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余り者同士の婚約

作者: 夏月 海桜

長めの短編です。

「本当にごめんなさい。でも、フィンだって私たちの方がお似合いだと思うでしょう?」


 ごめんなさいって謝りながら、お姉様は勝ち誇った笑みを浮かべる。その隣で先程まで婚約者、のはずだったセネル様がちょっと曖昧な笑みを浮かべている。

 私はため息をついて、そうですか、と呟いた。


「お父様もお義母様もご存知でしょうか」


「もちろんよ!」


「畏まりました。では、セネル様と私の婚約が解消されて、セネル様とお姉様の婚約が調った、と。セネル様のご両親もご納得済みなのでしょう?」


「あ、ああ」


 どうやら外堀は埋めてあるようで。

 だったら私が反対しても仕方ない。


「左様でございますか。では、お姉様もセネル様もお幸せに。私はこの件について、お父様とお義母様と話し合わなければなりませんので」


 応接室で婚約者同士の交流をする予定だったのに、セネル様とお姉様が腕を組んで現れた時から嫌な予感はしていましたが。やはりお姉様は私のものを奪ったようですね。

 応接室には私付きの侍女だけしか居なかったので、彼女に至急、執事とお姉様付きの侍女に応接室へ来るよう頼みました。

 二人と私付きの侍女が来るまでは、お姉様とセネル様(お花畑二人)が目の前でイチャイチャしていようとも、応接室から出るわけにはいきません。

 いくら扉を開けて密室ではありませんよ、とカモフラージュをしても、お姉様とセネル様(お花畑二人)を二人きりにするわけにはいかないからです。

 なにしろお姉様は私から婚約者を奪った阿婆擦れ。

 婚約者だったセネル様は婚約者の姉と浮気した不貞者。

 倫理観の無い二人を二人きりにさせておいたらどのようなことになるのか、という話です。

 我が家ではありますが、本当に我が家に、お父様に忠誠を誓う使用人がどれだけ居るのか。我が家の醜聞を使用人が広めないとも限らない。疑うことは疲れますが、それが貴族の世界とも言えます。

 使用人を通じて、我が家の醜聞を広められて失脚させられる。

 或いは社交界での話題にされて嘲笑される。

 そんなことはごめんです。

 我が家の評判を落とすわけにはいきませんから。


「フィン、いつまでそこにいるの? まだセネル様に未練があるの?」


 お姉様は邪魔よ、とばかりに私を睨んできます。


「未練? 好きでもない方に未練などありませんわ。いくら我が家とはいえ、たった今、婚約解消並びに婚約締結したばかりですもの。二人きりにしておいたら醜聞にもなりかねませんわ」


「醜聞? フィン、何を言って……。私たちは真実の愛なのよ! 醜聞なんて起こらないわ!」


「真実だろうが本気だろうが、第三者から見ればお姉様は私から婚約者を奪った阿婆擦れで、セネル様は婚約者の姉と浮気した不貞者ですもの。醜聞です」


「な、なんですって? 私が阿婆擦れ? アンタ妹のくせにっ」


 お姉様がギャアギャア喚き出したところで、執事とお姉様付きの侍女と私付きの侍女がやってきましたので、お姉様を無視して退室します。

 お姉様付きの侍女なのに、お姉様を軽蔑するような視線を向けている侍女。

 思うところあってもあなたの主人なのだから、顔に出してはダメよ。と思いつつ、彼女には同情する。

 度々、お姉様がセネル様に近づくことを諌めていたことは知っている。私は政略だから、とお姉様もセネル様も放置してしまったけれど、彼女はきちんと誠意を尽くすように、お姉様を諌めていた。だからこそ、こんな結果になったことで、お姉様を軽蔑してしまうのだろう。その辺りは申し訳なく思うわ。


