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第4章 青の魔女、スラム街を視察する

いくらリリアーナでもここまで有言実行するとは思っていなかった。だが、ビクトールは自分の考えが甘いと認めざるを得なくなった。数日後、家に戻った彼を待っていたのは、弟や妹たちと一緒に遊ぶリリアーナだった。


「お兄ちゃん、お帰り! 今日は早かったんだね! お兄ちゃんのお友達が遊びに来ているよ! いい匂いのするきれいなお姉さん!」


8歳になる弟のトトがビクトールのもとに駆け寄って来て言った。


「ばかっ! 知らない人を家に上げちゃいけないと言っただろう! 父さんはどうしたんだ!?」


「またお酒飲みにどっか行っちゃった。お兄ちゃんと同じ制服のローブを着ているから大丈夫だと思ったんだ」


ビクトールが奥の部屋に行くと、リリアーナが杖を振って、色とりどりの魔法の花をぽんぽん出しては、弟や妹を楽しませていた。


「ねえ! こんな子供だましみたいな魔法、普通は笑われるけど、この子たちは喜んでくれるのよ! 私でも魔法を褒められる日が来るとは思わなかったわ!」


リリアーナは青い目をキラキラ輝かせながら純粋に喜んでいた。こんな無邪気な彼女は見たことがない。平民にとっては魔法は珍しいものだから、リリアーナの魔法でも驚いてくれるのだ。


「お姉ちゃんすごいんだよ。さっきは、部屋中をお花畑にしてくれたの。お兄ちゃんよりも魔法が上手なの!」


弟たちは本気でリリアーナの魔法に心酔しているようだった。天才魔術師の卵と言われているビクトールだが、弟たちにこんな魔法を見せてやったことはない。むしろ、彼らの前では極力魔法の話題をしないように努めていた。


「あと、お土産も持ってきてくれたの! これこないだお兄ちゃんがくれたのと同じパンだよ。こんなふかふかなの食べたことないよ」


先日「余りは置いていくわ」と言われた人気店のパンは、リリアーナが食べた残りは弟たちの数しか残っていなかったので、家に帰った後彼らに全部あげた。本当はビクトールも食べたかったが、リリアーナの手前強がりを言ったというのは内緒だ。


「今日はたくさん持って来たからあなたの分もあってよ、ビクトール?」


リリアーナはそんなビクトールの思惑を見透かしているようにフフンと笑いながら言った。それをビクトールは、あえて見ぬ振りをした。


「しつこいだけじゃなくて、物で釣ったり弟たちを篭絡したり、あの手この手で策を弄するんだな。俺がそんな手に乗ると思っているのか」


「あら、これは私の視察のためでもあってよ。婚約者の時は行けなかったこの国の深部を見てみたかったの。例え、もうその必要がなくなってもね。今まで行ったところとは比べ物にならないほどの場所だわ。それなのに、この子たちはまっすぐ育っているのは奇跡みたい。ご両親が立派なのかしら」


「違うよ。兄ちゃんがうちにお金を入れてくれるからだよ。父ちゃんは働かないでお酒ばかり飲んでいるから兄ちゃんが働きに出てくれているの。学校に行きながら働いてるんだよ」


妹のジュジュが口を挟んだ。彼らはまだ幼いから、学生がお金を稼ぐのは本来はおかしいことが理解できていない。兄が非合法な形で金銭を得ているとは知る由もなかった。


「まあ、素晴らしいお兄さんね。あなたたちのことが本当にかわいいのね」


そう柔らかく微笑むリリアーナは、青の魔女とは程遠かった。どうして自分にはこの表情を見せてくれないのか、ビクトールは不思議でならなかった。


「さあ、お姉さんをこれ以上引き留めたら夜になってしまう。夜になったら外には出られないからそろそろお帰り頂こう。俺が途中まで送るよ」


別れを惜しむ弟たちをたしなめて、ビクトールはリリアーナを連れて外に出た。確かにこの辺は夜に若い女性が一人で歩くには物騒な地域だ。いくら彼女を疎ましく思っても、万が一のことがあってはならない。


「かわいい子たちね。私もあんな弟や妹が欲しかったわ」


「俺が陥落しないから外堀を埋める作戦か。あんたは利用できるものは何でも利用するんだな。男に生まれれば優秀な政治家になれたのに」


ビクトールは皮肉を言ったが、本音の部分では彼女の抜け目のなさと行動力に感心するところもあった。


「打算もゼロじゃないけど、あの子たちがかわいかったのは本当よ。本当にあなたの兄妹なのかしら?」


「これからここに来るときは俺と一緒じゃなければ駄目だ。あんたみたいないかにもな貴族が一人でふらついたら襲ってくださいと言っているようなものだ、いくら昼間でも」


「あら、また来ていいってことね。お許しが出て嬉しいわ」


リリアーナの微笑みをビクトールはわざと受け流した。それから二人とも沈黙したまま歩いていたが、しばらく経って、ビクトールは独り言のように喋り出した。


「親父は飲んだくれで仕事も碌にしない。母はそんな親父を見限って家を出て行った。だから俺が面倒見なきゃいけないんだ。家にいると親父からは学校をやめて働きに出ろとばかり言われる。だから魔法薬作りを始めた」


ビクトールは、初めて自分のことを語った。


「本当は学校に寝泊まりしてずっと魔法薬のことを考えていたい。そのくらい没頭していたいんだ。でも家に帰ると魔法の話はご法度だ。平民にとっては、魔法は縁遠いから俺は気味悪がられる。学校に行ったら平民の癖に魔力があるなんてと、また白い目で見られる。どこにも居場所がない。結局魔力なんて持たない方がよかったのかもしれない」


自嘲気味に笑うビクトールの横顔をリリアーナは初めて見るかのように見つめた。


「でも弟さんたちは私の魔法を喜んでくれたわ。大人は知らないけど子供たちは偏見がないから分かってくれると思う」


「弟たちだって大きくなったら俺を気味悪がるかもしれない。人は変わっていくものだから」


彼の声には隠しきれない苦々しさがあった。過去に似たような経験をしたことがあったのだろうと、リリアーナは推測した。


「……それなら王立の魔法技術省に就職すれば? 魔術師の中でもエリート中のエリートが行くところよ? そこまで出世すれば、誰も文句を言う人はいないわ」


リリアーナのこの提案に対して、ビクトールは鼻でフンと笑った。


「魔法技術省なんて平民が入れた前例はない。重要ポストは貴族で占められている。コネも後ろ盾もない俺には無理だよ。多分俺は、学園を卒業したら親父の仕事を継ぐことになると思う。魔法なんて何の関係もない人生だ。」


「それは今まで魔力を持つ平民が少なかったからじゃないの。今のあなたより魔法が上手な貴族なんていないわ。きっと前例なんて簡単に破れるわよ」


「適当なことを言うな!」


思わずビクトールは声を上げたが、言った直後後悔が襲ってきた。


「……声を上げてすまない。とにかくもう少しでこの集落から出られる。後は安全な商店街だからそこで別れよう」


先ほど、リリアーナが自分には柔らかい表情を見せてくれないことに嫉妬を覚えたが、自分も彼女に対して素直になれないことに気が付いた。なぜこうなるのか彼には分からなかった。


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