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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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24/27

24.デイビットとの対面

 


 馬車の窓から流れる景色を見る。

 魔の森を抜けて、もう少しで王都へ着く頃だった。


 昨夜の出来事が脳裏に浮かんだ。大きな手が私の頬に触れた瞬間、泣きそうなくらいの歓喜が全身に巡った。


「行くな」と彼に囁かれたとき、決意が大きく揺らいだ。彼の体に縋り、「怖い」と叫び、助けを求めたかった。だけど私は唇を噛みしめ、言葉を閉じこめた。代わりに、彼への想いを口づけで伝え、嘘をついた。


 ──昔から嘘は得意だった。


 どんなときも感情を殺して、微笑むように訓練された日々。表情さえ操ることができれば、嘘をつくのは簡単だった。

 城では息を吐くように嘘をついていた。相手が望む言葉を吐き、辛辣な言葉を投げられても微笑み、「がらんどうの姫」と呼ばれるまでに感情を殺してきた。


 馬車は王都の門をくぐり抜け、城へと向かっていく。外はすでに真っ暗だった。


 街灯が整備された美しい街並みの中で、住民は朗らかに笑いあっている。月しか光源がないロトゥスとは全く異なっていた。

 森近くにいる魔物の脅威も、犯罪に巻き込まれる恐怖も、ほとんど感じることがない平和な街が、そこにはあった。



「お待ちしておりました」



 城に到着し、仰々しいくらいの人数のメイドが私を出迎えてくれた。そのまま風呂へと通される。廊下を歩いている時、不躾な目線をいくつも感じた。まるで犯罪者を見つめるような目線だった。


 5人のメイドとともに、豪華な風呂に通される。

 擦り切れた服を脱がされ、そのまま床へと捨てられた。思わず眉をひそめたが、何も言わずにいた。メイドたちは無言で自分の体を洗い、爪の先まで磨いてきた。まるで自分の体がまるごと作り替えられてしまったかのようだ。


 そのまま城に宿泊し、次の日になった。

 朝になり、別室に通され、ドレッサーの椅子に座らされた。メイドたちが自分の周りで慌ただしく動いていく。自分は指示されるがまま動くだけである。


 鏡にがらんどうの瞳が映る。

 半日ほど城で過ごしたが、以前の暮らしと何も変わっていなかった。温かい湯が張られた豪華な風呂も、小屋の10倍以上ある広い部屋も、冷めきった料理が並ぶテーブルも、昔のままだった。心が何か無機質なものに変わってしまいそうになった時、小屋やロトゥスでの生活が浮かんだ。


 太陽がじりじりと照りつける中、冷水を頭からかぶる。

 焦がれた体に、水の冷たさが染み渡った。


 薄いシーツにくるまり、アレクの作業する音に耳を澄ます。

 現実と夢の狭間をうとうとする心地よさに身を委ねた。


 朝露に濡れた、みずみずしい野菜たちをカゴに乗せていく。

 自然の恵みに感謝しながら食べたスープの熱さに、目を細めた。


 熱い何かが全身を回っていくようだった。赤い瞳に光が戻っていく。


 支度が終わり、メイドたちは頭を下げて部屋から退出した。

 豪勢なドレスと、多くの宝石を身に纏った鏡に映る己を撫でる。深紅の生地に、白い華やかな刺繍が施されていた。


 部屋に騎士がやってきて、案内されたのは「王の間」だった。

 天井まである巨大な扉が開き、おびただしい数の視線がこちらを向いた。


「王の間」は戴冠式や騎士隊長の授与など、国にとって重要な事柄の場合に使われる。

 何百人も入れるようなホールに、入り口から王座まで赤い絨毯が伸びる。左右には王国で崇められる神々の話をモチーフにしたステンドグラスが輝いていた。


 視線の先を見れば王国の上位貴族や、王族が勢ぞろいしている。嫉妬、嘲笑、侮蔑……視線のどれもが氷のように冷たい。昔から向けられていた視線だった。体に突き刺さる視線に小さな傷をいくつもつけながら、私は微笑んでいた。

 だが今は、


(不思議ね)


 驚くほど何も感じなかった。

 夏の空の下、歩けば汗をかくように。

 冬の空の下、呼吸をすれば肺が冷たくなるように。

 事実がそこに転がっているだけだった。多くの目がこちらを見ている。ただ、それだけだった。


 ヒールを鳴らしながら、真紅の絨毯の上を歩いて行く。

 観衆は息を潜めるように立っているため、コツコツと靴音だけがやけに響いた。そして数段先に座っているデイビットとカリスを見上げた。



「王国の輝く星である国王、並びに王妃にご挨拶申し上げます」



 スカートの裾を小さく持ち上げ、礼をする。再度見上げれば、彼は目だけで笑った。



「リディア・ルーンベルトよ。無事でよかった」



 デイビットの口調に、まばたきを1つ。

 玉座に座る彼は、紛れもない元夫の姿だった。しかし雰囲気や口調が、知っている彼とかけ離れていた。

 私が知っているデイビットは、もっと柔らかい印象だったはずだ。心の内で自分への強い殺意を抱いていても、目がガラス玉のようで空虚でも、柔和な印象は決して崩すことがなかった。


 しかし目前の彼は、明らかに自分を見下していた。殺したと思っていた女が生きていたこと。その事実が気に食わず、そんな態度をとっているのだろうか。それでも、1年で抱く印象がここまで変わるのだろうか。

 まるでデイビットの魂だけ別人になっているようだ。


 思考の海に沈んでいると、先ほどの尊大な口調を崩すことなく、彼は告げた。



「君に、報告がある」

「?」

「コスフォルト国との戦争を開始する」



 デイビットの言葉に愕然とし、一瞬だけ周囲の音が消えた。



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