もう一人の自分”ってやつさ。特に珍しくもない願いだよね」
「双葉に背負えないものをこちらが背負う。そういうものだと思ってくださって結構です。凪さんのものと比べるとお恥ずかしい限りですが」
そう言って、四葉と名乗った少女は凪が見たことのないはにかんだ笑顔を彼の方に向けてきた。その笑顔に戸惑いつつも、「感染」という言葉を聞いて、凪は本当の意味で自分の頭が回り始めるのを感じた。
とりあえずは光理にアイコンタクトをはかってみたが、返されたのわざとらしいウィンクだけだった。
「先に言っておくなら、今の時間は6時5分で、この車は現在、病院から凪さん達の家に向かっているところです」
「身体には何の異常もなかったみたいだよ」
「何事も無くて本当によかったです。ほっとしました」
いつもキツい言葉をあびせられる顔の主との落差に凪は頭がクラクラした。とはいえ、ここで戸惑っていてはらちが明かない。凪は意識して顔の表情を引き締めた。
「随分と意気投合してるみたいだけど、二人の関係は?」
「「初対面です」だよ」
とりあえずのジャブのような質問に、二人はその答えを疑わせるような見事なハモりで反応した。凪は二人の共謀の可能性を考えたが、すぐに自意識過剰を恥じてその考えを打ち消した。
「凪さんが意識を失っている間に、お立場も含めて、おおまかなところは聞かせて頂きました」
「どこまで信じてくれたかは良く分からないけどね。現代悪魔の基礎知識にも限界があることをヒシヒシと感じていたところさ」
「現代悪魔の基礎知識?」
「今風に言うなら、ウィキペディアの親玉みたいなものだよ。わたしが何不自由なくこっちで喋れてるのも、これがわたしの思考言語の意味内容を減縮して、日本語になるように適当に振り当ててくれているお陰なのさ」
凪には全くチンプンカンプンだったが、そういう設定なのだということで納得することにした。一方、光理の言葉を聞いた四葉を少しばかり悲しそうな顔をしていた。
「ウィキペディアですか、何とも情緒がない」
「君たちを喜ばせるために、わたし達が存在するわけじゃないさ」
「それは承知していますが、光理さんの言うウィキペディアのために、どれだけの人生が犠牲になったかを知っている身からしますと」
光理はその言葉に口の端を少しつり上げただけだった。それに何を感じとったのかは不明だが、四葉は急に話題を変更した
「それと凪さん、わたしについては呼び捨てで構いません。わたしは双葉の記憶を完全に把握していています。わたし達の間で、堅苦しいのは無しにしましょう」
わたし達の間。そんなものが存在したとは初耳だと皮肉無しに思いつつ、凪は小さく頷くだけで四葉に先を促した。
「まずは、こちらの立場の説明からでしょうか。凪さん、『ダビンチコード』はお読みになられましたか?」
「もしかして、自分たちがイルミナティだって言うつもりですか」
「まさか、あんな歴史の浅いものと一緒にしないで下さい」
「兄さん、気持ちは分からないでもないけど、その顔は相手に失礼だよ」
顔が緩まないように精一杯かみ締めていた奥歯を開放すると、凪は引き笑い気味に弁明を述べた。
「だって、秘密結社だぞ、秘密結社」
「確かに、このご時世に何言っちゃってんの感は満載だけど、あっちは真面目にやってるんだよ」
「いえ、別に真面目にやっているわけじゃありませんよ」
研ぎ澄まされたインターセプトに、二人の顔はおのずと四葉の方に向き直った。
「やってないんですか?」
「秘密結社と言っても、ほとんど営利団体ですから。そういう皮を、ありがたがる人間が以外と多いので脱ぐ機会を脱したというのが正直なところです」
「実際、「感染」なんて現象があるんだし、オカルトって馬鹿にしきれないわけだしね」
