第30話
俺は1人、次の街へと続く街道を歩く。
涙が溢れそうになると、走って走って振り払う。
食事も睡眠も取らずに進み続ける。兎に角、あの街から離れたかった。あの思い出から逃げたかった。
2日後、次の街に着くと宿で部屋をとり、日本へ帰った。
装備も服も脱ぎ捨て、俺は風呂へ向かった。
「ふぅー」
久し振りに自宅の風呂に入ったような気がした。
左手の指輪が泣いてるように見えるが、首から下げた2つのリングは答える事は無い。
風呂から上がるとビールを飲む。
「俺は異世界人に成れたんだぜ?お前たちと同じ時を歩めるようになったんだ。なのに・・・」
涙が溢れて止まらない。
次の日も、その次の日も、異世界に行くのが辛くて俺は部屋に籠っている。
ビールを飲み、泣き、眠る。ただただ、それだけの日々。
「キュン!」
「へ?」
「キュキュン」
なんでA1が日本にいるんだ?
あ、マジックバックに入ってたから来れたのか。普通、生きて物はマジックバックに入らないから忘れてた。どうしてお前はマジックバックに入れるんだろうな。
「キューン?」
お前に訊いてもわからないよな。
「テーブラとクロッチにA1の事を紹介するのも忘れてたな」
「キュキュッン」
「え?お前、2人の事知ってるのか?」
「キュッ、キュンキュキュキュキュン」
「ハハハハハ。俺が搾り取られて寝てる時に2人と遊んでたのか。なんだよ、あの2人も俺に言えば良いのに・・・」
「キューン」
「ごめんな。もうテーブラとクロッチはいないんだ」
「キュッキュンキュン」
「・・・・・・」
「キュッ!キュッ!!」
はぁ。なんなんだろうな。大切な人達を失て、魔物に諭されてる俺って。
「A1。俺、もう少しだけ頑張ってみるよ。このままじゃ、2人からも怒られそうだ」
「キュン」
☆
「もしもし、千秋院、出来たか?」
「・・・まだだ。他に用が無いなら切るわよ」
「ああ、頑張ってくれ」
「あぁ」
そりゃ、そうだよな。出来てたら連絡くらい寄こすだろうし。
俺が手伝えれば良いんだけどなぁ。
「キュン?」
ああ。そうだよな。始める前から諦める理由を考えちゃダメだよな。
今の俺には地球限定だけど、無限に近い時間がある。
今はまだ金貨だけど、売却すれば山ほどのお金もある。
今から薬学を勉強して俺が万能薬を完成させれば良いんだ。
「A1、ありがとう」
☆
その日から俺は薬学の勉強を始めた。
まずは大学に入る為、高校の勉強からやり直しだ。元々俺が出た高校は進学校じゃない。40のオッサンが予備校に通うのは勇気が要たが、目的がある勉強は楽しかった。
1年半の勉強の末、薬学部へ合格し、大学を卒業した。千秋院と働くには佐倉木コンツェルン傘下の企業へ就職する必要があったが、そこはコネでゴリ押しした。
コネ入社のレッテルを全身に貼り付け、働き始めて5年が経った。
千秋院は同僚であり、上司であり、友となっていた。
「なんでお前は10年経っても変わらないんだよ」
「いや、俺も成長してます」
「違うわよ!見た目だけなら私の方が年上に見えるじゃない!」
「あれ?たしか、今・・・41?」
パコーン
「まだ39よ!」
「痛ッ!怪我したら万能薬使わせてもらいますよ!!」
「そっちは高いからダメよ。劣化版の方なら・・・自分で調合しなさい」
俺が決意をしたあの日から10年以上の月日が経った。万能薬は完成した。ただし価格は非常に高く、一般に販売される事は無かった。
万能薬は秘密裏に佐倉木コンツェルンの為だけに使われる見込みだ。
劣化版の方は万能薬に比べると安価で作るれる為、4年前から今に至るまで取り扱いが保留とされている。
「千秋院さん、俺、退職します」
「はぁ?何を言っている、頭の叩き所が悪かったのか?」
「叩いた本人が言わないで下さい。製造ラインの構築まで完成しました。値段が高過ぎる件は残ってますが、薬としては完成です」
「本気なのか?」
「えぇ。元々は俺の好奇心から始まった事です。実際に万能薬が作れたなら、もう満足です。心残りは無いですよ」
「あれを持ち込んだのもお前なら、調べろと言ったのもお前だ。そして実際に作った。全部お前の我がままに付き合わされた気がするな」
「研究者としては楽しかっただろ?」
「そりゃそうだ」
千秋院との付き合いも10年以上になる。一緒に働いてから5年も経つが男女としての発展は全く無い。
彼女は研究に恋をし、研究を愛し、研究と結婚するような女だ。そこまで振り切った人間だからこそ尊敬できる。
思い起こせば、俺の妻2人も強さに対して妥協を一切しなかったな。だから惚れたし、尊敬出来た。
☆
「A1、ただいまー」
「キューーン」
この10年で一番変化したのはA1だ。
最初は掃除も上手く出来なかったが、今では立派なハウスキーパーだ。
A1無しに俺の家は維持できない!と言える程に成長した。
「久しぶりに異世界に行こうと思う。お前も行くか?」
「キュン!」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・地名とは一切関係が無い訳が無い。




