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がらんどう姫が愛を知るまで  作者: 海城あおの


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11.魔道具師の店

 

「明日は俺も街へ行く」



 晩御飯を食べ終わった頃、アレクに告げられた。

 どうやら馴染みの店に、作った魔道具を卸しに行くらしい。


「魔道具」と聞くと真っ先に思い出してしまうのは、デイビットからもらったペンダントだった。顔に暗い陰が落ちる。するとアレクはため息を一つついて、提案した。



「お前さんもついてこい」

「いえ、私は……」



 できれば封印したい記憶だった。

 魔道具の店など行ったら、あの記憶を思い出して苦しむに違いない。そう思い、私は弱く顔を横に振った。アレクは人差し指でテーブルを叩く。



「知恵をつけることは、自身を守ることだ」

「……」

「逃げ続けても、過去は消えない。向き合うなら、知恵をつけろ」



 ぼんやりとアレクを見る。

 私にとって知恵をつける理由は、魔術を訓練する理由と同じ、国のためだった。国庫にある資金と同じように、私の知恵も国のために使わなければならないものだった。

 しかしアレクは、自分のためだけに知恵をつけろと言う。


 王妃教育で辛い時、私は歯を食いしばり、耐える術しか知らなかった。

 今回のデイビットの件も同様だった。薄いシーツにくるまり、記憶の奥底から湧き上がる恐怖を、必死に耐えることしかできなかった。


 それ以外の術があるのなら──


(私は、知りたい)


 アレクの灰色の瞳を見つめ、一度だけ小さくうなずいた。



 *




 アレクの用があるという魔道具屋は、ロトゥスの路地裏にあった。

 露店が立ち並ぶ中央の通りから一本道を入るだけで、喧噪から切り離される。通りは暗く、足下にはゴミが散乱し、不穏な雰囲気が漂っている。男たちが密かに話している現場にたびたび出くわし、リディアたちが通り過ぎると目つきが鋭くなった。


 何度かの曲がり角を抜け、一つの家にたどり着いた。

 古ぼけた木で出来た扉の前に、ランタンが一つかけられている。蛾たちが体当たりをするように光に群がっていた。

 アレクが扉を開けると、ギイっと錆びついた音が路地裏に響いた。私も後に続く。



「よぉ、アレク──」



 片手をあげた男は、私の方を見て目を丸くした。

 アレクと同い年くらいだろうか。長い黒髪を一つにまとめている。まるでキツネの尻尾のようだ。黒いシャツと頰には軽い汚れがついていたが、全体的に清潔感がある男だった。

 埃っぽく、きれいとは言えない店構えからは想像できない店主に、目をぱちくりとする。



「どうした?」

「アレクさんの方が、この店に似合いますね」

「……お前、言うようになったな」



 じとりと睨まれる。私としては浮かんだ感想をそのまま述べただけなので、何故そのような表情をされるか分からなかった。

 そんな私たちのやり取りを見て、黒髪の男は笑い出した。何事かと見つめる私をよそに、彼は笑い続けている。男はしばらく笑ったあと、目に溜まった涙をぬぐって、こちらに歩いてきた。


 アレクより頭半個分ほど背が小さく、細身だ。

 手を差し出しながら、男は名乗る。



「タンダです。アレクとは腐れ縁でね」

「リディア、です」



 名乗り、握手を返す。

 細身の体から想像できないくらい、皮膚は固かった。

 私たちが自己紹介をしている隣を通り抜けて、アレクは店の中央にあるテーブルに魔道具を広げはじめた。手が離れ、目線を移すと、10種類ほどの魔道具が載っていた。



「依頼分だ」

「いつも悪いねぇ」



 ご機嫌に笑うタンダ。

 テーブルの傍にある椅子に腰掛け、ルーペを手に取る。そして魔道具一つ一つを、丁寧に点検し始めた。

 部屋に沈黙が訪れ、手持ち無沙汰になった私は店を見渡した。

 壁には刀やナイフが並べられている。机のそばにはガラスケースが置いてあり、そこにはペンダントやイアリングなどアクセサリー類が並べられていた。それぞれの道具から魔力を感じるので、ここに置いてあるもの全てが魔道具なのだろう。


 すべての魔道具を点検し終えて、タンダは穏やかな微笑みを浮かべながら言った。



「うん、特に問題なさそうだね」

「簡単な付与しかしてないからな」

「それでもこの街では需要がある」



 そう言って魔道具をすべて箱に入れて、カウンター裏にある部屋へと行った。私の視線に気づいたのか、アレクは説明し始めた。



「アイツは魔道具師だ。俺は簡単な魔道具を作って、アイツに売っている。まぁ小銭稼ぎだな」

「魔道具師」

「昔から手先が器用なやつだった。木の棒や布を使って、変なやつをよく作ってたな」



 灰色の瞳でカウンターを見つめる。

「腐れ縁」とタンダは言っていたが、どのような関係なのだろう。疑問が湧いたが、なんとなく聞くことができず、私は押し黙る。少ししてタンダが戻ってきて、再び椅子に座ると、私をじっと見つめた。居心地が悪くなって身じろぎすると、「あぁ、ごめん」と両手を軽く上げて言う。



