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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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17.誰かのために

 

 天井から吊るされたランタンが揺れる。

 テーブル上には魔法陣と、表面にツヤのある石が並べられていた。ゆっくりと、丁寧に魔力を流し込んでいく。

「これくらいだろうか」と一瞬だけ集中力が切れそうになった瞬間、乾いた音がして、石は粉々に砕け散った。落胆の気持ちが広がり、次の石を手に取ろうとしたところ、手首を掴まれた。


 見上げれば、マグカップを持ったタンダがいた。



「少し休憩したら? もう5時間は経ってるよ」

「え」



 声が漏れたと同時に、どっと疲れが襲ってきた。

 魔力切れの感覚はないが、手元に集中しすぎて、目が疲労を訴え、軽く頭痛もした。

 湯気がたつマグカップがテーブルに置かれる。会釈してマグカップに口付ければ、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。


 ちらりとタンダを盗み見る。同じデザインのマグカップを持った彼は、「よいしょ」と近くの椅子に座った。


 ルビーのペンダントをタンダに見せたあと、顔を合わせづらくなり、魔道具店から足が遠のいていた。しかしある日、「最近はタンダの店へ行っているのか」とアレクから問われ、首を横に振ったところ、何故行っていないのかと責めるように睨まれた。

 そんなやり取りを三回ほどした頃、おずおずとタンダの店へと向かった。気まずいと感じていた自分が考えすぎだったと拍子抜けするくらい、彼は普通に出迎えてくれた。それからというもの、月に数回、店を訪れては魔道具を作っていた。



「すみません、長居してしまって」

「ん? まぁ自分も客の対応してたし」

「え」



 本日2度目の間抜けな声が出てしまう。

 いつの間に接客していたのだろう。全く気づかなかった。



「リディアちゃん、すごい魔力量と集中力だね。魔力コントロールはイマイチだけど」



 ぐうの音も出ず、黙ることしかできない。

 魔道具に魔力を注ぎ込むことが、こんなに難しいとは知らなかった。

 私にとって魔術とは、敵を殲滅するための手段だった。敵が居る場所や急所を狙うためのコントロールはしてきたが、魔力の大きさを調整することは求められてなかった。


 しかし魔道具は違う。針の穴に糸を通すような繊細さが求められる。微量の魔力を流し込み続ける経験がほとんどなかったため、どうしても上手くいかない。最後には魔力の受け皿になる石の方が受け止めきれずに壊れてしまった。



「それに、あまり楽しくなさそう」

「楽しく、なさそう?」

「うん、なんか作業でやってる感じ」



 指摘されて気づく。

 確かに私はタンダの指示で、淡々と魔力を注ぎ続けていただけだった。彼はテーブル上にあった、練習用の石を触りながら言う。



「せっかく魔道具を作るんだ。何か作りたいものを決めなよ」

「作りたいもの……」



 そう言われると困ってしまう。

 魔道具を作れるようになれば、魔道具への恐怖心を克服できるヒントを得られるのではないか。そんな曖昧な理由で作っていただけだったため、作りたいものと聞かれても答えがすぐに見つからない。