さっきまで明らかに馬鹿にしていた自分を棚において、光理はしれっとフォローに回っている。
「そういうことです。超自然的な現象に対する知識の集積および継承と、それを用いた商いが、わたし達、皇帝派の主な活動でして」
「それで四葉さんは、光理の言うところの「選挙」とやらの参加者なんですか?」
「形式的にはそうですが、実質的には違います」
いまいち意味を掴みきれない凪を見かねてか、四葉はすぐに言葉をついだ。
「端的に言ってしまうなら、死ぬつもりもないが、勝つつもりもないということです」
それを聞いて、やっと凪にもピンときた。停戦交渉とやらを進めているのは、四葉のところの組織なのだろう。
「停戦の話は聞いてますけど、そんなことが出来るもんなんですか?勝てば、どんな願いだって叶えられるんでしょう」
「圧倒的な力の差があれば可能ですよ。もちろん、絶対に死ぬと分かっているのに、飛び込んでくる類の狂者は一人残らず殺す他はありません。停戦でこそありませんが、参加者中8割が生存した例もあります。それに失礼ですが、凪さんはどんな願いも叶うという言葉の意味を勘違いしていらっしゃるように見受けられます。これが意味するのは、魔法のランプをこするような、どんな願いでも願えるという権利ではありません。その人間の望みのままに世界を塗り替えるが故に、叶わぬ願いは存在しない。そのような現象です」
「聞いてないぞ」
凪は光理の方を強く睨んだが、睨まれた方は憎たらしいほどに平然としている。
「そりゃ、言ってないからね。だけど、四葉っちの説明はほぼ真実だよ。考えれば分かる話だろ。「感染」者の願望が外部を指向していけば、自ずと最後にはそうなる道理さ」
「そうなのですか?こちらでは、本然に根ざしていると考えていたのですけど」
「その考えも、あながち間違いではないよ。どこで区切るかの解釈の差だよ」
「なるほど、その言葉だけで本部の人間は狂乱することでしょうね」
自分をおいて隠語めいた会話を始めた二人に、凪は大きく咳払いをした。何か、とても情けない気分だったが、まだ大切なことを聞いていないのだ。
「おや、男の嫉妬は醜いよ、兄さん」
愉快そうに笑う光理を無視して、凪は四葉とだけ会話をすることにした。自分で招いたことだが、光理に話を振ったのが失敗だったのだ。
「それで、結局これはどういうことなんだ」
要領をえない言葉だが、こればかりは仕方が無い。自分がどういう状況なのか全く分からないというのが、凪自身の抱える最大の問題なのだ。
凪の質問に、四葉は体の前で両腕を組みなおした。
「まず、凪さんに危害を加えたのは、レイ・ウィリアム、「最強」の願望につかれた狂人の一人です」
その言葉を聞いて、光理はかすかに眉をひそめた。
「「最強」というのは彼個人の願望の呼び名なの?あまり適当だとは思えないけど」
「いえ、ある種のカテゴリーの名前ですが、ご存知ではありませんでしたか」
「光理ちゃんの知識にあるのは、七つの大罪とか、そういうの位かな」
「それの現代版と考えてもらえれば問題ありません。呼称として残っているのは「嫉妬」ぐらいですが、「感染」によって現れる力を、七つ分けるものですから」
「力ってそんなに似るもんなの?」
「いえ、個々人の力はそれこそ千差万別です。それでも、七つの大罪などと呼ばれていた昔から、分からないものに名をつけて安心するのは、人間の性何でしょうね。「嫉妬」、「支配」、「最強」、「変身」、「承認」、「拒絶」、「成功」。これが現在において最もポピュラーな分類です。もちろん、最も細かに分けるものも存在しますが、普通はこれを用います」
「「成功」ね。一つだけ随分と有り触れた呼び名なことで」
光理の揶揄に、四葉は苦笑で返した。
