06話 触らぬ神に祟りなし
オルダイト王国に入り、アルフィーさんは変装していた。王子であると分かれば、色々と大変なのだろうと表情を見てわかった。
(そういや、俺がローズさんに初めて会ったのも、王都にある奴隷を売っている所だったな)
王国にはあまり良い思い出はないが、せっかくアルフィーさんが俺の為にやってくれているのだと思うと、そういう訳にはいかない。
“魔法絶対的主義”な人達がいるものの、王都で売られている商品は、品揃えが豊富だ。
ローブに文房具、魔道具にと色々な物が品揃えである。
オルダイト王国でしか買えない、限定商品もあるのだ。
「さて、友人が言うには、ローブは必須らしい。それと羽ペンと羊皮紙…、ノートも必要だな。そして〜………短剣必須……だと?」
(短剣?そんなの必要なの?)
驚きと不安の表情が一気に混ざったような。とにかく不安そうな顔色を浮かべたアルフィーさん。
納得する部分が一つ。何故入学で短剣が必要なのか。その友人に問いただしたい気持ちであった。
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必需品をとにかく揃え、あとはやる事がなくなった時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
(………この声って…)
心がざわめきを起こすほど、頭痛がするほど、フラッシュバックが起こるほど。そんな聞きたくもない、二度と聞きたくもない声が、耳に入る。
その方向を見ると、やはりいた。俺の、アーロ・フィンレーだった時の、双子の妹。エラが。
俺と同じ銀髪の長髪を靡かせ、周りの人からは天使のような映るその姿見。そして俺と同じ、紫色の瞳。
間違いなく、妹のエラ。姿を見るだけで、虫唾が走る。
俺の体内にある血がエラと同じ血が、流れているんだと思うと、悪寒を感じる。
それほど、俺はあいつが嫌いだ。もちろん、あいつ自身そうだろう。
見ている時が、スローモーションになるかのように、ゆっくりとエラは動き、誰かを見つけたのか嬉しそうな表情をすると、さっきまでの感覚がまるで嘘のように、いつも通りの速さに戻る。
「………どうかしたのか?」
「いえ、なんでも………ないです」
エラが王都にいるということ。それはきっと、同じ理由だろう。それとも、ただ遊びに来ているだけなのか。
人ごみの中に紛れ込むその姿を見て、どうやら俺の方に気づいていなかったため、安堵する。
胸を撫で下ろし、さっきまで感じていた心臓のバクバク音が、消え去りアルフィーさんと共に、王都を見て回る。
他人のフリをして———。
♦︎
王都で時間を過ごすと、あっという間に流れた。夕日が顔を出し、空はオレンジ色に成り代わる。
今日も一日が終わる。アルフィーさんと共に、王都を出て朝に来た道を引き返そうとすると、朝に居た少女が、未だに掃除をしているのが目に入る。
(あの子、まだやってるんだ)
「あの子、まだやってたのか?あいつったら……」
と、頭を手で押さえるアルフィーさんの姿が目に入る。
きっとあのままずっとやっていたのだろう。そう考えると、居ても立っても居られなかった。
気がつくと足が動き、名前を知らず、初対面である少女の元に駆け寄る。
何かすると思ったのか、体をピクリとあげ、俺の方を見る。その顔は怯えていた。体も僅かに震えているのがわかる。
散々酷い扱いをされてきたのかが、安易に想像できた。
「夜になるよ。家に帰りなよ」
「わ、私………そのっ………まだ終わっていないから………」
朝からやり始めたのだろうと予測をし、何時間も掃除をしているのだと思うと、同情の心が現れる。
(魔法は使えない……。けど、このまま見過ごすのも後味が悪い)
地面に置いて転がっていたブラシを手に取り、水路の汚れを擦った。
洗剤をつけ、力強く擦り付けて。
「い、いいですよ!私の仕事ですし………」
「構わないでいいよ。俺が自己満でやってるんだし」
そう掃除をしながら、その少女に言う。
なんやかんやで二人でやることとなった掃除は、夜までかかった。
アルフィーさんは黙って、待っていてくれた。終わった時、もう暗くなっていたため、帰っているだろうと思ったが、居てくれた。そのことに、感謝していた。
“全く…”と言う声を出しながらも、アルフィーさんはワシワシと俺の頭を強引に撫でる。
初めて頭を撫でられた感覚は、悪くない物であった。だが、14歳となった俺にとっては、やるせない気分だった。
それを笑う物がいた。その方を見るとさっきまで、疲れ果てていた少女が、クスクスと笑う。
顔は汚れていたが、その笑みは作り笑いじゃない。心の底から笑っている物だと、俺は感じた。
