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第8章 青の魔女と天才魔術師の禁じられた遊び

それからビクトールの試行錯誤が始まった。リリアーナが採取したルリノハタテアカリは貴重なため、試作品を多く作れないのが最大の難点だったが、これまでに作り上げた理論体系を現実に当てはめていくやり方で実験を進めた。その間もリリアーナは毎日訪問しては、差し入れを持って来たり、どうでもいい雑談をしに来て、いつの間にか彼女がいる日常が当たり前になった。学校が終わると、ビクトールの家に行って弟たちと一緒に遊ぶのも日課になった。


婚約破棄から1年が経とうとしていた頃、ようやく毒薬が完成した。


「ようやくこの日が来たのね! ありがとう、ビクトール! この恩をどうやって返せばいいのか分からないわ!」


リリアーナの喜びは尋常ではなかった。そんな彼女を、ビクトールは複雑な表情で見つめた。


「最後に魔法薬を使う者が真剣に祈りをささげると完成度が上がるらしいが、俺は信じていない。あんなのただの迷信だ。魔法薬は完璧な理論と緻密で正確な技術で全てが決まる。でもどうせだからついでにやってみる? 念を込めることで、その者にとって一番いい未来へと導いてくれるんだってさ」


「なんでもいいからやってみましょうよ。この薬を持って祈ればいいのね?」


リリアーナは、ビクトールから毒薬の入った小瓶を受け取って、大事な宝物を扱うように両手で包み込むと、目をつぶって何やら小声で呟いた。


「本当に実行するの? それでどんな結果になろうとも?」


「もちろんよ! 大成功すれば万々歳だけど、そうでなくても私は不世出の悪女としてこの世に名前を残せるのよ! 悪名は無名に勝るって言うでしょ?」


そう言って笑うリリアーナは、この上もなく眩しかった。世にも恐ろしいことを考えているはずの彼女は、生命力にあふれキラキラしていた。言っていることもやっていることも悪女そのものなのに、なぜこんなにまっすぐ美しいのか彼には分からなかった。


毒薬はランチの時間に混ぜることにした。昼食は大広間に全生徒が一気に集まるので常にごった返している。そのどさくさに紛れてしまえば、混入するのはそう難しいことではなかった。ビクトールは、自分も手伝おうかと申し出たがリリアーナは断った。彼を矢面に立たせないという言葉は本当らしく、全部自分でやるつもりらしい。彼女は、自分の持てる魔力全てを使って、ルークとフローラの注意を他に引き付けて、彼らが目を離した隙に毒薬を混入した。


後は、二人がもがき苦しむのを待つだけだ。リリアーナは今か今かと待ち構えた。ようやくこの日が来たのだ。屈辱を晴らす日が。一日たりとも忘れたことはなかった。国のためと信じて自分の置かれた役割を精いっぱい果たそうと努力して来た。王太子妃としての役目を果たせばいつか家族にも認めてもらえる。魔力が弱いハンデをそれ以上の資質で満たして見せる。それがルークの心変わりで全て駄目になった。いくら頑張ってもお前のせいと責められた。リリアーナには分からない、この世界の理が。だったら自分から理を壊してやる。己の正しさを一片も疑ったことのない奴の正しさを奪ってやる。そのためなら自分はどうなってもいい。今日がその日なのだ。積年の恨みを果たす瞬間を見逃したくなかった。


一方で、ビクトールは、普段足を踏み入れたことがない大広間の入り口に立って、事態の推移を見守りながら、初めてフローラという人間について考えた。フローラとビクトールは境遇がよく似ている。どちらも平民出身で、類まれなる魔力の持ち主、片や聖女候補、もう片方は天才魔術師の卵。それなのに待遇は全く違っていた。フローラは王太子の婚約者として、今や全国民から羨まれる存在である。しかし、ビクトールは、生まれ育った町にも貴族社会にもなじめず、陰に隠れて非合法なやり方で小金を稼いでいる。どうしてこんなに違うのだろう。女だから? 王太子の婚約者だから? それなら、どうしてリリアーナは排除されたのだろう。リリアーナだって女である。かわいげのない性格をしているが、それでも理不尽に人を貶めたことはないはずだ。なにがこんなに違うのだろう。なぜ自分とリリアーナは世界の片隅に追いやられたのだろう。


共犯関係の二人は固唾をのんで見守った。そろそろ効果が出る頃だ。やがて、ルークとフローラはもがき苦しみ始めた。リリアーナは歓喜の雄たけびを上げたいのをぐっと我慢した。ここまではよかった。しかし、その後折り重なるように倒れたかと思うと、見る見る間に身体が縮んで服だけが残された。何かおかしいと思ううちに、服の下からケロッ、ケロッと鳴き声が聞こえてきた。何と、服の隙間から二匹のカエルが出て来たではないか。大広間は慌てふためく声と、こらえきれずに笑い転げる声であふれかえった。


