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…アルキアンside…
今回の黒幕に当たるだろうゴーント=デトラトは笑みを浮かべながらただ教皇の方を見ている。
後ろの魚人族の神官もその余裕な態度が気に食わないのか手に持つ錫杖をいつでも構えられる体勢にしながらそれを観察している。
「ふむ…ゴーント司教よ君は吾の神事を手伝ってくれる優秀な信徒であり次教皇にも名を連ねる者だと吾自身思っていたのだが何故このようなことを?」
空気を見かねてか教皇自ら疑問を呈する。
だがそれでもゴーント司教は何も喋らず依然とした態度でニコニコとした人畜無害そうな笑みを顔に貼り付けているだけだ。
そうしてまた時が流れ何も喋らない空白の時間が過ぎる。
席に座る他の司教や魚人族の役職をもつ者はもちろんのこと後ろに控える神官達は手に爪が食い込むように手を握りしめ怒りを示している。
対し僕達貴族は一向に進まない議論に関わるわけにもいかずただその様子を見守る。
そうして笑みを浮かべるゴーント司教はここに座る時それぞれに配られたこの国の象徴とも言える命の聖水が入った杯を持つとそれを床に何の躊躇もなく落とした。
「「「「…ッ!」」」」
誰もが見るその中でソイツは国を穢すように象徴を捨てた行為に驚く。
それと共に魚人族の面々はその手に持つ錫杖を槍のように扱いゴーント司教の首に添え、席から立ち上がり腰につけている剣に手をかけ抜剣をし構えた。
貴族の面々もそれに倣いある者は魚人族の用に座りながら剣に手を添えまたある者はただその様子をまだ見守るかのように腕を組みその場に座る。
僕はというとまだその席に座りただ教皇の動向を見ているだけ。
ここまでされても教皇からは怒りを感じない。
僕は『憤怒』を手に入れてからというもの人一倍というよりかは誰よりも対象の怒りというものに敏感になったのだが武器を手に持つ魚人族の怒りはひしひしと伝わってくるのにも関わらず教皇自身からは何も感じないというのはおかしなことだ。
そうしてようやくここまでされてゴーント司教は口を開く。
「おぉおぉ怖いですなぁ…やはり神の奴隷となった者達は野蛮でありますな。さてどうしてワタシがこのようなことをしたか…ですかな?それはアナタ方、特に教皇様はお分かりなのではないでしょうか?」
そう言い放つと教皇は顔を顰める。
僕らを呼んだ理由にもなるソレは思った以上に厄介極まるそうだ。
この国には二つの派閥が存在する。
まず一つ目として国を守り魚人族が生まれたとされる命の起源である海を統べる王『クトゥルゥ』を敬愛しこの国を去ったがその王がまた現れてくれると信じる『海神派』。
そして二つ目は海を統べる王が来る前に魚人族を纏め上げ海の真ん中に差別のない魚人のみの楽園を作りのちに『クトゥルゥ』によって淘汰された海の女王を盲信する『女王派』。
数は圧倒的に『海神派』の方が多いが『女王派』は摩訶不思議な力を使う者が多く争いは拮抗していると聞く。
『海神派』は生物の博愛と保護を教条として行動するが『女王派』は支配と排斥を教条としているため考えが合わず対立している。
おそらくこの件を起こした『女王派』の言い分は『クトゥルゥ』によって討たれた怨みからくるものだろう。
何を思って『クトゥルゥ』が女王を討ったのかは僕達にはわからないが因縁というやつだろう。
「だからこそワタシ達は憎しみを糧とし我らが楽園の母を蘇らせるのです!長い年月の中で地上にのさばる獣達から受けたいつかの侮辱を晴らす…それがワタシ達残された者の義務なのですからッ!」
そうゴーント司教が叫ぶと服の中から一本の毒々しい色をした本を取り出す。
教皇はそれを見て咄嗟に立ち上がり「今すぐそのものを捕らえよッ!」と神官達に呼びかけるがそれと同時に扉が壊されゴーント司教の後ろにいた神官の胸に槍が突き刺さる。
その異常な光景に僕も立ち上がり剣を手にする。
魚の顔をした黒い神官の服を着た者が槍で神官を弾き飛ばしゴーント司教の側に近寄らせない。
そして…その時は訪れる。
「あぁ…ワタシは…ワタシこそは楽園の母を継承せし海の王。ワタシの血肉で母のあの時は呼び覚まされる…我らが散った同志よ今一度舞い戻り邪神を討ちたまえ」
ゴーント司教が詠唱のようなものを紡ぐと同時にどこからとこなく「パプー」という気が抜けるような音が響きだし本は勝手に捲られる。
そうしてこんな時なのにも関わらず黒い神官姿の者は突然拍手をしだす。
教皇は4本の腕にそれぞれ先端に宝珠が入った王笏を持ち水で出来た触手を生み出すとソレをゴーント司教に伸ばす。
だがその行動を読んでたかのように黒服は自らの身体を投げ捨てその触手に突っ込みゴーント司教への妨害を防止する。
周りの司教や役職をもつ者が教皇に続きその手に持つ剣と槍でゴーント司教に刃を突き刺そうとするがそれも黒服によって無駄に終わる。
僕は憤怒の炎を使い黒服へ攻撃を試みるが倒したと思ったら扉の奥から更なる増援が回復の魔法を飛ばしてくるせいで全く意味をなさない。
これだけ攻撃しても教皇の増援は来ない…これは僕達以外倒されたと見るべきか。
「今こそ再臨の時…彼方より来た邪神は必ずこの手で滅するべきである!未来を変えるため大罪『嫉妬』の継承者が命ずるッ!海底にて眠る同胞の魂を糧にし現の幕は今降りる再演の時を今ここにッ!嫉妬の権能『過去改変:海神物語』ッ!」
あちこちから「ブー」というくぐもった音が響き出しどこからともなく霧が立ち上る。
周囲にはあの時に見た光の玉が空中に浮かびゴーント司教の周りを踊る。
それはまるで劇の始まりを告げるスポットライトが集まるようだった。
そして今本は最終のページから捲られ最初のページに巻き戻り霧が濃くなる…。
コレは人に醜いと蔑まれてなお人を愛し羨んだ魚と空の上から落ちてきた国を奪い海を支配しようとしたとある侵略者の物語。
それでは開幕です…昔々ある所にから始まるそんなお話し…
…アルキアン side end…




