表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渡り鳥と英雄譚  作者: インタガリバー
プロローグ
1/1

ニック・テイラーの受難

 テイラーの目覚めると、真っ先に見知った木造の天井が目に入った。暫く眼を瞬かさせ何度かの呼吸を意識的に行うと、テイラーは自分が相当に遅く床に着いたことを思い出し、また相当に寝ぼけてしまっていることを自覚した。


 サイドデスクの上をもぞもぞと手探りに舐め回し、使い古された近視眼鏡を見つけ出す。眼鏡をゆっくりとかけ部屋を見回すと、古くなり光量の小さくなってしまったがために読書用としていたスタンドライトが、夜半の内に遂に事切れてしまったことが確認できた。テイラーは小さく嘆息すると、柔軟体操を行い身体をゆっくりと起こしていった。半刻も過ぎれば太陽は直上に登るだろうという頃だった。


 携帯食料とするはずだった干し肉を噛みちぎりもそもそと咀嚼する。塩辛い味付けを誤魔化すために山羊の乳で流し込む。昼食は粗末なモノだった。テイラーにはその自覚もあったし、それを改善したいという気もあったが、そこまで手が回るほど心も蝦蟇の口も豊かではなかった。そのままの調子で粗雑に身支度を整え、手入れを疎かにしたナイフと使い込んだ皮革のグローヴを身につけた。扉も建て付けが悪くなったようで、大音量で不快な音を鳴らした。


 テイラーは何分定職に就いているわけではなかったが、人よりは恵まれていた体格と幼少期に叔父に教え込まれた理論の欠片もない体術を武器に猛獣狩りで生計を立てていた。今日も特別何かが変わることもなく猛獣を狩らなければいけない。干し肉も残りが少なくなっている。


 この辺りの森は茂みが多く、陽が差さないために鬱屈としている。生活に問題がなければこんな森に入ることはないだろう。


「嫌になるな。」


 テイラーは嘆息し、独りごちる。森に入ったばかりだと言うのに早々に猛獣の息遣いがテイラーの耳に滑り込んでいた。ここは村の東側に面しているが、振り返っても特段柵や鳴子がある訳ではない。思わずまた嘆息する。狩りを生業として長いが当初から抱く疑念は変わることがない。彼らは何者なのか。


 ナイフを逆手に握り込みゆっくりと姿勢を落とす。耳を澄ませるが、今日は風が強く草木が騒がしかったために失敗に終わった。


 ナイフを近場の茂みに突き刺す。それはテイラーが生み出した明らかな隙だったが、獣は襲って来なかった。恐らく完全に位置も割れていることだろう。北、西、南は最近実入りが悪かったが誘われていたのかもしれない。テイラーが最悪の予想を立てはじめたとき、その耳は左後方から強く揺れる草の音を拾い上げた。


 テイラーは即座に地面を蹴り姿勢をそのままに後方へと跳んだ。正面から迫ってきた四足の獣の爪撃を刃の表面に流すように受け、左足で踏みこむと同時に獣の後ろ脚へと左の拳を突き出す。互いの身体が交錯し、相手を視界の中心に入れるよう向き直る。息を吐く。


「Garururururururu」


「参ったな。いきなりピンチか。」


 グローヴ同様皮革性の服は右脚の腱の辺りに長い3本の筋が刻まれていた。ナイフを握った右手もまた指が4本と様相を変えていた。後ろで鳴った音はブラフと断じたが、間違いだった。この場には2匹の獣が居た。動揺して受け流しの起点がズレてしまったようだ。


 背後から不快な音が聞こえるが、小指が縫い付けられなくなったに過ぎない。テイラーはそれを意識の外に追いやった。動揺はあったがテイラーは既に落ち着いていて状況を把握することに努めていた。


 不快な音が途切れるのを待たずに、今度は左膝から足にかけてゆっくりと力を入れた。瞬刻、獣の瞬きに合わせ前方へと打ち出されるように駆け出した。ナイフを順手へと持ち替え、目に突き刺すように繰り出す。獣はバッグステップで回避しようとしたが、ナイフは勢いを止めることなく眼球に向けて直進した。獣は即座に今度は左方にステップを入れ既の所で回避したが、テイラーの左手がその指と胴体を鷲掴みにした。続いて右手で顎を下から上へと打ち据える。身体を入れ替え、後ろから跳びかかった2匹目の獣の口撃を掴んだ獣の身体で受け止める。