「自分たちが分類されるところを、耳心地のいい言葉を振り当てられていることは否定しませんが、そこまで本質を外した命名だとも思いません。現世における物理的な意味での豊かさへの欲求。資本主義の中では否定されるような欲望でもないですし」
「「嫉妬」だって言い様によっては、強者も弱者も両方妬むから、「平等」への欲求なんて言われたりするよね」
「「成功」「平等」「平和」「効率」「愛」そんな言葉で、自分たちの性根が美しいものだと誤魔化せると信じるほど、わたし達は他人を甘くみていないつもりです。言葉はどこまで言っても、所詮は言葉に過ぎませんから」
火花の少し手前みたいな視線を送り合う二人の少女に、凪はめんどくさそうに言葉を発した。
「あのさ、また咳払いとかした方がいいのかな」
「すいません、ですが分類の話はどちらにしても避けられない話でした。「選挙」は通常、似た能力をもった「感染」者が徒党を組むものですから」
「ボクを襲ったやつもチームで動いていると?」
「いえ、「最強」に分類される願望の持ち主は、その望みのせいもあって、基本的に単独で行動します。彼もその例外ではありません」
「レイだけにね、なんちゃって」
車内にとてつもなく白けた空気が漂う。残りの二人にじっと見つめられて、光理は口をとんがらせた。
「外人が上手いこと言ったときは、笑うのがジャパニーズ・マナーだろう」
「大して上手くないからな」
「ですね」
「何だよ、結託しやがって。どうせ、レイ君もこうやってハメたんだろ。たった五年で領域持ちになるなんて、普通じゃありえないよ」
その言葉に四葉はため息をついたが、イタいところを突かれたという感じはしなかった。おそらく、想定内の攻撃だったのだろう。
「否定したいところですが、実はそうです。とはいっても、わたし達の支部はあずかり知らぬところで起こったことですが」
「また、分からない言葉が出てきた」
「固有結界みたいなものだって言えば、兄さんには伝わるかな」
「なるほど、分かりやすい」
「固有結界?」
「ggrks」
「ゲームの用語なんで、気にしないで下さい」
何か釈然としない表情を浮かべている四葉を見て、凪は内心で少しばかりおかしくなった。彼女とて自分の語っている内容がフィクションじみていることなど重々承知ではあるのだろう。
「違いを挙げるなら、領域は究極の奥義というよりは袋小路の成れの果てって感じなんだけどね。本来であれば外に向かい全て塗り替えるための力が、一定の範囲で停滞しているんだ。どういう結果になるかは目に見えてるだろ?」
「わざわざ、ボクの口から言わせようという意図が分からないだけど」
「つれないなぁ。まっ、そこも兄さんの魅力だけどね。言うまでもなく、外へと広がらなかった力は内に向く。自分の欲望で自分の欲望を上書きするようなものさ。ある意味でこれほど確実なパワーアップ方法もない。なりたい自分になれるわけだからね」
「ですが、問題点もあります。凪さんの言葉に従うなら、「感染」の本質は他者への欲求です。それを自分に向けるということは、己自身のバランスを崩すことでもある。その結果は、もう見ていると思いますが」
凪は自分の前に立ったレイの姿を思い出して身の毛がよだつのを感じた。バランスが崩れるなどという柔らかな言葉を使ったところで、アレが明らかに人を止めているという事実は変わりようがない。
「他人事みたいに言うもんだ。彼だって、君たちの収集癖のために犠牲者なんだろ」
「どういうことだ?」
「兄さんも見ただろ。彼の手に光る刀を。「憤怒」、今は「最強」と呼ばれるような欲求の持ち主は、自分の欲望を物に向ける場合が多々あるんだ。特に刀は昔から人気が高い。俗に魔剣、妖刀と呼ばれる品々の多くは、彼らが練り上げた欲望の形に他ならないのさ」
「そして、物の形を取った異形の力は「感染」者が死んでも、この世界に損なわれることなく残り続けます」