「旦那様と奥様は執務室でお待ちとのことです」


 私が執事の横を通り過ぎると、彼がそっと耳打ちをしてきたので小さく頷く。私付きの侍女を連れて二人を任せました、と頼んでからお父様の執務室に向かった。


 ふぅ。

 少し大きく息を吐き出す。

 私はフィネリー。ボット伯爵の次女。侯爵令息のセネル様と政略で婚約を締結していました。まぁお姉様に奪われたので婚約は解消されましたが。

 お姉様は、同じ両親を持つ血の繋がった方ですが、なぜか昔から私のものを欲しがる、物欲が異常な人でした。

 私の誕生日プレゼントも欲しがるし、庭師から摘み取ってもらった一輪の花も欲しがる。兎に角、私の物をなんでも欲しがる変わった人です。

 お父様は、そんなお姉様を常に叱って矯正を試みていたのですが。反省したように見せかけて、二日ほどすると同じことを繰り返している、性根か性格がお悪い方です。

 お父様は、お姉様がそんな子なのは母親がいないからかもしれない、と思われました。

 私とお姉様の母は私を産んだあとで寝込みがちになってしまわれ、私が三歳の頃には永眠なさいました。

 お父様は、お姉様が私の物を欲しがることに対し、お母様がいないから、寂しさを紛らわせようとしている、と判断されたようです。

 私も同じなんですけど、そんなことはしませんわ。

 その辺りお父様はどうお考えなのかしら。

 今になるとそんな風に思いますわね。

 兎に角、お父様のお考えによって間もなく後妻を迎えられました。

 殆ど母の記憶が無い私にとって、この方は義母であり、本当の母のようでもあります。

 義母はある貴族家に嫁入りしておりましたが、三年経っても子が出来ないことから離縁された方です。

 義母の身体に問題があるのか、夫だった人に問題があるのか。それは知らないですが。

 そんなわけで後妻か平民生活か神殿で神様を信仰するか、という状況でお父様との縁談がトントン拍子に決まったわけです。

 この国では嫡子の届け出さえあれば、女性にも跡取りの権利を与えてもらえます。ということで既に跡取りは居ますから、義母様が子を産むプレッシャーは取り除かれておりますので、あとはお父様と義母様の相性次第でした。

 相性も問題無さそうですし、ということで結婚を決めたそうにございます。私が五歳の時でした。

 私もお姉様もお義母様に懐いたので、結果的には良かったのでしょう。

 ただ、この時点で既に私の物は自分の物、とでも言うように、お姉様は私の物を欲しがる人で。お義母様もその話をお父様から聞いていたけれど、実態を見たらコレはダメだと思ったようです。

 二年かそれくらい前に、お義母様が、結婚前に聞いた時はお父様が大げさに話しているのだろうと思っていたそうで、姉妹の微笑ましいケンカの延長かと思っていた、と零されたのですが。

 その際に、そんな呑気なことを考えてしまってごめんなさい、と謝られたことがありますが。

 つまり、それだけお姉様の物欲は異常ということの現れなんだなぁ、なんて他人事のように思ってしまいました。

 お父様と結婚し、一緒に暮らすようになってすぐからお義母様は、コレはダメだ、と思われたようで、お父様と共によくお姉様を諌めてくれていました。

 もちろん、お二人の気持ちなどお姉様に届くことが無くて。

 とうとう、私の婚約者に手を出した、と。


「お父様、お義母様。失礼しますわ」


 執務室の外から声をかけると、お父様が開けて下さいました。疲れ果てた顔のお父様。泣き腫らしたようなお顔のお義母様。お姉様の所業に胸を痛め頭を抱えておられるのでしょう。


「お父様、お義母様。セネル様との婚約解消並びにお姉様との婚約締結を、お姉様からお聞きしましたが」


「うむ。ミーナ付きの侍女から報告を受けていて、私たちも親として、ミーナを諌めていたし、セネル君にもミーナとの距離感について諌めたのだが。ダメだった。済まない、フィン。セネル君は、ミーナに、あなたしか頼れる人は居ないとかなんとか言葉巧みに囁かれて、靡いたようだ」


