13.デイビットの秘書
デイビット視点です。
リディアが死亡し、数ヶ月が経った。
死体は見つからなかったが、彼女の攻撃魔術を受けた者はおらず、護衛はほぼ全滅したと聞いている。おそらく魔物に食われてしまったのだろうという結論だった。
表向きは、不慮の事故として処理された。
ルーンベルト家の派閥から疑問視する声や、再調査の依頼があがったが、すべて無視した。
王国最強の魔術師がいなくなり、派閥自体がどんどん縮小し、今では肩身が狭そうだ。
一方で、サラティア家の派閥は飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大していった。昔から火の精霊魔法を得意とし、好戦的な派閥。頼もしい限りだ。
父は体調が急変し、病に臥せっていた。
執務に従事できない父と代わるように、自分は王子から国王となり、カリスが新しい王妃となった。
愛しい人が隣にいる。それがこんなに幸せなことなんて知らなかった。
出会った頃より、カリスはますます美しくなった。珍しい宝石を身につけ、彼女を世話する使用人の数は増え、華やかなドレスを日替わりで着た。「王族は美しくなければ」と彼女は言う。自分は頷いて肯定する。
そうだ、国の顔となる王族だ。みすぼらしい姿ではいけない。着飾るために、民たちの税を使うのは至極当然のことだ。
カリスの人気は上々だ。
人前に全く現れなかったリディアとは大違いだ。
民たちと同じ目線で語るために、華やかなドレスをしまい込み、平民のような身なりで街に出る。
そして貧しいものたちへの炊き出しや、孤児たちが集まる教会へと足を運んだりする。炊き出しは城での食事の余り物を使っているため、ほとんど金はかからない。教会には、古くなったドレスやアクセサリーを恵んでいる。素晴らしい王妃である。
そして何より、リディアとの大きな違いは精霊魔法が使える点だ。
城の庭にいる精霊たちと触れ合っている姿は、まるで女神かと思った。
「姿は見えないんですけどね」と恥じらうように言っていたが、全く精霊魔法を使えなかったリディアとは大違いだ。
カリスの姿を思い出し、満足してペンを走らせる。
すると白髪混じりの髪を一つにまとめた女性──フレイユ・ボワメールは言った。
「少しは休まれては?」
「いや、平気だ」
片手で制す。
リディアの教育係であったフレイユは今、デイビットの秘書を務めていた。
目だけ動かし、彼女の顔を見る。「そうですか」と言い、手帳に何やら書き込んでいた。
彼女の死が報告され、数週間経った頃だった。フレイユは突然、デイビットの執務室へやってきた。
「私を、秘書にしてもらえませんか」
予想外の要望に、「なぜ」と問う声がかすれた。
フレイユは「当たり前でしょう」と口角を上げた。
「私はね、甘い汁を吸っていたいんですよ。
そのためには大きな権力に巻かれるのが一番ですから」
歯に衣着せぬ物言いに絶句してしまう。
リディアの教育係を10年ほど勤めていたはずだった。話したことも何度かある。鋭利な目と、隙のない身のこなし、人情味を排除した口調。
「ルーンベルト家は、辞めるのか?」
「えぇ。リディア様がいなくなった今、ルーンベルト家からデイビット様に鞍替えするのが良いと判断しました」
「主君を簡単に変える者など、信用できない」
「いいえ、貴方は私を雇うしかありません」
断定的な意見に、デイビットの唇がひくりと震えた。
王族である自分に、たかが教育係が意見しようとしている。殺意を込めて睨めば、フレイユはゆっくりと唇を開いた。
「リディア様を殺したのは、デイビット様。あなたですね」
予想外の言葉に、一瞬だけ目が泳いだ。フレイユはそれを見逃さなかった。
リディアの死による、城でのざわめきは収まっていなかった。
彼女の死を疑問視する声、王国最強の魔術師の損失に嘆く者、力をつけるサラティア家にすり寄るもの、様々な思惑や予測が渦巻いていた。中には「デイビット様による殺害では」そんな声があったのも事実だった。ただそれは本人の予測、または希望の範疇を超えてはいなかった。こんな風に断定し、本人に直談判する者など1人もいなかった。
「私が許可したものかデイビット様にいただいたもの以外、身につけないようリディア様には教育していました。貴族からの貢ぎ物を身につけては、良からぬ噂にしかなりませんから。そしてリディア様が死んだあの日、見慣れぬペンダントをしていました」
「……自分で購入したのでは」
「リディア様が? ご自身で?」
フレイユの口元に歪んだ笑みが広がる。
「そんなこと、絶対ありえません」
背筋に大きな震えが走った。
リディアのがらんどうの瞳を思い出す。空虚を映し出すような、ルビーの瞳。
王国からの命令にすべて頷き、微笑む操り人形。
人形に意志を持たせることは、絶対にあってはならない。
確固たる信念を持って人形を造り出した本人は、穏やかな笑みを浮かべ続けている。
「ペンダントの特徴が分かれば、作ったであろう魔道具師を探せばいいだけです。その魔道具師がいる場所も、おおよそ見当がつきましたしね」
サラティア家が治めるユーグリスのことだろうと簡単に予測がついた。
デイビットがリディアを殺害したのではないかと囁かれる理由は、カリスが王妃になるまでの時間が極端に短かったからだ。しかし、上位貴族であるサラティア家の娘が王妃になること自体は不自然ではない。
ユーグリスの魔道具師にも口止め料として多額の金を積んだので、漏れることもないはずだ。
