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1.トゥルーキーパー(TRUE KEEPER)

 

 政権交代後一年足らずで外国資本によるマスコミの買収を可能とする法案が可決された。数ヶ月後Mテレビ局は世界のメディアグループに吸収合併される事になった。日本は開国に向けて舵を切ったわけである。新しいテレビ局を通じて半世紀にわったってこの国で行われてきた国民支配の全豹がディスクロージャーされ始めた。本来、民衆の代弁者になるべきマスコミの代表が、いかに政界と手を組み世論を誘導し、旧財閥系経営者にとって都合の良い管理民主社会を牛耳っていたかが暴露された。これこそか国民が持っていた漠然とした不安。不自由な社会の元凶だったのだ。ドキュメンタリーとして放送されるやいなや、数年前、経済連会長として事あるごとに記者会見を行っていた男の政界との癒着ぶりが公表され、製品の不買い運動が起こり。僅か三ヶ月で会社更生法の申請となった。あまりの混乱を危惧した新政府は情報の信用性を管理する情報統合省が設けた。これが現在あるIISの母体団体だ。その後、過去の世界を、人間の脳波から具象化できる装置が開発された事で、真実の追求は人口知能であるIISのホストコンピュータシステム(TRUE KEEPER 通称TK)で管理される事になった。今では、全国民が毎年二回の健康診断の際に脳波スキャンを行い、その期間の記憶をインプットしている。TKにはこの国の人間の真実がメモリーされている事になったわけだ。しかしながら、アウトプットは非常に面倒な手順を踏まないと照会する事が出来なかった。各個人の記憶は曖昧な点が多く、一日の天気でさえ雨、晴れ、雪とメモリーされていた。その為、その情報を評価する人間が必要となった。彼らは調査官と呼ばれ、TKの中を捜査する役割を与えられたのである。その仕事は現実の脳を使ってTKの中の情報を精査し真実を突き止める事にある。TKは仮想の時空間であり、言い換えれば過去へのタイムトランスファーである。捜査の手順は事件の情報元となる人物のメモリーを使用して行われることになっていた。

 キミコは調査官として働いて五年になっていた、犯罪関係が主な仕事で、過去に起こった事件の再捜査が主な仕事であった。紙カップのコーヒを持って席に着くと、既に数件の捜査依頼がパソコンに表示されていた。通常、捜査は一週間~一か月と決まっていた、丁度そのころにはサマーバケーションの季節なので、今回は屋久島に行く為の予約を取っていた。

 

 キミコはパソコンに目をやり、捜査案件を目で追った。

《信用調査№5387BA、ニュースキャスター藍本映見が赤いポルシェで内閣戦略局の主幹を務める衆議院議員の車に突っ込み死亡した事件…… 人事考課ランクB/20ポイント》動機が不明という事で逮捕には至っていない。

《信用調査№5388BC、同棲中の大学生が心中した事件…… 人事考課ランキングA/15ポイント》 

《信用調査№5399LC、六本木のマンションで起こった、興奮剤を使用したセックスによる死亡…… 人事考課ランキングA/30ポイント》

《信用調査№5401LL、晴海ふ頭で船員が銃で殺傷された事件…… 人事考課ランキングC/40ポイント》


 20ポイントとランクが低いが、有名事件のなので時間がかからないと思い一番最初の「赤いポルシェ」をクリックした。

 事件は六年前の冬になる。藍本映見が晴海の環境フェスティバルに参加する内閣府戦略局の川端靖男の車に突っ込み大破させた。川端とそのSPと秘書、それに藍本映見自身も亡くなっている。

 駐車場入口に停止した政府専用車に180キロの猛スピード走って来て正面衝突させているので交通事故とは思えなかった。捜査も異常行動性が明らかなので、最初から相手の車を狙って死に至らしめる、自爆テロではないかという疑いで殺人事件として捜査が行われている。