リリアーナは真っ青になりながら、直前にビクトールが言ったことを思い出した。


「毒薬を調合するだけでも非常に難しいが、完成したとしても成功するとは限らない。成功しなかったらとてつもなく間抜けな結果になる。貴重な材料を使ってもその辺のジョークグッズと大差ない恐れがある。見た目は同じだから、結果がどうなるか実際に使ってみないと分からない」と。成功と失敗を分けるのはほんの小さな差異と彼は言っていたが、なんてこった。最後に祈りまで捧げたのに。リリアーナは頭を抱えた。


「容疑者を連れてきました!」


二匹のカエルが保護された後、王太子の取り巻きが一人の生徒をしょっ引いて来た。何とそれはビクトールだった。


「珍しく大広間に姿を見せたから怪しいと思いました。廃墟になった旧校舎で何やら危険な実験を繰り返していたという証言があります。魔法薬の調合が得意で、学校に無断で薬も作っていたようです」


ビクトールを巻き込むつもりは毛頭なかった。これはリリアーナが計画してやったことだ。もし彼に疑いがかかれば、彼の未来は潰えてしまう。ただでさえ平民出身の特待生という弱い立場なのに、王太子に薬を盛ったとなれば、貴族より重い処分が下されるのは必至だった。


「待ちなさい、その者は関係ないわ。私が一人でやったのよ!」


リリアーナは大広間に響く大声で叫んだ。一斉に彼女に注目が集まる。王太子の取り巻きたちは信じられないという目で彼女を見た。


「何を意外そうにしているの? 婚約破棄された腹いせで、1年間計画を立てて今日実行したの。勝手に人の婚約者を奪っておいて、おとがめもなしにのうのうとしているのが許せなかった。この平民は無関係よ。捕まえるなら私を捕まえなさい」


「お前がこいつのところに足しげく通いに行っていたという目撃情報があるぞ!」


群衆の中から声がした。リリアーナは皮肉な笑みを浮かべながら答えた。


「この人に相談しに行ったこともあるのよ。でも断られたわ。そんな恐ろしいことできないって」


こうしてリリアーナは連行されたが、その後も学園は大混乱だった。無罪放免となったビクトールは、混乱に陥った人々をかき分けるように、放心状態のまま家に戻った。どうしてだ? どこが間違っていたんだ? ずっと一つの疑問が頭の中でぐるぐる回っていた。理論は完璧だったはずだ。手順も操作も寸分の狂いがなかったはずだ。彼は打ちのめされていた。研究者としてのプライドはずたずたに引き裂かれた。


2匹のカエルが出て来た時大広間は爆笑の渦に包まれたが、自分が嘲笑されているような心地がして、羞恥心の余り全身の血の気が引いた。リリアーナに悪の花道を用意してやりたかったのに。彼女の望みを叶えてやれなかった恥辱と後悔が彼を襲った。そして彼にはもう一つのほの暗い願望があった。リリアーナは自分を矢面に立たせないと言っていたが、万が一バレた時は自分も罪を被る覚悟でいた。リリアーナと最期まで運命を共にしたかったのだ。現世で一緒になれないのなら、せめて一緒に死にたかった。この1年近く、そんな暗い希望にずっとすがって生きて来た。それが、この世界で未来を夢見ることのできない彼の最大の望みだった。


気付くと、いつのまにか家に着いていた。夢遊病者のように無意識に足を運んでいたらしい。家に足を踏み入れると、トトが「お兄ちゃん!」と走り寄って来た。


「立派な身なりをした人がさっき来てこれを置いていったの。これお姉ちゃんの名前でしょ?」


トトは一通の手紙をビクトールに差し出した。リリアーナの手紙だ。従者に頼んであらかじめ用意した手紙を、このタイミングで送って寄越したのだ。ビクトールはひったくるように取ると、急いで封を開いた。


すると、開けた封筒から、色とりどりの魔法の花がぽんぽんと大量に飛び出して宙を舞い飛んだ。弟たちはわあと歓声を上げながらその花を追いかけた。他には小切手1枚が入っていた。見たこともないような高額の金額が書かれており、これは魔法薬の報酬だと彼は解釈した。リリアーナは今日の結果で自分が捕まることを予測しており、財産を没収される前にビクトールへ寄贈したのだろう。ビクトールは、小切手を手にしたままその場にうずくまり声を上げて泣いた。その周りをリリアーナの魔法の花がフワフワと漂っていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 殺しが成功したと思って歓喜の雄たけびをあげたい…という流れがやはりよくわかりませんでした…読む人によるのかもですが
[良い点] 童話的要素が飛び出してきて、良いなあと感じました [気になる点] 実際に犯行に及んでいますが、その動機部分をやはり感じることができませんでした
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