216
『パプー…パプー』
船から汽笛の音が聞こえ船は陸に到着する合図を響かせる。
私達は魚人族の国シーヒルズから大陸へと帰還してきたのだった。
孤島からシーヒルズについてからは…まぁアルキアンが外交の会議があるとかで私はその間釣りに勤しんでいた。
そうして数日過ぎてから帰ってきたわけだ。
私の横ではそんな大口の外交先を得たことで疲れ切っているアルキアンが寝てるわけだが…起こすのは少し気が引ける。
私は机の上に置いてある魔導船の模型についている魔石を引き抜き音を消した。
金貨を払って買ったモノなんだが見る分にはいいのだがかなり煩いってのが難点だ。
兎に角私達はシーヒルズから帰ってきたわけなんだが…。
「あと数時間後にまた馬車に乗らないといけないのかぁ…」
そう私とアルキアンは帰ってきて早々に次の予定を家主に告げられた。
次の目的地は獣の身体を持つ半人種である獣人族の住まい統治する国であるレギスタ獣国。
どうやら位が高くなるほど面倒な祭りには誘われるようになるようでレギスタ獣国で行われる建国記念祭に参加しなければならないらしい。
獣人族は様々な種族が存在しそれを一纏めで獣人族と呼んでおりその名の通り身体のどこかしらに獣の姿を持つ者のことを言う。
元は聖国の奴隷として生きていたがある時奮起し暴動を起こし獣人族を束ねたことで国を造ったと言う過去が存在する稀有な国だ。
まぁそれのせいで聖国とは常時敵対しており今でも睨み合いが絶えない…一部では人族の排斥のため動く集団すら作られている。
そんなレギスタ王国の現獣王はその暴動を起こし扇動した一族が今でも治めておりその獣王こそ今を生きる傲慢の大罪者らしい。
その身体は黒より黒い太陽すら反射させない漆黒の毛皮で覆われており手に生えている爪で皮膚を引き裂かれると一生癒えることがないと噂されているがその実心優しき王なのだという。
そんな王の謁見もしなければならないのだからアルキアンの心労は測りきれない。
…私はシーヒルズの一件から家主とそれに従う者の関心を得ることができたようで正式に認められることとなった。
私は一介の冒険者ではなくアルキアンの家臣となることができたのだ…まぁ家臣と言っても外交には参加しないし形だけの身分なのだが。
やることはアルキアンの身の回りのお世話なんだがこの家にはメイドがいるから私が動く前にアルキアンのお世話をしているからやることがない。
というか私もメイドにお世話されている…この私でも身体強化しているのにメイドの動きを読むことができない。
気づいた時には私の後ろに立ち高貴っぽいフリフリの服に着替えさせられている。
あんまこういう服は苦手でその場で脱ぐとメイドは神速と言えるスピードで着付けをするのだから脱ぐことが出来ない。
まぁそこら辺は長くいることで何かしらお世話させてくれるだろう…私はここの家臣になってせいぜい数時間程度だから信用されていないのも分かる。
「気長に待つこととしよう…うむ」
「うぅ…れな?」
私が独り言を呟いていると隣から声が聞こえたことでアルキアンが眠りから覚めてしまったようで目をこすりながら身体を起こしてきた。
時間としては出発するまで後2時間程なのだがと思っているとアルキアンの背後には二人の影が見え瞬きをした後にはその背後に洗面器と櫛を持ち身支度を行うメイドの姿があった。
私は恐る恐る自分の背後を見るとやはり私の背後にも二人のメイドがおりその手に持つ櫛とドライヤーのような魔道具で髪を整えられていた。
音もなく扉を抜け近づき触られていることすら気付かせぬその身のこなし…このメイドこそ私が目指す先?
正に暗殺者より暗殺者している…貴族の本家に従える者は化け物だと思わされる今日この頃であった。
「ふぁぁ…そろそろ行かなければ」
そうアルキアンが言うと煌びやかな装飾が施された服に手を通しそのまま私に向かって手を出して来た。
どうやらあの黄昏時の一件からアルキアンは私に手を差し出すことにハマっているようで馬車や何かしらの行動を共に行うときは私にこうやってくる。
アルキアンの年齢だったら…そういう時期もあるわなぁと私は考えながらその手を握ってしまう私も私なのだが。
大人になったら揶揄ってやろうと頭の中でほくそ笑みながら手を差し出された上に載せてベッドから立ち上がると虚空庫から外套と仮面を取り出してそれを顔に貼り付けた。
背後からは「あぁ~」と落胆したような声が聞こえる。
折角フリフリの服に着替えさせられたが…まぁ私は冒険者だからねこのぐらいは許されるだろう。
そうして玄関を抜け馬車が待つ所へ歩く。
馬車の周りには今まで以上に馬のような獣に乗る甲冑姿の騎士やその側で槍を構える軽装の兵士の姿。
馬車の数は二つ…一つは家主が乗る特別な家紋が入った馬車でもう一つはアルキアンと私が乗る馬車。
「全門開けーッ!アマガル様出立也ッ!」
時間が過ぎ騎士の声が聞こえついにその時が来た。
馬車はゆっくりと動き出し屋敷の門を抜け家が立ち並ぶ街道に出ると歓声が響く。
その一つ一つがアマガル家を讃え称賛する声だが…その中で塩の供給に貢献したアルキアンに感謝する声が聞こえ私とアルキアンは顔を見合わせ笑うのだった。




