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「ここまで…か」
そんな掠れた声が6つ目の魚人から聞こえる。
今もなお前からはどんどん水の槍が襲いかかってくる…最早ここまでといった形なのだろう。
背後には歪み白に染まった空白がありそこに飛び込んだが最後漁村にいた者どものようになるだろう。
「吾が…吾がここを防ごう!力の限りを尽くし壁となろう…もうそれしかできないだろうからな」
そう呟き口から血を吐き6つ目の魚人が私とアルキアンの前へと出た。
足元に残る青色をした海の一部を操り壁を作り出し多腕を広げて私達を守るように立ち塞がる。
…槍の雨は降り止まず魚人の肉は削られる。
「決めるしか無いか…これ以上はやらせない!憤怒の灯火よ…復讐心に応えて燃え上がれッ!」
アルキアンがそう言うと身体に炎を纏う。
憤怒の炎が今まで傷つけられた痛みや零れ落ちた血に呼応するように脈動を始める。
周囲の怒りや憎悪を集め更に燃え上がりその身体は真っ黒に染まる。
それに対して私には何ができるだろうか?
魔力の残量もここまででかなり減ってしまったし使える魔術も限られている。
さっきの魔術でもここまでまでの水量があるようではアイツには届かないだろう。
そして怒りの真っ黒に燃え上がる炎を纏うアルキアンは6つ目の魚人の前へと出る。
身体に纏う炎が水の槍に当たるたび相殺され蒸気へと変わり炎は鎮まっていく。
だがまだ周囲の怒りは消えずに残りその思いを一身に受け取り…烈火の如く、怨嗟を叫ぶ亡霊がいるかのように燃え盛る。
「お前が王なら民の声を聞き…自らが行った贖罪を悔い入れよ…犠牲となった民の声を聞けッ!『怨讐怒哮』ッ!」
耳を塞ぎたくなるような大声が周囲に音波となり広がると水の槍が吹き飛ぶ。
地も水もその声に従いそれは礫となって吹き飛んでゆく。
雨のように降る水の槍が無くなったことで身体に纏う黒い炎は膨張し更に形を変える。
戦場で散り怒りを胸に死にゆく偽りの魂の思いが炎を大きく導いていく。
憤怒の炎は未だ消えずに残り続けそれは一つの大きな両手剣に成った。
大剣を逆さに持ち地面につけアルキアンは水溜まりが残る大地を蹴り進む。
目標はやはりその手に未だ槍となったモノを掴むワダツミの元だろう。
黒い炎を纏う両手剣は脈動を続けそしてあっという間にワダツミの元へと辿り着く。
まずは一閃…両手剣を振りかぶり横薙ぎをするとそれを避けようとワダツミが後ろへと下がりアルキアンは隙を与えずもう一度と両手剣で斬り返しを行う。
後から追うように私と6つ目の魚人が走りアルキアンの後ろで構えていた槍を叩き落とし…その時は来た。
アルキアンが両手剣を上段へと振りかぶりワダツミがその間合いに入ったのだ。
「散りゆく者の為潰れてしまえ…『烈怒破断』」
「…ハハッ違うお前は間違ったんだこの時を」
ワダツミに両手剣を振り下ろすその時ワダツミの手に持っていた槍が煌めきその槍が地に刺さった時異変が起きる。
水溜まりが噴き上がり槍となり軌道を変えたのだ。
アルキアンが振り落とした両手剣による斬撃は地に落ち地面を割り烈風を巻き起こす。
だがその落としたところには誰もいなく…大きな隙を与えるのみだった。
その隙をワダツミは逃さず槍で追撃を与える。
咄嗟にアルキアンは下がろうとし脇腹を刺され血飛沫が上がる。
そうしてまたワダツミが追撃をしようと槍を後ろに引いた時私は身体に力を入れ槍を弾く。
腕は鉄より硬いと言われる竜の鱗を纏い獣の肉体で固めて手甲のようにし自身の全てを武器にする。
魔力がない自分には特攻を仕掛けるしか無い…だからこそ身体に魔力を回す。
パキパキと身体が急激に変化していき骨が曲がる。
赤い血脈が鼓動すると共に血飛沫のような赫の魔力の粒が空気中に舞う。
そして空腹が込み上げる…食事が必要だと頭が理解を始める。
今日のディナーは魚で決定だ。
「こんの…餓鬼がぁぁッ!」
私が暴食の職業を手に入れ手に入れた力というのは少ない…何ならデメリットが増えたぐらいだ。
空腹になるし意識の維持というか…まぁ混濁が増えた。
どれだけアルキアンの憤怒を羨んだことか…怒りのみで力が出るなんて羨ましい。
…食べるだけでその持ち主の魂を喰らう私の能力が仇になるとは思わなんだ。
だからこそ私はワダツミの能力すら羨ましい…だから。
「我流戦闘術…壹ノ術『緋槍』」
アルキアンの怒りにワダツミの妬み…なら私のこの感情は何になるんだろう?
そう思いながら鱗を剥ぎ小細工のような槍を弾く。
ピンチになればなるほど強くなる…いや違う腹が減れば減るほど理性が吹き飛び力を得るコレはそんな能力だ。
手甲に魔力を流し赫く更に赫く輝かせ槍を弾き…そして腕を貫く。
私の横には憤怒の炎を纏い戦場に復帰したアルキアンが妨害するように両手剣で足元を薙ぎ6つ目の魚人がトライデントで背後から突いた。
「ウガァァ…まだ…まだ終幕はぁ」
「理想は…理想だよ…叶うはずがないんだ」
身体の魔力を更に循環させ最後の一雫まで絞って腕に纏う。
最後はせめて楽に終わるよう…私の大罪の能力で終わらせてあげよう。
これ以上望まれない悲しき理想を望まないように。
「暴食の大罪に従い穴は開き無限の牢獄にして魂の檻が顔を出す…我々は魂を運び出す蝿の王である…故に私は貴様を牢へと入れ出すことのない転生の番人として立ち塞がろう『魂戒蝿獄』」
視界は赤く染まりだし血の味がしだす。
手の先から黒い粒が出てワダツミを包む。
その一つ一つが喰らい付き肉を蝕む蝿の群れのように…聞くに耐え難い絶叫が響き…そして黒い粒が無くなりワダツミがいた所には黒いシミと王冠だけが残った。
人が望む食欲を一身に受け私は魂の牢獄の番人となるだろう。
それが蝿の王の象徴であり暴食の大罪を請け負う者の義務だと信じて。
だって輪廻の輪にこんな大罪人は戻すわけには行かないだろうから。