 川端は新政権のグリーン派で、CO2の排出の排出権取引を推進する会合の会長をしていた。また煙草を規制する法案にも積極的で、彼の熱意によって煙草税は1000%となり価格は十倍に跳ね上がった。

 法人に対する炭素税を積極的に推進する姿勢を強め、経済界から猛烈な反発をされていた。与党では一番の急進派であり、守旧権力を排除する事が彼のライフワークとなっていた。そのような性格であり、立場でもあった彼を良く思っていない人間は多く、特に煮え湯を飲まされた煙草業界、CO2排出量が大きく多大な影響の出る業界団体からは、グリーンテロと呼ばれ、憎まれていた。

 捜査は8ヶ月に及んだが藍本映見には動機が見つからなかった。彼女は新与党によって開放された放送局の新チャネルの看板キャスターで彼の政策に賛成していた人物である。一時は不倫関係にあったのはないかと騒がれたが、そのような事実はなく。自爆テロのような過激な行動を生むバックグラウンドの事実も出てこなかった。

 今回、再捜査の依頼が起こったのは、今年になって彼女の起こした事件と酷似した事件が2件たて続けに起こったからである。両事件とも、容疑者は二十代後半の女性で一人は航空会社に客室乗務員、もう一人は財務省の主計局長の娘で、会計士をしている女性だった。

 二人とも赤いポルシェで車列に突っ込み犠牲者を死に至らしめたのでる。一人はダム建設を中止にしたXX市の市長、もう一人は動物愛護活動家で映画監督のニュージーランド人だった。

 捜査線上には二つの事件の関係性は認められなかったが、ただ赤いポルシェを使う手法と容疑者が若い女性である事、殺害された男達が両方ともグリーン政策を推進していた人物であるという事が重なり合っていた。

 二十世紀の末に起こった新興オカルト宗教団体による事件と同じく、洗脳ではないかという憶測が飛んだ。しかし二人の被疑者が団体に所属している事実はなかった。

 キミコは自分のIDのタイピングを行い、捜査開始日を入力した。既に二人の人間が調査に入っているようだ。プログレス(捜査進行状況)にはTKに入った日にちとID№が光っていた。

 キミコは事件当時、捜査を行った個人プロフィールを表示した、捜査した人間は湾岸署の捜査一課警部補、警部、政府系調査機関、FBI関連組織、被害者の両親、被害者の元同僚、被害者の両親の依頼により捜査をした探偵。各人物のプロフィールを見て、一番人間関係の希薄な萬坂探偵事務所の如月龍彦をボディとして使用することにした。

 TKのホストコンピュータにアクセスして仮想空間の状況を表示した、時期は6年前、政権交代が起こった年の冬になる。萬坂探偵事務所は港沿いの高台の上にひっそりと建てられた三階建の古いビルの一室にあった。

 男性は38歳独身。私立探偵を開業して三年で、それまではバンコクを拠点に通信社に送る映像と記事を取材して事になっている。報道局賞も貰っているので戦場ジャーナリストとしては及第点だったのだろう。その頃、現地で結婚しているが、すぐに離婚して十年振りに日本に戻り、最初は写真を撮っていたいたようだが、すぐに知人の情報調査会社を引き継ぎ私立探偵をを始めている。

 都合が良いのは、日本にはあまり多くの人間関係はなく、両親も既に亡くなっているので、事件捜査以外の時間が取られる可能性が少なかった。その上、適度に日和見主義で、キミコにも捌けそうな人格だったからだ。いくら仮のボディとはいえ、色々と共存関係を経験する中で、出来れば調査の邪魔となる人間関係は避けたかった。

 前回、ボディに使った保険調査官の女性は極度の恋愛中毒で、捜査より合コンに行く事を重点とする脳神経のメモリーとなっていた。その為、捜査は全く進まず三日でリタイヤした苦い経験があったので、今回は、その事もあり、始めて男性の仮想ボディを試す事にしたわけだ。

 男のボディに入ると、睡眠時間さえ合わせれば、肉体のコントロールはキミコの支配下となる。ただ彼のメモリーと構成する思考情報は取り出す必要があるので脳波制御は切ってはいなかった。何かあれば呼び出せる仕組みになっている。