「そういえば、鬼切とか何とか言ってたな」
「ええ、どういう思考回路か知りませんが、レイはあのようになる前から自分の刀のことを鬼切と呼称していたようですね。あの日本刀のできそこないを、そう呼べる神経がわたしには分かりませんが」
「日本刀じゃないんですか、あれ」
「あの刀は、工業用の鋼を削って熱処理しただけのものです。本物の日本刀とは根底から違いますよ」
四葉はそう言うと懐から精緻な蒔絵細工が施された棒状の物体を取り出した。
「本物の天下五剣の一つ、童子切を打ち直して作ったとされる守り刀です。」
どこか誇らしげな口調で、四葉はその小刀から刃を1,5センチほど出してみせた。門外漢の凪でも、その刃の輝きをちらりと見ただけで、その小刀が凄まじいものであることは分かった。
「そんなにケチケチしないで、ズバっと全部抜いてくれればいいじゃないか。減るもんじゃなし」
「これ以上はわたしには無理なんです。嘘だと思われるなら、ご自分で試してみてください」
渡された小刀を凪たちは抜いてみようとしたが、二人して一ミリも動かすことが出来なかった。
「お分かり頂けましたか。このレベルの遺物になると、使い手をあっちが選ぶんですよ」
返ってきた守り刀を懐に戻しながら、四葉はまるで自分の手柄のように、刀の力を誇ってみせた。
「兄さん、分かっただろ。魔剣、魔術具、聖遺物。彼らはそういったものを集めるのが昔から趣味なのさ」
「趣味というのは少し心外です。自覚の無いまま遺物に触れぬよう、一般人から隔離するという大義名分もあるのですが」
四葉の反論に、光理は鼻で笑ってみせた。
「昔は自分たちに使いでの無い遺物を権力者に売り払ったりしてたけど、もうやってないのかい」
「そう言われると心苦しいですね。わたし達の立場は弱いですから、否応もなくという場面は現代でも存在します」
「だから、趣味だって言うのさ」
凪は二人の会話にそれ以上、口を挟まなかった。
ここまでくれば流石に、光理が何の知識もない彼に代わって、四葉から判断材料を引き出してくれていること位は分かる。光理に彼女自身のことを信頼していないことが見透かされているようで、少々不快ではあったが。
「そこは、貴方の言葉を借りるなら、何処で区切るかの判断の違いと言うしかありませんね」
「それは確かに。どっちにしても哀れなレイ君を君たちの都合で捻じ曲げたことは変わらないわけだし」
「わたし達も恥知らずではありません。相互共栄だったなどとは言いませんが、最終的には彼の判断だったと考えています」
「自己責任論と来たか。さすが「成功」者は言うことが違う」
「さすが、御使いは意地が悪いと返すべきですか?わたし達はアメリカ支部の人間が、わたし達の中で品位に劣るなどと言うつもりはありません。彼らは功を焦ってこそいましたが、通常のように、レイ・ウィリアムを収穫する過程で思わぬ災難に遭遇しただけですから」
「君たちは何年経っても、言葉遊びから抜け出せないね。こっちには兄さんがいるんだ。何人、殺させたか位は言葉にするべきじゃないの」
「「感染」者6名、非「感染」者11名、と口にすれば満足ですか。ちなみに非「感染」者はこちらの方で調査した、捕まれば終身刑間違い無しの凶悪犯ばかりですが」
「善悪の話は、人の領分さ。それで、そこまでお膳立てして、何で失敗したんだい?」
他人事のような光理の台詞に、四葉は抗議の念を目から照射していたが、向けられた方は何も感じないようだった。
「凪さん、ピーター・イーストマンという名前をご存知ですよね?」
突然振られて、凪はびっくりしたが、知識としてはあったので、どうにかこうにか答えることが出来た。
「共和党の議員だろ。こないだの代表選で中盤に脱落してたと思うけど」