 私が切り出すとお父様が項垂れたように仰る。

 お姉様とセネル様がどのように仲良くなったのか、なんて興味ありませんから、そうですか、とだけ返事をします。


「私からも伝えたのよ。セネル様はフィンの婚約者。ミーナは別のお相手がいるでしょう、と」


 お義母様の言葉に私も頷く。

 お姉様にも婚約者がいらっしゃるのにね。本当に愚かだわ。


「それで。お姉様とセネル様のことは、セネル様のご両親も認めたとか?」


 その辺りのことの方が気になります。


「あちらは、セネル君のことを切り捨てたよ。文官になれるほどの学力が無く、武官になれるほどの鍛錬もしておらず、平民として暮らしていけるように生活環境が整えられるような根性も臨機応変さも無く、なんらかの才能があるわけでもない息子だからな。せめて貴族として、人として役に立てそうな、折角、貴族として暮らしていけるだろう良い婿入り先を、親として子のために、と我が家と婚約を結んだのに。彼が自ら棒に振ったのだからな」


 お父様。そのように仰いますが、それ、セネル様が平凡だと言っているのと同じことですよ。いいんですか。


「お父様」


「侯爵夫妻はセネル様のことを、そのように仰ってたのよ」


 私がお父様に声をかければ、お義母様が補足しまして、なるほど、そうでしたか。と頷きます。


「それにしてもお二人はこれからどのように暮らしていくつもりなのでしょうね」


 私が首を傾げると、お父様は深くため息をつきました。


「ミーナがこの伯爵家を継いで、セネル君が婿としてミーナを支える、と妄想していたよ。有り得ない、と否定したのだが、聞いてないだろうな」


 ああ、なるほど。

 セネル様、私からお姉様に婚約者を交換しても、我がボット家の婿に入れるって思っていたのですか。

 お姉様はセネル様に伯爵の仕事を押し付ければいい、とでも思っていらっしゃるのでしょうね。


「浅はかですわね……。ということは」


「二人共平民として生きていくことになる。王都立入禁止で辺境の地に向かってもらってな」


 お父様がそこまで仰るのであれば、決定ということでしょう。セネル様のご両親も、そのようにお考えということですね。


「それにしても。お父様と侯爵様が結んだ政略は、どうなさいますの」


「ああ、共同事業か。あれは別に婚約が解消されてもなんの問題も無い。それはそれ、だ」


 そういうお話ということで済んだのでしょう。ついでに言えば、互いの子どもたちのやらかしだから、慰謝料無しということで手打ちのようです。

 となりますと、残るは私の新たな婚約者、でしょうかね。侯爵家はセネル様のお兄様が継がれるし、婚約者の方もいらっしゃるし。


「というか。セネル様のお兄様の婚約者様のご実家にもご迷惑をおかけしましたわね……」


「ああ、そのことについてなんだが」


 お父様が口調を改めました。


「お父様とお義母様に聞いたぁ? フィンの新しい婚約者が、私の元婚約者だったバイジルってことぉおおおお。余りもの同士の婚約なんてぇ可哀想だけど、フィンみたいに地味な子に新しい婚約者なんて出来ないだろうからぁ、私の元婚約者のバイジルを譲ってあげるわぁ。お姉様に感謝してよねぇ」


