26.私が出会えたのが
御者は動揺したが、人形のようだった私が懇願する姿を見て、「か、かしこまりました」と頷いた。礼を述べ、馬車に乗り込む。
窓の外では雪が流れて行った。ロトゥスに近づくにつれ、勢いが増し、雪が森を覆い隠そうとしていた。
ひどく長い道のりだった。不規則な揺れに身を任せながら、私は耳に手を伸ばし、ルビーが施されたイアリングを外した。頭に手を伸ばし、黄金色に輝くティアラを外した。ネックレスも、ブレスレットも、指輪もすべて外した。もう自分には必要ないものだった。
到着した時には雪が地面に積もっており、馬車から降りれば、さくりと雪を踏む軽い音がした。
分厚い灰色の雲の下に広がる貧困街を見て、私はほっと息を吐いた。白い息がきらりと光る。改めて御者に礼を言い、すべてのアクセサリーを手渡した。換金すれば、ルーンベルト家から解雇されても、何年かは生きていけるだろう。
馬車が去る音を聞きながら、小屋の方向に体を向ける。そして歩を進めた。
靴の中に雪が入り込んだ。ドレスの布地が雪を吸い込み重くなった。容赦なく私の体温を奪っていった。
それでも歩みを止めず、小屋へと歩き続けた。
唇は青白くなり、奥歯が震えた。耳の先が痛いほど冷たく、風を切る音を捉えた。
それでも小屋へと、足を一歩ずつ踏み出していた。
「……風邪引くぞ」
ふわりと暖かいものが私を包んだ。
首筋にくすぐったい感触がし、それがマントだと気づく。
後ろを振り向けば、銀髪の男がいた。
王の間から出て、自分を突き動かしていた感情。灰色のまなざしが自分を映しているのを見て、これだったのだと涙が出そうになった。
気づけば、アレクの体の中に飛び込んでいた。
大きな体が私を包んだ。背中を包むように、アレクは手を回した。
雪が降りしきる中、私たちは、抱擁を交わした。
「会いたかった」
絞り出すように声が漏れた。心からの叫びだった。
体が離れ、アレクは照れ隠しをするかのように、「お前さん、嘘をついたな」「俺は怒っている」と小言を言った。ぶっきらぼうな言い方さえも嬉しくて、私は「すみません」と泣き笑いの笑顔を浮かべた。
そして小屋までの道のりを進みながら、城であったことを話した。
話し終えると同時に、アレクはぽつりと言う。
「なんというか、えげつないな……」
末恐ろしいものを見るような目で見られる。
「ちなみに貴族やそのバカ国王には、何の魔術をかけたんだ?」
「何もしていません」
「へ」とアレクにしては間抜けな声が聞こえる。そんな声を聞くのは初めてで、少し笑ってしまった。
「魔法陣は魔力を込めず展開しただけです。デイビットにはただのペンダントをプレゼントしました」
「じゃあペンダントを外しても……」
「特に何も起きないでしょうね」
平然と言う。「何故そんなことを?」と問うアレクに、私は目を伏せた。
「思うのです」
胸のあたりで拳を握り、アレクと初めて会った日の時のことを思い出す。「毒味されていないものを食べる気はありません」と彼に言い放った。三日三晩飲まず食わず、限界の状態だったにも関わらず、私はフレイユの言葉を忠実に守ろうとした。
「一番強い呪いは、魔術でも精霊魔法でもない。自身の思考だと」
フレイユの言葉が絶対だと信じて生きてきたあの頃、彼女の言葉が間違っているなんて微塵も考えてこなかった。
あの時の自分の思考は、鎖のようだった。縛られ、捕らわれていることに気づかず、身動きがとれなかった。
デイビットは苦しむことになるだろう。鎖のような思考が、彼を離さない限り。
ペンダントを調べ、何も害がないと分かっても納得できないだろう。何か自分に災いがふるはずだと、実態のない恐怖に怯え続ける。
──これが彼に対する、私の復讐だった。
小屋にたどり着いた。
雪をまとったボロ小屋を見上げ、私は安堵する。一日しか離れていないのに、ひどく懐かしかった。扉の前で、アレクは問う。
「だが、良かったのか? 一泡吹かせるくらいしても良かっただろう」
「いいんです」
私は微笑む。心の底からの笑みだった。
「デイビットが私にしたことは許せません。けれど……」
「……」
「私も彼のようになっていたかもしれない」
幼い頃から次期国王として、厳しい教育を受けてきた。
ガラス玉のような瞳は、空虚を映し続けた。どんなことがあっても微笑むよう訓練された彼は、つくりものの笑みを浮かべるようになった。
「がらんどうの姫」と呼ばれた自分と全く一緒だった。違ったのは、周りの環境だけだ。
昔と違い、横柄な態度をとり続けるデイビットを思い出す。
彼はカリスと出会い、執着してしまったのだろう。自分にはその気持ちが痛いほど分かった。
国を担う重圧と、そこまでの厳しい道のり。傷だらけになりながらも、微笑みを絶やしてはいけない。
そんな毎日の中で、自身を理解してくれる人が現れる。それが何よりの救いになることを、自分は知っている。私は、目の前の灰色の瞳を見つめた。
「私が出会えたのが、アレクさんで良かった」
彼は目を丸くし、耳の先を少しだけ赤らめた。私は彼の反応に気づかなかったフリをして、明るい声をだす。
「夕食にしましょう。お腹が空きました」




