第2章 極悪令嬢とモグリの魔法薬士
ナーロッパの魔法と言えば火属性とか水属性とかですが、元ハリポタクラスタなのでここに出てくる人たちは杖を使います。
これには彼も言葉を失って目を大きく見開いた。先日の婚約破棄事件はあっという間に下々の民まで広まり、国民の間で知らぬ者はいなかった。公衆の面前で婚約破棄をされて恥をかかされたから復讐してやりたいというのはまだ分かる。しかし、殺すという物騒な言葉が、由緒正しい家の令嬢の口から出てくるとは思わなかった。
「は? 殺す? あんた正気か?」
「まるっきり正気よ。本気だから現実にできそうな人を選んだの。モグリの魔法薬士さん」
モグリ。彼はうっと言葉に詰まった。
「ビクトール・シュナイダー。貴族しか魔力を持たないと言われるこの国において、最下層の平民から高い魔力を持つ者が生まれて、一時期話題になったわね? あなたは特待生として奨学金を得て、ホグスワンデル魔法学校に入学した。そこで頭角を現し、成績はトップクラス。家柄はよくても魔力がい少ない私とは対照的ね」
リリアーナはここで言葉を切って、ビクトールに嫣然と微笑みかけた。
「特に魔法薬の調合では、過去に類を見ない天才児だとか。でも、奨学金だけでは苦しいのでしょう? 周りは貴族ばかりで、貧しいあなたは爪弾きにあうし、この学校には居場所がない。そんな中、本来免許がないとできない高級魔法薬の調合の仕事をこの廃校舎で請け負うことにした。学校には内緒で、学生たちから依頼を受けて高い報酬と引き換えに公には流通していない魔法薬を作る。顧客は金持ちばかりだからいい商売よね。あなたを差別する者たちも、実力は評価しているのかしら」
ビクトールはリリアーナを敵意のこもった目で睨みつけた。
「俺の能力を正当に評価してくれてありがとうと言いたいところだが、まだ若いんで死刑になりたくはないんだ。殺人の依頼ならよそでやってくれ。ここで話したことは黙っておいてやるから」
しかし、リリアーナは、そんな言葉にひるむどころか身を乗り出してきてビクトールに顔を近づけた。
「証拠の残らない毒薬。魅力的よね。魔術師なら誰でも一度は憧れるんじゃない? あなたなら作れるでしょ? 国家機密級の禁断のレシピ、きっと発明できるわよ?」
薄暗く狭い部屋の中で、リリアーナの紺碧の目だけがらんらんと輝いた。ビクトールはその青の美しさに一瞬見とれてしまった。
「……あんたの魔力じゃ、魅了の魔法は使えないはずだ。期待外れの公爵令嬢さん」
ビクトールはふっと視線を逸らしながら言った。彼の言う通り、リリアーナは貴族にしては魔力が少ない。王室とも縁が深い公爵家にあって、魔力が少ないケースは珍しかった。それでも王太子の婚約者に選ばれたのは、他に身分と年齢の条件が合った令嬢がいなかったからに過ぎない。二人の婚約は幼少のころから決まっていた。
「そう、私魔力は少ないの。公爵令嬢とあろう者がね。だから半端者。私にあるのは家柄とお金、それと骨までしみ込んだプライドよ。あの王太子は公衆の面前でそのプライドをズタズタにしてくれた。どうやら真実の愛とやらを見つけたらしいけど、何それおいしいの? 王族としての義務も矜持もないわ。私をコケするとどうなるか分からせてやる」
リリアーナの言葉は、まるで本に出てくる悪役令嬢そのものだった。ビクトールは、高位貴族のいざこざなんて興味なかったが、王太子の婚約者だった女性がこんな性悪女だとは思わず呆れ返っていた。
「真実の愛なんてどうでもいいが、優秀な子孫を残すためなら理にかなってるんじゃないか? フローラとかいう娘は、身分は低くても百年に一度出るか出ないかの聖女候補と言うじゃないか。できそこないの公爵令嬢よりよほど役に立ちそうだ」
ビクトールはわざと意地悪なことを言ってリリアーナを刺激しようとしたが、彼女はどこ吹く風で無視した。
「国王だけでなく、父の公爵も相手が聖女候補ということで、娘の私を守らずだんまりなのよ。どいつもこいつも腑抜けよね。誰も味方してくれない。どうやら、王太子の短絡的な暴走は波風も起こらず、私一人だけが泣きを見る結果になりそうだわ。私一人がおとなしくすれば、世界は平和のまま。でもそんなことさせてやらない、この世界に爪痕を残してやる。ただの復讐なんて生ぬるい、歴史に残る悪事を起こして世界を混乱に陥れたい。たまたま生まれがよかっただけで何の取り柄もない女が一発逆転をするにはこれしかないのよ」
強く誇らしげに胸を張って言う彼女が、なぜかこの時だけは痛々しく見えたのは気のせいだろうか。
「あなたは毒薬を作ってくれればいい。疑いが向けられたとしても私一人が罪を被る。あなたを矢面に立たすことはしないわ。証拠が残らないならばあなたに足が付くことはないでしょうし。功名心を満たすことはできないけど、魔法薬作りなら世界一と言う自負心は満たされる。今までどんな高名な学者でも成しえなかった偉業を、平民出身の特待生が実現させるのよ。腕はあるけど極貧のあなたが、私というパトロンを得れば高価な原料も簡単に手に入る。鬼に金棒じゃない?」
リリアーナの言葉は甘い毒薬のように耳に入って来た。それに抗うかのようにビクトールは嫌悪と侮蔑のこもった目で彼女を睨みつけながら答えた。
「俺にも欠片ばかりの保身と良心は残っているんだ。危ない橋を渡ってまでプライドを満たす愚かな真似はしたくない。あんたはまるで魔女だな、甘言で人を操って己の暗い願望を満たそうとする。その手に乗るほど俺はバカじゃない。帰れ。帰らなければ転移魔法を使う」
椅子から立ち上がり、懐から杖を出して構えの姿勢に入ったビクトールを見て、リリアーナはせせら笑った。
「私も一度きりのお願いで受けてくれるとは思わないわ。だから明日から毎日通うことにします、あなたが承諾するまで。遥か東洋の国には『三顧の礼』という言葉があるらしいけど、私は3回と言わず何回でも来て差し上げましょう。今日はこの辺でお暇いたします。ではごきげんよう」
リリアーナは舞踏会会場でするような優雅な一礼をしてから、自ら部屋を出て行った。階段を降りる音を聞きながら、ビクトールは杖をしまってへたり込むように椅子に戻った。彼女がここにいたのはほんの短時間なのに、どっと疲れが襲った。しかもこれから毎日会いに来るというのだ。
(なんなんだ、あいつは……歩く災厄か……勘弁してくれ)
あんなにアクの強い女は初めてだ。思わず王太子に同情したくなる。でも、宝石のような青い目のきらめきは一瞬でも忘れ難かった。あの時、彼女は魅了の魔法を使ったのか、かなり難解な魔法だから彼女には使えるはずがないのに。ビクトールはどれだけ考えても答えが出てこなかった。
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