その様子を見た俺とアルフィーさんは、互いに目を合わせる。
“そんなにおかしいことか…?”と言う言葉がおそらく心中の中に現れ出し、同時にだと思う。
そんな時、王国の門前から形相な顔で近づいて来る人が一人。
発せられる声は男にしては甲高い声だった。その声を聞いたその子は、肩をビクリとさせる。
「ハーヴィ、お前な!」
怒りの声を露わにするアルフィーさんを見る。その表情は怒っていた。
アルフィーさんの弟、ハーヴィと言う人は、アルフィーさんを睨みつける。
互いに睨みつけているため、バチバチ音が幻聴として聞こえる。いや、そのような効果音が頭の中で、再生された。
「なんだよ?兄様」
「なんだよじゃないだろ。その子に広い水路の掃除を任せるなど……。おかしいと思わないのか?!」
庇い立てているアルフィーさんを、止める人物。それは、紛うことなきその少女だった。
「や、やめてください!わ、私が悪いんです……。その子に手伝わせてもらって………」
「なんだと?手伝わせてもらった?まともな嘘をつけ。お前のような小汚い小娘の手伝いをする奴が、どこにいる?」
嫌味たっぷりで行って来る、アルフィーさんの弟。アルフィーさんよりも一回りがでかいハーヴィさんは、その少女に顔を近づけさせた。一発殴りたくなるような、そんな煽りか頭あったことを。
「いるさ」
「あ?」
「俺は自分から手伝った。嘘でもなく本当に。それに、あんな広い水路の掃除でさせるなんて……。どう考えたって無理がある……」
「あ?魔法適正なしは、生きる資格がないだろ。神からの贈り物……。そう。俺たち魔法使いは、そんな贈り物を手にしたんだ。それを、貴様に何故言われなくちゃならない」
「確かに魔法は神からの贈り物だ。だからどうした?それで人の人生を決めつけるのか?魔法適性がないから?」
「ああ、そうだ」
喋っているところを被らせるのは、正直関係ない。そして俺はまだ続けた。
「そんなの理由にすらなってねぇよ」
きっと今、俺の中では勇気ある行動をしている。そう思ってしまうほど、魔法使いに立ち向かってる。口で。
王国の外で、夜の時間帯で。風が吹き、木の葉っぱが揺れる。雲が流れ、国の方では明かりが灯る。
そんな中で、俺はアルフィーさんの弟に、立ちはだかっている。
「お前、俺より偉いのか?」
トーンが低くなり、どす黒いオーラが見えてしまうほど、殺気に満ち溢れていた。
王家のプライドが。それを自身の兄と一緒にいる子供に、そんなことを言われプライドが崩れ去ったのだろうか。
顔はみるみるうちに変わり、俺の方へと向かって来る。
その顔はまるで鬼だ。鬼のような顔をしているのがわかる。アルフィーさんが止めに入ろうとしたとこを、ハーヴィさんは魔法で止めた。
「おい、他に何かいうことはないのか?」
「あるさ。アルフィーさんと違って、魔法の適性がない人物をモノのように扱っているあんたは、一番下に見える」
何かの本で読んだ事がある。
物事に関わらなければ、災いをこうむることもない。厄介な相手に余計な口出し、手出しをしない方がいい。
“触らぬ神に祟りなし”と言うことわざだ。
まさにこの事だろう。だが、悔しい。
なんでそんな事で、人としての人生を閉ざさねばならないのか。
そう言う思いが、嫌と言うほど味わってきた。
ハーヴィさんは、鬼ような怒りを表した表情で、俺を近くにある木の方へと投げ入れる。
「ぐっ!!」
「貴様、口には気をつけるんだな」
軽々しく俺を投げ、頭を思いっきり打つ。朦朧とする意識の混濁の中で、俺は続けた。
「そんなんじゃ、足元掬われるだけだぞ」
自分でも何を言っているのか。さっきから偉そうな口を叩くが、実際俺は何もできない。
———だけど。
だけど、俺はそれでも変えたい。世の中の常識を。
そう心に固く繋いだその思いを、握りしめ、俺は立った。
そしてはっきりと伝える。偉そうな口を言ってもいい。それで多少の出来事が変わるのであれば。
俺はなんだってする。王家に楯突こうと、魔法使いに楯突こうと、それを跳ね返すほどの力を、俺は手に入れるために。
「やろ……!」
俺が言おうとした瞬間、何か考える仕草をし、俺に告げた。
“勝負をしろ”と。
「お前は、俺にそう言うほど魔法使いとしての腕がすごいんだろ?俺が勝てば、お前を殺す。当たり前だよなぁ?王家に楯突いたんだから。で、お前が勝てば、言う事なんでも一つ聞いてやるよ。どうだ?悪くない話だろう?」
完全に俺が負けると思っているだろう。煽り顔で煽って来る。相手からしたらただの無防備な奴だと感じているはずだ。
そりゃあそうだ。王家の血筋を継ぐものに楯突いたことは、代償が大きい。だけど、これがきっかけで何かが変わるかもしれない。だから、俺は賭けた。
自分の命と天秤に俺の信念を貫いて———。