凪の脳裏にイーストマンのがっしりした顔が、少しだけ像を結びかけたが、結局は形をなさずに四散してしまった。
「ええ、その通りです。「支配」の力を有した彼は今回の「選挙」の最有力の「感染」者でした。というより、今回のオープニングは彼の陣営とその他で行われていたと言っても過言ではありません」
「でした?」
凪の間抜けな問いに、四葉は感情の欠けた視線で答えた。
「ええ、彼はもう半年前に死んでいます。現在メディアなどに露出しているのは、こちらで用意した影武者です。彼の死によって、今回の「選挙」はこちらの予測から大きく外れてしまった。その影響を最も受けたのが、アメリカ支部なんですよ。その狂乱のどさくさにレイはわたし達の手を零れ落ち、気がついたときには、あの様です。無責任な話ですが、あそこまで偏ってしまっては、わたし達にはどうすることも出来ません」
「確かに、今の彼なら核ミサイルの直撃を受けても、かすり傷くらいで済むかもしれない」
その言葉に、凪は思わず笑ってしまった。案外、核ミサイルが効かない人間というのはごろごろしているらしい。
「笑いごとではありません。彼が日本に来てからの道行きを辿ると、逆ホットスポットという様相です。少なくとも、現在の彼なら、自分に降りかかる爆発の効果をある程度までは切り捨てられるでしょう」
「いっそ、東北に誘導したら、みんなのためになるんじゃないの」
「そういう話は出ましたが、仮にレイが発電所を一刀両断したら、どういった結果が生じるのかが、あまりにも未知数過ぎます」
そんな滅茶苦茶な話は、ボクに関係の無いところでやってくれというのが凪の正直な感想だった。
しかし、流れていく外の風景は刻々と家に近づいてきている。自宅の前でリムジンが長時間停止している状況なんて、御免被りたいに決まっている。彼はしぶしぶながら話に割り込むことにした
「それで、結局、あの人は何で、ボクに攻撃を仕掛けてきたんですか」
「今の彼はもはや強者を求める機械です。だから貴方に、攻撃を仕掛けきたのだと推測されます」
「いや、その理屈はおかしいでしょ」
「ええ、言うまでもなく狂っています。ですが、理屈は通らなくもない。何せ、ピーター・イーストマンを此の世から葬り去ったのは、あなたなのですから」
「いや、ボクはそんなことした覚えないんだけど」
「はい。そこら辺の事情は光理さんからお聞きしています」
「そっ、兄さんの力は本質的に兄さんとは関係無く働くのさ。だから、兄さんに記憶がないのも驚くべきことではないね。兄さんが今まで誰の目にもとまらなかったのも、そこら辺に起因するわけだし」
確かに、自分の力は光理の説明によれば■■のものなのだから嘘ではないなと凪は人事のように思った。
「実際、今でも私には凪さんが非「感染」者に見えますよ。とはいえ、レイの領域の中に取り込まれて、無傷で帰ってきたとあっては信じるほかありません。あの男が領域の中の入った人間を殺さなかったのは、私たちが知る限り、これが始めてですから」
いや、殺されてるんですけどね。凪がそう思って口をもごもごさせていると、光理は急に■■のいる病院の名前と病室のナンバーを喋り始めた。凪は腰を浮かしかけたが、
「どうかしましたか?」
すぐにまたソファに体重を預けた。四葉には何も聞こえていないのだ。
「いや、ここでの会話は録音とかされているのかなとか急に思って」
「兄さん、無駄さ。光理ちゃんのパワーを用いれば、録音なんて、「そもそも」、役に立たないからね」
「役に立たなくても問題はありません。これぐらいの会話なら全て暗記できますから」
「おっと、これは人間を甘くみたかな」
光理はわざとらしく自分の右手でひたいを小気味よく叩いてみせた。
その様子を眺めながら、凪はもう少し慣れない腹芸に付き合ってみようと思った。正直さは美徳だが、ところかまわず正直でいようとするのは馬鹿のすることである。
