勇者⇔魔王
「私も昔は君のように正義に燃えていた。だがな、この世界はそんな甘い考えだけでは生きてはいけないんだよ。世界というものは、不条理と悪意で構成されているんだ」
崩壊していく城の中で、死に際の魔王は血反吐を吐きながらも勇者に訴え掛ける。それはきっとただの足掻きに過ぎないのだが、直情型の勇者は適当に見過ごすなんてことはできない。ただ自ら信じている正義を武器に戦うだけだ。
「違う! この世界というものはお前が考えているほどやわじゃない。どれだけ闇に包まれても、俺は必ず光を見つけ出してこの世界を照らしてみせる。それが勇者だ! お前のように全てを諦めきってしまった魔王とはまったく違うんだ」
「…………そうか、今は君に殺されて悔しいという感情よりも、真実を知らない無垢な君が途轍もなく羨ましいよ。……ああ、きっと私も君のように正義を信じていた時が――」
魔王と勇者の間に城の岩盤が落下してきて、盛大に土煙が舞う。咄嗟に交差した腕を解くと、そこには岩肌だけで魔王の姿はなかった。勇者はまるで表情を変化させず、崩壊し尽くした城を跡にした。
そして、村に帰ると、無事に帰還した勇者を歓迎する宴が催された。
何十年と続いた魔王の恐怖政治に怯えていた村人たちは歓喜の涙を流しながら、何度も勇者に感謝の意を述べた。恥ずかしながらも、村人ひとりひとりと話しながら、最後には今までの輝かしい冒険譚を村人全員に語っていった。
魔王がいなくなってから、ずっと楽しい日々を送るハズだったのだが、少しだけ問題が発生していた。 それは食糧不足という問題だった。
魔王が適度に村人の命を奪っていたからこそ、丁度いい快適な生活を遅れていたのだが、人口が増えてくるとそうもいえなかった。今までの村の規模では生活できなくなった村人たちは、どんどん他の土地を開拓していく。たくさんの生物の命を奪いながらも、村人たちは生きるために必死だった。そうしなければ、新しい家族が野垂れ死にしてしまうからだ。
世界征服をしていた魔王は、その強大な力で統治していたからこそ、小さないざこざというものは皆無だった。その村の人間が辟易してしまえば、魔王がすぐに襲いかかってくるからだ。魔王がいたからこそ築かれていた平和が、こんなにも簡単に崩壊してしまった。
そうして土地を巡って、人間同士の抗争が勃発。勇者も最初は人間に刃を向けるなど反対していたのだが、ほかの村の闘いによって、村人たちが倒れていくさまをみて、そんな綺麗事も言ってはいられなくなった。弔い合戦という大義名分を掲げなければ、精神が狂ってしまうほどに、たくさんの血が流れた。
そしてある日、勇者は自分の村の人間に寝込みを襲われた。
「どうしてこんなことをするんだ? 俺はみんなの味方だ」
「お前は強大な力を持ちすぎている。もしも気が変わって、私たちを裏切ったら手がつけられない。だからお前を殺しておかなければいけない」
勇者は死にたくないので、村人たちに逆らった。落涙しながら、向かってくる村人全員の命を摘み取っていった。そしてやがては、自分の生まれた村を滅ぼしてしまった。
だが何が悪いんだろうか。ただ殺しにきた人間を殺しただけなのに、そうしなければ殺されていたから、仕方がなく手を出してしまっただけだ。正当防衛であるから、まだ正義の範疇。勇者とは正義であるべきだ。その正義を抉こうとする人間は、すべからく悪に違いない。
これからもその悪の心を持つ人間が襲いかかってくるだろう。強大な力を持つ者を恐るのが、自然。そうしなければ生きてはいけないのが弱者。
だが勇者は全ての人間を殺そうだなんて考えを持たない。ただ、向かってくる人間を駆逐するだけだ。自分から襲おうだなんてそこまで愚かな考えは持たないし、殺したくない。だが人間が大勢で勇者を殺しにやってきたら、流石に独りで向かい打つのは難しい。そうだ、立派な城壁のある城を建てよう。そうすることによって、敵の侵略を防ぐことができる。そうやって、今度こそ恒久的な平和を自らの手で掴み取ろう。
勇者が向かってくる人間を倒していくうちに、また人口は減少していき、食糧不足は解消された。
そうやって偽りの平和を築いていった勇者のことを、人々はいつからか魔王と呼ぶようになったのは、城が建ってからしばらくしてからだった。