「誰かを助けたい、これがあったら便利だなー、とかさ。そんな理由で作った方が、きっと楽しいよ」



「誰かを助けたい」という言葉で思いついたのは、ベロニカの姿だった。

 魔術の訓練を行っている広場で休憩していた時のことだ。肩を揉むような仕草をして、「お腹が重くて、肩と腰が痛いんですよ」と苦笑しながら呟いていた。



「その、肩こりとか治せたりするのでしょうか」

「もちろん。肩こりは血液が滞ってることが原因だからね。流れを促進させるようにすればいい」



 聞くと、魔力を促進させる魔術で作るそうだ。

 魔力は血液と同じように全身に回っているため、流用ができるらしい。

 タンダの説明に頷いて、浮かび上がらせた魔法陣に石を置いた。先ほどと同じように少しずつ魔力を流し込んでいく。


 今まで魔道具を作るときは「壊れるな壊れるな」と念じるだけだった。

 しかし今回は違った。

 喜ぶベロニカの姿があった。ペンダントを掲げて、目をきらきらとさせながら「リディアさんってやっぱり天才!」とはしゃいだ姿が見えた。ふっと体の力が抜けた気がした。

 そしてピシッとヒビ割れる音を耳が拾い、慌てて魔力注入を中止する。



「危なかったけど、ギリギリセーフ、かな?」



 タンダは魔法陣の中心にあった琥珀色の石を拾い上げる。指先で光る石には、小さな割れ目が一本できていた。



「見た目はちょっと悪いけど、効果には問題ないと思うよ」



「ちょっと待ってて」と言い、カウンター裏へと行く。そして5分も経たないうちに戻ってきた。私が魔力を注ぎ込んだ石に、皮の紐が通されている。



「はい、魔道具第一号だね」

「ありがとうございます」



 受け取り、眺める。石はランタンに照らされ、一瞬だけ鈍く光った。

 なんの変哲もない石。真ん中に小さなひずみも入っている。店に置いてあっても見向きもされないだろう。

 指先からぼんやりと魔力を感じると、これを自分が作ったのだと実感が湧いてきた。私は宝物をしまう子供のように、大事に大事に握りしめた。



「楽しかった?」

「え?」

「今の魔道具作りは」



 そう言われ、先ほどまで浮かんでいたベロニカの姿を思い出す。

 彼女がはしゃぎ、喜んでくれる姿。胸が踊るような心地がする。


 贈り物を渡す経験は、何度もしてきたはずだった。

 王太子妃という立場は、プレゼントがひっきりなしに届いた。豪勢なドレスや、華やかな花束。私の誕生日には部屋に箱が積み重なっていた。

 プレゼントが届いた際には、指示されるがままに何かしらを送っていた。顔も覚えていない人たちの記念すべき日に、高価な贈り物をしたこともある。どれも形式上のものだった。プレゼントをする際に、相手の顔など一瞬たりとも想像したことはなかった。


 だが今回は違う。


 相手が何を喜んでくれるか考えて、自分で作ったもの。



「はい、楽しかった、です」

「それはよかった」



 微笑みを浮かべるタンダ。

 すると目線を店の扉の方へ向ける。私も倣って目線を動かすと、アレクがそこに立っていた。


「ほら、お迎えが来たよ」


 前の約束通り、行き先は事前にアレクに伝えていた。昼頃にこの店へ来たので、外はすっかり暗くなってしまっているだろう。そんな時間に迎えに来てもらったことにバツの悪さを感じるのと同時に、どこか心が浮き足立ってしまうのは何故だろうか。

 タンダに軽く会釈をし、アレクの元へ行けば、「何を作ったんだ?」と問われた。


 握りしめていた両手を広げる。

 一本の傷が走る、琥珀色の石があった。きれいとは言えない出来に、声が小さくなる。



「その、ベロニカさんに、差し上げようと」

「……そうか」



 それだけ言って、くるりと踵を返す。

「気をつけてー」と言うタンダに、再び頭を下げ、アレクの背中を追いかける。

 案の定、辺りは真っ暗だった。角を何度か曲がり、ロトゥスの街を出る。何も語らない大きな背中を見て、手を伸ばしたくなってしまう。自分の衝動に驚いて、右手で左の手首を掴んだ。火が出そうなほど顔が熱くなる。

 私の雰囲気が変わったのを察知したのか、アレクは振り向いた。私がしようとしていた行為を知られたくなくて、うわずった声で名前を呼んだ。



「あの、アレクさん」

「何だ」

「その、困っていることとか、ありませんか」



 一瞬だけ立ち止まったが、すぐに歩き出してしまう。



「……特にない」

「そうですか……」



 答えを期待して高揚した気持ちが、一気に下がってしまう。

 そして首をひねる。最近、アレクの言動の一つ一つに気持ちが揺さぶられる。自分はこんなに忙しない人間だっただろうか。


 そのまま無言で歩き続ける。

 昼間は快晴だったため、今夜はよく星が見える。沈んだ気持ちを誤魔化すように、強く輝く星を数えながら歩いた。

 27個目の星を数えたところで、アレクの足がピタリと止まった。



「最近、魔物がよく出る」

「はい」

「何か、役に立つものがあれば、助かる」



 ぶっきらぼうに言って、また歩き出した。

 分かりづらいが、私の問いかけに答えてくれたのだろう。


 ──ほら、まただ。


 あんなに沈んでいた気持ちが、簡単に消えてしまった。

 緩んでしまう頰を抑えながら、彼の背中を見る。

 どんな色の石がいいだろうか。ピアスがいいだろうか、服のボタンにつけるのも一つだ。

 デザインや機能性を巡らせながら歩いていく。じわじわと湧き出る暖かい感情を抱きしめて、森を歩いて行った。



 後日、ペンダントをベロニカに渡したところ、ものすごく喜んでくれた。

「リディアさんって、ほんと天才!」と想像通りのコメントを受け、思わず笑いがこぼれた。

 そしてペンダントをかけた時、一つ気づいてしまった。

 ベロニカは自身の魔力を抑えるために、アレクが作ったペンダントを身につけていた。すっかり頭から抜けており、「すみません」と小声で謝る。



「別のアクセサリーにすればよかった……」

「ううん、そんなに重くないし平気ですよ!」



 ニッコリと答えるベロニカ。

 ほっと安心し、彼女の胸元を見る。アレクが作った木の飾りの上に、自分が魔力を込めた石が重なる。何だか胸がくすぐったくなり、目線を逸らしてしまった。





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