15.ペンダントの効果
「リディアちゃん」
急に来訪したことに驚いたのだろう、タンダは目を見開いた。
私が決意したのは、ペンダントを魔道具師店を営むタンダのところへ持っていくことだった。
アレクと初めて来てから、2度目の訪問になる。小さく会釈をし、促されるがままにテーブル近くの椅子に座る。
「本当に来るとは思わなかった」
「お邪魔でしょうか」
「ううん、ひと段落したところだから」
何か作業をしていたのだろう。テーブル上には作りかけの魔道具と、カービングナイフが置いてあった。木の屑がテーブルの上にも、床にも散らばっている。
向かいに座ったタンダは思い切り伸びをした後、私と向き合った。
「何か聞きたいことが?」
「これを、見て欲しくて」
「これは?」
「その、貰い物で」
自分の命を脅かした魔道具を、貰い物と言うには抵抗があった。だが、正直に話すこともできなかったため、言葉を濁した。
テーブルにペンダントを置く。タンダは片眉を上げて、ペンダントを手に取った。
大きなルビーと、周りに飾られたダイアモンド。ペンダントを様々な角度から眺めたあと、テーブルに置いてあったルーペを手に取り、覗き込んだ。
張り詰めた空気が店に満ちる。
どのくらい時間が経ったのだろう。彼がルーペをテーブルに置いた音で、私は大きく息を吐いた。そこで初めて自分が息を止めていたことに気づいた。
タンダはペンダントから私に視線を移した。その表情に緊張が走る。彼の顔は、あまりにも険しい。
「リディアちゃん、君は一体誰に狙われていたんだい?」
ひゅっと息を呑んだ。
タンダには何も語っていない。自身の過去も、そして襲われたあの日のことも。
ただペンダントを見せただけだ。私の顔を見て、タンダはペンダントに再び視線を落とす。
「魔力を抑制するペンダントだね。効果自体はよくあるものだ。
だが、効果の発動条件が設定してあるんだ」
「発動条件……」
「魔力を使用した時に、魔力を抑制するようになっている。こんな矛盾だらけの魔道具を作るなんて、真っ当な理由じゃない」
「……」
「宝石もホンモノっぽいし、魔道具って気づかれないよう極めて薄く魔力感知制御の膜が張ってある。これを君に送った相手は、金も手間も惜しまなかったってことだよ」
私の体の中で激しい後悔が渦巻いた。
過去の恐怖と向き合うために、このペンダントを差し出した。何かしらのヒントになるかもしれない、ささやかな希望を託した。しかし待っていたのは、デイビットが自分を何としてでも殺そうとした事実だった。
黙ってしまった私に、タンダは厳しい口調で続ける。
「誰かの反感を買った覚えはあるの?」
「そんな──」
厳しい口調を否定しようと口を開き、違和感がよぎった。
(なぜ私は、デイビットに殺されそうになったのだろう)
幼い頃から共に過ごしてきたが、彼と私的な会話をほとんどしたことがない。必要な場合でしか顔を合わせなかったし、会話も執務に関することだけだった。
議会でも何かが決まれば受け入れ、己の意見は聞かれた時にしか答えなかった。「王家に忠誠を誓いなさい」というフレイユの教え通り、当たり障りない意見を並べるだけだった。
記憶を辿っても、個人的な恨みを抱かれる理由が見当たらない。
否、恨みを抱かれるほど、深い仲ではなかったと言うのが正しいだろう。
さらにペンダントや黒いローブの刺客たちの存在も妙だ。
城で専用の魔道具師はいるが、そこに作らせたとなると足が付く。王太子妃を殺そうとしたと露呈すれば、王家の地位が危うくなるリスクもある。おそらく王家の息がかかっていない魔道具師に頼んだはずだ。
刺客の存在も同様だ。
秘められた存在である王家の影の者に、自分の暗殺を依頼するにはリスクが高すぎる。ルーンベルト家は王国でも絶大な力を持っていた。王家がルーンベルト家を排除したとなれば、内乱にさえ発展する恐れがある。つまりデイビット個人の作戦である可能性が高い。
自分とよく似た、ガラス玉のような瞳を思い出す。
あの彼が、王家と息がかかっていない魔道具師と刺客を用意できるのだろうか。
ふと、彼から伸びる何本もの赤い糸が見えた気がして、ぞっと背中に震えが走る。
彼を裏から操る者がいたら──
「大丈夫? 顔、真っ青だけど」
「す、すみません」
言葉こそ心配しているが、鋭い目つきは変わっていない。
その目線は私はよく知っていた。「敵意」だ。
先ほどまで浮かんでいた悪い想像が受け止めきれていない私は、ぼんやりと見つめた。
「明らかに平民じゃない見目や言動、魔力持ち……最初からワケありだとは思っていた。アイツは『乗りかかった船だ』と言うから、何も言わなかったけど」
「……」
「でも、思ったより根深そうだ」
テーブル上の魔道具に視線を移す。
「アイツは、どうして君を」と苦しそうに漏らし、手のひらで額を押さえた。
私は申し訳なさを感じ、うつむく。押し潰されそうな沈黙が店に満ちた。
沈黙に耐えきれず、私はぽつりと切り出す。
「アレクさんは、」
「……」
「昔の仲間と約束をした、と」
「あぁ……」
感嘆が漏れた。
何かを懐かしむような、切ない息の吐き方だった。
そしてテーブルの上にあった魔道具を何度か撫でて、私の方を見た。
紺色の瞳は先ほどまでの敵意はなくなっていたが、哀しい色を帯びていた。
「アイツは、過去と向き合うことにしたんだね」
優しい声だった。
タンダとアレクの間に流れる時間に、一縷の寂しさを覚える。彼らと自分の間には、時間という透明で大きな壁がある。
彼は立ち上がり、ルビーのペンダントを差し出した。
「酷いこと言ってごめんね。心配だったんだ、アイツのことが」
「いえ──」
首を横に振る。自分もアレクを巻き込んだことを自覚していた。
ルビーのペンダントを受け取れば、部屋のライトに照らされ、一度だけきらりと光った。