「っ、ミーナ! まだ話は終わってないっ! 出て行けっ」


「お父様、ひどぉい」


「今すぐ出て行かないのなら神殿での結婚式はやらないが構わないな? この先も私の許可なく勝手なことをするのなら書類だけで済ますぞ」


 それは嫌っ。叫びながらお姉様が執務室を退室しました。セネル様はお帰りになったのですかね。

 執事がお姉様を止められなかったことを私たちに詫びるついでに、セネル様は侯爵家から迎えが来て帰られた、と伝えてきました。そうですか。


「お父様、話は了承しました」


 先程お父様が改めた口調で、何を仰いたかったのか理解した私は、頷きました。


「済まん……。きちんと私の口から話そうと思ったのに、ノックもせずにドアを開けて入ってくるのだからな。いつになったら、マナーを守れるのか」


 そうなんですよね。

 今年成人である十八歳を迎えるはずなのに、最低限の礼儀すら守れないんですよね、お姉様。


「お姉様は元々そういう性質なのでしょう。お父様とお義母様の躾や家庭教師の教育が間違いというわけではありません。他国のように学園へ強制的に入学し、同年代の方たちと学ぶことで自身の性質に気づいた可能性はあったかもしれないですけれど。強制的に入学しなくて良い国ですし、友人作りはお茶会や夜会が頻繁に行われますから、お姉様は入学しませんでしたものね。でも今となってはそれで良かったのかもしれません。あのようにマナーも守れない性質なのですから身に付きませんし、ご友人の物を奪っていたかもしれない、と考えればトラブルにならずに済んで何よりですわ。きっと異常な物欲心はご友人にも発揮なさっていたことでしょうね」


 私のお気に入りのドレスやハンカチ。髪飾りなどなど奪われた記憶を思い出しながらため息をつきます。尚、飽きると自室に放置して見向きもしなくなりますから、その辺りで回収してます。

 例えば、流行りのドレスの流行が終わってから、とか。白の絹に刺繍のハンカチの流行が終わって、パステルカラーのハンカチが流行り出したころ、とか。


「アレは、母親を亡くした寂しさが、というわけではないな。物欲心が異常なだけだ」


 お父様が頭を左右に振り、お義母様が重いため息を吐き出しました。


「まさか妹の婚約者まで奪おうとするなんて」


 お義母様、全くもってその通りですね。


「お姉様のことは全く理解出来ません。それにしてもお姉様、余りもの同士の婚約などと仰ってましたけれど。余りものはどちらでしょうね」


 私の言葉にお父様もお義母様も頷きました。

 だって、ボット伯爵家の嫡子はお姉様ではなく、私ですもの。

 この国では生まれた子は貴族も平民も関係なく、必ず神殿に報告します。名前とか生まれた日とか性別とかの報告ですね。

 それとは別に、貴族は嫡子の届け出を王城に報告します。嫡子は跡取りですから、跡取りを決めたのなら義務です。

 生まれたことを神殿に報告するのは、生後七日以内ですが、嫡子の届け出は、子が成人するまでです。

 王城に届け出が出された者が跡取り。つまり嫡子です。認められた、後継者です。

 但し、子が成人するまで、ですから生まれて直ぐということでは有りません。

 当主が長い時間をかけて子が跡取りとして向いているかどうか見極め、そして選ぶのです。尚、ある程度のところで見切りを付けて親戚から養子をもらうこともありますが、大抵は我が子の誰か、ですね。

 そして我が家は私かお姉様でしたが、お姉様の異常な物欲心や身に付かないマナーを見て、お父様は私を嫡子として届け出ました。長子が嫡子という家が多いので、おそらくお姉様は勘違いなさっていますね。

