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…アルキアン side…
あれから陽が下がりまた陽が上がった。
僕はどうにか魚人族であるということをわかってもらい王女御一行の元へ着いていけることとなった。
立場としては顔が魚で村から追い出され海を彷徨っていた船を漕ぐ旅人という立ち位置だ。
つまりは同情を誘ったわけだ。
良心が痛むのを感じながらも僕と教皇は嘘を真に言い換えて潜入に成功した。
「成功はしたんだが…これからどうするべきだろうか?」
そう、このまま潜入しつつ周りを伺うってのも一つの手だ。
だがそれだけではデトラトの起こそうとしている作戦を止めることは出来ない。
なにせ僕と教皇は貴族であり顔が知られている。
僕はなんとか顔を魚で覆っているからあちら側にはバレていないだろうけど黒い炎を使えば一発で知られてしまう。
教皇は…本人が変装しないし特徴的な身体つきの為隠す意味がない。
「つまりは…詰みってことか?はぁ…デトラトにはもうバレているせいで上層部には警戒されてるしなぁ」
何故かは知らないがデトラトはこの集団のトップに位置する人物になっており彼の言葉により王女は行動するようになっている。
傀儡になっていってるのだ…言葉で動かす言うなら宰相の位置を手にしたデトラトは手の内で管理する為僕達を泳がしている。
全く…僕は魚ではないんだがな。
そんなことを思いながらベットから下りる。
この船は大きいが設備が整ってない…というよりかは魚人族は鱗があるから石の上でも寝れるせいで人族用の物が作られていない。
顔や身体が人族の奴らはこのことに不満はないのかと思うのだが王女の言葉に心酔しているせいで聞く耳を持たない。
王女がここで身体を休めろと言えば身体を休めてそこで暮らせと言われれば暮らすだけ…デトラトは王女のみを傀儡にしその王女は自分より下の者を傀儡のように扱える。
「おう、起きなさったかアルキアン殿…今日はどうやらあの日らしい…準備は万端でな」
扉を開き食堂に顔を出すと身体が特徴的な教皇様がこちらへとやってきてすれ違いざまにそんな言葉をかけてきた。
その後からはトライデントをこんな平和な船でも持ち歩く魚人が教皇様に着いていくように通り過ぎる。
あれで警備についているつもりなんだろう…にしては人数が少ないが。
あの日シーヒルズに潜入し僕達はただただ内側に潜る為だけに点数稼ぎと称した慈善活動を行いこの立場にありつけた。
全てはこの日の為だ…デトラトに守られた王女様は僕達だけじゃどうにもならないほど遠くなってしまったのだ。
だからこそ最終日…この日に全力になるしかないのだ。
教皇に聞いたこの物語ではある日見つけた見窄らしくそれでいて黄金に輝くボロ船にとある青白い宝珠を王女が手にするとその周囲は海底が見えるほどの透明な水へと変わりその素晴らしさに歓喜したそう。
そしてその宝珠と共に一つの古い紙がありその書かれていた秘術により魚人族に個性を生ませた。
…その国へと帰りその秘術を発動し代償により王女は海神の贄となったが海神は王を失い狼狽える魚人族に代わりに海に多くの幸、魚人族への知識と信仰される限り次なる贄を求めない事を契約した。
陽が没する夕暮れ時に交わされた契約は今も続き信仰するからこそ海は荒れない。
だからこそ…僕は手を合わせその後静かに手を振り食事を終えると船の甲板へと出た。
そこでは今王女が宝珠を手にし周りの海水を透明に染めているところだった。
ここで自分が秘術が書かれている紙を燃やせばこの物語に支障が出るのだろうか…とそんな考えがよぎり少し遠くにいる教皇様に視線を送るが首を振られる。
「手遅れ…か」
秘術が書かれた紙はどうやらもうデトラトの手に渡ったらしい。
この短い時間では本当の内部に入ることは出来なかったというわけか…本当ならあのボロ船の探索を任されるぐらいの位置に行きたかったんだが。
時間が流れ王女を乗せた黄金の船はシーヒルズの港へと着き王女の演説が始まり魚人族には個性が与えられた。
歓喜の声が周りから聞こえてくる…ここだけを切り取りこれだけで終わるなら喜劇になっていたのだろう。
…だが物語は終わらない。
「さぁ皆様…この偉業を語り継ぐ為石碑を立てましょう?」
彼女は顕示欲がとても深かった。
嫉妬に選ばれるぐらいだから誰よりも唯一になりたい…誰よりも優れて他人を従えていたいそんな捻くれた考えが彼女を突き動かす。
この場では逆らえば死…王女より賢ければその者は次の瞬間に馬鹿に成り果てる。
「とってもいい考えでしょう?皆様?」
そう言い首を傾げ誰よりも可愛げのある表現をしてくる。
その言葉に誰もが賛成の意を伝え船を動かす。
なんでこんな我儘な王女に民が集まるのだろうか?
見えないところでは醜悪やら無知無謀の王女様と噂され表に出ると皮肉った者は磔にされ干物となる…だからこそ逆らえない。
権力を持ちすぎた統率者は恐ろしき殺人鬼にも似たナニカへと成り下がる。
力に憧れその誠実さによって民は集まり恐ろしさ故に民は離れない…従うのは最初だけだがその異様な恐怖を知れば何も出来ない操り人形になる。
自分のみが操る人形劇…自分が主人公で誰も邪魔しない。
そんな喜劇は突然に終わりを告げる。
宙から声が聞こえてきたのだ…耳を塞ぎたくなるような金属音にも似た轟音を響かせ宙は破かれそれは姿を見せる。
劇は台本が無くては始まらずイレギュラーが起こると出演者はそれに対応した行動を取りどうにか軌道を戻さなければならない。
王女は…その異常には目もくれずただ目的を果たす為動く。
自己中心な王女は目の前のことしか集中出来ない…自分の考えた物語を文字通り綴り踊る台本人間。
「さぁ…準備は出来たか?今からがこの物語のクライマックスシーンだぜ?」
…アルキアン side end…




