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辺りは暗くなり焚き火の炎が闇を照らす。
音は静まりただパチパチと木を燃やす音が耳に聞こえ…今日の夕飯が運ばれてくる。
野営ではあるがこうやって村の近くだからこそ文明の力を使った汁物や保存の効かない食糧が食べられる。
「ほぅ…今日の夕飯はブルーボアの煮込み汁ですか!懐かしいですなぁ」
横に座るレイノルドさんはそう言いながらスプーンで肉の塊を掬い口へと運ぶ。
私もそれを真似し肉を掬い口へと入れた…味としては野菜と煮込んでいるようで猪特有の臭みが少なく多少はするがそれすらも美味しく思える。
肉は口に入れた瞬間糸のように解けその糸一つ一つに旨みがぎっしり詰まっているようだ。
確かブルーボアは猪が魔獣となったボアの亜種だったかな?
亜種といってもただ単に青々とした森を保護色にするために身体の毛皮を緑寄りの青になった個体だ。
特徴としては普通の猪より魔力があるからか筋肉が発達しており硬く普通に焼いて食べる分には硬くて食べれたもんじゃないってのが特徴だ。
そんなブルーボアは狩った後血抜きし野菜を入れた塩水に浸しておくことで柔らかくなる。
ボアとの味の違いは食性が雑食ではなく草食のため臭みは多少あるが雑味がない。
猪より少し筋肉が発達していると言っても危険度はボアと同じくEランクに分類され村の狩人でも倒せる部類だ。
「傾注ッ!敵影ありッ!」
ゆっくりしてたのも束の間偵察を行っていた兵士が傷だらけの騎士を馬の後ろに乗せて叫ぶ。
その言葉に周りにいた楽しく談笑していた騎士や今口にスープを入れようとしていた兵士がその場に持っている物を置き各々の武器を手に取った。
「東の空よりワイバーンの群れがありました…第二東偵察隊で只今応戦中でありますッ!応援宜しくお願いしますッ!」
「聞いたな皆の者…今より2分後に東の地へ馬を走らせ援護せよッ!」
暗く焚き火の音しか響かなかった夜に大火が灯り金属音が煩くなり出す。
…東というと陽が出でいる時に見えたあの山辺りだろうか?
偵察隊は四方に分かれそれぞれ魔物が出ないよう駆除し安全を確保するのが役割だったが大外れを引いたようだ。
ここまで戦闘音が聞こえないのを聞くにかなり遠くで戦闘が行われているんだろう。
騎士は馬に乗り手には松明を持ち先頭に立ち馬車での移動では見れなかった速度で山へと走り出す。
それに続き兵士は道具を片手に照らされて行く騎士の後ろを追う。
私はただただその光景を見ているだけだったが私の前に2匹の馬が止まる。
片側は豪華な装飾を纏うアマガル家当主のレイアン様…そしてもう片側は明らか貴族という服を纏うアルキアンの姿があった。
「さぁ僕らも行こうッ!」
アルキアンはこちらへと手を出して私に馬の後ろに乗るように催促する。
…いや貴族の当主とあろう者が騎士もつけずに移動するのはどうなのだろう?
ほら後ろで兵士があわあわしてるよ。
私はその手を取りアルキアンの乗る馬の後ろへと座るとレイアン様が「ふふッ」と笑った後に馬は鳴き走り出す。
レイアン様は悪戯をしたように笑い先へと走っていった兵士を抜き更にその先を走る騎士の馬を抜く。
騎士は「何故当主様がッ!」という声を上げ当主は更に笑みを深める。
どうやら相当に当主様は破天荒だったらしい。
にしてもレイアン様とアルキアンが乗るこの馬?は本当に速いし賢い。
崖を自らの判断でジャンプして飛び越える馬なんて見たことないよ。
「煌々なる光よ…我が眼前を照らせッ!『ライト』ッ!」
前と出たせいで騎士達が先頭で照らす火の灯りがなくなったことで暗くなる道をレイアン様が魔法で照らす。
その光が明るくなると共に馬は更にスピードを上げ風を置き去りにするかの如く走る。
そうしているうちに辺りの自然が折れたり焼かれたりしている跡が見え始めワイバーンの特徴的な咆哮が聞こえるようになる。
ワイバーンは竜の成り損ない…だが仮にも竜の一種である亜竜に分類される。
前倒したのはフロストワイバーンだったがあんなんでも竜の一種だ。
あれは明確に属性弱点があり炎を嫌い体表に熱が加わることで鱗が溶けるからこそ簡単に倒せる。
何だったら氷は操れるが水を操ることはできない…どちらかというと風を操るのに長けた奴だからこそ最弱と言っても過言ではない。
「見えたッ!こんな山にいるんだから予想はできてたがアースワイバーンかッ!」
アースワイバーン…危険度を示すランクはBと高く基本的に集団行動はしないはずだが今回は例外のようで目に見える範囲でも5体はいる。
硬い皮膚にその上にそれより硬い鱗を持ち苔と長年土を被っているため木の枝や石なんかが鱗を覆う正に要塞の様な亜竜。
ワイバーンであることを示す自慢の翼にもその土や苔があるため若いうちは多少飛べるが年齢を増すごとに飛べなくなる…今回は土があまりないから若い個体だ。
総合して竜種ってのは歳を取れば取るほど魔石が形成され心臓部分にドラゴンハートってのを生み出しそのドラゴンハートを使い膨大な魔力を操る様になる。
竜種はそのドラゴンハートの力で特有のブレスってのを使うんだが100年単位で生きている個体は全力の一息をすれば村の地形ごと吹き飛ばす威力になるとか。
アイツらはワイバーンで生まれたばかりの個体だからまだどデカい咆哮程度で済んでいるが成長したらどうなることやら。
「さぁて災厄の若い芽は先に摘んでしまわんとな」
そう言い放ち馬から飛び降りたレイアン様は剣を抜く。
後ろからはそんな破天荒な当主に必死について行こうとし疲れ切った騎士達。
今ここに亜竜の中でも優秀な地属性のワイバーンとの戦闘が始まった。




