9話 二人旅
俺はアリルと付き合い始めてからも変わらず旅をしている。
目的は一つ。
いつか安心できる場所を探してのんびり暮らすためだ。
「いやぁ、しかし、どの国も居心地が悪いよなー」
「まぁね」
「大体の人間が、俺達の事を探ってるように見えてくるし」
「それは仕方ないでしょ、私達の正体を知られたら終わりなんだし」
「そう思うと、どこ行っても変わらねーかな」
「そうね。でも、私としては……あなたとさえ居られたらそんなこと気にしないけどね」
「まあ、俺もお前さえいてくれたらいいけどよ」
「ふふっ、ありがと」
「大人しくしてたらお前ってほんと美人だよな」
「ど、どういう意味よ?ま、あなたもそこそこカッコいいと思うわよ」
「はいはい、ありがとよ。まさかお前みたいな美人と一緒になれるなんて夢にも思わなかったわー」
「はいはい、全然感情がこもってないわよ」
アリルは少しだけ顔を赤くしながら言う。
「いや、俺はいつでも本気だぜ」
「わ、分かったわよ」
「なぁ、アリル。キスしてもいいか?」
「ダメ」
「ちぇ、ケチ」
「だって、まだ心の準備ができてないもの」
「じゃあ、いつなら準備ができるんだよ?」
「うーん、そうね。もう少し待ってくれればできるかな」
「はぁ、わかったよ」
「とりあえず、これ以上人間に正体をバラさないようにしないとな」
「そうね、四大精霊が人間のふりをしてるって知られたら、きっと討伐隊とか組まれちゃうわよ」
「それは考えたくないな」
「お互い、このまま変わらず過ごせたらいいのにね」
アリルは真剣な顔で言う。
その表情はどこか悲しげだった。
俺とアリルは幼少期の時から今まで人間に化けて、人間社会に紛れて一緒に生活している。
人間に化けている事が知られるのは俺達からすれば死活問題。
なぜか?それは、人間社会では精霊は魔力の源として認識されているからだ。
精霊を殺せば、人間は魔力を得られる。そのため、力の為に精霊を殺す事を生業としている者もいるほどだ。
精霊が人間に正体がバレると、精霊の力を封じる魔道具で拘束され、そのまま半永久的に使役される可能性すらある。
俺の正体も実は下級精霊で、人間に正体がバレて殺されかけたことがある。
だから、俺もアリルも人前では決して精霊の姿になることはしない。
もし、精霊の姿に戻ってしまえば、俺は一瞬でそういう人間の食い物にされてしまう可能性すらある。
まあ、人間全てがそういう奴だと思ってはいない。
そしてアリルは四大精霊の一人。
自称ではなく、本物の水の精霊ウンディーネなのだ。
つまり、アリルを倒せば、人間は莫大な魔力を得る事ができる。
俺がこの世で最も嫌いな事は、そういう私利私欲に塗れた人間に、精霊の存在が蹂躙される事だ。
だから俺はいつかアリルと一緒に、この悲しい旅を終わらせるつもりだ。
絶対なる安住の地を見つけて。
「なぁ、アリル」
「なに?」
「俺たちは、いつまでこんな事を続けるんだろうな?」
「そんなこと知らないわよ」
「悪い、ちょっと弱気になった」
「別にいいわよ!私だって不安だし」
「すまん……」
「さぁ、疲れたしもう寝ましょ」
「ああ、おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
「…………」
「…………」
「アリル」
「なに?」
「抱きしめていい?」
「うん」
「じゃあ、失礼します」
俺はアリルを優しく抱き寄せた。
アリルも俺の背中に手を回してきた。
まるで、俺の体温を確かめるように、俺の存在を確認するかのように。
そして、俺はアリルの耳元で囁いた。
愛しい彼女に愛の言葉を。
「好きだよ、アリル」
「私も……」
「ずっと、一緒にいような」
「ええ、もちろん」
「俺にはお前が必要なんだ」
「私も、あなたがいなくちゃ生きていけないかも」
「俺が絶対お前の幸せを作ってやる」
「ハイネだしあまり期待しないでおくわ」
「可愛くねーな、今に見てろ」
「はいはい、でも、あんまり無理しないでね」
「お前に心配されると調子狂うっつーの」
俺は優しく微笑みながらアリルの綺麗な青髪を撫でた。
アリルはくすぐったそうに反応する。
「ちょ、子ども扱いしないでよね!」
アリルは少し顔を赤らめながら言った。
「悪い悪い。つい可愛くてな」
「か、可愛いって……!」
「ん?どうした?顔赤いぞ、熱でもあるんじゃねーのか?」
俺はそう言って、アリルのおでこに手を当てようとした。
もちろん、わざとだ。
「や、やめて、恥ずかしいわよ!」
アリルは慌てて自分の顔を手で隠す。
だが、隠しきれていない耳元が真っ赤に染まっていた。
その姿はとてもかわいかった。