「アレクが女の子を連れてくるなんて、あまりに珍しくて」

「ただの居候だ」

「え?! ということは、一緒に暮らしてるの?!」



 さらに目を丸くするタンダ。

「へ〜」と手を口で隠しているが、ニヤケ顔は隠せていない。アレクは不機嫌そうな顔を浮かべつつ、私を親指で指し示した。



「コイツに魔道具を教えて欲しい」

「……」



 先ほどまでの緩やかな雰囲気が一変した。ピリッとした緊張感が走る。



「アレク、それは──」

「乗りかかった船だ」



 タンダの言葉を遮るようにして、アレクは言う。

 両者はしばらく睨むように見つめ合い、最後には根負けしたようにタンダはため息をついた。


「はぁ〜〜〜〜わかったよ。アレクには世話になってるからね。で? 何を知りたいの?」



 紺色の瞳が私を見つめる。突然の問いに、私は困惑してしまう。

 デイビットに魔道具を渡され、殺されそうになった。その過去を払拭するためにここへやってきたが、何を聞けば良いのか皆目見当がつかない。過去を話すこともできないため、思わずうつむいてしまう。


 変な沈黙がおり、戸惑ったようにタンダは眉根を寄せた。そしてテーブルの端にあった木の指輪を手に取った。



「リディアちゃん、魔力持ちだよね?」

「……はい」

「魔術と精霊魔法、どっちが得意?」

「魔術、です」

「じゃあ、まず防御の魔法陣を展開してみようか。このテーブルに収まるくらいの」



 頷いて、魔術を展開する。テーブルの上に白くぼんやりと発光する魔法陣が浮かび上がった。

 タンダは魔方陣の中心に指輪を置き、ゆっくりと説明する。



「魔術を使うときに魔方陣に魔力を込めるだろう? それと同じで、指輪に魔力を込めるんだ。ただし一気に流し込んじゃダメだ。この指輪が壊れないよう、慎重に流してね」

「わかりました」



 息を吸い、私はそっと魔力を流し込んだ──はずだった。

 パアン!と乾いた爆発音がし、衝撃で私は尻餅をついた。目を見開くと、タンダも同じように座り込み、アレクだけが平然と立っていた。よく見ると自分の周りにだけ防御魔法をかけている。


 その姿を見て、タンダは声を荒げた。



「おい、アレク! 自分だけ助かりやがって!」

「このテーブルも守った」

「俺も守れっつうの!!」



 やいやいと吠えるタンダ。

 しかしアレクは聞く耳を持たず、無言でいるだけだ。言っても無駄だと判断したのか、ため息をついて私に向き合う。



「リディアちゃん、だいぶ魔力量が多いね」

「はい」

「おそらくだけど、魔力をコントロールすることも少なかったんじゃないかな。いくら使っても枯渇することがないから」

「そう、ですね」



 私に求められていたのは、絶大な威力の魔術だった。

 威力が増すように魔法陣の古代文字を覚えたり、多量の魔術を流す練習はしてきたが、その逆はほとんどしたことがなかった。



「魔法陣と違って、魔道具に込められる魔力の絶対量は決まっている。少しずつ少しずつ魔力を流していって、絶対量ギリギリまで流し込むことが必要だ。道具と対話するようにね」

「対話」

「そう。でも生活に必要な技術ではない。なんならその魔力量があるなら、魔術だけで十分だろう。それでも魔道具について知りたいかい?」



 私には「対話」という単語が、胸の内で光り輝いていた。

 精霊魔法を使えるようになった時のことを思い出す。抜けるような空と、湿った匂いがする土と、太陽の光を浴びる草木と……大きな恵みを与えてくれる自然と対話をしたとき、私の前には精霊が現れた。


 ──魔道具も同じなのかもしれない。


 そこに魔道具への暗い過去を払拭するヒントがあるような気がして、私は頷く。



「知りたい、です」

「……オーケー、わかったよ。暇なときにこの店に来なよ」

「ありがとう、ございます」

「いいよ。リディアちゃんが魔道具を作れるようになったら、ここにも卸してもらうから」



 タンダはにやりと笑う。つられるように私も少しだけ笑った。

 そのあとはアレクと次回卸す魔道具について話す。話はまとまり、「じゃあ、またな」と挨拶するアレクに、ひらひらとタンダは手を振る。私も小さく会釈をした。


 過去について清算できたわけではない。それでも一歩進めたような気がして、私は心が軽くなった。きっかけをくれたアレクに感謝しようと口を開く。すると不意に、床に落ちていた新聞が目についた。

 その見出しに、血の気が引く。



『カリス・サラティアが王妃に即位!』



 どくりと一つ、大きく心臓が鳴った気がした。



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