1回表
38年振りの阪神日本一に街中が沸き、賑わう中
大親友の覇寿太と共に予備校から足早に帰宅していた
覇寿太はどこか落ち着かない様子だが俺は広島ファンなのでこのお祭り騒ぎに興味は無い
「なぁ、どっか寄って飯食って帰らん?」
(もし良ければどこかで食事をして帰りませんか?)
このまま家に帰るのは勿体ない、リアルタイムで見られなかった試合のハイライトや何かしらの配信を見ながらこの日本一について語りたいんだと言わんばかりの顔をしている
「俺は別にええよ、今日婆ちゃんおらんし」
(私は構いませんよ、本日祖母は不在なので)
俺は両親揃ってW不倫の挙句、2人とも相手と蒸発したクズ親に代わり祖父母に扶養されている
祖母は人間ドックで引っかかり今日は検査入院
祖父はまだ現役で働いる上に根っからの阪神ファンだ
どこか行きつけの居酒屋で酒を飲んで大騒ぎの最中だろう
祖母が何かしらの作り置きはしてくれているものの、どうせテレビをつけても阪神日本一のニュースばかりだろう
それならば友と一緒に食事をとった方が良いと思えた
「ほんならオカンに今日は外で飯食う言うとく」
(それならば母親に本日は外食ですと連絡します)
「うーわ、お前のオカンなんかヤイヤイ言いそ」
(嗚呼、貴方の母親は何かしら口うるさく叱責しそうですね)
「確かに」
(おっしゃるとおりです)
そうだった、忘れていた
コイツと晩御飯を共にするには食事が不要であると言う事をあの母親に伝えなければならないのだ
面倒くさい事を言い出さなければよいのだが
「あ、オカン?俺今日飯食って帰るわ」
(もしもしお母様?私は本日外食後に帰宅します)
そう言い終わると同時に被せるように大きな声が突き抜けて聞こえてきた
スピーカーにしていないのにこの声量だ
「なんでぇ!アンタはよ言うてよ!!お母さんもうご飯作ったのにアンタはいっつもギリギリにそうやって…前も学校のプリントアンタが見せんから、てかヤクルトに勝ったな!お母さんテレビ見てたんやけ」
(どうして貴方は早く言わないのか!母は既に食事の準備を終えているにも関わらず貴方という子は直前になって…以前も学校の連絡事項を知らされず、そういえば阪神が勝ちましたね!母はリアルタイムで観戦していたのですが)
母親が言い終わらないうちにうんざりとした表情で通話終了を押す覇寿太を見て同情した
「何食う?サイゼとかで良…」
それ以上の声を出す暇も無く一瞬で視界は真っ白になり眩しくて目を細める
その光が車のヘッドライトだと認識しかけた時には既に体は浮いていた
エンジン音はほとんど聞こえずその向こうで男の怒声と女の悲鳴のような声が複数聞こえた
かなり遠くまで跳ね飛ばされたようだが植え込みに落ちたのか頭はあまり強く打っていないようで意識はあった
死んでない、良かった
しかし体が痛い、熱い、視界も定まらないが大きな激突音と悲鳴がまだ聞こえる、何度も何度も
何が起きているのか分からない、腹が熱い熱い熱いそして痛い
パニックの中いっその事意識が無くなればと願うと同時に記憶が途切れた
何にしても死ななくてよかった
覇寿太と同じ大学に行きたいし一緒に野球も続けたい
それに受験生だというのに彼女も1か月前に出来てしまった
まだちゅーしかしてないんだ
童貞も捨てていないんだ
とにかく死ななくて良かった