10.アレクの過去
アレク視点です。
「アレク、なに読んでるの?」
本から顔を上げると、紫がかった赤い瞳がこちらを覗いていた。
クルミ色の髪の毛は、首の付け根あたりでバッサリと切られている。
「私がオシャレしても無駄でしょ?この顔だし」と反応に困る冗談を、笑いながらよく言っていた。彼女の顔の左半分は、アザで埋められていた。赤いアザだったため、初めて見たときは、火傷だと勘違いした。
「気持ち悪いんだよ!」
彼女──サーシャの質問に答えようと口を開いたとき、遠くから叫び声が聞こえた。
視線を移すと同時に、子供の1人がこちらに石を投げてくるのが見えた。
すると小さな風がわき、石はふわりと浮かび、そして地面に落ちた。
石を投げた子供たちのグループは、「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。そのまま逃走しようとしたので、小声で詠唱した。すると子供たちは一斉に転んで、「いって──っ!」と叫びはじめる。
「アレク、怪我させちゃダメでしょ!」
「向こうから仕掛けてきたんだ」
子供たちの足元には細いツルが飛び出していた。
彼らは次こそはつまずかないように注意しながら、一目散に逃げていく。
どんどん小さくなる背中を見ながら、ため息をついた。
「魔法をまた使ったの? シスターに怒られるよ?」
ぬっと出てきたのは、黒髪と紺色の瞳を持つ男──タンダだった。本を閉じ、先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「向こうから仕掛けてきたんだ」
「分かってるけどさー。でも、魔法はダメって言われてたでしょ」
頭の後ろで手を組み、軽い口調で言う。アレクはため息を飲み込んだ。
孤児院も兼ねている教会には、30人ほどの孤児がいた。
その中で魔力持ちは3人。アレクとタンダ、そしてサーシャだった。
アレクは親の顔を全く覚えていない。教会の前でタオルに包まれて泣いていたと、シスターは説明した。
人は、自分とは違うものを恐れ、排除する生き物だと知ったのは4歳頃だった。
教会裏の人目に付かない場所は、自分のお気に入りの場所だった。そこには精霊たちがいて、よく話しかけていた。
それを見ていた子供たちから、仲間はずれにされるまでに時間はかからなかった。彼らからすれば、何もいない場所に楽しそうに喋りかける、気味が悪い人間だったのだろう。
自分の運が良かったのは、世界的にも少数と言われる魔力持ちが他にもいたことだ。
おそらく貴族街にある孤児院だったため、魔力持ちである貴族が正妻ではない誰かに手をつけたのだろう。そして子供ができても認知されず、捨てられた。
いつしか教会裏は、自分と、木や葉を使い魔道具を作るタンダと、赤アザが刻まれたサーシャ、変わりものの溜まり場になっていた。
シスターからは、魔法や魔術を使うのは禁止と言われていた。
里親になりたいという大人が何度か教会にやってきたが、魔力持ちの3人は選択肢から排除された。
魔力持ちは基本、貴族からしか生まれてこない。大切に育てられるはずの魔力持ちが、孤児院に捨てられている。何かしらのワケありだと判断されたのだろう。
周りの子供たちが変わっても、ずっと3人で行動していた。
そして14歳で孤児院をでて、冒険者になることにした。
教会がある街のギルドに登録し、魔物の素材を集める日が続いた。
タンダが罠や武器を作り、アレクは前線で戦い、サーシャは援護魔術を担当した。10年以上一緒にいたおかげで、意思疎通はうまくとれた。そして全員が魔力持ち。ギルドでの評判も高かった。
「アレク」
依頼されていた魔物の素材を採取した。今日は野営し、明日ギルドへ持ち帰る予定だった。
夏の気配を感じさせる夜だった。
焚き火をし、1人で見張りをしていたところ、サーシャが名前を呼んだ。「まだ眠っていなかったのか」と思いながら見上げると、ワインレッドの瞳はわずかに怒りを含ませていた。
「……何だ」
「左腕、怪我してるでしょう。見せて」
「してない」
アレクの返答に、軽くため息をつき、しゃがみこんだ。そして、力づくで服の袖を肩側へ引っ張った。
急な動作に、反応できなかった。舌打ちをするアレクと、じとりと睨むサーシャ。肘から肩にかけて、包帯が巻かれていた。白い包帯には血が滲んでいる。
彼女は手のひらを開き、魔術を展開する。腕がやわらかな暖かさに包まれた。痛みが引いていくのを感じる。
「どうして言ってくれないの」
「……」
今日の魔物の討伐は、予想以上に苦労した。タンダが数日かけて作った罠も壊れてしまったし、サーシャも限界まで魔力を使っていた。アレクの全身も傷だらけになり、全員が満身創痍で戦う中、ようやく討伐ができた。
見える傷に関しては治療してもらったし、他の傷に比べれば、腕の傷は軽症だった。
そのためサーシャにはゆっくり休んで欲しいという、アレクなりの気遣いだった。
ずっと無言でい続けるアレクに、サーシャは再びため息をつく。たき火の揺らめきが、アザの上で踊っていた。
「言ってくれないと、分からないわ」
悲しそうな顔だった。
捨てられたアレクとタンダとは違い、サーシャは自ら孤児院へ来た。
孤児院近くの村で生まれ、顔のアザと魔力持ちを理由に「呪われた子」と迫害され続けてきた。村を飛び出し、孤児院へたどり着いたが、待っていたのは村と同じ、差別の目だった。しかし壮絶な経験を過ごしたとは思えぬくらい、彼女は根が明るく、呆れるくらいのお人好しだった。
つまはじき者同士が集まり、孤児院で育つ。状況だけ聞けば、辛酸を舐めるような境遇だと考える者も多いだろう。
しかしアレクは、辛いと感じたことはなかった。同じ魔力持ちであるタンダは好き勝手楽しそうにやっていたし、サーシャは常に笑顔を絶やさず前向きだった。
言葉が足りないと自覚しているアレクにとって2人の存在は、自分が持っていないものを持っている尊敬すべき仲間だった。
いつも明るいサーシャが、辛そうにしている。心臓あたりが鈍く痛み、おずおずと口を開いた。
「心配だった」
「?」
「……治癒するのは、魔力を多く使うだろう」
ぶっきらぼうに言えば、サーシャはぽかんとした後、白い歯を見せて笑った。
「つまり、私の魔力切れを心配してくれてたのね!」
機嫌良さそうに笑う彼女と、改めて言われて不機嫌そうに黙るアレク。
しばらくサーシャの笑い声が響いた。
腕の痛みはほとんどなくなった。「悪かったな」とボソリと言えば、彼女は瞳を細めて言った。
「何言ってんの。仲間でしょう、私たちは」
まぶたを開けば、見慣れた天井が目に入った。
「……夢」
アレクは呟く。ずいぶんと懐かしい夢を見ていた。
上半身だけ起き上がり、ぼんやりと目の前を見ていた。頭が覚醒しきれず、うまく働かない。脳がふやけてしまったようだ。昔から朝は苦手だった。
遠くの方から何か物音がする。おそらくリディアが料理をしている音だろう。しばらくその音に耳を澄ませていると、何かが派手に落ちる金属音がした。
「……何やってんだ、アイツは」
ぼりぼりと髪を掻きながら、ベッドから降りる。あまり見たくない昔の夢を見たというのに、心が驚くほど穏やかなことに自分は気づいていなかった。