 というか、私が嫡子だからこそ、セネル様が婿入りするという婚約に至ったのですが。お姉様はそこまで考えていないのでしょうね。セネル様も多分。


「お姉様も本当に困った方ですね。バイジル様との縁談なんて、とても良い縁談でしたのに。折角お義母様が見繕って下さいましたのに」


 大きくため息を吐きます。

 セネル様のお兄様である侯爵家の嫡子様。お名前をガルス様と仰る方。そのガルス様の婚約者様であるホリー様は伯爵家の令嬢で、実はお義母様のご実家でもあります。

 お義母様はホリー様の叔母。ホリー様のお父様がお義母様の兄に当たります。

 ホリー様は三兄弟で、ホリー様は末っ子。長子がヒルカン様。この方が伯爵家の嫡子です。次子がバイジル様で。

 お義母様が、このバイジル様とお姉様との婚約を成立させてくださったのです。

 お姉様はマナーも全く身に付かないですし、貴族夫人として家を盛り立てられるような教養も知識も無い方です。

 それでも平民に嫁ぎたくないお姉様の気持ちを知っていたので、もちろん貴族の後妻も嫌だというお姉様でしたので。

 一代限りですが、王城の文官として仕事をしていて準男爵位を持つバイジル様との縁組をお願いして下さいました。

 ホリー様のお父様である伯爵様は、お姉様のことをお義母様から聞いてかなり渋ったようですが、ホリー様の嫁ぎ先の侯爵家の関係もあって、受け入れてくださいました。

 バイジル様もお姉様のことを聞いて、困惑されたものの貴族の結婚だから、と割り切ってくださり、妻子を養うくらいの稼ぎはあるし、一応貴族だから、それなりに社交もある。

 だから派手な社交は無いかもしれないけれど、その辺りを任せることにしましょうか、と妥協して受け入れてくださいました。

 お姉様は成人しましたから、ガルス様とホリー様の結婚後。

 三年以内を目処に結婚する予定でしたが、この結果ですもの。

 お義母様の顔に泥を塗ったわけですし、セネル様もご実家やガルス様の顔に泥を塗ったわけですから、お父様も侯爵様も見切りを付けられたのでしょうね。


「フィン。あなたこそ私のことなど気にしなくて良いのよ。一番割を食ったのはあなたですもの」


 その上、自分からお願いした手前、兄の息子の婚約をダメにしたままとはいかずに、結果として婚約者の交換になってしまってごめんなさい、とお義母様が謝ってくれましたが。


「いいえ、お義母様が悪いわけじゃありません。お姉様のやらかしですわ。もう子どもではないのですからね。お姉様自身でこれからは対処してもらうことになります。私は私で新たに婚約者を見つけるのが大変だと思っていましたから、バイジル様が嫌で無ければ、よろしくお願いしたいですわ。お父様、お義母様、後で顔合わせをお願いしますね。それとバイジル様が文官を続けるようでしたら、それも構いませんとお伝えください」


 バイジル様にもご迷惑をおかけして、本当に申し訳ないですわね。

 とはいえ、新たに婚約者を探すのは本当に大変だと思っていましたから、良かったですわ。

 私の成人まであと四年。

 セネル様とお姉様は同い年。

 そういえば、セネル様、私が四歳年下ということで子どものように接して来ていましたっけ……。もしかして子どもっぽく思う私と、大人なお姉様を比べていた、とか……有りますかしらね。

 まぁもう済んだこと。

 バイジル様はお姉様の四歳年上ですから、私からすれば八歳年上。バイジル様から見たらそれこそ、子どもかしら。

 顔合わせでダメそうなら考え直す方が良さそうですかしらね?


 そんなことを考えつつ、僅かひと月でお姉様とセネル様は神殿で結婚式を挙げました。

 ちなみにその前日に、貴族籍除籍届へのサインと婚姻届へのサインを二人にさせている、お父様と侯爵様は、顔に笑みを貼り付けながら冷気を漂わせていました。

 もちろん、お姉様とセネル様は届け出る書類を隅々まで読んで確認していませんでした。

 余談ですが。嫡子として、当事者として、見届けるためにその場にいた私とガルス様は、お父様たちを見て、代替わりしたら笑顔でいながらイロイロを会得する必要があるのか、と学びました。

 さておき。

 当日。

 神殿で簡素なワンピースを着たお姉様は、物凄い不服そうでした。あー、ウェディングドレス着たかったのでしょうねぇ。でも、まともに準備していなかったでしょうに。

 ちなみにセネル様も窮屈そうな顔でシャツとスラックスを着てます。見るからに借り物だと思っていらっしゃるようですが、平民なんですから当然です。

 然も神殿では神官様以外は、私たち家族しか居ませんから、お姉様が怒ってます。

 いやだから、結婚式の準備何もしていないですし、仮に招待状を親しい人に出しても、ひと月前なんて相手の都合が簡単につくわけじゃないですよね。

 ウェディングドレスの手配も、招待状作成も、神殿の神官様への感謝を表す寄付金も、聖歌隊の手配も、親戚や友人たちへの連絡も、披露宴の準備だって、何もかも、なぁんにもしておりませんでしょう?