「GugaaaaaaaaaaaaAAAA!!!!!」


 鮮血が滴る。テイラーは投擲したナイフを拾い、獣と牽制の間合いを保ちながら掴んだ獣を斬りつける。始末をつけ切るのを待たずに獣は距離を付け跳びかかり、テイラーは掴んだ獣を盾の用に翳そうとしたが、即座に手放した。獣はテイラーの左脇を潜り抜け、背後から襲いかかる。テイラーは振り返ることが出来ないことを悟り、即座に身体を前へと倒した。首を狙った獣の口撃は目論見を外れ、宙空に無防備な腹を晒す形となった。顔が地面がつくよりも先に腕で大地を捻り押し、脚を跳ね上げる。踵落としの容量で脇から腹を蹴り抜いた。


 獣は肺の空気を押し出され情けない声を出し、その後樹木に身体が打ち付けられた。指が弾けたのか鮮血を散らす。即座にナイフを首へと投擲し、息の根を止めた。


「まだ20歩も進んでないと思うんだがな。」


 テイラーは嘆息すると獣の死骸を森の端まで引きづり、解体してそのまま村へと戻っていった。途中また1匹獣がやってきたが、交差法を以て口撃のタイミングに合わせて頭蓋を肘と膝で挟み込むことで簡単に対処した。


 猛獣狩りは安定した収入を得られない。そもそも獲物に遭遇しないこともあれば、利益にならない獲物に遭遇、損耗して狩りを中断しなければならないこともある。この村の近辺では特にその特色が強い。


 3匹の骸はどれもが「指喰い」と呼ばれる獣だった。その特徴は狩った獲物の指のみを喰らい、また喰らった指が表出した悍ましい見た目であることだ。肉の味はそれなりだが、当然のように不人気だ。テイラーも特にその姿を直視する側であるために、好んで糧とすることはない。簡単な話、この村の近辺は指喰いの住処とだった。理由は明白だが、外との交流の薄い村のために家畜も高級肉だ。渋々、それでも安い値でこの肉は買われていく。それでも収入は収入だと、テイラーは多少顔色を明るくした。


 村に戻るとテイラーは村長の家へと向かった。肉を含めた外来のモノは一度村長の家へと集められることになっている。歴史、慣習、独自文化。理由は多岐に渡るが、この村に住む殆どは農民であり、樵や石工が数える程にいる程度であるから実際合理的と言える。


「おお、帰ったか。またユヒを狩ってくれたのか?」


 村長は人の良い笑みを浮かべながら、思ってもいないであろう感謝を告げた。この村には柵も鳴子も張り巡らされていない。


「はい。これぐらいしか能が無いですから。」


 テイラーは薄ら笑いを返した。痒くもないのに頭の後ろの方を掻くのが癖になっていた。


「そう謙遜するモノでもない。この村にはユヒにだって敵うものはお主ぐらいじゃ。」


「はは。では、素直に受け取っておきます。」


 村長はゆっくりと頷き、今度はテイラーの欠けた指へと焦点を当てた。


「婆さんに治させるか?」


「いえ。この程度なら自分でも治せますので。」


「そうかい。」


「ええ。」


「しかし私はいつも不思議じゃよ。」


「何がです?」


 テイラーはいつものように声を地声から半音上げて聞き返した。


「婆さんだってそれなりの遣い手の筈だけれど、お主ほど綺麗に治ることはない。ここに来る前は聖者とでも言われてたんじゃないかい?」


 それは疑念の眼差しだが、慣れたモノだと飄々とした態度で受け流す。


「詮索されるほどの過去はありませんよ。今も昔も猛獣を狩るぐらいしか出来ないんですから。」


 村長とは軽い挨拶をしたのち、別れることとなった。肉と交換で干し肉を少しと秋の野菜を麻袋に詰めて貰った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