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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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26/27

26.私が出会えたのが

 

 御者は動揺したが、人形のようだった私が懇願する姿を見て、「か、かしこまりました」と頷いた。礼を述べ、馬車に乗り込む。

 窓の外では雪が流れて行った。ロトゥスに近づくにつれ、勢いが増し、雪が森を覆い隠そうとしていた。

 ひどく長い道のりだった。不規則な揺れに身を任せながら、私は耳に手を伸ばし、ルビーが施されたイアリングを外した。頭に手を伸ばし、黄金色に輝くティアラを外した。ネックレスも、ブレスレットも、指輪もすべて外した。もう自分には必要ないものだった。


 到着した時には雪が地面に積もっており、馬車から降りれば、さくりと雪を踏む軽い音がした。

 分厚い灰色の雲の下に広がる貧困街を見て、私はほっと息を吐いた。白い息がきらりと光る。改めて御者に礼を言い、すべてのアクセサリーを手渡した。換金すれば、ルーンベルト家から解雇されても、何年かは生きていけるだろう。


 馬車が去る音を聞きながら、小屋の方向に体を向ける。そして歩を進めた。

 靴の中に雪が入り込んだ。ドレスの布地が雪を吸い込み重くなった。容赦なく私の体温を奪っていった。

 それでも歩みを止めず、小屋へと歩き続けた。


 唇は青白くなり、奥歯が震えた。耳の先が痛いほど冷たく、風を切る音を捉えた。

 それでも小屋へと、足を一歩ずつ踏み出していた。



「……風邪引くぞ」



 ふわりと暖かいものが私を包んだ。

 首筋にくすぐったい感触がし、それがマントだと気づく。


 後ろを振り向けば、銀髪の男がいた。

 王の間から出て、自分を突き動かしていた感情。灰色のまなざしが自分を映しているのを見て、これだったのだと涙が出そうになった。


 気づけば、アレクの体の中に飛び込んでいた。


 大きな体が私を包んだ。背中を包むように、アレクは手を回した。

 雪が降りしきる中、私たちは、抱擁を交わした。



「会いたかった」



 絞り出すように声が漏れた。心からの叫びだった。

 体が離れ、アレクは照れ隠しをするかのように、「お前さん、嘘をついたな」「俺は怒っている」と小言を言った。ぶっきらぼうな言い方さえも嬉しくて、私は「すみません」と泣き笑いの笑顔を浮かべた。


 そして小屋までの道のりを進みながら、城であったことを話した。

 話し終えると同時に、アレクはぽつりと言う。



「なんというか、えげつないな……」



 末恐ろしいものを見るような目で見られる。



「ちなみに貴族やそのバカ国王には、何の魔術をかけたんだ?」

「何もしていません」



「へ」とアレクにしては間抜けな声が聞こえる。そんな声を聞くのは初めてで、少し笑ってしまった。



「魔法陣は魔力を込めず展開しただけです。デイビットにはただのペンダントをプレゼントしました」

「じゃあペンダントを外しても……」

「特に何も起きないでしょうね」



 平然と言う。「何故そんなことを?」と問うアレクに、私は目を伏せた。



「思うのです」



 胸のあたりで拳を握り、アレクと初めて会った日の時のことを思い出す。「毒味されていないものを食べる気はありません」と彼に言い放った。三日三晩飲まず食わず、限界の状態だったにも関わらず、私はフレイユの言葉を忠実に守ろうとした。



「一番強い呪いは、魔術でも精霊魔法でもない。自身の思考だと」



 フレイユの言葉が絶対だと信じて生きてきたあの頃、彼女の言葉が間違っているなんて微塵も考えてこなかった。

 あの時の自分の思考は、鎖のようだった。縛られ、捕らわれていることに気づかず、身動きがとれなかった。


 デイビットは苦しむことになるだろう。鎖のような思考が、彼を離さない限り。

 ペンダントを調べ、何も害がないと分かっても納得できないだろう。何か自分に災いがふるはずだと、実態のない恐怖に怯え続ける。


 ──これが彼に対する、私の復讐だった。


 小屋にたどり着いた。

 雪をまとったボロ小屋を見上げ、私は安堵する。一日しか離れていないのに、ひどく懐かしかった。扉の前で、アレクは問う。



「だが、良かったのか? 一泡吹かせるくらいしても良かっただろう」

「いいんです」



 私は微笑む。心の底からの笑みだった。



「デイビットが私にしたことは許せません。けれど……」

「……」

「私も彼のようになっていたかもしれない」



 幼い頃から次期国王として、厳しい教育を受けてきた。

 ガラス玉のような瞳は、空虚を映し続けた。どんなことがあっても微笑むよう訓練された彼は、つくりものの笑みを浮かべるようになった。

「がらんどうの姫」と呼ばれた自分と全く一緒だった。違ったのは、周りの環境だけだ。


 昔と違い、横柄な態度をとり続けるデイビットを思い出す。

 彼はカリスと出会い、執着してしまったのだろう。自分にはその気持ちが痛いほど分かった。

 国を担う重圧と、そこまでの厳しい道のり。傷だらけになりながらも、微笑みを絶やしてはいけない。

 そんな毎日の中で、自身を理解してくれる人が現れる。それが何よりの救いになることを、自分は知っている。私は、目の前の灰色の瞳を見つめた。



「私が出会えたのが、アレクさんで良かった」



 彼は目を丸くし、耳の先を少しだけ赤らめた。私は彼の反応に気づかなかったフリをして、明るい声をだす。



「夕食にしましょう。お腹が空きました」



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