「要するに、ボクは自分に自覚の無いの事柄のせいで殺されかけたってことなのかな」
「そういうことになりますね」
「迷惑にも程がある」
「心中お察しします」
真顔で言う四葉に、この人も大概だなという印象を強めつつ、凪はあえて投げやりな口調で疑問を発した。
「ボクはどうすればいい?」
「わたしとしては兄さんのお好きなようとしか言えないね。皇帝派に協力するなら、それも悪くはないんじゃないの」
「ええ、凪さんが協力してくださるのであれば、こちらの力の続く限り、貴方を保護することは確約します。加えて、金銭という方向から叶えられるものなら、貴方の願いを全て叶えてみせましょう」
「それは魅力的な提案だ」
そう言われてもなというのが凪の正直な感想だった。その内心を読んだのか、光理は情報を補足してきた。
「実際、彼らのコントロールする富はちょっとしたものさ。君を世界一の億万長者に据えることだって可能だろうね。ただ、身柄の保証については微妙なところかな」
「嘘を言うつもりはありません。わたし達は「選挙」におけるグループの中で最も戦闘力に劣ります。ですが、千年を超えて、現世で繁栄を続けているわたし達の立ち回りの上手さは中々のものですよ」
「これも本当だね。調停者としての彼らの実力は、他に類を見ないさ。ボクらとしては思うところもあるけど、さっき四葉っちが言ってた生存者8割の回だって、彼らの見事な交渉術の結果だから」
リムジンが凪の家の前で静かに停車した。ざっと見た限り、周囲に誰もいないのは不幸中の幸いというべきだろう。
「少し考えさせてもらってもいいですか」
「もちろん。すぐに答えを出せなどと迫るつもりはありません。しばらくの間、こちらで責任をもって、凪さんの周辺の警護をさせてもらいます。じっくりと考えて下さい」
凪が小さく会釈して車から降りようとすると、四葉はポケットから一枚のカードを取り出すと、それを制服が入ってるとおぼしき紙袋と一緒に差し出してきた。
「もし宜しければですが、このカードを受け取ってはもらえないでしょうか」
凪は差し出された金色に光るカードをじっと見た。
「手付け金ですか?」
「というよりは、慰謝料と捉えて下さい。レイに対して後手に回ったというのは、わたし達の落ち度ですから」
凪はちょっとだけ考える仕草をした後、それを四葉の方に押し戻した。最初から受け取る気はなかったが、金銭の力が通じる余地があると思わせた方が、自分の安全に寄与するだろうという判断である。
「すいません。どっちでも同じことなんで」
「じゃあ、光理ちゃんが貰っちゃおうかな」
そう言いながら、光理は横からカードを掠め取った。凪は、こいつ何言ってんだと思ったが、ここで光理に代わって断るのも変な話なので、四葉の判断に任せることにした。
「それなら、それで構いません。限度額はありませんが、一日に百万以上使うと、一時的に利用が止まるので気をつけて下さい」
金というのは在るところには在るものだ。そんな退屈な感想を抱きつつ、凪は紙袋を片手にリムジンから降りた。その後ろには、当然という顔で光理が続く。
両断された後とあっては、すげなく追い返したくもあったが、今何よりも必要なものが情報であることは間違いない。ちょっとした迷いを抱きながら扉までの小道を歩いていると、後ろでリムジンのエンジン音が聞こえてきた。
その音をきっかけにして、凪は鍵を制服のポケットに入れたままなことを思い出した。急いで振り返ろうとすると、脇から光理の手がすっと伸びた。その手の平には当然のように鍵が一本乗っていた。
「どうも」
「どういたしまして」
背中で生じているであろう光理の笑顔を無視しながら、凪は数時間ぶりの我が家に帰宅したのだった。