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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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終.がらんどう姫が愛を知るまで

 


『それから幸せに暮らしました』



 昔読んだ絵本の最後は、このように締めくくられていた。

 しかし現実は、絵本のような終わりはなく、日々が続いていく。



「あ、リディアさん!」



 街で買い物をしていると、声をかけられた。

 色とりどりの商品に囲まれながら、ベロニカが手を大きく振っている。膝にはベリー色の瞳を持つ赤ん坊が座っていた。

 店に近づけば、ハギレをつなぎ合わせたクッションを置かれた。「もしよかったら!」という言葉に甘えて、クッションに座る。



「もう体は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ! 6人目だしね。慣れちゃいました」



 明るく言って、赤ん坊の足をポンポンと叩く。

 私はベリーと目線を合わせるようにして、じっと見つめ合う。無垢な赤い瞳に、自分の姿が写っていた。ほっぺたが落ちそうだと目を細めると、ベリーはつられるようにニコリと笑った。火花が弾けるように、胸が喜びで満ちた。



「かわいいですね」

「分かります! 赤ん坊ってかわいいですよね」



「それに比べて、一番上の子供がクソガキで」「お姉ちゃんの方は口が達者だし」

 ぶつぶつと子供の愚痴を言うベロニカ。だがその口調は母としての愛情にあふれていた。


「あー」とベリーは私に向かって手を伸ばした。指先を差し出せば、人差し指をきゅっと掴まれる。自分の第二関節分くらいしかない、小さな手のひら。じんわりと温かさが伝わって、胸がとろけてしまいそうだった。



「ベロニカさん」

「はい」

「ありがとうございます」



 私が唐突に述べた感謝に、ベロニカは大きく一度だけまばたきをした。

 そして両手でぶんぶんと横に振る。



「感謝したいのは私の方ですよ! リディアさんには魔術を教えてもらったり、ペンダントを作ってもらったり、命を救ってもらったり……。自分は何も返せてなくて、申し訳ないです……」



 頭がうなだれ、声が沈んだ。ベロニカの口調で思い出したのは、タンダの言葉だった。


『救おうとして、救えないこともたくさんある。

 でも、自分が知らぬ間に、誰かを救うこともある。そんなもんさ』


 すとんと言葉が腑に落ちた。

 言われた時に意味が分からなくても、何かの拍子に、気づくことがある。そうやって人は学んでいく。前に進んでいく。


 私は口元に微笑を浮かべて、ゆっくりと言った。



「そんなことないですよ」



 ひとつ、ふたつ、ベロニカの赤茶色の瞳がまばたきをした。そして、太陽みたいな笑みを見せてくれた。




 *




「今日は何か出たか?」

「オークを2体、討伐しました」



 スープを飲みながら、今日あったことを話す。

 城での事件から2ヶ月が経ち、私は街の近くに現れた魔物の狩りをはじめた。街の男たちからは「一緒に狩りをしてくれ」と誘われていているが、すべて断っている。


「魔物は人の脅威である」という考えは変わっていない。しかし「共存」という道も捨ててはいけないと、ベロニカの話から学んでいた。狩り過ぎては、生態系が壊れる可能性もある。そのため、ロトゥス近辺にまで来た魔物だけを狩ると決めていた。


 最初は雷や炎の魔術で丸焦げにしていたが、アレクに「素材を焦がすな」と怒られてしまった。最近は魔物の体に傷をつけない方法で討伐し、店に卸しては、小銭を稼いでいる。



「あとはロトゥスを治める方から招待されたので、行きました」

「『ご挨拶』されたのか」



 皮肉をたっぷり込めてアレクは言う。


「王の間」での事件があったあと、1ヶ月も経たずに、ロトゥスを治める貴族が街に家を建てた。貴族の家とは思えぬ造りだったが、急いで完成させなければいけなかったのだろう。その理由が自分であることは、明らかだった。おそらく王国側から自分の監視を任されたのだろう。


 私が家に行けば、引きつった顔で揉み手をしながら対応された。


 私が言葉を発するたびに、青ざめた顔で壊れた人形のように首を縦に振り続けた。あの様子なら、急に税が重くなったり、住民を不当に扱ったりはしないだろう。

 安心すると同時に、自分への極度な恐怖心を感じ、複雑な気持ちになった。自分がまるで魔王か何かになったようだった。

 誰もやりたがらないロトゥスでの管理を任されるということは、おそらく拒否権がない位が低い貴族だろう。彼の境遇を思い量り、「何か困ったことがあれば言ってください」と気を使ったのだが、「何もありません!」と勢いよく答えられてしまった。


 私の労働が増えたのと、街に貴族の家が建ったこと以外、何も変わらなかった。

 ロトゥスは相変わらず賑やかで、忙しない。治安の悪さもそのままだ。


 トニーも子供たちも元気そうに走り回って、仕事をしている。

 ベロニカは持ち前の明るさを生かして店番をしている。

 タンダも魔道具を作っては商人や冒険者に売っている。


 王国の事情は何一つ知らなかったし、知る気もなかった。

 情報を得ようとしなければ、王国について知る機会はない。街の中では噂になることさえもなかった。カリスが王妃になったことも、新聞を見なければ知らないままであったように。



「よかったのか?」

「え?」



 突然の質問に聞き返す。



「お前さんの力があれば、王国を牛耳ることだってできただろう。こんな狭い小屋で暮らさなくてもよかったはずだ」

「……」



 私は登城した日を思い出していた。

 自分の力は、想像していたよりもずっと強力だった。あのまま圧倒させ、王国を支配することもできたのかもしれない。


 豪華な風呂や部屋、自分に尽くすメイドたち。貴族たちの叫び声がこだまする王の間。「がらんどうの姫」と自分を見下していた貴族を恐れ慄かせたこと。一つ一つ思い出したが、なんの感情も湧かなかった。


 次に浮かんだのは、馬車から降りた時のことだった。

 厚い灰色の空の下に広がるロトゥスの街並み。自分を映す、灰色のまなざし。寒空の下、大きな体から伝わる体温。


 熱い感情が胸の奥から湧き上がった。長い長い時間をかけて作り上げたパズルの、最後の1ピースをはめるときのような気持ちだった。



「私は、ここで生きていきます」



 つくりものではなく、心からの笑みを浮かべる。がらんどうの姫は、もうどこにもいなかった。


 私の答えに、アレクは「そうか」とだけ言った。ぶっきらぼうな口調だったが、口にはわずかな微笑みが見えた。

 私は両手で器を持ち上げ、飲み干した。野菜のスープは火傷するほど熱かった。





最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
 最後の一文は、きっと彼女にとっては初めての照れによる動揺か無意識照れ隠しだったのでしょう。彼女たちの今後にも、穏やかな幸福がありますように。
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