しかし──目の前のフレイユを見る。
ルーンベルト家の教育係にまでなった女だ。
どこの貴族と繋がっているか、まるで未知数だった。
リディアを殺害したことが露呈すれば──額には嫌な汗が噴き出し、喉の奥が痛いほど乾いた。
身に覚えがないと彼女を突っぱねるか。
事実を認めて彼女の要求を飲むべきか。
葛藤を続けるデイビットに、フレイユは手のひらを差し出した。
「私を秘書にしてくださるなら、ルーンベルト家の情報を提供しましょう。今一番欲しいものでしょう?」
事実だった。
リディアがいなくなってルーンベルト家の派閥は揺れていた。しかし長い歴史を持つルーンベルト家を崩すのは至難の業だった。カリスが王妃になることに最後まで反対し続けていたのも、ルーンベルト家の派閥の者たちだった。懲りもなく反対し続ける奴らを、苦々しく睨みつけた過去が蘇る。
ルーンベルト家の情報を使って派閥をつぶせば、カリスと自分を邪魔する者は排除できる──
「勤務内容や時間は、後日に」
デイビットの言葉に、フレイユは満足そうに目を細めた。
*
執務室のテーブルには大量の紙が置かれていた。各領地の報告書、反乱軍への対策、新しい武器や魔術の開発議論まで、多岐に渡る。リディアがいなくなってからは仕事量は数倍に増え、カリスと結婚してからまた増えた。
食事の時間を削り、睡眠を削り、唯一の趣味であったチェスもやめた。
体は毎日重く、だるい。しかしカリスに会えれば、疲れなどすべて吹っ飛んでしまった。
「デイビット様」
どっぷりと夜が深まった頃、執務室にカリスがやってきた。心臓が高鳴り、全身の細胞が歓喜し、みずみずしく弾けた。
自分のところへ駆け寄る途中、テーブル上の書類をじっと見つめた。どうしたのだろうと首を傾げると、彼女はデイビットの傍でしゃがみ、膝に頭をのせた。子供らしい仕草がかわいらしいと、絹のような銀髪を撫でた。
幸福に胸をぬくませて、しばらく髪の感触を楽しむ。
「何かお困りのことはありませんか?」
「いや、特にないよ」
机には大量の書類が乗っていた。困りごとがないと言えば嘘になる。
しかしカリスには負担をかけたくなかった。
「デイビット様は優しいですね……でも、さっき、『反乱軍』という単語が見えちゃいました」
髪を撫でる手が止まった。
王国の在り方に反する者たち。奴らはどの時代、どの王の時にも現れた。
最近は動きが活発になっていると聞く。言い分は新しい王妃であるカリスへの不満だ。
どうやら彼女が王妃になってから、税が重くなったことに由来しているらしい。
「君は気にしなくていいんだ」
「でも、私、不安です」
カリスは顔を上げる。
エメラルドの瞳に、涙の膜が張られていた。
心臓が掴まれたように痛くなる。彼女が泣いていると、自分もひどく悲しくなる。
「……反乱軍の排除に奮闘しよう。アイツらが集まっている場所はおおよそ目星がついている。何も心配することはないよ」
慰めるように言ったが、カリスの顔は晴れない。
どうすれば良いのだろうと思いあぐねていると、部屋にわずかな沈黙が降りた。
「デイビット様、戦を起こしましょう」
突然飛び出た単語が理解できず、「戦?」と聞き返すことしかできなかった。
「えぇ」とカリスは微笑み、説明し始める。
「えぇ、戦を起こせば王族への不満は、他国へと向きます」
「ただ、サンゼレシア王国はそこまで大きな国ではない。リスクも大きい」
「コスフォルト国があるじゃないですか」
コスフォルト国は、魔の森を抜けた先にある隣国だ。
サンゼレシア王国よりも小国で、複数の国と隣接している。確かに国力では負けないだろうが、一つ問題があった。
「コスフォルト国とは不可侵の同盟を組んでいるから無理だ。代わりに鉄鉱石を安く輸入できているんだ」
「つまり攻める理由を作ればいいと」
「攻める理由……?」
カリスは立ち上がり、テーブルに置いてあった世界地図の一部を人差し指で軽く叩いた。
サンゼレシア王国の南側を、トントンと何度か叩く。
「この街が燃えれば、立派な大義名分になりませんか?」
「ロトゥス……」
「えぇ、納める税も安く、犯罪者も多い街。国には不必要な存在です」
さらにカリスは畳み掛けるように、コスフォルト国へ攻めるメリットを語り始めた。
領地だけではなく、領海も広げられること。鉱山が手に入り、資源に関する問題が解決すること。
「さらに最近、新しい宝石も見つかったんですよ」
「宝石?」
「えぇ、フローライトという宝石です。太陽に当てるとブルーに色が変わり、その神秘に魅せられる人が多い希少な宝石です。手に入れば、我が国の新しい特産品となるでしょう」
うっとりと恋をするような瞳で語るカリス。
少女のような表情。その視線の先にいるのが自分でなく、宝石なのが悔しい。
反乱軍の不満を逸らすことができ、領地や領海を広げることができ、新たな資源や宝石を手に入れることができる。その犠牲が、『なれのはて』と呼ばれる小さな街一つなら安いものだ。
頭の中で、明日の作業を書き出していく。
まずは議会を開こう。そして軍隊と魔術師たちの戦力の把握。そうだ、先日開発された魔術を試すこともできる。あとはロトゥスがどのような状況か、確認も必要だ。
「フローライトを身につけた君は、さぞかし美しいだろう」
それは、カリスの案に賛同する言葉だった。
彼女は自分に目を向け、満足そうに微笑んだ。そしてデイビットの頭をそっと抱えた。




