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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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14.リディアの決意

 ベロニカの授業を開始して、ひと月ほど経った。

 今は魔力を練り、体内に巡らせる訓練を行なっていた。


 立ち止まって魔力を循環させることはすぐにできた。日常使いならそれで十分だが、ベロニカの目的は戦闘用だ。常に動き続ける魔物や盗賊に対して、こちらが立ち止まることはできない。そのため今は、動いていても常に魔力を巡らせる訓練を行なっていた。


 ロトゥスでたくましく生きているからか、運動神経はかなりものだった。足は速く、反射神経もいい、体力もある。練習を重ねることで、体内の魔力が途切れぬことが増えた。だが──膨らみはじめたベロニカのお腹をそっと見つめる。


 何か言いたげな私に何かを察したのか、彼女はポケットからベリーを取り出した。

 上を見上げると赤い小さな果実が実をつけていた。背伸びをして採ったのだろう。彼女はにこりと笑って提案した。



「少し休憩しませんか?」



 木のふもとに2人で座り、ベリーをかじる。甘酸っぱい果実が口の中で弾けた。



「さっき何か言おうとしましたか?」

「その……妊娠されているので。激しい動きなどを見ているのが不安で」

「練習がはじまる前にも言ったけど、全然大丈夫ですよ!」



 自慢げに拳を胸にあてるベロニカ。


 動きながらの魔力生成。妊婦の彼女には負担だと思い、当初は行う予定がなかった。

 しかし「前の妊娠も、ギリギリまで働いていたので平気です!」と押し切られてしまった。


 それでも「激しい動きは危険だ」と伝え、反対した。しかしベロニカは首を縦に振ることはなかった。

 最終的には「自分の身は自分で守らなければ、死ぬだけです」と真っ直ぐな瞳で言われ、私が折れることになった。そして改めて感じたのだ。妊婦だから、子供だから、足が動かないから、そんな理由で生かしてもらえる場所ではないことを。


 城での生活は、常に護衛に守られ、安全が確保されていた。病気になれば医者に診てもらえた。しかしロトゥスは違う。金目のものがあれば搾取されていく。弱い者からどんどん死んでいく。

 沈黙がおり、風が通る音だけが森に響いた。



「リディアさん」



 不意に名前を呼ばれ、顔を上げると、茶色の優しげな瞳があった。午後の風がそよぐ中で、木々はゆっくりと揺れていた。



「リディアさん、貴族でしょう? しかもすっごい偉い人」



「なぜ」と言葉は出なかった。目の前の瞳は、確信を含んだ光をたたえている。



「だって魔力持ちだし、言葉や仕草に貴族オーラを感じるし」

「貴族オーラ」

「私も貴族だったから、わかりますよ」



 ベロニカの言葉に目を見張る。

 ふふふ、と彼女は秘密めいた笑みを浮かべ、「昔ね、」と空を見上げながらベロニカは語りはじめた。まるで一冊の絵本を読み聞かせるような口調だった。



「私は王都近くの街に住む、貴族の娘でした」



 いつもの朗らかな口調の中に、一片の哀愁を感じるような声。



「だけど私の父が、数年に渡って税の報告を不正したことが発覚したのです。それに怒った民たちによって、私の家は燃え、父は死に、母と一緒にこの街に辿りつきました……私が物心つく前なので、あまり記憶にはないんですけど」



 宰相が書類を眺めながらため息をついていた姿を思い出す。サンゼレシア王国ではたびたび貴族の税収の捏造や不正が起きていた。

 王国に無断で領地に重税を課したり、税収を低く報告したりする。もちろん王国側も監視しているが、何十とある領地をすべて正確に把握することは難しい。うまく騙し、何年も誤魔化した例もある。


 不正が露呈した場合は、領地を治めていた貴族に重い罰を科す。

 不足分の税の徴収はもちろん、貴族籍の剥奪や、悪質であれば収監されることもある。

 ただ一番の被害者は、領地の民だ。

 重い税収に喘ぎ、命を絶つものも少なくない。不正を犯していた貴族に恨みがいくのも当然だろう。


 幼いベロニカと、何も知らない母親に罪はないが、周囲は納得しないだろう。おそらく周辺の街では暮らすことはできず、親戚の援助も期待できなかった。

 そして流れた先が、この街──ロトゥスだった。



「貧しい生活の中、母は病死しました。

 魔力持ちだから王都で働いた方がいい暮らしができるとは思うんです。けれど、」



 そこで言葉を切り、「……私は、怖い……」と独り言のように呟いた。震えを抑えるように、腕をさする。



「私が死ぬだけならまだいいんです……でも、子どもたちを殺されたら……」



 聞いているだけで苦しくなるような声だった。私は何も言えなくなってしまい、空を見上げた。鳥が一羽、気持ち良さそうに飛んでいる。その鳥が見えなくなる頃、彼女は立ち上がった。エプロンについていた細かい木の屑を払う。



「暗い話をしてごめんなさい。練習、再開しましょうか!」



 切り替えるように明るい声で言った。

 燃える屋敷から命からがら逃げ出す小さな少女と、いつも快闊に笑っているベロニカが、脳裏に浮かんでいた。広場の方へ歩き出した小さな背中に問う。



「なぜ、笑っていられるのですか」



 聞かずにはいられなかった。

 父親の不正によって、民たちに襲われ、貧困街での生活に様変わりする。

 魔物の襲撃や病気など、死と隣り合わせの日々。食べものにありつけない日だってあっただろう。

 しかし家族と食事をする時、店番をしている時、訓練に必死に臨んでいる時、彼女はいつも笑顔だった。理不尽な過去に苦しむ様子など微塵も感じさせなかった。


(私は、この過去が消えて欲しいと、願っているのに)


 心臓あたりを握りしめる。頭に浮かんでいたのは、ルビーのペンダントだった。長年、傍にいたデイビットに殺されそうになった事実は、いまだに自分の心を容赦なく痛めつける。

 私の問いに、ベロニカは一度だけ大きく瞬きをした。そして言う。



「辛いこともありましたけど、生きていたら……幸せなこともありましたから」



 言葉を続ける。



「私は幸せです。トニーがいて、子供達もいて、自分で自分の生き方を決めることができる」



 大きく風が吹いた。赤茶色の三つ編みが揺れ、彼女はこちらを見据えて微笑んだ。


 貴族の家で生まれ、屋敷に火をつけられ、恨まれながら追われ、この最貧街に流れる。想像を絶する過去だっただろう。

 それでも彼女は笑っていた。「自分が決めた生き方だから」と。それは私から見て、とてもまぶしい生き方だった。



 *



 朝、私はいつもの時間に置き、髪を一本に縛った。顔を洗い、タオルで拭く。

 そして扉近くにあるチェストの前にしゃがみ、一番下の段をゆっくりと開く。


 中には、ルビーのペンダントが置かれていた。


 アレクからペンダントを受け取ったあと、暗い過去から目を背けるように、チェストの一番下にしまいこみ、開けることは一度もなかった。どこかに埋めてしまおうと何度も考えたが、手に取ることさえできずにいた。

 ルビーのペンダントを手に取る。ずしりとした重さが手に伝わった。先日交わしたベロニカとの会話を思い出す。


「自分で自分の生き方を決めることができる」


 一度目を閉じ、また開く。私は一つ決意をした。




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