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第5話:崩壊する伯爵領、土下座の再会

 エルゼが去って一週間。レンブラント伯爵領は、物理的な凍結だけでなく、社会的な死を迎えようとしていた。

 屋敷を包んでいた魔法の春が消えたことで、領民たちが命を繋いできた農作物の備蓄はすべて凍りつき、家畜は一夜にして息絶えた。領都全体が、エルゼ一人の慈悲によって生かされていたことを、人々は今さら思い知らされたのだ。


「ヴィクトール様! もう限界です! クラリス様は高熱を出して倒れ、使用人も半分以上が逃げ出しました!」


 執事が叫ぶ声も、凍りついた広間では空虚に響く。ヴィクトール自身も、手足にひび割れた凍傷を抱え、暖炉の灰の中に残ったわずかな余熱を貪るように丸まっていた。

 その時、屋敷の玄関を乱暴に叩く音がした。現れたのはサフィア公国の使者であり、その手には「エルゼの私物返還要求」と「彼女が被った不当な搾取に対する賠償請求」が握られていた。


「エルゼ……彼女は今、どこにいる。会わせてくれ、頼む……!」


 ヴィクトールは、藁にもすがる思いで公国の国境にある検問所へと這いずった。かつての威厳は欠片もなく、ボロ布のような外套を纏い、顔は寒さでひきつっている。

 そこで彼を待っていたのは、見違えるほど美しく、艶やかな髪を取り戻したエルゼの姿だった。


「エルゼ! ああ、エルゼ、戻ってきてくれ! 私が悪かった、あの女とは別れた! お前がいないと、あの屋敷は地獄なんだ!」


 ヴィクトールは雪解けのぬかるみの中に膝をつき、必死に彼女の靴に縋りついた。だが、エルゼは彼の手を汚物でも見るかのような目で見つめ、静かに一歩下がった。


「ヴィクトール様。私はあの日、五年間紡いだ『ぬくもり』をすべて畳んで持ち帰りました。今のあの家にあるのは、貴方が私に与えた『孤独』と『寒さ』、そのものですよ」

「頼む、この通りだ! 領民たちも飢えている、お前の魔法があれば……!」

「私の魔法は、もう貴方のものではありません。それに」


 エルゼは、隣で彼女を優しく支えるサフィア公国の宰相に視線を送った。


「この方は、私の指先の傷を見て涙を流してくださいました。貴方のように、私の痛みを『不気味な呪術』と呼ぶことはなさいません。……どうぞ、貴方が守りたかったその冷たいプライドと一緒に、永遠に冬を過ごしてください」

「エルゼ……! 待ってくれ、エルゼ!」


 叫び声は、冷たい風にかき消された。エルゼは一度も振り返ることなく、暖かな光が差す公国の馬車へと乗り込んだ。

 ヴィクトールの指先に残ったのは、彼女の温もりではなく、冷たく湿った泥の感触だけだった。

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