第6話:春の訪れ、氷の城の終焉
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ヴィクトールが国境の泥の中で叫び続けていた頃、レンブラント伯爵邸は最期の時を迎えていた。
エルゼという心臓を失った石造りの巨躯は、急速な冷却による収縮に耐えきれず、至る所に亀裂が走っていた。クラリスはすでに実家へと逃げ帰ったが、彼女を待っていたのは「聖女を追い出した大罪人の愛人」という冷ややかな世間の目と、一生消えない凍傷の痕だった。
一年後。
サフィア公国の王宮庭園には、見たこともないような大輪の花々が咲き乱れていた。
その中心に立つエルゼは、もうかつての「氷の女」ではない。指先の黒ずみは名医たちの手によって癒え、その柔らかな手は今、公国の新たな大地に命を吹き込んでいる。
「エルゼ様、今日も見事な開花ですね。貴女が来てから、この国は穀物の輸出量が倍増しました。国民は皆、貴女を『春を連れてきた女神』と呼んでいますよ」
隣で微笑む宰相の言葉に、エルゼは穏やかに微笑み返した。
彼女は今、自身の魔力を誰かのために搾取されるのではなく、共有し、分かち合う喜びを知っている。自分を慈しむことで溢れ出した熱が、自然と周囲を温める。それが、本来の彼女の力だった。
一方、北辺のレンブラント領は、地図からその名を消そうとしていた。
主を失い、廃墟と化した伯爵邸。ヴィクトールは、かつてエルゼが座っていたあの地下室の隅で、今も震えながら座り込んでいる。
暖炉の火はとうに消え、彼がどれだけ薪を焚べようとも、屋敷の石が熱を拒絶し、瞬時に冷やしてしまう。
エルゼが去り際に回収した「ぬくもり」の糸。彼女が五年間、凍傷になりながら編み上げたあの「愛」という名の断熱材がなければ、この城はただの巨大な墓標に過ぎないのだ。
「寒い……エルゼ……なぜ、こんなに寒いんだ……」
ヴィクトールは、ボロボロになった彼女の日誌を抱きしめる。だが、紙の束からは何の熱も伝わってこない。
彼が求めていたのは「暖かな屋敷」という結果だけであり、それを作っていた彼女の「心」を一度も温めようとはしなかった。その代償は、永遠に続く孤独な冬だった。
サフィア公国のテラスで、エルゼは遠い北の空を見つめる。
冷たい風が一瞬頬を撫でたが、彼女はもう震えなかった。
「……本当の春は、こんなに温かかったのですね」
彼女が手にしたカップからは、湯気が優しく立ち上っている。
かつて捧げた偽りの春はもう終わった。
これからは、自分の足元に咲く花と共に、彼女だけの本当の季節が続いていく。