 コーヒーを飲み終える調査を始める為に機器を頭に取りつけ身体をリラックスさせてスイッチをオンにした。すぐに視界は信号を脳波にシンクロさせる為、電信信号の連続になり消えた。目を開くと、世界は違う場所にあった。少し落ち着くために深呼吸する。

「いったいどういうつもりなんだ、人の体をのっとりやがって」龍彦の不機嫌な声が響いた。過去の記憶は彼に支配権があるので邪険にするわけにもいかない。

 捜査に関する話を一通りしたが、思ったより抵抗され融通が利かなかった。日和見主義と書いてあったので柔軟性があると判断したのが間違いだったのだろうか、それとも、慣れていない男性のボディを使う事に無理があったのだろうか。

「この事件の信用調査が終われば元に戻るから」

「だから事件は終わったんだって、彼女の体から興奮剤の一種の検出された、合成麻薬だ」

「貴方のメモリーはそこまでだけど、そう思ってないメモリーもあったのよ、TKがオートスコアリング機能の信用度では8.2なんだから」

「何を言っているか分からないんだけど」

「早く言えば、100人のうち18人に事件解決に疑問を持っていたという事」

「とにかく、私の体を勝手に使うのは止めて貰いたい、私は午前中にすることがある」

「競馬の予想でしょ、そんな事やってるからいつまで経っても一人でコインランドリーに行く事になるのよ、この事件を解決さえしていれば人生変わっていただろうに」

「お前、俺の考えてる事が分かるのか?」

「情報信号は共有していますから」

「ったく、何なんだよ。俺じゃなくても他の奴で良いじゃないか、警察署だってかなり真剣に捜査を実行していたわけだし」

「大丈夫、大丈夫、私警察は嫌いだから。それに貴方の方が自由に活動できるし」

「それって俺に何のメリットあるわけ?」

「貴方にとっては捜査に協力したという事で、本物にクレジットポイントが贈られるでしょう。信用が上がれば仕事も増えるし、経済力も豊かになる。そうすれば女性にも優しくして貰えるわよ」

「大きなお世話だ、俺はこの生活で十分満足している」

「へぇー、一日何回後悔のため息ついているんだか、こんな見通しの立たない生活をして何の意味があるんだ、もう40歳だというのに。もう死にたい」

「うるさい、人の脳を読むな、それが協力の条件だ」

「わっかたわ、条件をのむは、だから3週間だけ我慢してね」

 キミコはボディの本体である如月龍彦の申し出を受け入れた。寝ていてくれるのが一番いいのだが、夜だけでは活動時間が限られる、それに、この探偵の推理能力は悪くない、並行情報をリンクすれば犯人に辿り着く可能性がある。

 今回の事件情報のメモリー提供者の中では推理力は警察官や、そのた調査会社の能力を上回っていた。但し、詰めの甘さと、最後は依頼者の意見を優先する、日和見主義で未解決のままの事件が多くあった。上手く情報を引き出せれば情報屋としても使える可能性もある。

 キミコはボディを借りて地下鉄の駅へと向かった、六年前に地下鉄工事はほぼ終了していたので、特に違いはなかった。キミコの時代では労働はワークシェアリングにより自由に時間を選択でき、能力によって細かく給与が変わる仕組みとなっていた、最初は平等でないと不平不満が新政権に起こったが、徹底的なディスクロージャーと能力の根拠となる情報の数値化により安定期に入った。

 もし能力レベルが到達しない場合は教育プログラムへの受講がリクエストされ、徹底的に脳のリオガナイズが行われた。脳医学の進歩で人の能力を大幅に改善できるようにったので、徹夜の受験勉強や、偏差値等の無駄なランク付けは必要なくなった。人間として向上心があれば必ず上にランクされる社会となっていた。今までこの国を仕切って来た世襲とお金でのランク付け社会は終わったわけである。

 

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