 まぁ平民のお二人への結婚式出席なんて、親戚や友人だと思っていた方たちがするとは思いませんが。

 だって、なんの得にもならないですものね。

 互いの家から見切られ、その他の家との繋がりも無いし、権力への伝手も無いお二人ですもの。

 結婚式に出席しても縦や横の繋がりに期待なんて、出来ませんからね。

 騒ぐお姉様とセネル様を放置して、神官様が簡単な結婚式の祝詞(のりと)を口にします。神官様、事情を前もって聞いていらしたとはいえ、動じないところが凄いですね。

 そうして神官様が、二人は結ばれました。お幸せにと仰って、結婚式は終わってしまいました。

 神官様にお礼を述べたお父様と侯爵様は、ギャアギャアうるさい二人に、除籍のことや跡取りの話など、一方的に通知して、そのまま借りた辻馬車に二人を押し込め、いくらかの荷物を荷馬車に積んで、御者に賃金をかなり上乗せして、辺境まで乗せて行くように頼んでました。

 貴族家の当主とは、ここまで冷静に時に強引に事を進める必要があるのね、と実地研修を行った私とガルス様。それぞれ、当主として生きていくことの自覚を持ちました。


 それからまた暫くして。

 お姉様たちが辺境へ旅立ち、無事に到着したことを耳にして、ようやくお父様がバイジル様との顔合わせを行う、と仰いました。

 この国ではよく見る茶色の髪に茶色の目の、お姉様いわく地味な私は、年齢のこともあってまだまだ成長途中です。

 その私の前に現れたバイジル様。きちんとお会いするのは初めてで。年齢が八歳も上だからか、落ち着いた印象のある、金色がかった茶色の髪と焦茶の目をした背の高いお方です。


「はじめまして、バイジル様」


「はじめまして、フィネリー嬢」


 ニコッと笑顔を浮かべてくれますが、その内心は図れませんので、お姉様のことを謝ってから、直接聞いてみることにしました。先ずはお姉様のやらかしについて謝罪。それから。


「バイジル様。率直にお伺いします。曖昧ではなくハッキリとお答え頂きたいのですが」


 私の切り出しに、バイジル様は焦茶の目を丸くし、パチパチと瞬かせてから、どうぞ、と頷いてくれました。


「バイジル様は、この婚約のお話、いかがでしょう。私は八歳も下で、成人もしていません。子どもです。ですので、バイジル様が嫌でしたらお断りしてくださいませ」


 私が真っ直ぐに尋ねると、バイジル様はまたも目を瞬かせてから、ふふふと声を上げて笑います。


「フィネリー嬢は可愛いね。君との縁談は、顔合わせの前に断っても良い、と父や叔母上から言われたよ。それでも会ってみようかと思ったのは、私だ」


 なるほど。バイジル様のお父様と叔母……つまりお義母様から断っても良いと言われましたか。まぁそうですよね。


「どうして会ってくださいましたか」


「姉と婚約者に裏切られた君が心配だった。傷ついただろうから」


 バイジル様の率直な言葉に息を呑んで。私を気遣ってくれたことが嬉しく思いました。


「ありがとうございます、バイジル様」


「いや。それなのに姉の失態の詫びをする君を見て、子どもだなんて軽く見ていたら痛い目を見そうだな、と思ったよ。私としては、元々結婚願望が無くて。一生独身のつもりだったのに、思いがけず良い貴族家へ婿入りする話がきたからね。お受けしたのさ。貴族の結婚だからこれくらいの年齢差は当たり前だから、私は気にして無い」


 気さくに笑い本心を話してくれたバイジル様に、私は頷きました。そう思ってくださるのなら、私も気にしなくてすみます。


「では、これから先もよろしくお願い致します」


 そんなわけで顔合わせで終わる予定でしたが、そのまま婚約書類を作成することに。

 お父様にバイジル様と改めて婚約することを伝えると、お父様は婚約書類を作成始めます。


「フィン、なにか要望はあるか」


 お父様が先ず私に尋ねます。バイジル様からじゃなくていいのでしょうか。そう思いつつ、要望を考えてみます。


「私は跡取りですから、爵位は私が継ぎます。伯爵家の仕事も基本的には私ですが、出来たらお手伝いしてもらえると助かります。でも文官のお仕事を続けるようでしたら、それは続けてくださって大丈夫です」


