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魔王と幼馴染 ~夕と夜が出会う場所~  作者: 寿歌
第一章 大地の裏側
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プロローグ

プロローグ


鉛色の雲が空に立ち込め、まだ昼間というのに辺りは夕暮れのように暗い。

空から吹き降ろす風は次第に強くなり、湿った雨の予感を運んでくるのだった。

「僕は、本当はこのままでいたいんだよ」

下校途中の並木道。まだ13歳の少年だったセーニス=ディンケルは、弱々しい声を喉から漏らす。

「寄宿舎なんて、行きたくないよ…」

彼の育ての親たちは、何をどう考えたのか、彼を連邦南部の寄宿制学校に入れる心積もりらしかった。

彼らの意思は岩山のように動かしがたく、本人の抗議はもちろん聞き入れられない。

捌け口も無い鬱憤は溜まっていくばかりで、我ながら恥ずかしいとは思いながら、今日も幼馴染に愚痴ってしまう。

「セーン(セーニス=ディンケルの通称名)は本当に愚痴っぽいね。もう、何度目と思っているの? 大概にしなさい」

陰鬱な天気の下で、同じような繰言を幾度も繰り返されて、レーナもうんざりだった。

「悪い…」

少年はうなだれて、流石にそれ以上は繰り返さない。

確かに、彼には寄宿舎なんてあわないかも、と彼女も思う。だが定まってしまったことは、どうにもならない。

「どうせ、厄介払いがしたいんだろ…」

暗然としたセーンの呟き。レーナも子ども心に、少し可哀相になってしまう。

(こいつだって、みんなと馴染もうとしていたんだよね…)

演劇部でも頑張っていたようだし、最近はだいぶクラスメートと仲良くなっていた。

もっとも、少なくともその半分は、幼馴染で(戸籍上は)遠縁の親戚でもある自分の助けによるものだと、レーナはひそかに思っていた。

(全く、私がいなけりゃこいつはどうなるんだか)

彼女も少し不安に思うのだが、それを口に出しても甲斐のないことだろう。

「大丈夫よ、慣れればきっと上手くやっていけるって」

思えば彼女だって寄宿舎などに入ったこともなく、無責任な気休めではあった。

だが、慰めてもらえることで、少しはセーンも気分が良くなったらしい。

ずっと落ち着いた表情で、それでも小さな溜息をつくのだった。

「ありがと。そういってくれるのは君だけだよ」

線の細い顔立ちに、柔らかい微笑を浮べる。

少年は、少女よりも一つ年上だったけど、顔立ちはレーナに負けず劣らずあどけない。

(なんだか、可愛いな)

そんなことを思いながら、レーナは胸のうちが暖かく溶けていくような、奇妙な心地に戸惑ってしまう。

「でも、もうすぐセーンともお別れなんだね」

ふいに、そんな言葉を口にして、口にしてからじんわりと寂しさがこみ上げた。

季節は秋も深くなった頃で、風の吹くたびに、足元の道路を枯葉がからからと流れていく。

「喜ぶかな?」

突然、彼は顔を上げ、窺うような上目遣いを向けてくるのである。

「え、なんで?」

レーナは驚いたように見返した。

「僕みたいなのがいなくなったら、みんなきっと喜ぶだろうなって思ってさ」

「また、そんなこと。そういう卑屈な態度だから、みんなからバカにされるんでしょ?」

呆れたように肩をすくめられ、少年は「ご、ゴメン」と小さく首を振った。

「少なくとも、私は喜ばないわよ。あなたがいないと色々と物足りないし。何より、私の言うこと聞いてくれる奴がいなくなるもん」

「そんな理由かよ…」

だが、少年の不平は、彼女の耳には届かなかったようである。

「ま、なんだかんだ言って、あなたとは友達だしね」

レーナが付け加えるように言った言葉に、セーンは始めてほっと息をつくのだった。

「…あのさ。時々は、手紙をだしてもいいかな?」

「当たり前でしょ? なんで?」

屈託ない少女の様子に、セーンは僅かに微笑んだようだった。

やがて、二人は何も話すことなく、並んで下校の道を歩く。そろそろ道が分かれるというところになって、

「僕さ…」

と、ぽつりとつぶやいた。「ん、なに?」と少女が振り向く。

彼は面映そうに、一つ年下の幼馴染の顔を見ながら、何か言葉をつむぎかけた。だが、すぐに思いとどまったのか口をつぐんで、それきり俯いてしまう。

風が吹いてきて、顔にかかりそうになった木の葉を、二人して手ではらう。

「言いかけてやめるなんて、男らしくないなあ」

とレーナは問いただしたのだが、彼は何度も口ごもった末、

「また、会えるよね?」

とそんなことを言い出した。

話を誤魔化していることは明白だったが、レーナも無理に追求する気は無かった。

「そりゃ、そうでしょ。今生の別れじゃないんだから。ていうか、たまにはこっちにも顔みせなさいよね。お母さんだって会いたがっているんだし」

「リンダさんにも、南にいく前に挨拶しなくっちゃね」

「お母さんも、セーンに会いたがっているよ。今度、家でお別れ会しない?」

「いいね」と少年はうれしそうに顔をほころばせていた。

レーナは母親のリンダと二人きりの生活を送っていた。彼女たちの家の、古ぼけた壁や家具からは、仄かな暖かさが滲み出てくるようで、セーンはその家に行くのが大好きだった。リンダは面倒見の良い人で、彼も小さい頃から可愛がってもらったものである。

「それで、寄宿舎には何年くらいいる予定なの?」

「3年。僕が帰ってくる間に、この村も変わっているだろうな」

目を細め、暗い空の下に点在する家々を望むのである。

「変わん無いんじゃない? こんな辺鄙な場所が」

「…変わらないものなんて、あるのかな?」

二人が色々と話しているうちに、道の分かれ道までたどり着く。別れ際、彼は突然、

「レーナは、変わらないでくれる?」

そんなことを言い出したのだ。レーナが「はい?」と聞き返すと、

「僕が寄宿舎に言ってる間、レーナはレーナのままでいてほしいなって、そう思ってさ」

「あいかわらず、突拍子も無いことを…。私が、私以外の何になるって言うの?」

「うん、そうだね」

セーンも自分の質問がおかしかったのか、苦笑いを口の端に浮べている。

やがて、彼は自分の家に歩み去っていった。彼の家は、ここから直ぐである。

空はいよいよ暗かった。彼の進んでいく道は、木々にはさまれて薄暗く、少年の姿はすぐに見えなくなってしまいそうである。

レーナはふと、正体の知れない不安感に襲われて、

「あなたこそ、変わらないでよね」

そんなことを言ってしまった。

彼には聞こえなかったのだろう、そのまま振り向きもせず、道の向こうに消えてしまった。

少女はため息をつき、自分の道を振り返る。吹き荒ぶ風に、小さな枯葉が舞い始めていた。


この少年が北漠の魔王に殺されたとレーナが知らされたのは、それから二年たってのことである。

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