 私がバイジル様を見ながら伝えると、うん、と頷いてくださいました。


「その他はなにかあるかい?」


 さらにバイジル様が尋ねてくださいますが、バイジル様の要望は無いのでしょうか。尋ねますと、特に無いとのことで、私は更に考えます。


「結婚したら、浮気しないで欲しいです。やっぱりお姉様とセネル様のことは少し傷ついたので」


「結婚したら? 婚約中はいいの?」


 私が傷ついた、と少し本音を溢すと、バイジル様が優しく声をかけてくれます。お気遣いありがとうございます。


「バイジル様は年上ですし、お優しい方ですので、モテると思います。私は子どもですので、正直、大人のお付き合いはまだまだ無理です。ですので、恋人を作ることも娼館とやらに通うことも、婚約中は口を出しません。ただ、私に知られないようにしてくれれば、それで。後は……結婚したら、私だけを見て欲しい、とは思います。でも不貞する気があるとか、不貞をしてしまったのなら、隠してください。バイジル様が死ぬまでではなく、私が死ぬまで隠して欲しいです。あと、伯爵家のためにも子を産んで育てたいので、子を授けてください」


 バイジル様は大人の男性です。

 セネル様だって四歳下の私より同い年のお姉様を選びました。

 八歳下の私は、バイジル様からすればさらに子どもでしょう。

 だから。

 私が知らなければ、不貞など無いのと同じなので。恋人を作っても、私が知ることのないように配慮して欲しいです。


「ふむ。分かった。じゃあフィネリー嬢に子どもを授けられるように、私は頑張るからね」


 バイジル様は最後の要望だけ了承してくれました。他の……恋人とか娼館とやらに通うとか、そういうことは隠せないですかね?


「あと。恋人は作らない。婚約中も結婚してからも。娼館については、行かない、と断言出来ないから、何とも言えない。でも恋人は作らない、と断言しよう。フィネリー嬢を見ることにするよ」


 誠実、というか、正直、というか。

 でも、だからこそ、恋人は作らないって信じられそうです。もし作っても、私が知らなければいい。きっとバイジル様はその要望も受けてくれるでしょう。


「ありがとうございます、バイジル様。あとは特に要望は無いです」


 それで婚約書類を作成してくださいって、お父様に続ける前に、バイジル様が言います。


「やっぱり私も要望を。婚約中はなるべく多く交流して、デートをたくさんする。結婚したら毎日お互いのことを話す時間を作る。その日に何をしたとか、話すことが無いなら、その日の食事の感想を話すだけでもいいから。折角夫婦になるなら仲の良い夫婦を目指したい。どうかな」


 バイジル様は真っ直ぐに私を見て、優しく笑ってくれました。やっぱりとっても優しい方です。

 出来れば、私は仲良しの夫婦になりたいって願っていたのですから。どうして分かったのか、不思議ですけど。私に否はありません。


「喜んで。よろしくお願いします、バイジル様」


 そうして婚約書類を作成したお父様は、バイジル様のサインと私のサインを書き終えた途端に、王城へ提出してくる、と意気揚々と出かけてしまわれました。

 成人しているバイジル様なので、ご実家への報告は後でも構わないのです。もうバイジル様のご実家への話は通っているわけですし。


「フィネリー嬢のお父上、とても楽しそうに行ってしまわれたね。色々話をしようかと思ったけど、あれでは話どころじゃないでしょうし。折角なのでフィネリー嬢、お庭を案内してくれますか」


 顔合わせは我がボット伯爵家の応接室で行われていました。ですので、庭の案内は構いませんが。

 ええと、まるでエスコートするかのように腕を差し出してきました。その腕を取っていいのかしら。

 恐る恐る腕を取ったら、とっても嬉しそうな笑顔を浮かべて仰ってくださいました。


「それじゃあ早速デートしましょうか。お互いのことを知るためにもたくさん話しましょう」




(了)

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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